────鎮守府に勤めてるんだが、もう私は限界かもしれない 作:れいのやつ Lv40
「うう……海に出たい……戦場の風に当たりたい……」
──ブラック鎮守府の生き残りの一人、初春型三番艦たる若葉は、新たに着任したホワイト鎮守府にて、与えられた自室で愛用の煙草をふかしながら唸っていた。そして戦いに飢えていた。
「時間は貴重だ。こうしている間にも事態は動いているのに……」
そう言いながら若葉は煙草の煙と共に大きく息を吐き出した。彼女も例によってブラック鎮守府の被害者と見なされ、待機を命じられている艦娘である。
その科白だけを聞けば貴重な戦力を無駄にしているホワイトの現状に不満を持っているように見えるだろう。それは確かに事実ではあるのだが、しかしそれは彼女が海に出たがる直接的な理由ではなかった。
「出撃したい……なんなら演習でもいい……あの砲撃の嵐の渦中に飛び込みたい……」
白い肌を紅潮させながらそう語る彼女の様子はどこぞの戦闘狂によく似ているが、しかし彼女が戦場を求める理由はある意味ではもっと救えないものであった。
「痛みを……痛みを味わいたい……誰か若葉を痛めつけてくれ……!」
……そう。彼女は筋金入りの被虐趣味。有り体に言えばドMであった。元々、若葉という艦娘は被弾の際に「痛いぞ! ……だが、悪くない」とか言い出す艦娘である。そっちの気があるのではないかとは一部の提督の間で噂されていたが、この若葉に関して言えばそれは正解であった。
「なぜだ……? なぜ出撃許可が下りないんだ……?」
それは彼女にとって心の底からの疑問だった。元々「24時間寝なくても大丈夫」などと言い出すワーカホリック気味な性格である彼女にとっては、提督とは艦娘を酷使するのが普通だし、艦娘は黙ってそれに従うのが当然だと思っていたからだ。
ゆえに、メンタルケアの為に出撃させないという対応自体が彼女にとって理解の外であった。兵器である艦娘の精神状態などを気にしている暇があるなら一隻でも多くの深海棲艦を沈めるべきではないのか? 潰れたらまた新しく建造すればいいだけではないのだろうか。この辺りの感覚は彼女もまた兵器よりの思考であった。
──だから休息など与えずにもっと酷使すべきだ。疲労していようが大破していようが無視して出撃させるべきなのだ。主に自分の性癖を満たす為に。そう思考する彼女はもう色々とヤバかった。どうしてこんなになるまで放っておいたんだ。
「うう……帰りたい……ブラックでも何でもいい……あの酷使される日々に戻りたい……」
そう呟く彼女は本気でブラックな日々に戻りたがっていた。馬車馬の如く酷使され続けボロボロの身体で日々を過ごすという普通の艦娘には最悪の環境でもマゾの若葉にとっては最高の環境なのだ。やはりドMこそ最強の種族なのかもしれない。しかし肝心のブラック鎮守府自体が陥落し、ブラック提督も海の藻屑となってしまった以上はもはや叶わぬ夢であった。
「前提督……ブラックだと皆は言うが……彼はいい人だった……若葉に生の充足を与えてくれた……」
艦娘を使い捨ての道具扱いする最低最悪のブラック提督も、真性のマゾの若葉にかかればこの評価である。おいホワイト、こいつをどうにかしろ。
──若葉の脳裏にブラック鎮守府での幸福? な日々が過ぎる。
「24時間、寝なくても大丈夫」
その言葉を真に受けた提督に24時間ぶっ通しで酷使されるのが好きだ。
大破状態で命からがら帰投した直後に無慈悲な出撃命令を与えられた時など心が躍る。
敵が見当たらず安堵していたところに潜水艦から不意打ちされるのが好きだ。
足元もおぼつかないフラフラの自分に対して砲撃が直撃した時など胸がすくような気持ちだった。
機嫌の悪いブラック提督に理不尽に叱咤された挙げ句に72時間戦わされるのが好きだ。
あと一撃被弾すれば沈むだろう満身創痍の自分の真横を何度も何度も砲弾が掠めていく様など感動すら覚える。
疲労でヘトヘトになっているところを無理矢理海に蹴り出されて強引に出撃させられた時などもうたまらない。
本来ならば楽に沈められる格下の深海棲艦に疲労のせいでろくに攻撃を当てられずにこちらが薙ぎ倒されるのも最高だ。
疲労を乗り越えてやっとの思いで撃破した直後にさらに格上の深海棲艦が現れた時など絶頂すら覚える。
理不尽な強さのflagship級に滅茶苦茶にされるのが好きだ。
必死に守るはずだった戦線が蹂躙され初陣の艦娘が狙われ沈められていく様はとてもとても悲しいものだ。
深海棲艦の物量に押し潰され殲滅されるのが好きだ。
戦艦レ級に追いまわされ雑魚の様に海上を逃げ回るのは屈辱の極みだ。
「若葉が望む日々は……? 地獄のような戦争は……? 三千世界の鴉を殺す嵐のような闘争は……?」
暗いブラック鎮守府での日々に浸かってきた自分にただの戦争ではもはや足りない、と言わんばかりにそう呟く若葉であったが、残念ながら艦娘の平穏な生活を重んじるホワイト鎮守府には彼女の思いは届かない。というか届いちゃいけない。
「だが……なんだろうか……不思議な気分だ」
そしてここに来て若葉は何やら妙な感覚を味わっていた。使い捨てのように扱われるブラック鎮守府での待遇とはまた違う、確かに大切にされていると感じるのに自分の思いは伝わらない悲しみ。
戦える力がありながら何ひとつ有意義な時間を過ごせないもどかしさ。一度戦場に出れば鬼神の如き力を発揮できる自分が腫れ物のように扱われ、ただの無駄飯食らいに成り下がる屈辱。
「おお、そうか……これが放置プレイというやつだな……! うん、悪くない」
そう。このクールマゾは、ホワイト鎮守府で無為な時間を過ごすうちに、あろうことか新たな世界の扉を開きかけていた。ダメだこいつ、早くなんとかしないと。
「でもやっぱり生温いな、もっと痛みが欲しい。痛みと快楽こそが若葉を高みへ押し上げてくれる」
クールな態度でそんな色々と手遅れな独白をする若葉だったが、自分が煙草を吸っている事を失念したのだろうか。姿勢を変えた拍子に煙草の火が彼女の白い肌に触れる。当人の不注意とはいえ年端もゆかぬ少女の肌が焼かれるという、常人が見れば悲鳴を上げそうな事態だ。
「あっっっつ!! 煙草あっっっつ!!」
そんな予想外の方向からのダメージに普段のクールな仮面を脱ぎ捨てて大きく腕を振って煙草を投げ捨て、その熱さを逃がす若葉。条件反射とはいえキャラが崩れかけていた。
「熱い、熱いぞっ!」
八つ当たり気味にそう吐き捨て、床に落ちた煙草を踏み消す若葉。心なしか、その肌はやや紅潮しており、さらに息もどこか荒い。
「全く、熱いじゃないか……だが、悪くない」
この期に及んで若葉が抱く感想は結局のところそれに帰結するのであった。ダメだこりゃ。
若葉
クールマゾ。「痛いぞ……だが、悪くない」とか言い出す事からジョークでそう呼ばれているはずだったが真性のマゾと化した。ブラックの影響か生来のものかは不明。
元々「24時間寝なくても大丈夫」が信条なので休息とかいらない。もっと酷使してくれ。