────鎮守府に勤めてるんだが、もう私は限界かもしれない 作:れいのやつ Lv40
「むー、ひまー! 暇ですってー!」
「そうですね……今までが今まででしたからなおさらです」
ある鎮守府の一室で頬を膨らませて不満を表現する小さな影と、それに控えめに同意を示すアイヌ風の衣装に身を包んだ影があった。呂号第500潜水艦、通称『呂500』と、改装され改母にまで至った給油艦と飛行艇母艦の力を併せ持つ『神威』である。
共に外国生まれという事しか接点のなさそうな彼女らはしかし、ここに来る前に所属していたブラック鎮守府では、顔を合わせない日は無いほど見知った関係であった。ただ、ホワイト鎮守府に異動して以来、こうして話すのはこの日が初めてであった。
「疲労してないというのも妙な感じですね。前は疲労したままぶっ通しで出撃してましたし」
「そもそも、ろーちゃんたちが疲労してないのがおかしいです。絶対出撃するべきですって!」
ブラック鎮守府出身の二人は例によってホワイトのテンプレ対応である「無期限待機」を命じられていたが、無難な感想を呟く神威に対し、手足を振りながらその現状に不満を訴える呂500。今にも「がるるー」と唸り声を上げそうな彼女は出撃できないのが相当気に入らないようである。
「うーん、でもろーちゃん。世間では疲労したら休む。これが普通みたいですよ? 今はほら、充電期間ということで」
「でも、健康な艦娘を二人も遊ばせておくのは、どう考えても非ィ効率的ですって」
「ま、まぁまぁ……ホワイトの方々も親切心でやってくれてる事ですし」
神威がホワイト鎮守府の方針に理解を示す一方で、呂500は効率の問題としてホワイトの方針に否定的な態度を崩さない。彼女がそう考えるのは以前のブラック鎮守府での自分の役割が心身に染み付いてしまっているからだ。
「もっと時間は有効に使うべきですって! ろーちゃんとカモーイさんがこの鎮守府に来てから何日経ったと思います?」
「ええと……10日ですか?」
妙なイントネーションで呼ばれたのを気にも留めず神威がそう答えると、呂500は「そうです!」と身を乗り出し神威に顔を寄せる。
「10日ですよ、10日! 10日もあれば、三重に7000回は出かけられますって!」
「そ、そうですね……あはは……」
呂500の口から発せられた奴隷の極地のような予想通りすぎる台詞に神威は苦笑するしかない。彼女の言う『三重』とは、鎮守府近海の『製油所地帯沿岸』に存在する、艦娘の燃料を手に入れられるパワースポットの事だ。この周辺の海域は日本列島近海に酷似しており、このパワースポットの位置がちょうど日本の三重県に相当する事から神威たちはここを『三重』と呼んでいた。
ブラック提督はここが最も燃料の取得に効率が良いパワースポットとして認知していたようで、神威と呂500は暇さえあれば他の艦娘と共に艦隊を組んでは一日中ぶっ通しで三重に通っていた。当然、ブラック鎮守府という場所で艦娘の疲労など配慮されるわけもなく、彼女らは全く休む事も無いまま、出撃しては帰投、出撃しては帰投を機械的に繰り返して燃料を集めていた。
その影響で、当初は疲労で回らなかった頭と身体も今では疲労などおかまいなしで十全に動かせるようになったのは喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない。一週間もすれば提督の命令が無くとも勝手に三重に行っていたし、慣れとは恐ろしいものだ。
おかげでむしろ全く疲労が無いという健康状態の方に違和感を覚えるレベルである。呂500の「自分たちが疲労していないのがおかしい」発言といい、完全に職業病であった。
「しかし三重クルージングですか。この鎮守府に着任してから今まで行っていたと仮定すると……」
ここで神威は冷静に三重に出撃していた場合の計算を始める。
「時間あたりの取得量が1500と仮定して……」
さらっと口にしているが、この時間あたり1500というのは一切休息無しで一時間ずっと出撃と帰投を繰り返した場合の取得量である。もはや休息無しなのは前提条件のようだ。
「10日ですから……36万? うわ、もったいない」
思わずそう零した神威に呂500が「ですよね!?」と目を輝かせながら迫った。
「それでなくても1日3万6000もの本来得られるはずの燃料を無駄にしているんですよ? どう考えても非効率ですって!」
ブラックで過ごした日々の影響によって、すっかり効率に煩い潜水艦と化している呂500が腕を振って力説する。
「こうしている間にもどこかの海域で戦争は行われているんです! 明日の勝利の為に、日々の1分1秒を価値ある時間にすべきだと思いますって!」
「ろーちゃん……」
ブラック鎮守府へ着任直後からの付き合いである呂500に対して、神威は『こんなに立派になって』と『すっかり変わり果てて』との思いを同時に抱いていた。
「この鎮守府には睦月型の皆さんもいますし、今すぐにでも三重に出かけるべきです、はい!」
呂500が睦月型の名前を出したのは、彼女らが燃費に優れる艦娘として知られている為だ。燃費を極限まで抑える事により最大効率で燃料を集められる事から、神威と呂500と艦隊を組んでいたのはいつも睦月型改二の四人であった。実を言うと睦月らもブラック鎮守府を生き残ったが、この鎮守府には睦月型が全員居た為に神威らとは別の鎮守府に異動していったと聞く。
「それなんだけど……ろーちゃん、実際のところはここの睦月さんたちと組んでも前みたいな燃料取得量は無理だと思います」
「えっ!? なんで!? 大発と内火艇は揃ってますよ!」
神威の思わぬ言葉に呂500が驚愕する。神威はそんな彼女に以前のようにいかない理由を説明した。
「まずここの鎮守府の皆が疲労状態に慣れていないというのがひとつ」
「でも、それはいずれ慣れればいいだけじゃないです?」
「まぁ、そうね」
さも当たり前のように言う二人であるが、そもそも疲労状態に慣れるほど酷使される事自体がホワイト鎮守府では異常である。しかし残念ながらそれを指摘できる存在はこの場にいなかった。『無理だと思うから無理なのだ』がブラックに染まりきってしまった彼女たちの理論である。
「本題はこっちね。この鎮守府では誰もケッコンカッコカリをしていない」
「あ」
その言葉に呂500は自分と神威の指に輝く物体──ケッコン指輪を見た。二人がいたブラック鎮守府では戦力向上の為に最高レベルまで生き延びた有能な艦娘は全員がケッコンしており、この二人や、共に三重クルージングに行った睦月型の四人もケッコン済みの艦娘だったが──この鎮守府ではそうではない。
「ケッコンするとしないとでは、艦娘の性能にはかなりの差が出るわ。もちろん、燃費も」
三重クルージングはその性質上出撃回数がとにかく多くなる。それだけに、出撃する艦娘の燃費というのはかなり重要だ。
よって、艦隊の顔触れが同じでもケッコン済み艦娘と未ケッコン艦娘とでは最終的な収入に露骨な差が出る。
「こ、こんなバカな……ていうか、なんでこの鎮守府の艦娘は誰もケッコンしないんですか!?」
その答えはケッコンが提督と艦娘の人生の一大イベントであり、気軽に行うものではないからである。
しかし呂500には本気で理解不能であった。ケッコンすれば艦娘の性能も向上して燃費も良くなってレベルも更に上がって、良い事づくめではないか。やらない理由が見当たらない。その意見は神威も同じらしく、不思議そうに首を傾げた。
「それは……なんででしょう? ケッコンに必要な『書類一式と指輪』が大本営から一組しか支給されないからとか?」
「
二人が頭を抱えるのも当然であろう。ブラック鎮守府出身の彼女たちにとって、ケッコンとは艦娘の性能をより引き出す為の儀式でしかない。それが彼女たちにとっての常識だからだ。ゆえに、なぜホワイト鎮守府はさっさとケッコンしないのか、二人には全く以て理解の外であった。
まさか兵器と人間の間にロマンスが成立するというのが世間の提督と艦娘の普通の認識であるなどとは、二人は頭の片隅にすら思い浮かんでいなかった。
「まぁ、ホワイトの事はよくわかりませんけど……ともかく以前のように最大効率の三重クルージングは不可能という事ですね」
「
呂500の言うキスとは『北方海域』のキス島沖を指す。こちらもパワースポットで弾薬が手に入り、三重と合わせブラック鎮守府では重宝されていた。
ただし神威ら固定メンバーが担当していた三重と異なり、その内容は三重での深海棲艦撃破によって着任した艦娘に応急修理要員をつけて単艦出撃させ、弾薬回収後に解体するというあんまりなものだったが。
「ろーちゃん、今さら言うのもなんだけど……そもそもの問題として私たちに出撃許可が出てないから無理ですよ」
「
結局盛大に時間を無駄にした事にじだんだを踏む呂500であった。
神威改母
ブラック鎮守府出身の給油艦。三重クルージングの引率役。
ひたすら三重クル、何がなくとも三重クル。そんな日々をブラック鎮守府で過ごした。おかげで疲労してても問題なく動ける。というか疲労していない方に違和感を覚える。
鋼メンタルなだけで出撃狂ではない普通の人だが、ホワイトの常識はよくわからない。
呂500
信じて送り出したU-511がブラックの思想にドハマリして効率厨の日焼けスク水少女になってるなんて……。
三重クルージングの壁役。効率厨で、自分が疲労してない方がおかしいという神威より更に悪化した感性の持ち主。
ある意味ブラック鎮守府で変貌した被害者ではあるが、本人は全く気にしていない。そんなことより三重クルいきたい。
三重クルージング
二期で敵の超強化により廃れたオリョールクルージングの後継として生み出された新たなクルージング。
入手難度の高い神威の改母が必須であり、かなり敷居が高い。最大効率なら更に睦月型改二四人と壁役の潜水艦の他、大発と内火艇を揃えなければならない。
かつてのオリョクルの倍近い燃料を時間あたり稼げるが、任務消化はほとんどできない。しかし敵がやたら弱いので事故る心配もほとんどない。
キスクルージング
弾薬集めに行われる。以前の鋼材集めのキスクルとは別物。
三重クルでは弾薬が一切手に入らないため重宝される。
その内容は適当なバイト艦にダメコンを乗せて単艦出撃させ戦闘後に弾薬回収するだけと非常にお手軽。戦闘で大破から弾薬回収に戦闘を挟まないのでダメコンは消費されない。
最大効率で時間あたり5000とかいうアホみたいな収入が見込めるが、代わりに敗北数も物凄い勢いで増えていく。
敗北が嫌な場合は以前のオリョクルのように潜水艦隊で疲労抜きとローテーションしながら周回する。凄まじく効率は落ちるがそれでも時間あたり1000以上稼げたりする。
大抵は三重クルの途中でドロップした艦娘をそのままこれに行かせて弾薬回収後に解体するのがテンプレ。
ガチのブラック鎮守府の場合、キスクルで大破したバイト艦を解体せずに残しておき、艦隊が組めるだけたまったらキスクルに随伴させて全員轟沈させ弾薬と燃料を回収するというとんでもない外道行為が行われる。ホワイトの皆さんはそのままでいて下さい。