小話詰め合わせ〜洪水を耐え切った者の場合〜 作:はっぱミルクチー
バレンタインデーイベント、冥界の従者の場合。
その日は、カルデア中が浮き足立っていた。
何人もの女性サーヴァントに駆け寄られ、男性サーヴァントを探しチョコレートを渡す。
贈答品、返答品は小物から大きな物まで様々で、手がいっぱいになる度マイルームに戻ってはその大切な贈り物をひとつひとつ並べていった。
そして、何度目かにマイルームに戻った時の事だ。
「マスター。よろしいでしょうか。」
コンコン、と手慣れた様子で鳴らされたノックの音。扉の先から聞こえる落ち着いた従者然とした声に、慌てて贈り物の山を整理する手を止め良いよ、と叫んだ。
機械音を立て空いた引き戸の先にいたのは予想通り、淡い銀と青が混ざったような長髪を後ろに纏め、落ち着いたメイド服の上から薄い黒のローブを羽織る冥界の従者だった。長いだろうからどうにかして短く呼んでくれ、と言われたので今ではじゅうちゃんと呼んでいる。初めの内は照れ臭そうにしていたが、今では馴染んだようだ。
「マスター。我が忠誠は冥界の女主人へ捧げて居りますが、それでもマスターに親愛がないと言うわけではない。日頃の感謝を込めて。特別甘いものも多いでしょうし、紅茶をお持ちしました。」
「ありがとうじゅうちゃん。……ちょっと一休みしようか。」
「はい。紅茶は冷めては風味が落ちてしまいますからね。」
一つのテーブルと、2組の椅子。これ幸いとそれに腰掛けると、対面にはリボンでラッピングされた清姫がしゅばっ!と音でも鳴りそうな程素早く滑り込んだ。
「清姫も如何ですか?」
「頂きます♡」
メイドのような立ち振る舞いをしているからか、彼女は自分の側に付いている事が多い。カルデアにエレシュキガルが召喚されてからは頻度は減ったものの、せめてもと魔術の勉強をしている時などには絶妙なタイミングでこうした素人でも高級なものとわかるような良い香りの紅茶やコーヒー、甘味などの差し入れをしてくれる。
だからなのか、影に隠れ着けてくる清姫や静謐のハサンには目の敵にされているようで、良くこうして無言の戦いのやり取りをしているのを見かける。まあ、じゅうちゃんは軽くいなしている様子だが。
こうして敵愾心増し増しの清姫に対してでもにこやかに紅茶を勧める辺りさすがだと思う。
「……お口に合いましたでしょうか?」
「うん、いつも通り美味しいよ!でも、今日は何だか……いつもと違うね?」
「それは良かった。連日連夜チョコレート、ケーキと来ている所にいつものものですと、少し甘過ぎるかと思いましたので。少しすっきり目に。」
「うん、ありがとう!」
彼女はエレシュキガルが近頃紅茶ばかり飲みたがるから、と良く紅茶を淹れる為、カルデアにはコーヒー豆よりも茶葉が充実している。
「コーヒーも、淹れられない訳ではないのですが……いかんせん経験が足りませんし、何よりあの弓兵の方が紅茶もコーヒーも上手く淹れられるのです。悔しいですね。ふふふ。」とは彼女の弁だ。最近は弓兵、もといエミヤの元で紅茶の淹れ方を学び直しているらしい。
「それではごゆっくり。これから私は売られた喧嘩を買いに行きますので、茶器はこのまま置いておいてください。暫くすれば回収しに来ますので。最後に、ハッピーバレンタイン、マスター。」
「うん、じゅうちゃんもハッピーバレンタイン!」
綺麗に一礼しじゅうちゃんは出て行き、廊下からはパキポキと指を鳴らす音が聞こえた。
「……マスター、やはりあんな野蛮人を側に置くなど間違っております。ほら、清姫ちゃんの方が適任ですよ?」
「そうかもしれないね。けど、きよひーはお姫様でしょ?じゅうちゃんみたいな立ち位置はちょっと違うと思うな。」
「むう……それもそうですね。悔しいですが、この紅茶も美味しいですし……」
「流石だよね。……出来れば王様との喧嘩も程々にして欲しいんだけどなぁ……」
冥界の従者からの贈り物。
いつも差し入れされる紅茶よりもすっきり目を目指した一杯。いつもより感謝もいっぱい。
赤い弓兵の教授により進化を続ける特製のもの。改良に改良を重ね、あなた好みの香りになっている事だろう。
主人の好みを把握するのも従者の役目。例え2人の困ったさんな主人がいても、最高の務めを果たすのが私の生きがいです。……え?洪水?何の事ですか?
因みにこの後には英雄王との喧嘩(いつもの)が待っているそうな。