マダム・マルキンの洋装店は制服を扱っていることもあってか外から見ても賑わっていた。
人の多いところは正直息が詰まる。
採寸さえ済めばあとは製品が屋敷に届けられるのだろう。
少しの辛抱だと言い聞かせ足を進めた。
そんな意気込みから注意力が散漫になってしまったのだろう。
店に入ろうとドアに手をかける前に内側から開いたことで伸ばした腕が空を切り、出てきた相手とぶつかってしまった。
「うわ!ごめん!!!君……その、怪我はないかい?」
相手は男の子だったらしい。
随分と慌てて出てきた様で、勢いよくぶつかったと思ったのか後半に向けて声が沈んでいる。
「え、えぇ。大丈夫………っ!」
「おっと、ほんとに大丈夫?ごめんね…」
相手の顔を見て、くらりと意識が遠退きかけてよろめく。
咄嗟に支えられた正面にたつ【ハリーポッター】と背後にいるのであろう【ルビウス・ハグリット】の腕がなければ倒れていたことだろう。
「ごめんなさい…少し、外に出ることに慣れていなくて、立ちくらみかしらね。お二人ともありがとうございます」
「いんや、構わんが…お前さんちいと白すぎやせんか?ハリーでももう少し丈夫そうだ」
背後の声に視線を向ければはじめて目にする大きな男の人が立っていた。
豊かな髪と、髭に隠れた黒い目が言葉とは裏腹に心配の色を浮かべている。
このまま店にはいるのも、入り口を塞ぎ続けるのもよろしくないと判断したのか、洋装店の壁際に移動する。
まだ足元がぐらつく。
頭が回って背骨が骨抜きにでもなりそうな身体に気力で力を入れて真っ直ぐに立ってみせる。
「ハグリット!失礼だよ、本当にごめんね?僕の名前はハリー、そっちにいるのがハグリットだ。君は?」
「はじめまして、私はサルース・バーク。あまり日の射す場所に出ないものだから、ハグリットさんの言うことは間違ってないわ」
ハリー・ポッター、生き残った男の子。
姓を隠しても、前髪を押さえ付けたって意味がない程に有名な彼は【この時代の主人公】だ。
そして、私も。
バークの姓を知らない魔法界の人間は、早々いない。
ほら、ハグリットさんの私を見る目が変わる。
「バークの娘っ子だったか…そりゃあ日にも焼けんわ」
「え、サルースさんも有名なの?」
純粋な疑問に苦笑が漏れた。
「私の家系が少し、特殊で…私そろそろ制服を買いに行ってくるわ。ハリー、またホグワーツ特急で会いましょう。ハグリットさん、失礼致します」
「あ、うん!またね!!!」
「ホグワーツでな」
軽く頭を下げて、微笑みマダム・マルキンの洋装店へと足を向けた。
あぁ、きっとこの扉を開けると【ドラコ・マルフォイ】がいるのだろう。
ほら、生まれてこの方持ち続けた答えが出た気分はどうだろう。
感慨深さよりも、この付き添い姿くらましの時よりも酷い酔いをどうにかしたい、というのが先に来るのだから情緒もない。
「いらっしゃい!!!お嬢さんもホグワーツの新入生ね?そこの、鏡の前に立って!」
「ご機嫌ようマダム、わかりました」
指し示された鏡の方へ視線を向ければ、鏡越しにプラチナブロンドの男の子と目があった。
「お隣失礼します」
「……あぁ、構わない。君、どこかのパーティーに出てたか?」
見るからに貴族です、と言わんばかりの彼のように私もそう見えているのか。
しかし、彼と会うのもこれがはじめてだ。
……彼の父上にはお会いしているが。
なにせ我が家のお得意様だ。
あの方は店に息子や妻を連れてきたりしない。
「いえ、私あまり外に出ないものだからはじめてお会いするわ。はじめまして、サルース・バークです」
「そうか、いや、すまない。はじめまして、ドラコ・マルフォイだ。君、バーク家の者ってことはあの店の?」
「祖父の店の事かしら…?」
とても勝ち気、自信に溢れていて、自分は特別だと確信しているかのような様子。
魔法界きっての貴族マルフォイ家の一人息子として蝶よ花よと育ったのが人を見る目に出ているかのようだ。
……とはいえ、その一方で私がどんな人間なのか用心深く観察しながら敵になるのか味方になるのか見極めているのもわかる。
ふむ、杖が私の思考をクリアにしてくれているみたいだ。
「へぇ?なら君…サルースとはスリザリン寮で長く付き合うことになりそうだ。君のところの品物は質がいいって父上はおっしゃる。これからは僕とも…」
「ドラコ…と、お呼びしても?」
「ふん、特別に許可してやる」
それはそれは、ありがとう。
でもこの子少しお口が軽いのがよろしくない。
「ありがとう、ドラコ。あまり我が家のお客様であることを大きな声で言ってはいけないわ。お父上があらぬ、疑いをうけてしまうわよ?」
「む…お前はホグズミードのゾンコの店に品をだしているんだろ?なんの疑いがかかるって言うんだ」
あら、そういうことか。
まさか息子に闇の品を買っていることすら言ってないとは思わない。
墓穴を掘ってしまったようだ。
「それはまた次回、人目のないところでお話ししましょう?ほら、採寸が終わったみたいよ?」
「誤魔化したな…まぁいい。これから時間はたくさんあるしな、ではまた9と4分の3番線で会おう」
「えぇ、またね」
好き勝手に採寸する巻き尺をいなしつつ手を振り見送る。
私はスリザリンだと確信しているようだったけど、聖28一族だからか…それともバークの名を父がくちにしていたからか。
自分でもスリザリンになるのだろう、とは思っているが。
「お嬢ちゃんの採寸もこれで終わりよ!制服は各種1枚ずつ?それとも予備はいる?」
「ありがとうございますマダム。全て2枚ずついただきます。あと…出来たらで良いのですけどローブの裾を床に擦るほど長くして、袖も長めに、それから胴回りとフードを大きめにしていただけませんか?」
マダムに届け先のメモを渡しながら制服の丈を改造することを打診する。
「お嬢ちゃんあまり長いと危ないわよ?胴回りに関しては…とっても痩せているからそれで標準だから構わないけど」
「えぇ、わかっています。それでもダメですか?」
「ま、怪我するのも経験よ!任せておきなさい」
ウインクとともに了承が得られた。
怪我も経験、成る程考えたこともなかった。
それではと、マダムにお礼を告げて店を出る。
ペットの持ち込み可となっていたけど…そんな気分じゃない。
早々にボージンおじ様の所へ戻りたい。
たくさんの人と話して、生まれてこの方感じてきた既視感や、違和感の正体に気付いて、疲れてしまった。
おじ様の忠告通り、付けられる事のないように。
存在感を稀薄にする首飾りを身につけて歩き出せば、ここに来たときから受けていたちらちらと向けられる視線が消える。
さ、プティと共に帰りましょう。