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「あぁ……
『まつりごとがわるい!!まつりごとがわるい!!』
一人の、黒の色付き眼鏡をかけた初老の人物が歩いている、多くの子供達を引き連れて。
一見、ただの好々爺と子供が散歩をしているように見える、が。
「政が悪い、あぁ、本当に政が悪い……」
“ズン……ズン……”
初老の人物が歩く度に、地が揺れる。そして彼の足跡が、はっきりと、石畳に残されているのだ。
よく見てみると、子供達の中の、青年期かと思われる者達も足音を響かせ、石畳にヒビを入れている。
「せ、先生の悪い癖が始まったぞ!!皆、警備隊が来る前に逃げろ!!」
「きょ、今日は店じまいだぁ!!」
そんな行列を見た街の人々は逃げ出し、飲食店等の店主達はお客を追い出し、店を閉める。
初老の人物が進む先は、あっという間に人が割れ、道が開ける。
「政が悪い、政が悪い……」
『まつりごとがわるい!!まつりごとがわるい!!』
しかし彼に続く子供達はキャッキャと笑う。
彼らが歩いた跡には、文字通りに、跡が残る。
はっきりと石畳に残る足跡や、ひび割れる石畳。
しばらく、彼らはそのまま進み続けた、が。
「よし、帰るか。」
『はい!!せんせーい!!』
不意に、先頭を往く初老の人物が声を上げた。
それに元気良く応える子供達。
「では……鬼ごっこをしながら帰るぞ。それ、儂が十数える間に散れ。」
『わぁ!!皆逃げろぉ!!キャッキャ!!』
ここまでのやり取りならば、至って普通の会話であったが。
次の瞬間、子供達が文字通りに、消えたのだ、影も残さず。
その場に残ったのは、青年期の者達。
「いつも通り、子に怪我をさせるな。」
『御意!!』
そうとだけ言うと、青年期の者達も消えた。
「さて……そろそろ頃合だな。」
男がそう呟くと、前方後方から、この街、帝都を守る警備隊。その鎧を纏った兵士達が駆けて来た。
「せ、せんせい!!もういい加減にしてください!!」
兵士の一人がそう声を荒げるが、男は首を傾げる。
「はて……?儂はただ歩いていただけだが……」
「ここの路は先日に補修されたばかりなのですよ……!!」
「それが?何か?」
「だぁ~ッ!!毎回毎回路を壊され始末書を書く我々の身にもなってください!!貴方が路を歩くたびに、路に足跡が残るのは!!偶然ではないでしょう!?何回言ったらおやめになってくださるのですか!!」
「ふ~む……そう言われても、儂はただ散歩していただけだ。路の補修に使った材料が悪かったのではないのかね?」
「ぐぬぬぬ……もう――……」
この兵士達の長をしていると思われる者は額に青筋をたて、何か言おうとした、が。
「おいおい!!皆、なにぶるってんだぁ?こんなじじい相手に……」
一人の若い兵士が剣を抜き、薄ら笑いを浮かべ、男に近付いていく。
「お、おい!!新人!!よせ!!その御人は……!!」
「うるっせなぁ。あぁ!?俺の家はオーガ隊長に
――刹那、空気が凍った。
「ほぅ。今、ぬしは“殺す”、と言ったな」
先程までの、とぼけた顔をしていた男から、とてつもない圧が滲み出る。
「だ、だったら何だァ!!あぁ、めんどくせぇ!!くたばれやァ!!この老いぼれがァァァ!!」
若い兵士は剣先を男に向け、走り出した、が。
「ぐ、あ……あぁ、あ……」
「殺す、と言った時点で、その行動は終わっていなければならぬ。殺してやる、くたばれ、……数多くの殺害を予告する言葉はあるが、どれも、それを口にした瞬間に、己の牙を相手の喉笛に食い込ませ、引きちぎる。……まぁ最も、理想なのはそれらも口にせずに、ただ黙々と牙を食い込ませる者だ。」
瞬き一つ、その瞬間に男の影は、若い兵士の後ろへと移り、その首を掴んで、宙に浮かばせていた。
カラン、と剣が落ちる音が響き渡り、若い兵士の顔色は見る見るうちに真っ青になり、泡を吹き始める。
「せ、先生!!わ、分かりました!!分かりましたから!!そいつは今月入隊したばかりの新人なんです!!し、しかも貴族のせがれなんです!!そいつを殺されちゃあ、俺らも……!!」
「なぁに、心配いらんさ。殺す気など元からないわ。……それ。」
男はそう言うと、白目を向いて泡を吹く兵士を、放り投げた。
「……昔の儂なら殺していた、がな……今や陽に生きる身だ、身内に手を出されなければ誰も殺さんわ、かかか!!」
男はそうとだけ言うと、再び、政が悪い、と口にしながら、その場から遠のいて行った。
「本当に、恐ろしい爺さんだ……。この時世に、あぁまであからさまに……」
それを見届けた警備隊の古参兵達は、ほっと、胸を撫で下ろす。
「な、何者なんですか?あの爺さん……?」
泡を吹いている兵士を介抱していた、同じく新人の兵が、そう尋ねる。
「あぁ……これも良い機会だ、新人連中はよぉく覚えておけ。あの御人は――――」
――……時に、帝暦1024年。
建国から千年を越え、滅びと腐敗の風がなびき、人の形をした魑魅魍魎が跋扈する、帝都……。
帝国最高の拳法寺、皇拳寺史上、“最強”と謳われ、先代の皇帝の身辺警護を仕切っていた一人の男。
ついた渾名は、
その拳、ただ一度振るえば全て事足りる。帝具と呼ばれる、始皇帝が造り上げた兵器を扱う強者すら、ただ一つの拳で屠る。
――そう謳われ、多くの栄誉を授かった彼はしかし、先代が崩御し、後継者争いの最中の奸計により、宮廷から退き、ただ帝都の一角で細々と余生を送る。
――――この物語は、復讐劇や英雄譚の類ではない。
――――ただ、独りの老骨が己の死に場所を求める、終劇の一幕。