1
「ヌフフ、各方面から、喜ばしい報告が続々と上がっておりますぞ、“无二打”殿。……しかし、帝具をいくつか使い物にならなくしたのは……。いや、貴方には関係ありませぬなぁ。」
いつも通り、テーブルの上には豪勢な食事、酒。
それをほぼ丸呑みにしながら、次々に手を伸ばす、坊。
「ふん。儂は、暗殺者を殺せ、とは言われたが、帝具を持ってこい、などとは言われておらぬわ。そも、敵の手に帝具が渡った瞬間から、それらは既に壊されたモノと同じよ。しかし、まぁ……それらを使いこなせるような猛者には、今回、相まみえる事はなかったのぅ、かかか。」
儂はただ坊の対面の席へと座り、茶を飲む。ゆっくりと。
「あぁ、恐ろしや恐ろしや、“无二打”殿の技は、老いてなお健在。敵には回したくありませんなぁ、ヌフフ……。そういえば、エスデス将軍と鉢合わせたと聞きましたぞ?よく殺し合いになりませんでしたなぁ。」
「ふむ……噂には聞いてはおったが、出会うは初めてであったさ。あれは……武人と言うのは、ちと違うな、獣だ。血を求め、己の本能に従って殺戮する猛獣よ。……どうやら、儂のような老骨では、お眼鏡にかなわんかったようだが、な」
「ほぉ、それは意外ですなぁ。……さて、世間話はここまで、として。……まずは兄弟子殿、今回の働き、見事です。地方の勢力図も良い旗色になりつつあり、実に、実に良い。これにて、この一件はひとまず、終了ですな。何か欲しいモノはありますかな?失礼ながら、所謂、褒美と言うやつです。」
「……」
そう言って、何かの書類を手に取る坊に、儂は少しばかり驚いた。
昔から、此奴は確かに有能だった。武に関しては粘り強く、相手が油断、慢心した瞬間にとどめを刺す。知においては言わずもがな、内政の頭になる程だ。
そして此奴は利用できるモノは、何でも使う。そんな奴が、こんなにも易く、甘く褒美を取らすか?
いいや、それは無い。必ずや、坊は儂を、まだまだ利用する。
「ん?どうなさいました?兄弟子殿?」
「……いや、何でもないわい。褒美、か。では、美味い茶菓子でも貰おう。子供らが喜ぶ。」
「それだけで良いのですか?我ながら言うのも恥ずかしいのですがね、今の私ならば、兄弟子殿を再び、宮殿に招く事だって、できるのです。」
「……ぬしの下に招く、の間違いであろう?儂はもう、宮仕えをする気はない。さて、と。これでぬしと儂の間に貸し借りは無い。道理を以て解決、であろう?」
「ヌフフ……欲がありませんなぁ、兄弟子殿は。……えぇ、はい。これにて解決、ですな。エスデス将軍が貴方の屋敷を襲う事もありませんし、貴方はこれまで通りの生活に戻るだけです。」
「……その言葉、違えるなよ?では、儂はこれで失礼する。」
そうとだけ言って、茶を飲み干し、カップを置き、立ち上がる。
これで、儂と坊の邂逅はひとまずの終わりであろう。もしも次があるとすれば……この国の
いや、もっとも、儂がそれまで長生きできれば、の話だが……。
そんな、遠くて近い先の事を思いながら、儂はこの部屋を後にした。
「ふぅ。やはり最後まで利き手を見せませんでしたねぇ、兄弟子殿は。」
“无二打”が居なくなった部屋に、そう響く大臣の声。良く見ると、額には少しの汗。
しばらく、静寂が部屋を支配していたが、大臣は何かを思いついたようで、とても良い笑みを浮かべる。
「いえいえ、やはり兄弟子殿を腐らせておく事はできない、許さない、もったいない!!ここは一つ、私の可愛い子さえも、教え導いて頂きましょう……。ヌフ、ヌフフフフ!!」
2
――……帝都に戻り、一度は帰ったものの、ただ荷物を置いた、程度の帰宅。
そして今、両手に甘味を持ち、きちんとした、在るべき帰宅をすべく、歩んでゆく。
道中、いくつもの見知った顔が儂に手を振る。それに儂も応える。
しばらく進む。何故か足は重く、心は晴れぬ。何故だ、何故だ、何故だ。
儂は道理を守った。坊も守った。それで終わりではないか。
なのに、なのに何故、儂は、こんなにも……
『あ、せんせーだ!!』
『せんせーが帰ってきた~!!』
ふと、そんな声が聞こえて来たので、そちらに目を向けると、子らが玄関から、どっと出てきたのだ。
『せんせー!!おかえり~!!』
『せんせー!!おみやげは~!!」
一瞬で儂は子らの体重のまま地に倒れる。
「うむ、待たせたの、土産の菓子もある。それ、兄を呼んで来い。」
そう言って、一人一人の頭を撫でる。
――……あぁ、そうだ。儂がこれから先、再び、血にまみれたとしても。
「ッ……先生!!お待ちして……お待ちして、おりました!!」
「うむ、少し遅くなった。」
――……この子らが居る限り、此処が在る限り。
「さて、皆、茶にするぞ。」
『はい!!せんせーい!!』
――……儂は、陽に、陽だまりに、帰って来られる。