老練虎狼   作:デンデン丸

10 / 11
7話

 

 

 

 「ヌフフ、各方面から、喜ばしい報告が続々と上がっておりますぞ、“无二打”殿。……しかし、帝具をいくつか使い物にならなくしたのは……。いや、貴方には関係ありませぬなぁ。」

 

 いつも通り、テーブルの上には豪勢な食事、酒。

それをほぼ丸呑みにしながら、次々に手を伸ばす、坊。

 

 

 「ふん。儂は、暗殺者を殺せ、とは言われたが、帝具を持ってこい、などとは言われておらぬわ。そも、敵の手に帝具が渡った瞬間から、それらは既に壊されたモノと同じよ。しかし、まぁ……それらを使いこなせるような猛者には、今回、相まみえる事はなかったのぅ、かかか。」

 

 儂はただ坊の対面の席へと座り、茶を飲む。ゆっくりと。

 

 

 「あぁ、恐ろしや恐ろしや、“无二打”殿の技は、老いてなお健在。敵には回したくありませんなぁ、ヌフフ……。そういえば、エスデス将軍と鉢合わせたと聞きましたぞ?よく殺し合いになりませんでしたなぁ。」

 

 「ふむ……噂には聞いてはおったが、出会うは初めてであったさ。あれは……武人と言うのは、ちと違うな、獣だ。血を求め、己の本能に従って殺戮する猛獣よ。……どうやら、儂のような老骨では、お眼鏡にかなわんかったようだが、な」

 

 

 「ほぉ、それは意外ですなぁ。……さて、世間話はここまで、として。……まずは兄弟子殿、今回の働き、見事です。地方の勢力図も良い旗色になりつつあり、実に、実に良い。これにて、この一件はひとまず、終了ですな。何か欲しいモノはありますかな?失礼ながら、所謂、褒美と言うやつです。」

 

 

 「……」

 

 そう言って、何かの書類を手に取る坊に、儂は少しばかり驚いた。

 昔から、此奴は確かに有能だった。武に関しては粘り強く、相手が油断、慢心した瞬間にとどめを刺す。知においては言わずもがな、内政の頭になる程だ。

 そして此奴は利用できるモノは、何でも使う。そんな奴が、こんなにも易く、甘く褒美を取らすか?

いいや、それは無い。必ずや、坊は儂を、まだまだ利用する。

 

 

 「ん?どうなさいました?兄弟子殿?」

 

 「……いや、何でもないわい。褒美、か。では、美味い茶菓子でも貰おう。子供らが喜ぶ。」

 

 「それだけで良いのですか?我ながら言うのも恥ずかしいのですがね、今の私ならば、兄弟子殿を再び、宮殿に招く事だって、できるのです。」

 

 「……ぬしの下に招く、の間違いであろう?儂はもう、宮仕えをする気はない。さて、と。これでぬしと儂の間に貸し借りは無い。道理を以て解決、であろう?」

 

 「ヌフフ……欲がありませんなぁ、兄弟子殿は。……えぇ、はい。これにて解決、ですな。エスデス将軍が貴方の屋敷を襲う事もありませんし、貴方はこれまで通りの生活に戻るだけです。」

 

 「……その言葉、違えるなよ?では、儂はこれで失礼する。」

 

 そうとだけ言って、茶を飲み干し、カップを置き、立ち上がる。

これで、儂と坊の邂逅はひとまずの終わりであろう。もしも次があるとすれば……この国の()が亡くなる時の坊の立場次第。強者であれば邂逅は無く、坊が弱者ならば……。

 いや、もっとも、儂がそれまで長生きできれば、の話だが……。

 

 

 そんな、遠くて近い先の事を思いながら、儂はこの部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅ。やはり最後まで利き手を見せませんでしたねぇ、兄弟子殿は。」

 

 “无二打”が居なくなった部屋に、そう響く大臣の声。良く見ると、額には少しの汗。

 

 しばらく、静寂が部屋を支配していたが、大臣は何かを思いついたようで、とても良い笑みを浮かべる。

 

 「いえいえ、やはり兄弟子殿を腐らせておく事はできない、許さない、もったいない!!ここは一つ、私の可愛い子さえも、教え導いて頂きましょう……。ヌフ、ヌフフフフ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――……帝都に戻り、一度は帰ったものの、ただ荷物を置いた、程度の帰宅。

そして今、両手に甘味を持ち、きちんとした、在るべき帰宅をすべく、歩んでゆく。

 

 道中、いくつもの見知った顔が儂に手を振る。それに儂も応える。

 

 

 

 

 

 しばらく進む。何故か足は重く、心は晴れぬ。何故だ、何故だ、何故だ。

儂は道理を守った。坊も守った。それで終わりではないか。

 なのに、なのに何故、儂は、こんなにも……血を求める(・・・・・)

 

 

 『あ、せんせーだ!!』

 

 『せんせーが帰ってきた~!!』

 

 ふと、そんな声が聞こえて来たので、そちらに目を向けると、子らが玄関から、どっと出てきたのだ。

 

 

 『せんせー!!おかえり~!!』

 

 『せんせー!!おみやげは~!!」

 

 一瞬で儂は子らの体重のまま地に倒れる。

 

 「うむ、待たせたの、土産の菓子もある。それ、兄を呼んで来い。」

 

 そう言って、一人一人の頭を撫でる。

 

 

 ――……あぁ、そうだ。儂がこれから先、再び、血にまみれたとしても。

 

 

 「ッ……先生!!お待ちして……お待ちして、おりました!!」

 

 「うむ、少し遅くなった。」

 

 ――……この子らが居る限り、此処が在る限り。

 

 

 「さて、皆、茶にするぞ。」

 

 

 『はい!!せんせーい!!』

 

 ――……儂は、陽に、陽だまりに、帰って来られる。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。