俺は悪でいい。そう思うようになったのは、いつからだったか。原点がどの辺からだったのか今は覚えていない。ただ、分かっていたのは人の悪意も善意も見過ぎた上で俺が出した答えの果てがこれだったという事だ。
誰かの笑顔のために足掻く自分の愚かしさも重ねてきた罪の重さも良く理解している。だがそれでもと、窮地に立っている誰かに救いがあるのならばと傲慢にも走り続けてきた。
結果、良くも悪くも俺は自身を捨てきれなかったのだろう。偽善であっても善人でありたいとそうあるべきだと考えていた。それでもその度に裏切られてきた。
理想をいかにして体現したとしても、努力の果てに得たものが望んでいたものと違うなどと幾度もあった。
ならばといつしか俺はこう考えるようになってしまった。
「全ての悪意を引き受ければいい」
正義と称してこのまま、救い続けたとしても何も残せない。だが悪意は別だ。明確な悪の元凶がこれだと分かれば人々は力を合わせて悪を倒そうと励む。
光と闇は必然的に反するのだから当然と言えば当然だ。俺の死に様はその結果語るまでもなく死刑判決だった。だがそれでも俺は満足だった、少しでもその方針が間違っていると気づいてくれたのなら、自分はああ言う風にはなりたくないと感じてくれているのであれば他に何もいらなかった。
俺に明確な正しさという概念は持っていない。ただ持っていたのはやらなければいけないという義務的意識と自己満足だけだった。
救いたいから救ったというのは、少し違う。俺はきっとそうやって誰かを救っている、自分ではない誰かを見て憧れたのだろう。
持ちえなかったものだから、今まで出来なかったことだから。
青年期、俺にも友と呼べるものはいた。だが、そいつ等も結局俺は最後まで信じきれなかった。
「どうせ上辺だけの付き合いだろうと」
「友達などという都合のいい解釈をして好き勝手に振る舞うその在り方に」
俺は多分うんざりしていたのだろう。元々人間という生物があまり好きではなかったのだ。これは別に親の愛情を知らずに育ったとかそういう話ではない。ただ、憎み憎まれる。殺されるなら殺す。人間の業や行ってきた罪の数々を俺は見すぎたのだろう。
苦しくないわけではなかった、辛くないわけでもなかった。ただあったのは、何年もたち、それこそ上に立つものとして自覚があるのにも関わらず平気な顔をして罪を重ねているヤツらに酷く絶望してしまっただけなのだろう。
もし、来世というものがあるなら。
次こそは、全ての人間を救いたいと願う。