迷宮町のニイさん(仮) 作:ダークエルフスキー
普段より学校に着くのが遅れたのは、後輩を助けたことだけが理由ではなかった。
「やあ! モコ~やっはろ!」
校門を通ったモコに声をかけてきたのは、丸眼鏡を掛けた一風堂ユカリ。
彼女は運動部でもないのに朝からジャージ姿であった。
「おはよう、ユカ」
「あ、お、おはようございます」
「やあやあ、おはよう、おはよう、後輩君」
まるで恋人のように、モコの腕に抱きついていた後輩女子が慌てて離れる。
それから頬を染めながらモコのことを見上げ「で、では神崎先輩、失礼します……あ、あの、
愉快そうに見送るユカリとは逆に、モコは死んだ魚の目になっていた。
「うひひっモコさん、見ましたあの子、
「…………」
クラスメートで、幼馴染の一風堂は容赦なかった。
「なにがあったか察するけど、モコってば昔から女たらし」
「私、好きこのんで、たらしてるわけではないのですが?」
「腐るな腐るなよ、流石は女騎士さま。ケツの青い小娘なんてイチコロだわ、うわはははっ」
モコはやるせない気持ちで溜息をついた。
それから、ちらりと親友を見ると。
「ところで、ユカ、なんで朝からマッスルスーツ着ているの?」
「へっ!? ちょ、ちょっと、朝からボケないでよモコ。今日の新入生歓迎の迷宮探索レクリエーションは、うちら二組の番でしょ?」
「あ……そういえばそうでした」
「あらやだ、この天然娘は素で忘れていたヨ」
「今朝は色々あったから……」
「ふ~ん、まあ、それよりモコも着替えたほうがいいよ。一限目から新入生にパンフ配りと備品の受け渡しとかやるみたいだから」
去年はモコたちが歓迎される側だった。
「今年の一年二組の女子は半分以上が外からきた子みたいだから、【かばん】使っての早着替えのやり方を教えなきゃだ」
「うわ、半数以上も? 今年は大変だね」
「いや、モコも先輩として当事者でしょ? なんでこういうときだけ他人事なのよ」
校庭では、モコが在籍する二年二組の男子生徒たちが木箱を運搬している。
同じように荷物を運んでいる先輩たちの姿もちらほら確認できた。
「あ、そうそう、モコ」
「うん?」
「今日から新しい迷宮指導の教員が来るみたいよ」
「へぇ、そうなんだ」
「あれ、随分と反応が淡泊だね」
モコは渋い顔を見せた。
「だって、迷宮指導に来る人って、元探索者だから」
「ああ、ニイヤさんが有名人だから、その妹も変な期待されるもんね」
「期待というか、敵愾心というか……」
「うひひ、多田は本当に酷かったよねぇ」
「もう、笑いごとじゃなかったんだよ」
前任の多田カズヒコは横暴な性格で、生徒たちから不評であった。
指導中は発育の良い女子をいやらしい目で見ていたり、不用意に体に触れようとすることが多く、保護者たちからの苦情が学校へと再三きていた。
その多田とニイヤは探索者として
「多田は病気治療で退職って話だけど、実際にはナニかやらかしたんじゃないかって、みんな噂してるね」
「う~ん、あの人だとありそう。というか学校に来る探索者って、まともな人がいない気がするんだけど……」
口にしながら浮かんだのは兄の姿。
モコがブラコン気味であることを差し引いても、ニイヤは人格者といえた。
それに対してユカリは当然のように答える。
「そりゃ、
「へ?」
「うちの爺ちゃんが言ってたけど、そういう暴力振るうだけが取り柄のチンピラ崩れは、探索者として続けていくことすら出来なくなるんだって」
荒事の仕事とはいえ、命の掛かった場所ではなによりも信義が重んじられる。
自分の都合だけ優先させ、身勝手な行動をとる者はパーティが組めなくなり、やがてはまともに稼げなくなって引退するしかなくなるのだ。
多田カズヒコも、そのような探索者の一人であった。
「流石に一風堂のお爺ちゃんは言うことが鋭いね」
「探索者に関わる仕事だから、余計に目が肥えるらしいよ?」
なるほどとモコが頷き返そうとしたそのときだった。
「お、神崎、そこにいたのか」
「ヒャ!? ……く、工藤先輩っ!?」
突然背後から、思いもよらぬ人物に呼びかけられ、モコは飛びあがった。
「あ、工藤先輩だ、やっはろ~!」
「おはよう、前から思ってたんだが一風堂、何なんだよその挨拶は?」
咎める言葉だが、口調は面白がっているものだ。
モコが振り向くと、ジャージ姿の工藤マサルが段ボール片手に立っている。
短くかりあげた髪と、日に焼けた精悍な顔立ち。
180㎝半ばのガッチリとした体格と相まって、若武者のような頼もしさがあった。
「おは、おは、おは、おひゃようございます!!」
「ちょっと……テンパりすぎだよモコ」
「ははっ、すまないな神崎、なんだか驚かせてしまったみたいで」
工藤の謝罪に、モコは顔をぶんぶんと振った。
「どうしたんですか工藤先輩? モコになんか用事ですか?」
天然な幼馴染の態度から埒が明かないと、ユカリが助け舟をだした。
「ん、今回のレクリエーションの担当パーティ、前衛枠で俺と神崎が一緒になるから伝えておこうと思ってな」
「わた、私と工藤先輩が一緒のパーティにっ!?」
「ああ、お互い数の少ない騎士クラスだから中々組めなかったが、いい機会なんで今日は神崎の動きを見させてもらうつもりだ、よろしく頼む」
「あ、は、はい、頑張ります! こ、こちらこそ、先輩の動きを勉強させて頂きます!!」
「ははっ、そう言われるとなんだか怖いな、それじゃ、俺はこれを運ぶ途中だから」
工藤は朗らかに笑うと、片手をあげ歩いて行った。
モコは知らず知らずのうちに手のひらを組んでいる。
「へぇ、ふ~ん、あらまあ」
「…………な、なに、ユカ?」
楽しげなユカリの声に、工藤の背中をずっと視線で追いかけていたモコは我に返る。
一風堂はにやにや笑って。
「モコさん、今、すんごい
モコは熱くなった頬を両手で隠すと、必死になって否定したのだ。