迷宮町のニイさん(仮)   作:ダークエルフスキー

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白羽の矢が刺さりました

 準備を終え、一年から三年までの二組の生徒たちが並ぶ校庭。

 朝礼台に立つ背広姿の年配女性……迷宮高校の校長である原崎キョウコはマイクを使い、迷宮に入る際の注意事項を話していた。

 だが生徒たちの関心は彼女の斜め後ろ……青い目をした国籍不明な美女に向いている。

 その様子に苦笑した原崎校長は話を切りあげ、新しい(・・・)迷宮指導教員である神崎ニーヤ(・・・)の紹介をすることにした。

 原崎校長から、迷宮管理局によって作成された(・・・・・)ニーヤの経歴が読みあげられる。

 

 それから、マイクを渡された神崎ニーヤこと、神崎ニイヤは『あれ?』と、困惑した感じで自己紹介を始めた。

 

 生徒たちから期待の視線が、黒髪の女性に集まる。

 美麗な唇からこぼれる、ハスキーだが艶やかな声。

 匂い立つ豊満な肉体は、日本人離れした八頭身のプロポーション。

 わずかに身動ぎする仕草すら妖艶である。

 アイパッチ、そして手袋を片方だけ着け、ジャージも着ない剥きだしのマッスルスーツ。

 奇妙ないでたちは迷宮ではマイナスにはならない。

 むしろ薄スキンのむちむちでぱっつんぱっつんな分だけ高得点だ。

 宝石のようなアイスブルーの瞳……その惹きこまれそうな蠱惑的な容姿はまさしく魔女。

 類を見ないニイヤの美貌に生徒たちは、セイレーンの歌声を聴いた船乗りのように惚けた表情を浮かべる。

 

 有名芸能人を生で見たような周りの反応をよそに、モコは首を傾げていた。

 

 ニイヤは自己紹介で、探索者歴十五年のあとに三十歳独身と言っていた……果たして、そこまでプライベートを語る必要があったのだろうか?

 普段のニイヤらしくない自己語りの様子にモコは疑問を感じた。

 しかし、すぐに察した。

 傍目にはクールそうに見えるニイヤ……だが、その左の瞳は忙しなく動いていた。

 キョどっている……ニイヤは自分が何を喋っているか分からなくなるほどテンパっていたのだ。

 考えてみれば兄に、世間一般的な社会経験などない。

 むしろ迷宮の奥底に潜る探索者は、ある意味では引きこもり。

 そんな生き方を生業としてきた者にとって、これほど大勢の人前に出れば緊張するのも致し方ないことだ。

 ニイヤの碧眼と視線が合う……助けてモコちゃんと訴えかけている……モコは精一杯応援した。

 目を逸らし心の中だけで……。

 神崎姉妹は目立つことが非常に苦手なのだ。

 それと「うそ、あんな凛々しいのに独身……イケルワ!」と言う女子の声や「なんだ二十歳くらいかと思ったら三十路のBBAかよ……俺と結婚してくれ!」なんて声も聞こえたが、怖いのでモコは深く考えないことにした。

 

 

 

 連絡事項も終え、学校の正門からしばらく歩いた場所にある迷宮第二階層の入り口まで、百人以上のジャージ集団がぞろぞろと移動する。

 すでにジャージを脱いで、体の線を晒している気の早い者も何人かいた。

 男女例外なく格闘系の者たち……運の良いことに、二組には担当教師含めニンジャはいない。

 迷宮の高校は一学年四組の構成で十二クラスある。

 迷宮行事の際は一組~四組の四つに分かれて行動する。

 そのためこの学校は横のつながりよりも、縦のつながりの方が強い特徴があった。

 

 モコが歩いていると前方から黄色い声が聞こえた。

 視線を向けると、三年女子に囲まれ質問攻めにあう背の高いニイヤが見えた。

 しかもどういう流れなのか、きゃあきゃあと交代で腕に抱きつかれている。

 モテている……今のニイヤはれっきとした女で、そして誰が見ても女顔であるのに関わらず女子にモテていた。

 神崎家には女殺しの呪いでもかかっているのだろうかと、モコは本気で悩んでしまう。

 明らかに困っている様子のニイヤ、「先生、恋人はいますか?」とか「お化粧はなにを使ってます?」とか「どこの国の出身ですか?」など聞こえてくる。

 モコはそれを横目にしながら隣を歩くユカリに話しかけた。

 

「ねえユカ。ニィさんが言ってたんだけど、学校から管理局のほうに女の指導教員の要望があったんだって……やっぱり前の指導教員がやらかした感じなのかな?」

 

 学校に来る予定だった迷宮指導教員――女の探索者が急な都合でキャンセルとなり、迷宮管理局の休憩所でお茶を飲んでいたニイヤが今日だけの代理として来たのだという。

 管理局の職員に熱心に頼まれ、頬をかくニイヤの姿が目に浮かぶようだ。

 

「噂どおり、多田がセクハラでもしちゃったとか? それで校長先生が男の探索者を警戒しているのかも?」

「ふ~む」

「やつめは、うちらのオタケ先生に一方的によく絡んでたからなぁ。まったく相手されないで切れて、オタケ先生に襲いかかったんじゃない? いひひひひ」

「ユカ……それは流石に笑えないよ?」

「大丈夫大丈夫、うちの爺ちゃんも、オタケ先生は教師にしておくのは勿体無いくらいの益荒男だって言っているから、本当にやったら体に触れる前にぼこぼこにされてるよ」

「女の人にその評価はどうなのかな……」

 

 オタケ先生の愛称で親しまれている、二年二組の担当教諭、鷲宮タケヨ。

 高校入学でこの町に来た外組だが、ある事件がきっかけで探索者用の剣道道場に熱心に通うようになり、迷宮の高校や大学で様々な武勇伝を残したとされる女傑である。

 そんな経歴だとガチガチの体育会系と思いきや、実際には、おっとりとした見た目とおだやかな性格で生徒たちから人気のある教師であった。

 

 別名、仏のオタケさんである。

 

 そんな会話をしていたせいか、タケヨの姿がモコの視界に入った。

 少し離れた斜め前方を歩く彼女……生徒と同じジャージ姿だが不思議と大人の品があった。

 モコが自分の将来の女性像として密かに憧れている人でもある。

 そのタケヨの横顔は、いつも通りの穏やかで優しい表情をして……いなかった。

 思わず二度見した。

 二年二組の担当教師である鷲宮タケヨは、モコが今まで見たことがないような鋭い目をしていたのだ。

 モコはひどく驚いてしまう。

 

 そして、タケヨの睨みつける視線の先……そこには神崎ニイヤがいた。

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