「……あ、今日燃えるゴミの日だった……」
目が覚めてすぐにそれを思い出したけど、3時間アラームの鳴りっぱなしだったスマホが、現在時刻13:00を教えてくれた。
引きニートの良いところは、いつでもいつまでも寝てていいこと。悪いところは、ゴミ出しの難易度がめちゃくちゃ上がること。
「……はぁ〜……やむ……」
最悪な1日の始まりだ。……まぁあと半分も今日が残ってないからいいけど。
「とりあえず起床ツイしとくか……『いまおきた』……っと」
すぐに何件か返信が返ってきたので、適当にいいねを押して対応しておく。
インターネットはいい。たかだか5文字の文章でこれだけ反応してくれるから。喋れば喋るだけ人が離れていくリアルとは大違いだ。
タイムラインを遡って、寝落ちしてた間の投稿をチェックする。時々、自分が寝てる間は時間が止まってくれたらいいのにって思う。そうすれば、こんなことしなくても世界に取り残されずに済むから。
ぼーっとタイムラインを眺めていると、ある投稿が目に入った。それは、フォロワーの誰かが拡散した、あるアイドルプロダクションの公式アカウントの投稿だった。
「……目指せ新年号最初のシンデレラ……?」
最初に目に入ったのは、些か立派過ぎる気さえするキャッチコピーだ。
この投稿の主である346プロダクションは、毎年所属アイドル全員で総選挙を行い、その年の『シンデレラガール』を決めている。そして次の総選挙が、平成に替わる新しい年号で行われる最初の総選挙と言うことになる。その総選挙に向けて平成最後の、新人アイドル発掘オーディションを実施する、という内容が投稿には記されていた。
いつもなら、他の投稿と同じ様にそれっぽいコメントを書きつつ拡散ボタンを押して、それでお終いにしていただろう。でも今は、その『新年号最初のシンデレラガール』という言葉から目が離せなくなっていた。
それはもしかしたら、先日迎えた10代最後の誕生日を誰とも喋らずに過ごしてしまったせいかもしれない。このままでは平成最後にして10代最後の1年が目の前を通り過ぎて行ってしまうんじゃないか、という底無しの不安は、ぼくを動かすのに十分だった。
「……落ちたら『346プロ落ち』って肩書き名乗れるしな」
こうしてある日の平日14時、ぼくは応募する履歴書を買うべく、世界へと足を踏み出した。
▽
「……、以上の番号の方は合格です! 連絡事項がございますので、案内の者に続いて別室へご移動をお願い致します。番号を呼ばれなかった方は、残念ですが、不合格となります。本日は長時間ありがとうございました」
テンプレートのような説明文、テンプレートのようなオーディション受験者達の反応、そしてテンプレートのようなぼくの不合格。
すべてが、予想通り。
書類審査を通過して、最終面接まで辿り着いたときは、『世界が変わったんだ!』なんて思ったりしたけど、そんなことはなく。
世界は特に変わらず、今日もテンプレート通りに回っていた。
まあ、知ってたよ、うん。こんなちょっと乳がでかいくらいしかいいところ無いやつ、アイドルになんかなれないよな。
だって、アイドルだぜ? メンヘラの特効薬にして、財布の天敵。ただ存在するだけでオタクにすこってもらえる、尊いもの。
なんでこんなことに挑戦しちゃったかなー。叶いっこないってわかりきってたのに。……ま、若気の至りってやつ〜?
「は〜、まじやむ……」
もうインターネットでもしないとやってらんないよな。……あ、意外と早く終わったから、すぐ帰れば推しの配信リアルタイムいけそーじゃん。
「そうと決まれば……『やむ。。。ぎゅてして。。。』……っと」
それなりに構ってもらえそうな雰囲気の、それらしい文言を入力ボックスに打ち込む。あとは送信ボタンを押して、この会場を出たらいつも通りの毎日だ。『346プロ落ちましたー!』なんていう鉄板ネタが1つ増えたし、またテンプレート通りの毎日に戻ろうじゃないか。
そう思って、いたはずなのに。
ぼくは投稿ボタンを、押せなかった。
だってこのボタン押しちゃったら、それはこの現実を受け入れるってことで。
『魔法使いが現れて、ぼくをシンデレラにしてくれるかもしれない』なんて夢、分不相応だってわかってたはずなのに。
どうして視界がぼやけて、投稿ボタンを見つけられないんだろうな?
どうして『大してご利益ないでしょこんなの笑』って思いながら願掛けした近所の神社のことなんて脳裏に浮かぶんだろうな?
どうして、普段は信じてなんかいないくせに、今だけは『神様なんて信じない』って思っちゃってるんだろうな?
どうして、どうして、どうして、どうして。
そんな思考は、突如視界に入ってきた指が、投稿の下書きを全削除する動きによって中断させられた。
顔を上げると、小柄な黒髪の男性が、怖い顔でこちらを睨んでいた。
「夢見りあむ、だな? 話がある」
小柄ではあるものの、そのツリ目からは圧を感じる。……え、ぼくなんかした……?
でも彼が口にしたのは、予想だにしない言葉だった。
「お前、アイドルになれるって言われたら、信じるか?」
「……神様……」
前言撤回。神様ってのは、意外と出現率高いらしい。
▽
「Pさん、いやPサマ! アイドルにしてくれるなんて……神じゃん」
ぼくは合格者達とは更に別の部屋に通されていた。プロデューサーを名乗る先程の男が、机を挟んで向かい合って座っている。
ここに来るまでに聞いた話によると、本来なら不合格だったぼくだったけど、このプロデューサーの目に留まり、特別枠での選出となった次第だそうだ。……やっぱ居るんだね、神様って。
ぼくの言葉を聞くと、彼は『かみさま、か』と口の中でしばらく言葉を転がしたかと思うと、
「……クク……クッハッハッハ! 神様! 神様ときたか! 」
突然、大声で笑いだした。特に神様、というのがお気に召したらしい。しばらくして大笑いが治ると、今度はぼくを見て、ニィッと口の橋を上げて笑った。……もし悪魔の笑顔なんてものがあるのなら、それはきっとこの顔だろう。
「悪いな、俺は神様じゃねぇんだ。神様の皆様なら、満場一致でお前の不合格を決めてらしたけどな」
「満場一致……。……じゃあ、あなたは……?」
「俺か?うーん、そうだなぁ、言うなれば……」
「悪の魔法使い、ってとこだ」
「悪の魔法使い……?」
「そ」
困惑するぼくを尻目に、彼は哀しい目をして喋り出した。
「世界ってのは、ほとんど嘘で出来てる。世界は平和なんかにならないし、奇跡は起こらない。神様なんて存在しないし、ラブソングを歌う歌手は恋人を殴ってるし」
「けどな」
そこで彼は一旦言葉を切ると、しっかりとこちらを見つめてきた。
「興味と愛だけは作れねぇ。これだけはどうやっても本物を用意するしかない」
「その点、お前は完璧だ。……酷い学歴、酷い性格、酷いメンタル。普通のプロデューサーじゃあ万事休すのレベルだ。けどな、お前が持つアイドルへの興味と愛、これだけは他の連中とは群を抜いてるのがわかった」
一体この人は、ぼくに何を伝えようとしてるんだ……?
「さて、本題に入ろう。結論から言うと、お前は絶対に【シンデレラになれない】」
それは、わかってたことだ。さっきのオーディションの結果が物語っている。
「たがな、【舞踏会を制圧することはできる】」
「舞踏会を……制圧……?どういうこと……?」
依然、状況がのみこめない。ただ、何となく、ぼくは激ヤバ案件に巻き込まれようとしていることだけがわかった。
「だって考えてもみろよ。良い魔法使いなら、シンデレラにドレスを仕立てて、カボチャの馬車に乗っけて舞踏会に送り出すんだろうが……」
「生憎、俺は悪い魔法使いでね。俺が仕立てるのは戦闘服、お前を送り出すのは防弾仕様の護送車両だ。」
「丸腰の姫が何人居ようと、武装した民間人なら1人でも制圧できるさ」
「さぁ、問おう、夢見りあむ」
彼が入社同意書類をぼくに渡してきた。
「アイドルになって、世界征服しないか?」
どうやらぼくの10代最後の1年は、とんでもない1年になりそうだ……。