珍しく、アラームよりぼくの方が早起きだった。
労基法ガン無視で日光を遮る仕事をしてもらっていたカーテンにも、休暇を取らせた。
燃えるゴミもちゃんと出してきた。
まるでちゃんとした人間みたいだ。
もしかして、世界、変わったのでは?
嘘、わかってるよ、世界が変わってないことくらい。そんなの、タイムラインを見れば一発だ。
でもぼくはもう少しだけこの嘘に浸っていたくて、手にしたスマホの画面を消した。
結局、家を出てから事務所に着くまでの間、ぼくはスマホに触らなかった。
▽
プロダクション事務所に来たのは、オーディションを受けに来たとき以来だ。最上階まで見上げると、首が痛くなりそう。
そりゃあ、こんな立派なオフィスを構えるアイドルプロダクションでアイドルなんかできたら、間違いなく人生逆転できるだろう。
でも、ほんとうにぼくが? これは性質の悪い一般人対象のドッキリで、今も何処かからカメラで撮られているのでは? 『詳しい話をするから』ってプロデューサー(を名乗る人)に言われたから来ちゃったけど、そんな人物存在しないのでは?
その疑念は、エントランスで私を待っていたPサマと会うまで続いた。
▽
「おう、よく来たな。来なかったらどうしてくれようかと思ってたわ」
「ぼくだって、ドッキリだったらどうしようって思ってたんですけど!」
「はっはっは、そこはお互いサマってことにして欲しいもんだね。まぁこんなとこで立ち話もなんだ、我が部署の部屋にご案内しよう」
Pサマに続いて、エレベーターへと乗り込む。各フロアごとに書かれた説明文の多さから、一生この建物から出なくても生きていけるんじゃないか、とさえ思えた。
エレベーターが止まったのは、『営業部門』という記載だけの、やけに簡潔なフロアガイドが書かれたフロアだった。
エレベーターから降り、Pサマの後に付いて廊下を歩く。いくつか部屋を通り過ぎた廊下の端のドアの前で、Pサマが足を止めた。
「さて、ここが今日から俺たちの活動拠点だ」
「し、失礼しま〜す……」
鍵を開け入っていくPサマの後ろから、部屋の中を覗き込む。
「基本的に年功序列、そこにちょろっと成果主義を混ぜた程度の組織だからな。まだデビューが決まっただけ、それも『正規ルート』を使わずに潜り込んだ身で、碌な部屋を割り当てられるワケねーだろ」
驚くぼくを見越したように、Pサマが言った。でも無理もないだろう、その部屋は『アイドルプロダクションの営業部署』と言うには、些か簡素過ぎた。
仮眠室がベースだったらしく、ベッドと大きめのソファが部屋の大部分を占めている。そして奥の方に、それらと親和性のないデスクがちょこんと鎮座していた。
「どうだい? 俺たちの秘密基地の感想は?」
そんなこと聞かれても、答えは1つしかない。
「仕事場にベッドがあるなんて最高じゃん! だって仕事の時間に寝ててもいいんでしょ?!」
「良いワケねーだろ」
「そんな?! ……やむ……ベッドにぎゅてしてもらお……」
Pサマに即突っ込みを入れられ、ぼくは意気消沈とベッドに倒れ込んだ。……流石大手芸能プロダクション、素晴らしい寝心地だ。
「……、ベッドを堪能してるとこ悪いが、仕事の話が先だ」
何か言いたそうなことをぐっと堪え、Pサマがそう言った。
「さぁ、作戦会議を始めよう」
▽
「まずはお前の立場を説明しとくか」
「立場?」
「お前はオーディション不合格にも関わらず採用された、言わば『特例』だ。それに対して他のアイドルは、しっかりオーディションに合格して採用された連中だ。そいつらが、『特例』のお前にいい顔をすると思うか?」
ブンブンと首を勢いよく横に振る。どう考えたって、良い印象は持たれないだろう。ぼくだったら、音ゲー中を狙って、いいね爆撃をしてコンボを途切れさせるくらいの嫌がらせはすると思う。
「つまり、他のアイドルと組んで売り出す、所謂『ユニット推し』戦略はできないものと考えてくれ。……何なら、お前が受けたオーディションの合格者はそいつらでユニットを組んで売り出すらしいが、お前は別枠だ」
「……ユニットを組めないって、そんなにヤバいことなの……?」
ぼくが率直な疑問をぶつけると、Pサマが丁寧に説明してくれた。
「単純に、知名度を広めにくい。ユニットなら誰か1人が人気を集められれば、他の連中も『○○じゃない方の子』『××が所属してるユニットの子』みたいに付随して覚えてもらえる。とりあえず顔さえ覚えてもらえれば、そこからは地力でアピールできる。『じゃない方』から売れ出して、最終的には相方より活躍するようになった連中なんてごまんと居る」
「うぇぇ……そんなの聞いたらむりじゃん……やむ……」
自分の戦況をなんとなく理解できたけど、とにかく旗色が悪いことしかわからない。
「けどな、ユニット推しも良い事ばっかじゃない。歌やダンスを自分でモノにするだけじゃなく、他のメンバーとも合わせなきゃいけない。それにアイドルとしての方向性も、ユニットメンバーと被らないように制約が掛かるから、選択肢が狭まることだってある」
フォローするようにPサマが言葉を掛けてくれる。やっぱりPサマは神じゃ……?
「それに何より、ユニットを組むと、そのメンバーと仲良くやる必要が出てくる。そういう意味では、りあむにはユニット活動は向いてないからな」
「……どういう意味?」
「え、だってりあむ、お前『友達』って呼べる奴周りに居ないだろ?」
……神だと思ったぼくが憎い!
「な、なんでそれを……?! じゃない、そ、そんなことないよ! ……多分! ぼくのフォロワー数みる?!」
「そいつらのこと『友達』じゃなくて『フォロワー』って先に言ってる時点でもうな……。どうせあれだろ、今までも『クラスメイト』とか『知り合い』は作れても『友達』は作れないタイプだろ」
「ぐぅ……」
ぐぅの音しか出ない。やむ……。
「さて、それを踏まえて、ここからは具体的な戦略の話だ」
「既に詰んでる気がハンパないんだけど……こっから売れる方法なんてあるの……?」
「もちろん。……りあむには、徹底した逆張りをやっていってもらう」
「逆張り……?」
「普通、アイドルは『ファンを笑顔にして』結果として『ファンに応援してもらう』だろう?」
「それは……そうかも」
言われてみれば、ぼくも笑顔を見たくて、アイドルを応援してる気がする。……周りもそういうスタンスの人が多いんじゃないかな?
「りあむ、お前にはその逆を行くアイドル……『ファンに応援してもらう』ことを目的に、結果として『ファンを笑顔にする』アイドルをやってもらう。……まぁ、要はだな」
そう言うと、Pサマはニヤァ……と、悪い笑顔を浮かべた。
……うん、この人は絶対、神なんかじゃない。どう考えても悪属性だ。それも、陰湿なタイプの。
「媚びろ、オタクに。すこってもらえるだけすこってもらえ。チヤホヤされるためにアイドルをやれ、夢見りあむ」