ゾンビランドサガ 短編   作:とやる

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ゾンビランドサガのss増えて(切実)


ゾンビランドサガ 短編

「そういえば、グラサン何食っとるとや?」

 あくる日の午後。

 次のライブに向けたレッスンも終わり、ストレッチで身体をほぐしていたさくらにサキがふと思い立ったように話しかけた。

「んー、言われてみれば分からんとや……」

 問われて記憶を掘り返してみるが、サキが言うところのグラサン……巽幸太郎の普段の食生活にはとんと思い当たることがない。

「そもそも、あいつちゃんと飯食ってんのか?」

 重ねて疑問を投げかけるサキ。

 色々という言葉だけで片付けるにはさくらにとって、いや、フランシュシュにとって大きな意味を持ったアルピノライブが終わってもう一週間が経つ。

 事が事だっただけに数日間の休養期間を設け、いざ活動を再開したのが今週のはじめのこと。

 良くも悪くも絶大なインパクトを残せただけに次の仕事に幾ばくかの期待を寄せていたりもしたが、蓋を開けてみれば地域でのご当地アイドル活動だった。プロデューサーである巽幸太郎の弁によれば『こういう地域に根付いた活動が大事なんじゃーい!!』とのことらしい。当然それ自体に不満はないが、気になることはあった。

「幸太郎さんちゃんと休んどると……?」

 自分たちにはきちんと休養期間が与えられたが、終わると同時に新たな仕事があった。今日も営業だとだけ言い朝から外に出ている。

 アイドル事務所を実質一人で運営している彼に休息の時間があるのか……などと一度考え始めて仕舞えば、真っ先に切り捨てる時間に食事と睡眠が思い浮かぶのは直ぐだった。

「もしかしたら幸太郎さんちゃんとした食事しとらんのかもしれん」

「巽はご飯食べてるよ。それに、毎回ミーティングに小ネタ用意してくるしご飯の時間はあるんじゃないかなってリリィは思うな」

「おうちんちく!お前なんか知っとるとか?」

 さくらとサキの話を聞いていたリリィの発言に、サキがいつものように揶揄う。

 リリィもいつものように「ちんちくじゃないもん!」と反論して、「えっとね」とさくらをみる。

「前に巽の部屋に行ったときね、じゃらじゃら〜ってラムネと一緒にフランスパン食べてたよ」

「……」

「ひとりでお菓子食べるなんて巽ずるいよね」

 ぷくっ〜と可愛くむくれてみせるリリィを尻目に、さくらはまさか……と思案する。

 思い当たる節があった。それは。まさか。もしかしなくても。

「サプリメントやん!?幸太郎さんサプリメントで栄養摂取しよると!!?」

「きゃっ、急にどうしたのよさくら」

「愛ちゃん!幸太郎さんがご飯ちゃんと食べてなかと!!」

「OKさくら、ステイ。ちょっと一回説明してくれる?」

 さくらの突然の大きな声に驚いた愛が理由を尋ねる。

 さくらから一連の話を聞いた愛は「あー」と思案し、

「たしかに、あいつはちょっと働き過ぎかもね」

「愛ちゃんもそう思うと!?」

「まあね。裏方一人なんてそもそもがあり得ないのにこうしてフランシュシュは活動できてるわけだし……」

「わ、私記憶が戻ったときにただでさえ忙しい幸太郎さんにさらに迷惑を……!?ど、どやんすどやんす……」

「そう思うでありんしたら、手料理をさくらはんが振る舞う……というのはどうでありんしょうか」

 連鎖して半ば仕方のないところがあったとはいえ過去の自分の所業が幸太郎にとってどれほどの負担になったのかを考え始めたさくらに、ゆうぎりの凛とした声がかけられる。

「幸太郎はんの食生活の改善。さくらはんのお礼と謝罪の気持ちも伝えられると思いんす」

「料理……うん、それはいいかもね」

 ゆうぎりの提案に愛が頷く。

「さくらお前料理できるとか?」

「で、できなくもないけど……幸太郎さん迷惑じゃなかとかな……。ほら、私たちゾンビやし」

 自分の手を見つめ、さくらは自信なさげに呟く。

 幸太郎の助けになるのなら幾らでも作るが、ゾンビお手製の手料理。普通に考えたら気持ちよく受け取れという方が無理があるように思えてならなかった。

「さくらはんが心配していたのはそんなことでありんしたか」

 そんなさくらに、ゆうぎりは微笑みながらさくらの耳元に口をよせ、

「他でもないさくらはんの作ったものでありんしたら大丈夫だと、わっちが保障いたしやしょう」

 そう、優しく囁いた。

 

 決まってしまえばあとは早かった。

 もともとさくらとて幸太郎にしっかりと食べて欲しいと思っていたのだ。作ること自体に否などあるはずもない。

 流れでフランシュシュメンバー全員分の晩御飯も作ることになってしまったので結構な量になってしまったが、幸いにも何故か館の冷蔵庫には食料が詰まっていた。

「なんでこやん食材が?」

「どれどれ……うわっ、賞味期限ギリギリのものばっかりね。流石に不味いって思って買ったものの結局ってパターンっぽいわね」

「ああ……」

 ゴム手袋をした愛が食材を取り出しながら顔をしかめる。

 さくらは何を作るかを頭の中でざっとレシピを思い起こしながら、エプロンと調理用ゴム手袋を装着する。

「衛生面が怖かけんね」

「まあゾンビだしね」

 相槌をうち、愛はそれじゃ、と厨房を後にする。

 なんと、フランシュシュメンバーで料理が出来るのはさくらのみだったのだ。

 食材がなければ買いに行かなければ行かないから、と付いてきた愛だったが、無事にあったので今はもう他のメンバーのところだろう。

「よし!」

 何を作るかを決め、さくらは調理に取り掛かる。

 勝手に使ってもいいのかと思いはしたが、放っておけば数日中に消費期限が来てしまうのだからと自己完結した。

「美味しくできるといいっちゃけど……」

 最後に料理をしたのはいつだったか。十数年前……といっても、さくらにとっては一年と少し前になる。

 高校のお昼、お弁当組だったさくらは自分でお弁当を作っていたためそれなりに手慣れており、トントントンとまな板を叩く包丁の手際は淀みない。

「男の人に食べてもらうのは初めてやけん、ちょっと緊張するっちゃけど」

 友だち同士でお弁当の具材の交換などはやったりしたが、男の子のために料理をしたことなど父親を除けば一度もなかったし、調理実習を除けば食べてもらったこともない。

「あ、そういえば……」

 ふと、思い起こした記憶のかけら。

 高校一年生の冬も過ぎ、春に差し掛かる頃。明日が終業式で、最後のお弁当の日だった。いつものように友だちと席をくっつけてお弁当を広げていたさくらの目に、お昼休みだというのにお弁当ではなく本を広げて読んでいる男の子が視界に入った。

 本人はどう思っていたのかは今となっては永久に分からないが、さくらは大好きなアイアンフリルについて話せる大切な友人だと思っていたし、だからその行動もさくらにとっては至極自然なことだった。

『乾くん!お弁当忘れたん?良かったら私のちょっと食べん?今ダイエット中やけん!』

『え……あ、み、源さん……!?』

 困ってる人は放っておけない。それが友だちなら尚更だ。笑顔でお弁当を差し出すさくらに、乾はびくっと上擦った声を上げ、ぱんっ、と本を閉じる。

『えっと、その……ほ、本当にいいの?源さんのお昼ご飯やのに』

『良かよ!乾くん男のやけんお昼抜きは辛かやろうし、私ダイエット中で……って、二回も言うのは恥ずかしかっ』

『あっ、ごめんっ!』

『もう、良かよ。ほら』

『……ぅ!』

『?』

 顔をうつむかせ、乾は一瞬身体を震わせる。その行動の意味が分からなかったさくらだが、その様子からどうやらありがた迷惑だったわけではないと一安心する。再度どうぞとずいっとお弁当を差し出せば、遠慮がちに乾の手が伸ばされる。

 そのときだった。

『きやっ』

『あ、すまん源!』

 どんっと軽い衝突。

 さくらの背にぶつかった男子生徒はひと言謝り、廊下に飛び出して行く。お昼休みによく遊びに行く人なので急いでいたのだろう。

『あ……』

 ただ、さくらのお弁当は乾の机の上にひっくり返っていた。

『ご、ごめんね乾くん!』

 その事に気がついたさくらは慌てて弁当箱を持ち上げるが、ひっくり返ったお弁当は当たり前のように中身だけを机に置き残し、枠を失った食材たちはさらに広がる。

『あ、あああ本当にごめんなさい!』

『だ、大丈夫!大丈夫だから落ち着いて源さん!』

 テンパるさくらを見てテンパる乾だったが、なんとか二人でお弁当を片付ける。

 当然、さくらも乾も食べられなかった。

「ほんにごめんね乾くん……こやんかことになって……迷惑やったとよね……』

 後処理の後、並んで手を洗いながらさくらが謝る。

 肩は落ち、表情は申し訳なさで溢れていた。

『私持っとらんのに……乾くんの本も汚して……』

『迷惑じゃなかよ』

『え?』

『源さんの気持ちががばい嬉しかったけん、全く迷惑じゃなかよ。源さん、本当にありがとう』

 静かでおとなしい印象だった彼が、はっきりと自分を見て話すことはあまりない。

 ああ、気を使わせてしまったなと思うと同時に、妙にその姿が目に焼き付いた。

『乾くん、四月!』

『え?』

『今日はこやんかことになったけど、そのお詫びってわけじゃないっちゃけど、乾くんが嫌じゃなかったら、授業開始日のときにお弁当作ってくるけん!』

 言いながら、乾の目を見る。さくらに頰を見せないように腕で顔を隠し、ぷいっと顔を背ける乾は、ちらりとさくらを見て『いいの……?』と確かめるように呟いた。

 さくらは微笑み、

『うん!あ、良かったら乾くんの好みとかあったら言ってね!がばい頑張るけん!』

『えっと、イカ……?』

『イカ……?とにかく楽しみにしとってね!』

 乾は恥ずかしそうに笑い、『楽しみにしてる』と言い教室に戻る。

 殊更に特別というわけでもない、何処にでもあるような青春の一ページ。何気ない、当たり前のようにくる未来の約束。

 だがその約束が果たされることはなかった。さくらが始業式の日に軽トラに轢かれ還らぬ人となったからだ。

「そんなこともあったっちゃね……」

 約束の日の前日の事だったから、やはり男の人のために料理を作るのは今回が初めてだ。記憶に呼び起こされた乾くんの事は気になるし申し訳ないと思うが、もうあれから十年もの月日が流れている。

 彼だけではなく、当時のクラスメイトや教師、友人から家族に至るまでのさくらとの縁はなくなってしまっている。もしかしたらもう忘れられているかもしれない。よしんば覚えていてくれていたとしても、さくらはゾンビなのだ。会いに行けるわけがないし、会うわけにはいかない。

「もしかしたらフランシュシュのライブに来てくれとるかもしれんやけど……」

 アイアンフリルの話で盛り上がった同士でもあった彼だ。乾くんがアイアンフリルが好きだと聞いたときは驚いたものだ。物静かで自分の席で本を読むか勉強しているかのどちらかだった彼が、まさかアイドルに興味があったなんて思いもしなかったのだから。

「まあ、佐賀にはもうおらんとよね」

 将来の話などはしなかったが、読んでいた本から医学に関する勉強をしていた事は何となくさくらも分かっていた。

 成績優秀で、心優しい人である彼のことだ。きっと今頃は都会で、もしかしたら世界でお医者さまになって人の命を救う仕事をしているのかもしれない。

 ああ、それはとても彼にぴったりだとさくらは思う。

「と、そがんこと考えよるうちにできたっちゃね」

 どうやら思いのほか長く考え込んでいたらしい。何処か上の空であっても支障がないのは経験のなせる技か。さくらの前には今晩の夕食が出来上がっていた。

「みんなーっ!できたっちゃよーっ!」

 さくらの声が広い館に響き、やや遅れて「おー!」とサキの声が遠く響くように聞こえてくる。

「さて、あとは盛り付けて……」

 人数分のお皿を取り出し、フリーズ。

 ここでさくらは、重大な事実に気がついた。

「幸太郎さんいつ帰ってくるかわからん!?」

 

 夕食を終え、再び厨房。

 さくらは幸太郎のために何を作ろうか迷っていた。

 いつ帰るかもわからない人のために料理を作るのは悩ましい問題である。それが温かい料理を食べて欲しいと思う人なら尚のこと。

 さくらとしては、お世話になっている人に冷たい料理を出すのは……と思う。

「でも、幸太郎さんが帰ってきてからやと時間もかかるし、もしかしたら外で食べてきてるかもしれん……それに『余計なお世話じゃいこんバカゾンビィー!!』とか言われそうっちゃね……」

 むむむ、と少考する。

「あ、そうだ!」

 閃く、一つの天啓。

「お弁当にすればよかやね!」

 冷たくなっても美味しいように作るのがお弁当であり、食べてきているのであればきっと明日もさくらたちのために営業だなんだと外に出る彼のことだ、冷蔵庫に入れて明日のお昼ご飯にもできる。

 何を作るかは決まっていた。

 先程の記憶のひとかけらが影響しているのもあるだろう。しかし、純粋に巽幸太郎という個人のためだけを考えて、さくらはメニューを決めた。

 いつも胸ポケットに入れているし、好物とも言っていた。

 なら、きっと嫌いなものではないだろう。

 さくらは軽快なリズムを口ずさみながら料理を始めた。

 

 幸太郎が館に戻ったのは時計の短針が十一を示そうかという頃だった。

「おかえりなさい幸太郎さん」

「お、おうなんじゃいさくら。わざわざメイクまでして待っとったんかい」

 玄関を開けた瞬間段差に座って待っていたさくらを見つけ、びくっと一瞬驚いた幸太郎。

 いつも鬱陶しいノリで圧を飛ばしてくる彼にしては珍しい態度が少し可笑しくてつい小さく吹き出しそうになってしまうが、ここはぐっとこらえる。

「えへへ、ゆうぎりさんが強引に……えっと、ちょっと幸太郎さんに伝えたか事があって……」

「……お小遣いはやらんぞ」

「違います!もう、なんでそやんすぐ茶化すんですか!」

「言うてみい」

「その……幸太郎さんちゃんとご飯食べてないんやないかなって思って。だからその事で……」

「食べます〜!佐賀のぷりっぷり!ほっぺたとろ〜んなグルメを毎日食べとります〜!」

「それで、それは幸太郎さんが忙しかやとおもって……」

「おう無視すんなやさくら。随分強かになったもんやのう」

 サングラスで分からないがおそらくジト目を向けているであろう幸太郎。彼のペースに乗せられるとうまく煙に巻かれることを流石にさくらも学習していた。

「幸太郎さん」

「な、なんじゃい」

 真っ直ぐ幸太郎を見つめる。

 お弁当が出来、箱に詰めて丁寧に包んで玄関で幸太郎を待つさくらにメイクを施しにきたゆうぎりの思惑は分からない。

『女が殿方に想いを伝えるんでありんす。とびっきり飾るのが筋というもの』というのがゆうぎりの談であるが、さくらにはよく分からなかった。

 でも、何となくゾンビとしての姿よりも、生前に近しいこちらの姿の方がこの場にはより好ましいとさくらは何となくおもった。根拠はわからない。ただ、そう感じたのだ。

「私、記憶がなくなったとき幸太郎さんやみんなにがばい迷惑かけました」

「何を今更言うんとんじゃい。お前が迷惑かけるのは毎度のことじゃろがい」

「違うんです。私、ゾンビにしてくれなんて頼んでないって……」

「……」

「でも、私は……」

「さくら」

 普段とは違う落ち着いた低い声。常ならぬ雰囲気。

「お前は……俺のことを……」

「あのっこれ!」

 そこから先は、言わせたらダメだと思った。

 それをこの人に言わせるのはとても……とても、残酷なことだと思ったのだ。

 話を遮るようにして、ぐっとさくらが突き出したのは白い布地にピンク色の花弁……桜の花が描かれた包みに包まれた長方形の箱。

「幸太郎さんがちゃんとご飯食べてないと思って、でも今日は食べてきてるかもしれんてなって……だから、お弁当作りました!」

 顔を見ないようにして、何か言われる前に一気にまくし立てる。

「ちゃんとゴム手袋はしましたけど、もしゾンビの作ったものが食べれんとかなら捨ててもよかです!」

 本当に捨てられたら多分泣く。でも、食べられないというならそれも仕方ない。

「……えっと」

 どれほどの時間が経ったか。数分かもしれないし、数秒かもしれない。

 幸太郎の反応が一向にないことに不安になったさくらは恐る恐る顔を上げて幸太郎をみる。

「……」

「えっ」

 幸太郎は天を見上げていた。

「えっと……」

 つられてさくらも上を見る。天井が見えた。

「あの……幸太郎さん?」

「……」

 たまらずさくらは幸太郎に声をかけるが、幸太郎は無言で上を見上げたままくるっとさくらに背を向ける。

 無言の受取拒否宣言かと思ったさくらの胸がずきりと強烈に傷んだが、背を向けた幸太郎がいつもかけているサングラスを外して目をこすりだしたので、それは直ぐに困惑に変わった。

 幸太郎の奇想天外な奇行もいい加減見慣れてきているさくらだったが、今回は少し趣が違うような気がする。

 取り敢えず受け取れないと突っぱねられているわけではないようだが、どうにも喜んでいるようにも見えない。

「……あの、迷惑でしたか?」

 空気に耐えられず、さくらは恐る恐る幸太郎に問いかけた。

 幸太郎はすーはーっと一度深く深呼吸をして、相変わらずさくらに背を向けたまま、

「……迷惑じゃなか」

 震える声音を隠そうとして……隠しきれない声でそう言った。肩は小刻みに揺れ、相変わらず上は向いたまま。

「あの、疲れてるんにごめんなさい。えっと、これは私が食べて……」

「……ん」

 疲労が溜まりすぎてるのかもしれないと判断したさくらがそう提案すると、幸太郎がさくらに後ろ手に右手を差し出す。

 直前で一瞬止まり、まるでそれは……まるでそれを受け取ることを怯えているような、受ける事が度し難い悪であるかのようなそんな躊躇いにも見えた。

「……受け取ってくれるとですか?」

「……どうせ勝手に食材使ったんじゃろがいこんボケェ。しょうがないから食うたるいうとんじゃい」

 やっぱり今日の幸太郎さんなんかおかしい。

 そう思いつつも、受け取ってくれることに喜ぶさくらは幸太郎の手にお弁当の包みをそっと握らせる。

 その際に触れる指の温かさがどうにも気恥ずかしかった。

 幸太郎は受け取ったお弁当を慎重に、とても大切なものを扱うかのように大事に両手で抱えるようにして持つ。

 いつもの彼からは想像もできないようなどこか慈しみすら感じるその行動がなんだか可笑しくて、さくらは堪えきれずにふふっと小さく笑ってしまった。

「なんじゃい」

「なんか幸太郎さんが可愛くって。変ですよね」

「頭沸いとんかいこのすっとこゾンビィ!要件はこれだけか!済んだらはよねんかーい!いま何時じゃとおもとんじゃーい!」

「そっちの方が幸太郎さんらしかですよ」

 いつものノリを見せる……でも、どこか違うような、そんな幸太郎にはいはいとさくらは寝室に戻ろうとする。

 その前に。

「幸太郎さん」

「なんじゃい!いつまで……」

「私、ゾンビになって、みんなと会えて……今を生きられて毎日楽しかです。だから、ありがとうございます、幸太郎さん!」

 笑顔で、これだけは伝えなければ。

「ーーさん」

「……?それじゃ、おやすみなさい」

 最後、幸太郎が何を言ったかは聞き取れなかったが、大したことではないだろうと踵を返す。

 呆けたように自分を見つめる最後の瞬間に、今日はレアな幸太郎さんを見れたなあと思いつつ、弾む足取りでさくらは寝室に向かった。

 なんだかテンションが上がったさくらは寝室の前でぐっと力を溜めて拳を突き上げ、

「よーし!明日からも頑張るっちゃ!」

「うっせーぞさくら!ぶっ殺すぞ!」

 

ぱたん、とドアを閉める音。

同時、ドアに持たれるようにしてずるずると幸太郎は座り込む。

傾かないように大切にお弁当を両手で抱えて。

「あれは……反則だろう……バカゾンビィ」

思い起こすのは、最後の笑顔。

それは、胸の奥底に大切に……大切にしまっているあの笑顔とぴたりと重なって。

もう十年も前の話だ。果たされなかった約束があった。幸太郎だけが知っている……知っていた、小さな約束。

偶然だろう。彼女が覚えているはずがない。幸太郎にとっての彼女と、彼女にとっての幸太郎は抱いていた想いの比重は違うのだ。

きっと彼女は、どれほどその日を心待ちにしていたのか知らないだろう。

今日、どれほど嬉しかったのかもきっと分からないだろう。

しかし。

それは、本来なら叶うことのなかった……叶ってしまってはいけなかったものだ。

死者の尊厳を踏みにじり魂を冒涜した己にこんな幸せが許されていいのか……そう考えている。

でも、それでも。

喜びに打ち震える心が。魂が。そう訴えかける理性を凌駕した。

ぐぅ、と不意に腹の虫がなる、

今日も彼女たちのために朝から佐賀を走り回りろくにご飯を食べていない。

ちらりとお弁当を見て、ずっと残しておきたい衝動に駆られて食べるのを躊躇してしまう。

でも、きっと彼女は感想を聞きに来るだろうし、自分だってお腹が空いているとか関係なく食べたくて仕方がなかった。

だって、ーーな女の子の手料理だ。例え満腹だって完食してみせる。

椅子に座り、机に置いたお弁当の包みを丁寧にとけば、男性用の大きなお弁当箱が現れる。

こんなのあったっけ?と一瞬思うも、早く蓋を開けたい気持ちが優先。ぱかっと蓋をとる。

目に飛び込んできたのは、彩豊かで栄養も考えられたお弁当。

未だ色褪せない記憶。自身がお弁当を忘れたときの彼女のお弁当を思い起こし、ああ、彼女らしいなと思う。

しかし、中でも異色を放つ存在が一つ。

それは淡い黄金色で、衣をまとった……、

「これは……イカ天?」

『乾くんの好みとかあったら言ってね!』

つぅ……と一筋の線が頰を走る。

震える手でなんとかお箸で口へ運び、ゆっくりと噛みしめるように食べる。

「うまか……」

明日、感想を聞きに来るであろう彼女には絶対に言えないだろうけど。

それは、今まで食べたどんな料理よりも美味しかった。

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