ゾンビランドサガ 短編   作:とやる

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第2話

 穏やかな波の音。燦々と降り注ぐ日差しは力強いのに、肌に突き刺さる潮風は思わず身震いをする冷たさを感じさせる。

 一日中レッスンをする日もあれば、半日だけレッスンをする日もある。

 本日は半日の日であり、午前でレッスンを終えたフランシュシュの面々はそれぞれジャージから私服に着替えておもいおもいに過ごしていた。

「なあ、さくら」

「ん?どやんしたとサキちゃん」

 佐賀の海を一望できる見晴らしの良いベランダに腰掛けを持ち出し、本を読んでいたさくらにサキが話しかける。

 外気温は一桁を記録しておりとても快適な読書ができるような環境ではないが、そこはゾンビなのでご愛嬌。

 続きから読み始められるよう栞を挟みながらさくらが顔を上げれば、どこか神妙な面持ちなサキがさくらの顔を見つめていた。

「アタシらレッスン終わってから着替えたよな?」

「うん。サキちゃんも服着とーやん」

「いや、そがんこと言いよんじゃなか。……なして制服と?」

 たしかに。

 一拍のためを置いて発せられたサキの疑問にさくらは得心した。

 言われてみればなるほど。今まで当たり前のように着ていたため大して気にも留めなかったが、たしかになぜ制服に着替えているのか。

 さくらの感覚で言えばつい数ヶ月前まで毎日高校に通っていたため、制服を着るという行為自体にまるで違和感がなかった。

「姐さんは着とらんばってん、姐さん以外は制服ば着と」

「言われてみるとおかしかね」

 制服というのは基本的にその学校に通わなければ入手しないものだ。入手できないというわけではないが……さくらの通っていた高校の制服はともかく、純子の制服などはもう数十年も前のものである。以前本人が学生時代の頃のものだと驚いていたため、もしかするとオーダーメイドの可能性すらある。

 何より、この制服を用意したのはこの館唯一の男性でありプロデューサーでもある巽幸太郎その人なのは間違いない。

 ということは、見るからに成人をとうに超えている男が女学生の制服を発注していた……ということになる。

 非常によろしくない絵面だった。

「なしてやろか……」

「やっぱさくらもそう思うか?」

「うん、普段着として投げやりに渡すにしては手が込んどーて思う」

 事実、館内でしか着ないのであればそれこそレッスンの時に着るジャージを渡してはいおしまい、で問題ないのだ。

 わざわざ制服を与えて着せる意味がまるでない。

 第一、さくらが死んだときには葬儀が開かれている……はずなので、そのときのさくらは白装束になっていると思われる。どのようにしてさくらの遺体を持ち運んだのかは全くの不明だが、さくらがゾンビになり意識を覚醒させたときには制服をすでに着ていたので、必然的に最初から制服を着させる目的で用意し、さくらを制服に着替えさせたという事になる。

「あれ?ばってんそしたら幸太郎さん私の……」

 そこまで思い至り、さくらは口をつぐんだ。

 目が覚めたとき下着まで完璧に着用していた事実はこれ以上掘り進めても誰も幸せになりそうになかったので、永久に封印する事にする。

 結局、二人であれこれと理由を考えても答えは出ず。

 急遽フランシュシュの七人での会議が開かれる事になった。

「えー、それでは始めたかて思います。議長は私源さくらです。議題は何故普段着が制服なのかについて」

 大きめの四角いテーブルを囲むようにソファーを配置し、気分的には簡易的な円卓会議である。

 突発的ではあったが、他のメンバーも興味を惹かれる内容だったのかさしたる時間もかからず全員が集まった。やることがなかったともいう。

「はい」

「愛ちゃんどうぞ」

「あいつ制服フェチなのよ」

「ぶふっ!?」

 開口一番の強烈な右ストレート。思わずさくらが吹き出す。

「こ、幸太郎さんはそがん人じゃなかよ!」

「いやでも冷静に考えなさいよさくら。わざわざ制服を用意する理由が皆無な上に、入手どころかどんな制服だったのかを調べるのも難しそうな純子まで制服なのよ?もうあいつの趣味としか思えないじゃない」

「当時の制服そのもので驚いてしまいました……」

「で、でも!ゆうぎりさんは制服じゃなかと!」

「たしかにわっちはその制服という着物ではないでありんすなあ」

「ゆうぎりさんはいきなり現代の服だと戸惑うかもしれないからでしょ」

「う、ううう……」

 それはさくらが考えていたことそのものだった。苦しい反論も当然納得するようなものでもなく。

「……」

 助けを求めるようにメンバーの顔をみれば、さっと目をそらされる。

 哀れ幸太郎。すでに属性過多だというのに、本人不在のままに新たに制服フェチの項目が追加されてしまった。

「でも……そうね。別にどこに出掛けるわけでもないけど、制服以外の服も着てみたいわね」

「私も、現代の服に少し興味があります」

 何故か言いようのないもやもやとしたものを抱えて項垂れるさくらをよそに、愛と純子が会話をする。

「あ、リリィも!ゆぎりんに来て欲しい服があるんだ!」

「リリィはんがわっちの着物を?それは楽しみでありんすね」

 気がつけば何故制服なのか会議は終了していた。

 時間にしておよそ三分。驚きのスピード議決である。

他人のフェチズム全開の服を着用していることに特に思うところはないのかとさくらは思うが、実際にそういった視線を向けられたことは一度もないので別に……ということらしい。

 話題は制服以外の服へとシフト。時代は違えど皆年頃の女の子なのだ。お洒落や可愛らしい服に寄せる関心も高い。

「お洋服かあ……」

 服の話題に盛り上がる面々を余所に、さくらは一人物思いに耽る。

 中学生の頃は勉学一筋であり、休日も制服を着て図書館で勉強していた。高校生活は一年で終わってしまった上に、アイアンフリル……水野愛に出会うまでのさくらは無気力に学校と家を往復する日々で、好きな服で自分着飾るということには無縁の日々を送っていた。

 今にして思えば、もうちょっと普通の女子高生らしく友だちとお洒落について話したかな……と思わなくもない。

 アイアンフリルのファンになってからは以前の活発的なさくらに戻りはしたが、アイアンフリルのCDを買ったり、ライブに行くためにお小遣いは消え、また友人と遊ぶのみで恋人などは居なかったためさほど洋服にお金は使っていなかったのだ。

 アルピノのアイアンフリルのライブだってTシャツで行ったほどだ。

 (愛ちゃんのライブがばよかったばい)

 普段ろくに願いを聞き届けてくれない神に祈り、水ごりまでして臨んだチケットの抽選。

 ……まあ、案の定というべきか順当な結果というべきか。抽選には外れてしまった。

 しかし、抽選に外れたと落ち込むさくらにチケットを譲ってくれた人がいたのだ。

 ーー自分はその日どうしても外せない予定が入ってしまったから、よければ源さんが使ってと。

 (元気にしとーかなあ)

「……ら。…くら。さくら!」

「わっ!な、なに?」

「さっきから反応しないから。頭たえに噛まれてるわよ」

「え?うわぁ!?たえちゃん!?」

「ヴゥア」

 どうやらたえに噛まれても気がつかないほどいつのまにか考え込んでいたらしい。

 噛み付いたたえが離れずどやんすどやんすとわたわたし始めるさくらに「相変わらず落ち着きがないわね」と一つこぼし、愛は先程純子と話していた話を共有した。

「物は試しって事で一回あいつに頼んでみましょうか」

 

「ああ、いいぞ」

「え?よかなの?」

 数時間後。

 館に戻ってきた幸太郎に頼みに行けば、あっさりとOKの返事。

『なんでゾンビが館で着飾らないかんのじゃーい!!』等言われるかもしれないと覚悟していたというのに、飛んだ肩透かしをした気分になる。

 どうやら、近日中に佐賀のアパレルメーカーとのタイアップがあるらしい。最終確認はするが、各々好きなように服を選んでイメージキャラクターになって欲しい……というのが先方の要望という事らしい。

「とは言ってもゾンビィどものセンスに任せてたら辛気臭〜〜くなりそうだからな。特別に幸太郎さんが事前に見てやろうって事じゃい」

「もう、みんなそんなことなかですよ!」

「お前のことを言うとんじゃい!」

「え?」

「……先方からのご厚意でカタログを貰ってきた。各々服を選んでもってこい。明日持ってくる。以上だ」

 一瞬しまった、と幸太郎が顔をしかめたーーように見えたが、直ぐにそれは胡散したので気のせいかとさくらは思い直す。

 幸太郎から人数分のカタログを受け取ったさくらたちは、皆んなと一緒にああでもない、こうでもないと服を吟味する。

 どうやら春コーデのようで、今年は淡い暖色系のゆったりとしたもので流行を狙っているようだ。

「本当は実際に合わせてみるのが一番なんだけどね」

「それは仕方ないですよ、私たちゾンビですし。メイクで万が一お洋服を汚すわけにはいきませんし……」

「わっちにはどうも馴染みのないものでありんすね」

「ゆぎりん!ゆぎりんにはこういうのが似合うと思うよ!」

「特攻服とかなかと?」

「ヴゥ」

「純子噛まれてるわよ」

「もう慣れました」

 わいわいと、賑やかに服を選ぶそれはまるで普通の女子高生のようで。

「ふふっ」

「どうしたの?さくら」

「ううん、なんでもないっちゃよ愛ちゃん」

 ゾンビになって良かったことがまた増えたな、と。

 さくらは緩む頰をそのままに破顔した。

 

「お前ゆうぎりに手ェ出してないだろうな」

「出しませんよ……」

 日付が変わろうかという深夜。

 『BAR New Jofuku』で酒を傾ける幸太郎は、マスターである壮年の髭面の男性からいつものように釘を刺されていた。

「ゆうぎりにまで制服を着させてないだろうな」

「だからしてませんって」

「制服フェチの言うことは信用ならねえ」

「違うって言ってるじゃないですか」

 言って、一息に酒を煽った幸太郎のグラスに新たな酒を注ぎつつ、壮年の男は愉快げに笑う。

「お前が数十年も前の学校の制服が欲しいなんて言い出した時は流石に驚いたぞ」

「……」

 何処か懐かしむかのような男の声を無視して、幸太郎はグラスを傾ける。

 全身でそれ以上聞かないでくれと言ってるようで、男はそれが面白くて仕方がなかった。

 それも当然。なにせ、その理由がその理由だ。

 幸太郎は知る由もないが、さくら達が考えていた何故自分たちは制服を着ているか。

 その答えはとてもシンプルだ。

 ただ、彼女の姿をもう一度見たかった。

 それだけのことだった。

 流石に彼女だけ制服だと、そこから万が一自分の正体に気が付かれることがあるかもしれないと、ゆうぎり以外全員の当時の制服を用意するのは中々に骨だったが。

 己の外面を隠し、内面を偽る。決して彼女の歩む先に自分がいてはならないと定めておきながら……あのときの彼女をもう一度見たかったなどと、自分でも女々しさに過ぎると心底思うが。

 しかも、ついぞ見ることがなかった彼女の私服を見ることができるかもしれない……などと、浮かれてうっかり口を滑らせてしまった。

 彼女が教室でアイアンフリルのグッズなどであまり余裕がないという話を友だちとしていたのをたまたま聞いた程度だが、熱心なファンな彼女だから、きっとそう自分の予想と違わないのだろうと思う。

 本当のところを言ってしまえば……佐賀でアイアンフリルがライブをやると聞いたときは嬉しさで飛び跳ねたものだ。

 すぐさまチケットの予約をして、当選通知が来るまで緊張で勉強がろくに手に付かなかった。

 当選通知が届いたときなど喜びのあまり叫んでしまった。

 もしかしたら、デート、なんて……などと、彼女も当選しているか分からないのにそんな妄想をした。

 結局、それが実現することはなかったが、後日満面の笑顔で感想を教えてくれたのだ。それだけで満足だった。

「……」

 十年以上前の過去の思い出の引き出しを、酒を喉に流すことでしまい直す。

 出来れば忘れたい恥ずかしい記憶には違いないが……大切に胸の奥底へ。

 今日、彼女がカタログから選んで持ってきた服は、淡い桜色のワンピースを中心にしたもの。

 どこかふわふわとする頭でそれを着た彼女を脳内で思い描く。

 ああ、それはきっと彼女にとてもよく似合うだろう。

「明日……にはメーカーに……いって……服を……」

 気がつけば視界が揺れている。飲みすぎた……と思ったときには大抵時すでに遅しというもの。

 そのまま幸太郎の意識は徐々にブラックアウトしていく。

「ふん。ちょっと前まで追い詰められたような顔してやがったのに、随分といい顔するようになりやがって」

 男はくたっと力なく幸太郎の手から離れたグラスを回収する。

 背を向けてグラスを洗い、キュッとグラスを磨く男の背中はどこか嬉しそうだった。




ヨミガエレのCDが早く欲しい。3巻はよ
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