ゾンビランドサガ 短編   作:とやる

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ゾンビランドサガのSS増えて?(切実)


第3話

 ジリリリ、と2019年になろうという現代には似つかわしくない黒電話が、おれはまだまだ現役だと言わんばかりに盛大なコール音を響かせる。

 館に備え付けられてはいるものの普段それが本来の役目を全うすることなどほとんどないため半ば忘れられているが、いざ出番となると張り切って空気を叩くその音は、無視するには存外鬱陶しいものである。

 だから、というわけではないが、たまたま近くにいた愛は多少の警戒をしつつも早く取れと叫ぶ黒電話から受話器を持ち上げた。興味本位ともいう。

「……もしもし」

「あーもしもし。お前らのプロデューサーがお待ちだ。バーまで来い。場所は×××-××××だ。全員で来るなよ」

「は?ちょっと待っ……切れたわね」

 短くそれだけを言い一方的に電話が切られる。

 あれだけ喧しかった黒電話は今度は早く受話器を置けとばかりにツー、ツーと無機質な音を出し、なぜかそれがイラッときた愛は少々雑に受話器を戻す。

 ガツンと力強く定位置に戻された受話器がどこか恨めしそうな目で見ているような気はしたが、無視である。

「珍しかこともあるとやね。愛ちゃん、なんの電話やったと?」

 気になってきたのだろう、同じく近くにいたさくらが話しかける。

「なに、と言われてもね……」

 思考をまとめるために一旦整理を行う。無意識に片手が顎に添えられ、意識はより深く沈んでいく。

 なんなのだろう。聞いたことがない声だった。流行りの詐欺の可能性もなくはないが、電話の声はお前らのプロデューサーとはっきりと言った。

 つまり、ここがフランシュシュの活動拠点だと知っていることに他ならない。

 件のプロデューサーである巽幸太郎は、愛たちがゾンビィであることを秘匿するためにかなりの労力を割いている。アイドル事務所のワンマン経営などが最もたるものだろう。

 必然的にこの館に愛たちが居ることを知る人間はほぼいない。それを知っているということは……もしかすると、関係者ないし協力者といったところか。

「……」

 ここまで考えて愛は危険はないと判断した。

 バーで幸太郎が待っているとはなんだと思わなくはないが、まあ呼んでいるというならいってやろうじゃないか精神だ。

 未成年だなんだというのはゾンビィなのだしいいだろう。死者は法律に縛られないのだ。

「愛ちゃん……?」

 黙りこくった愛を不思議に思い、さくらが屈んで顔を覗き込むように見つめる。

「ん、じゃあさくら。ちょっと 出かけるわよ」

 愛は若干の面倒くささを滲ませながら言った。

 

「幸太郎さんどやんしたかやろね」

「さあ?案外酔いつぶれてうまく歩けないとかだったりかもね」

 あれから簡単にメイクを施して、さくらと愛はバーまで歩いていた。

 人口減少が進む佐賀といえど、夜の飲屋街の活気は衰えない。立ち並んだお店からは美味しそうな匂いと賑やかな声が溢れる。

「制服でよかやったのかな……?補導とかされたらどやんすどやんす……」

「それ以外の服まだないんだから仕方ないじゃない。まあまだ8時過ぎた頃だし、身内を迎えに行ってるとかいえば大丈夫よ」

 漂う未成年禁制の雰囲気から不安を抱いたさくらだが、対照的に愛はけろっとしている。

 たしかにスーツ姿のサラリーマンなどが多いこの場所では学生服の女の子2人の組み合わせは非常に目立つが、それだけだ。

 もちろん学生がこのような場所にいる事は相応しくはないが、ただ物珍しいだけで案外周りは気にしないものである。無関心社会の弊害ともいう。飲み屋に入るとなると話は別だが。

「っと、ここね」

 お店の密集地帯を抜け、狭い裏道を抜けて閑散とした開けた場所に出る。

 暗がりにぼんやりと光る表看板には、黒文字のアルファベットがキザったらしく刻まれていた。

「さ、行くわよさくら」

「わ、私たち未成年やけんこがんお店は……」

「ゾンビィなんだから関係ないでしょ。ほら行くわよ」

「わっ、ちょっ」

 常識と良識に照らし合わせ尻込むさくらを引っ張ってバーの扉を開ける。

 カラン、と小気味の良い音を鳴らして来店を告げる鈴の音。

「よお、きたか」

 扉を開けた先には、バーカウンター越しに此方に話しかける壮年の男と、

「……ぐぅ」

 そのカウンターで突っ伏して動かない黒い背広を肩に羽織った男がいた。

「幸太郎さん!?」

 たっと駆け寄るさくらをよそに、愛ははあ、と1つため息をこぼす。

「……これは?」

 つかつかとカウンターまで歩き、突っ伏している男を指差して壮年の男に問う。

 壮年の男は愛と目線を合わせることもなくグラスを磨きながら、

「酔っ払って寝ちまったのさ。邪魔だから持って帰ってくれ」

「まさか本当に酔いつぶれてるとはね……」

 半ば冗談であった自分の予想が外れていなかったことにまた1つため息がもれる。

 いい大人が何をやっているんだという気持ちだ。

「幸太郎さん?幸太郎さーん。……起きんね」

 ゆさゆさとさくらが幸太郎を揺するが、うーんだかんんぅ……だとか喉を鳴らすばかりで、一向に起きる気配がない。

 それにさくらが近くに寄って揺すり始めてからなんか幸せそうな顔をしているのが微妙に腹がたつ。

「どいてさくら。そんなんじゃ甘いわ」

 業を煮やした愛はさくらとバトンタッチをする。

 起きなければさくらと愛で成人男性を支えて帰らなければならないのだ。別にそれが嫌というわけではないが……いや、よく考えるとかなりの重労働だ。普通に嫌だ。絶対に起こすと決意を胸にする。

「すぅ……はぁ……」

 深く吸い込んだゆっくりと吐き出す。

 足は肩幅に開き、肩の力を抜いて脱力する。一度右手をぐるりと回し、手首のスナップを確認する。

 コンディション良好。オールオーケー。今宵の一撃は過去最高の一撃になるだろう。

 踏み込む足は力強く。踏みしめた床から力を流動させ、振り上げた右手に十全の威力を乗せる。

 カッと目を見開いた愛は高らかに、

「ゆうぎりさん直伝!花魁ビンっ!?」

「ちょっ!?だめやって愛ちゃん!」

「離してさくら!そいつビンタできない!」

「やからダメやって〜!」

 宣言しようとしたが、愛が何をするか悟ったさくらに阻まれそれは叶わなかった。

「へえ」

 わちゃわちゃと揉めるさくらと愛を見て、壮年の男は呟く。

「なんだ、大事にしてんじゃねえか」

 幸太郎を見下ろす視線は、子を労う親のような温かさがあった。

「なあ、嬢ちゃん」

「へ?な、なんですか?」

「いや……こいつのこと、よろしく頼むぜ」

 そう言って、男はニッと笑った。

 

『ありがとう、乾くん!』

 ああ、これは夢だな。

 微睡みの中にある曖昧な意識が、それでも瞬時に答えをはじき出す。

 久しぶりにこの夢を見た。

 巽幸太郎の始まり。全ての原点。

 時とともに風化される記憶の中でもきらきらと輝くそれは、多少美化されてはいるだろうが、心の奥底に大切にしまっているまま未だ色褪せることはない。

 大切に、大切にしまっているその宝物は、奥に奥にと大事にしまいすぎてしまって。

 あの頃の気持ちを、感情を、想いを今に持ち込んではいけないと分かっているのに、時折こうして引っ張り出してきてしまう。

 厄介なことに、彼女と日々を積み重ねる毎にその想いは膨れ上がるばかりで、ちっとも消えてくれはしない。

 絶対に明かすことのできないこの気持ちは、じくじくと胸を指す針のようで。

 ああ、でも。

 彼女が笑っている。今が楽しいと笑ってくれている。

 それだけで無限に力が湧いてくる。なんだってできる。どんなことだってやってみせる。

 そう心の底から思えるのだから、自分は単純でバカな男なんだろう。

『乾くん、顔色悪かよ?』

 夢の中の彼女が、心配そうにこちらを見つめる。

 ああ、やっぱり夢だ。

 だってあの時、彼女は花のような笑顔でありがとうと言って、すぐに友だちのところへ行ってしまったのだから。

『熱があるとかな?えいっ』

『!?』

 彼女がその手を幸太郎の額に重ねる。

 ひんやりとしてて、でも柔らかくて、身長差で上目遣いで此方を見ているのが可愛くて、一瞬でいっぱいいっぱいになる。

『わ!?熱かばい!乾くん風邪ひいとー!』

 驚いて顔を背けてしまったから直ぐに彼女の手は離れてしまう。

 けれど、克明に感じ取れたその感触は今も残っていて、ドキドキと早鐘を打つ心臓は今にも飛び出してしまいそうだ。

『早う保健室行かんばいけんね!ほら!』

 なのに彼女は、此方の気も知らないで制服越しに腕を取ってくる。

 本気で心配してくれているんだろう。それが無性に嬉しかった。

『あっ』

 幸太郎の腕を引いて進もうとしたが、不意に幸太郎がバランスを崩す。

 手近にあった机に片手をつけることで転倒は免れた。どうやら躓いたらしい。

 目の前の彼女に意識の大部分を占領されていたからか、何もないところでこれは些か格好が悪い。

 瞬時に羞恥心が内から迫り上がるが、

 『乾くん、やっぱり体調悪かやね。私が支えるけん、安心して』

『!!?』

 幸太郎の腕を自身の肩に回すようにして、ちょうど二人三脚をするように身体を寄せた彼女の行動の衝撃に羞恥心が吹き飛ぶ。

 彼女の顔が近い。かわいい。目が大きい。鼻筋がスッとしていて綺麗だ。かわいい。密着しているところがやわっこい。すごくいい匂いがする。かわいい。

 おかしい。こんな事はなかった。あったら絶対に覚えてる。あっそういえば夢だった。そうかこれ夢だ。夢だわ。

 胸の奥から奥から迫り上がるがわけのわからない大きな感情が溢れて、溢れてしまいそうで。

 でも、ほんのこれっぽちも零したくはないと必死に蓋をしている。

 吹き飛ばされた思考が散り散りになって、なんとか寄せ集めた理性で現状の把握に努める。

 手を繋げたら幸せ……なんて考えていた幸太郎にはこれは致死量だ。猛毒だ。

 現実ならきっとキャパオーバーで目も当てられないことになっていただろう。

 でも、これは夢だ。

 夢なら、現実の自分には出来ないことをやってもいいだろう。

 巽幸太郎には出来なくて、乾くんには出来ること。

 例えばそう……普段は照れくさくてなかなか言えないけれど、今の乾くんには言えることがある。

 どうせ夢の中だ。誰も聞いてはいない。

 ならせめて、万感の想いを込めて。

 夢の中の乾くんも、現実の巽幸太郎も、彼女に伝えるならばぴったりの言葉がある。

 真摯に自分の身を案じて助けようとしてくれる彼女の横顔をちらりと見る。

 直視したら、恥ずかしくて言えなくなってしまいそうだから。

 そしてーー。

 

「おっっっも……ねえさくら、やっぱり起こさない?」

「ビンタするとやろ?」

「もうしないわよ」

 館への帰り道を進む。行きしと変わるのは、2人の間にずる、ずると半ば引き摺られるようにして運ばれる幸太郎がいる事である。

 片腕ずつ2人の肩へ回し、さくらと愛が左右で支えるようにしているが……身長差もあってなかなかどうしようもない。

「あーもうっ、なんでこんなになるまで飲んでるのよ。体調管理は基本でしょう!?」

 よろよろと歩いてはいる……歩いてはいるが、それはさながら夢遊病に近く、さくらと愛の歩みに無意識に合わせているに過ぎない。

 意識のない人体は重点の関係ですこぶる重い。それも成人男性を少女が肩を支えてともなればその重労働っぷりもさもなん。

 しかし、悪態はつけど決して支えるのをやめようとしないところが愛らしくて、さくらは自然と笑みがこぼれる。

 愛から目線を逸らして少し上を向けば、俯いてうんうん唸っている幸太郎の顔が見える。

 お酒のせいか上気した頰がウソみたいに赤くて、サングラスを外せばきっと目元まで赤くなっているだろう。

「疲れとーやろか」

 幸太郎が酔いつぶれるなど初めてのことだ。

 大人がなぜお酒を飲むのかさくらは知らない。嗜好品として飲む人もいれば、嬉しいこと、悲しいことがあったときに飲む人もいる。

 幸太郎はお酒が好きな方ではあるが、何かお酒を飲まないといけないような、そんなことがあったのかな、と朧げに思うばかりだ。

「あ、サングラス……」

 どうしても揺れるからか、幸太郎のサングラスが大きくずれていた。

「……」

 それを見て、取ってみたいと強烈な衝動に襲われたが、ぐっと押し殺して片手でサングラスをかけ直す。

 見えるパーツは整っているから、きっとサングラスを取った方がかっこいいのに……と思うが、それが幸太郎の趣味だというならとやかくいうこともない。

 その顔が、自分の記憶にある誰かに似ている気はするが、

「ま、そやんかことあるわけなかよね」

「どうしたの?」

「ううん、なんでもなかよ」

 具体的に誰に似ていると言われると分からないし、きっと思い違いだろう。

 高校生だったさくらの同級生たちはもう三十路を迎える年頃だ。さくらの記憶とは随分と違うだろうし、ゾンビィとなった今では会うこともない。

 ぴと、と。

 さくらは幸太郎の額に己の手のひらを重ねる。

 サングラスをかけ直すときに思ったが、アルコールで体温が上昇しているからかとても熱い。

 温かい幸太郎の熱が、冷たいさくらの手に溶けていく。

「わっ」

 幸太郎が短く身じろぎをする。

 邪魔だったのかな、と慌てて手を引っ込めた。

 今まで時折低く喉を鳴らしていただけだった幸太郎の口が僅かに開く。

 はっ、と短く息を吐く呼吸音がした後、

「み……とさ…、あり……う……」

 一言、呟かれた言葉。

「あ、幸太郎さん起きたとよ?」

 それには、決して言葉では書き連ねられない万感の想いが込められていた。

 しかし……聞き取れなかったさくらは、幸太郎が起きたのかと思い顔を覗き込むが、以前変わらぬ様子に「寝言かあ」と苦笑する。

「ねえ愛ちゃん、幸太郎なんて言うたかわかる?」

「……いや、私も聞き取れなかったかな」

「そっかあ」

「幸太郎さんって寝言ばすっ人なんやなあ」

「……」

 朗らかに笑うさくらを他所に、ちらりと愛は幸太郎を見る。

 意識は、ない。あれは寝言で間違いはないのだろう。

 でも。寝言なら、なんで。

 源さん、と幸太郎は言ったのだろうか。 

 源とはさくらの氏だ。だが、幸太郎はさくらのことはさくらと呼ぶ。

 全く関係のない源誰々さんの可能性もあるが……愛はそれが横で呑気な顔をしているさくらと無関係であるとは思えなかった。

 呼び方の差異。それはともすれば、過去の関係性を匂わせる材料でもある。

 以前、メンバーで幸太郎の年齢について話し合ったことがある。

 趣味や音楽の傾向からおそらく20後半から30前半だろうという結論が出たが……それが的を得ているのであれば、幸太郎はおそらく愛やさくらが生きていた場合、そう歳が離れていない事になる。

 もしかしたら、先輩や後輩、はたまた同級生だった可能性が……、

「いや、考えても仕方がないわね」

 仮にそうだったとしても、本人が隠している以上は詮索は野暮だろう。愛はそう結論づけた。

 さくらは気がついていないが、他の面々はサキに至るまで幸太郎のさくらを見る、サングラスに隠された視線がどこか違うことをなんとなく察している。知らぬは本人ばかりというやつだ。

 思うところがないわけではないが、まあ、今はこれでいいのだろう。

 取り敢えず、今は幸太郎を館に運び込むのが先決だ。

「ほんっと世話がやけるやつね」

 ひとこと悪態をついて小腹を小突いてから、愛は力を入れなおした。

 

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