HARD MODE ~自衛隊 彼の地にて 斯く戦えり   作:神谷萌

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Chapter-09:傷ついた者

テッサリア街道付近のとある修道院。

「デュラン陛下……」

 本来なら聖職者が生活に使うだろう質素な部屋に、その人物はいた。

 身長こそさほど高くないが、筋肉質のがっしりした体つき、隻眼の美丈夫が、初老になった姿だが、まだ精悍さを失っていない武人──というのが、その姿を見た者の記憶しているその人物の姿だ。

 だが、今寝台に横たわるその姿は、同一人物と解るものの、()()()()だった。麻の病人衣を着せられ、至る所は深手の傷に包帯がきつく巻かれており、挙句の果てに左腕・左脚はそれぞれ肘・膝から先が失われている。

 デュラン・ダン・エルベスーボア。先のアルヌス奪還戦に参加した候諸国連合軍の1国、エルベ藩王国の藩王である。

「ピニャ殿下…………なんじゃ、わ、わざわざ帝都から、敗軍の将を嗤いに来たのか?」

 そう話す言葉も、荒い息で途切れがちだった。

 デュランと向かい合う形で、部屋の入口に、その痛々しい姿を目にして立ち尽くしていたのは、帝国第三皇女のピニャ・エル・ラーダである。

「め、滅相もない」

 デュランの枕元に向かって歩きつつ、ピニャは、反射的にそう言ってから、

「しかし……エルベ藩王国の国主である貴方が、何故、たった1人でこのようなところに……」

 と、問いかける。

「候諸国連合軍は壊滅……いや全滅した」

 デュランは、軽くピニャを睨みつけるようにしながら言う。

「僅かに生き残った家臣は国に返した……」

「いったい……一体アルヌスで何が……」

 ピニャは聞き返した。

「姫は何も聞いておられぬのか、アルヌスの丘で一体何があったのか……」

 

 

「このような戦いで先陣を務められぬとは、全く無念」

 エルベ藩王国軍の指揮官である、騎乗したデュランのその横で、リィグゥ公国の公王が、やはり騎乗でそう言った。

「異界の敵は多く見積もっても2万に届かず、こちらは概して30万。武勲を得たければ先鋒は必須とお考えか?」

 デュランは、ぼやくリィグゥ公に対して、問いかけるようにそう言った。

「……デュラン殿は軍議でも先鋒を主張しておられませんでしたな。いつもなら我先にと名乗り出るでしょうに」

 「それをわかっていながら」、と、意外そうな顔で、リィグゥ公は訊き返した。

「そこが気に入らぬのです。この程度の戦力、帝国軍だけでも集められたでしょう。なぜ候諸国連合など招聘したのか、と」

「はは、珍しく身長ですな。エルベの獅子と言われたデュラン殿も、老いには勝てませぬかな?」

 リィグゥ公が兜を直しながらそう言うと、先行した部隊に続いて、リィグゥ公国軍は出発した。

 エルベ藩王国軍はさらにその後、殿(しんがり)のジルスチュアート公国軍との間を行軍する。

 だが────

 ドォン

 ドォン

 ドォオォォォォン。

「な、なんだ!?」

 デュランは、閃光と衝撃波に目を見張る。

 炎の塊が空から降ってきて、更に候諸国軍の頭上で、あるいは大地に突き刺さって、そこで更に炸裂したのだ。

「なっ、何事だ? アルヌスの丘が噴火したとでも言うのか!?」

 アルヌスは無論火山ではない。先鋒から離れてなお轟く轟音と閃光、そのあまりの衝撃は、そう表現するしか無かった。

「うぉっ……」

 デュランがやや切り立った位置から見下ろすと、そこは先行した候諸国連合軍、否、()()()()()()()()()()()が、無残な姿を晒していた。

 魔法攻撃か。だがいかに高位の魔導士でも、まだ敵の姿も見えてない位置から攻撃するなど不可能だ。しかも、炸裂した炎の欠片は歩兵の盾をも簡単に貫き、砕いた。

 大賢者と呼ばれたカトー・エル・アルテスタンや、実力拮抗する導師ミモザ・ラ・メールなら可能かもしれない。だが、そんな実力を持った魔導士などほんの一握りだ。30万の候諸国連合軍をそれだけで相手にするなど不可能だ。

「アルグナ王は、モードワン王は!? リィグゥ公はどうなった!?」

 デュランの問いかけるような叫びに、やがて返ってきたのは無慈悲な報告だった。

 

 

「ちょうどこのパエリアのように、兵の死体が土砂と混じり合っておった」

 看病していた尼僧の手にある、病人食の薄めのパエリアを指して、デュランはそう言った。

 その表現に、ピニャも戦慄した表情を見せる。

「空を駆ける騎竜隊すら近づけぬ。敵は烈しい音を立てる鉄の翼竜と、燃える礫を空に向かって雨のように放つ車を持ち、空からの攻撃も嘲笑うかのようにあっさりと跳ね除けた」

「それで……3国の王は……」

 ようやく絞り出すようにしてピニャが訊ねると、デュランはそっと目を閉じ、黙って首を横に振った。

「なんてことだ……」

 ピニャは、呆然としつつ半ば無意識に呟いた。それを聞くと、デュランは続きを話し始める。

「二度の攻勢ですでに候諸国連合は壊滅状態にあった。各国の王も属領の領主の行方も知れぬ。その時点でマトモに生き残っていたのは我がエルベの軍勢とジルスチュアート公国軍だけであった。儂とナイル姫公王とで各国の敗残兵を集めて立て直し、両国の主力とともに夜襲を仕掛けた。すると敵は空に光の玉を打ち上げた。花火のようなものだとは思うが、昼間のように明るい光をしばらく維持した。それでも我らは多大な被害を出しながら敵の防衛線に取り付いたが、そこで鉄の茨に絡め取られ、そして我らの上にも炎の塊がまるで雨のように降ってきた……」

「では、ナイル姫公王は……」

 震えるような声で訊ねるピニャに対し、やはりデュランは首を横に振った。

「陛下、せめて陛下だけでも……至急、医者を手配します、帝都でお身体を────」

「悪いが帝国の世話にはならぬ」

 デュランに傅くようにして、ピニャは言った。しかし、それを途中で遮って、デュランはピニャを振り払うようにしつつ、言う。

「もう儂も長くは持つまい」

「そんなことは──」

「姫」

 ピニャの言葉を、デュランは、今度は睨みつけるようにして、低い声で強く制した。

「候諸国連合軍は大陸を護るために死力を尽くして戦った……だが、我らの敵は背後にいたのだ」

「背後!?」

「帝国だ」

 訊き返すピニャに、デュランはまず短く言った。そして、つづける。

「帝国軍は我らより先に破れておったのだろう? それを承知で皇帝は候諸国連合軍を召集したのだ」

 デュランの言葉に、ピニャの顔色が変わる。

 デュランの方も、更に、より睨みつけるような表情に変わった。

「いつ牙を向けるかわからない我らの始末を、敵に押し付けたのだ」

 ピニャは、しばらく言葉を失っていたが、やがて我に返ると、

「陛下、帝国軍が先に敗れていたのは妾も承知しておりました。しかしどのような相手なのかの情報はいまだ収集の段階で──」

 と、切迫した様子で訊ねる。

「せめてお教えください、敵はどのような者であったか! 後の戦いのために……」

 だが、デュランはピニャに見下したような表情を向けると、突き放すように言う。

「教えてやらぬ──知りたければ姫自らアルヌスに行くがよかろう」

 すると、それまでデュランを敬うようにしていたピニャの態度が、ガラリと変わる。

「そうは参りません」

 デュランの残った手を握り、言う。

「陛下が何も言わずに冥府に旅立たれたのなら、妾は兵を率い、エルベ藩王国を焦土といたしましょうぞ」

 それは脅迫以外の何物でもなかった。だが、それを聞いたデュランは、むしろ薄笑いを浮かべた。

(皇帝)が父なら娘も娘か……好きにするがよかろう、エムロイの下でそなたらが来た時、我が一族一同で嗤ってやりましょうぞ。もっとも、姫がエムロイの元に召されればの話ですがな」

 デュランは、嘲笑うように言った。

「帝国は、負けません」

 ピニャは、立ち上がりながら、デュランに、と言うより、自分に言い聞かせるように言った。

「強者の自由がまかり通ることは仕方のないことだ。だが、よいか、姫」

 デュランは、踵を返したピニャの背中に向かって言い放つ。

「アルヌスの敵は神の如き驚異の軍隊! 敵は帝国よりも強いぞ、自ら呼び込んだ敵に帝国は敗れるであろう! そのときになって後悔するが良いわ!!」

 そう怒声を上げたデュランは、直後に激しく咳き込み、介護の尼僧に声をかけられながら横たわる。

 それに背を向け、ピニャは部屋を出る。

 正面に大聖堂がある通路の、その扉の前に、侍従騎士ノーマ・ジン・サブウェイヤンと、ピニャ麾下の薔薇騎士団員上級騎士、ハミルトン・ウノ・ローが立ち、ピニャが出てくるのを待っていた。

 そのピニャが中から出てくると、

「ノーマ、ハミルトン、行くぞ!」

 と、喝を入れるような声を出しながら、先頭に立って修道院を後にした。

 修道院の前には、更に、騎士団員のグレイ・コ・アルドが、4人分の馬を世話しながら待っていた。

 ピニャは、修道院の入口前で、悔しさと憤怒が複雑に交差し合った感情から、険しい表情で歯を食いしばっていた。

 その表情を見た、ハミルトンが、心配そうに訊ねる。

「姫様……『我に続け』とか言って駆け出さないでくださいよ」

 それを聞いて、ピニャは我に返ると、表情を崩してハミルトンを振り返ると、

「ハミルトン……妾はそこまで愚かではないぞ」

 ──駆け出すとしたら、それは帝都へだ……

 と、ハミルトンには苦笑交じりに言いつつ、声には出さずに深刻そうにそう付け加えた。

 ──しかし……

 ピニャは、再度ハミルトンを振り返って、思う。

 ──ハミルトンは妾の胸中をよく読む……

 と、考えるが早いか、ピニャはおもむろに、ハミルトンの胸を胸甲の上から揉むように圧した。

「ひ、姫、何を!?」

 突然セクハラされた、ハミルトンは、目を白黒させながら反射的に身をのけぞらせつつ、顔を赤らめながら問いただした。

「いや、前からお前は本当は男じゃないかと思っていてな、ゆるせ」

 慌てふためくハミルトンに対し、ピニャは、あっさりと笑い飛ばすようにそう言った。

「ともかくアルヌスへは向かわねばならん。グレイ、この先は?」

 ピニャは、視線をグレイに移して、そう訊ねた。

「アルヌスへの道中に、イタリカの街がありますな」

「イタリカの街……フォルマル伯爵領か。あそこなら何か情報が得られるかもしれないな」

 グレイの答えに、ピニャは、呟くようにそう言った。

「ノーマ、本隊にイタリカへの移動命令を伝えよ。妾らは先にイタリカに向かうぞ」

「あの、姫様……」

 指示するピニャに対し、ハミルトンが不安そうな表情で問いかける。

「この人数で、フォルマル伯爵領まで行くのですか? コダ村の件もありますし、我々の身分では、危険なのでは……」

 敵の斥候部隊がアルヌス外周をうろついている。無辜の民であるコダ村の民には、手を出さなかったどころか、炎竜から護りさえした。しかし、敵国の軍事組織、さらには皇族であるピニャに対しては、敵対的な対応をしてくると考える方が当然だ。

 しかし、ピニャは、笑顔をハミルトンに向けて、こう言った。

「ハッキリ言って危険だ。ハミルトン、護ってくれよ」

 

 

「あの炎の塊が近くで炸裂した時は、これまでと思ったが、なんとかこうして生きている」

 ナイル・ブルー・ミリ・ジルスチュアートは、コダ村難民キャンプの集会に参加して、そう言った。

 榴弾の弾片が入り込んだ右目は、色素が抜けてアルビノのような薄赤色なり、視力も失われていた。

「右腕もその時肩ごと失ったのだが、ジエイタイの医官がこのようなものを着けてくれてな」

 そう言って、ナイルは神経感応型義手となった右腕を見せる。流石に見せなかったが、右の乳房も抉られており、パッドを入れている。

「えっ、この義手は、動くのですか!? 姫」

 ユノが、驚いたようにしながら、アルミ合金製の義手を凝視する。

「ナイルでいい。国ではすでに私は死んだものとして、摂政が国政を仕切っているだろう」

 ナイルは、苦笑しながらそう言ってから、

「流石に生身のようにとは行かないし、感覚もない。だが、慣れれば本物の腕のように動かせるようになるとは言っていた」

 と、ユノに説明した。

「これは、すごい魔導だわ……」

 ユノは、しげしげとナイルの義手を凝視し続ける。すると、

「いや、私も最初は魔法の類と思ったが、連中によると違うらしい。科学というのだそうだ」

 と、ナイルが笑いながら説明した。

 ────科学……虚理を介さず現理のみで成すもの……それでここまでのことが可能なんて……!

 ユノは、言葉に出さずに呟く、ゴクリ、と喉を鳴らした。

 ユノの背後では、同じようにカトーが、やはりナイルの義手を凝視していた。もっとも、時折余計なところにチラチラと視線が移動していたが。

「で、私に聞きたいことが、他にあったのではないか?」

「あ、ええ……」

 ユノは、はっと我に返る。

「そもそもジエイタイとは何者なのじゃ? どこかの国の軍隊か、傭兵団のように見えるが」

 カトーが質問する。

「ジエイタイはニホンという国の軍事組織だ」

「ニホン?」

 カトーが訊き返す。

「このアルヌスに開いた“(ゲート)”の向こう側に存在している国だ。帝国の一方的な侵略によって戦端が開かれ、逆に攻め返され陣を築かれてしまっているのが現状だ」

 ナイルは、そう答えたが、その口調には、デュラン同様の帝国への悪意が感じられた。

「なるほどのぅ……」

 カトーは、どこか感心したように言う。

「軍隊が、攻め入った相手国の国民を保護してくれるの?」

 ユノが訊ねる。

「“門”の向こう側で結ばれている条約によって、非戦闘員は保護しなければならないらしい。戦闘能力や戦意を喪失した者も同様だ」

 ナイルはそう答えた。

「しかし……現状、我々は彼らに、何から何まで面倒を見てもらってしまっている。なにか生計を立てないと……最悪、私たちが彼らに身売りしてでも……」

 ユノは、困惑げな表情で言い、やがて俯きがちになってしまう。

 集まった成人以上の者──過半が老人だったが──に、暗い雰囲気が流れる。

「いや、それは無理だ。彼らは身売りという制度を認めていない」

 ナイルは、真剣な表情でそう言った。

「それも、条約のせいぃ?」

 ロゥリィが訊き返す。

「それもあるが、歴史的経緯でそのような行為を受け入れがたいというのもあるとの事だ」

「ふぅん、ややこしいのねぇ……」

 ナイルの答えに、ロウリィはあっさりとそう言った。

 だが、

「でも、そうしたらいよいよどうやって稼げばいいのか……」

 ユノが困惑げに言う。

「彼らとしては身売りなどされるぐらいなら無償で世話をした方が良いと考えているようだが……」

「しかし、いつまでもジエイタイがここにとどまっているという保障もないしのぅ」

 ナイルの言葉を受けて、カトーが、眉をひそめながら言った。

「さしあたって彼らに雑務がないかどうか聞いてみればどうだろう、資金ができればやりくりも出来るだろう?」

 ナイルがそう提案する。

「でも、軍事組織だとしたら自分たちの建物の中には、私たちは入れたくないんじゃ……」

 ユノがそう切り返す。

「当座の資金か、そうじゃな……外には帝国や候諸国連合の軍の翼竜の屍骸が転がっとる、あれを分けてもらえればいいんじゃが……竜の鱗は高額で取引できるからのぅ」

 カトーが、髭を撫でながら言う。

「解った。私が交渉してみよう」

 ナイルがそう言って、その晩は散開した。

 

 翌日。

「そ、そんなに取ってよろしいのですか!?」

「ああ、こちらとしては今のところ利用価値がそれほどないし、急に大量に日本に運び込むことになっても困るので、かまわないでしょう。今文書に起こしますので、代表の方に同意のサインをいただければ、すぐにでも」

 釁隙陸将との交渉に赴いたナイルは、自衛隊側の提示した条件に、思わず目をむいた。

 そしてその答えを持って、コダ村難民キャンプのもとに行くと、カトーが全く同じ反応をした。

「北側と西側のものは採っていいじゃと!? それはここにある半分以上ではないか!」

「ニホンはまだ竜の鱗について研究段階で、大量に持ち出す必要が無いらしいので、我々が必要とするならそれでよいと」

 ナイルが説明する。

 早速、身体の自由の効く者が、屍臭から鼻を守るためマスクを付け、鱗の採集に出る。

「これ1枚で、デナリ銀貨30枚から70枚にはなるんだが……」

 集められた鱗の1枚を手に、ナイルが呟いた。

「そうね、1デナリあれば5日は暮らせるわ」

 ユノも、同意するように言う。

「それじゃあ私たち、もしかしてぇ……」

 ロゥリィがそう言って、鱗が目一杯積み込まれた自衛隊から借りたフレコンバッグを見る。

「大金持ちぃ!?」

 

「ひとまず、鱗200枚に爪30本、売るとしたらちゃんとした大店に任せたいのですが、師匠、心当たりはありますか?」

 ユノが訊ねると、カトーは髭を撫でつつ、

「そうじゃな、まだ鱗はいくらでもあるからのぉ、信用できるところに任せたいの」

 と、言ってから、はっと思い出したような反応をする。

「おお、そうじゃ。ここからそう離れていないテッサリア街道沿いのイタリカに、儂の旧い友人が懇意にしとる商会がある。そこならば信用できよう。ジエイタイに運んでもらおう」

 

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