HARD MODE ~自衛隊 彼の地にて 斯く戦えり 作:神谷萌
日本、東京。
参議院有事防衛特別委員会。
質問者、日本が一番党(同党代表)、
「現在我が党の調査では、自衛隊の戦闘行為によって、現地住民の非戦闘員に多数の死傷者が出たとの情報がありますが、これの真偽の程はどうなっていますでしょうか」
回答者、防衛大臣、
「現地住人に死者が出たことは、誠に残念なことではありますが、事実であります」
質問者。
「それらの被害は交戦当時国、通称“帝国”と自衛隊との戦闘に巻き込まれたものですか?」
回答者。
「いいえ。この戦闘は対国家の防衛行動ではなく、特地害獣1号、通称“ドラゴン”、その中でも最も脅威性の高い甲種、現地において“炎竜”と呼ばれる存在からの保護行動によって生じたものです」
質問者。
「ありがとうございます。特地にはこちら側には存在しない害獣類が存在していることは我々も確認済みです。それらが自衛隊や、同行する現地住民に被害を与えたとしても、それは災害に類別されるでしょう。しかしながら、先日の官房長官記者会見において、この被害については触れられませんでした。隠蔽の意図があったということはないでしょうか」
回答者代わって、北条重次内閣総理大臣(自由民主党、
「只今の梅泉議員の質問についてですが、先日の記者会見の際、質問された内容は、“帝国”に対する防衛行動に関するものでしたので、それについて回答したものです。意図的にこれを隠蔽しようとしたものではありません」
質問者。
「ありがとうございます。我々としては、現在が有事であり、自衛隊が交戦当時国の防衛組織として実力を行使することは、やむを得ないことだと承知しております。しかしながら、特地の一般住民に対して、日本や自衛隊に対する悪印象を植え付けることは、国益に反する行為であると考えられます。まして、相手が条約批准国ではないとは言え、国際法違反の武力行使事案が発生しているのであれば、他国間との関係とも鑑み、これを直ちに正し、責任者は処罰されなければなりません。従って、我が党としましては、自衛隊の現地指揮官、及び日本国の保護下にある特地住民の代表者を参考人招致することを提案いたします!」
「……そうですか、わかりました。ではそのように手配いたします」
アルヌス、陸上自衛隊特地方面隊長室。
特地方面隊長兼第12師団長である釁隙健介陸将は、大阪府豊中市の防衛省新庁舎からの電話を受けていたが、最後に許諾の返事をして、電話を切った。
「フゥ……」
「失礼します、陸将。滑走路の敷設状況ですが────いかがされましたか?」
ちょうどそこへ、箱柳が報告書を持って入ってきた。箱柳は、難しい表情で眉間をほぐす釁隙に、話しかけていた自分の用件を一旦切り、訊ねた。
「国会へ、民間人に被害が出たときの件で参考人招致だそうだ」
「参考人招致? 誰をですか?」
釁隙の言葉に、箱柳が訊き返す。
「羽田二尉と、現地人被災者数名」
「羽田をですか」
釁隙の答えに、箱柳は、一度鸚鵡返しにしてから、怪訝そうな顔をする。
「でも、なんだって国会が? 以前のように自衛隊は違法だ人殺しだなどとほざく連中は──」
と、箱柳はそこまでいいかけて、
「──だからこそ、ですか」
と、自己解決して、表情を緩めながらそう言った。
「ああ、野党は自衛隊が下手を打って、現地住民と軋轢を起こしていないかと心配している。だから事実を知りたいとな」
「まぁ現地人の声が聞ければ、あっち界隈の先生はむしろお喜びになるでしょう。羽田を国会に送るのはいささか不安が残りますが」
箱柳は、冗談交じりに苦笑しながらそう言った。
「それで羽田は? 予定ではイタリカという街に向かうそうだが」
釁隙の問いに、箱柳が答える。
「ええ、今向かっているところです」
第3偵察隊の車両は、軽機動車が「(幌、軽)」の
「しかし、竜の鱗ってそんなカネになるんスかね?」
軽機動車の運転席に座る蔵田が、そう言った。
「まぁ。RPGではドラゴンにまつわる品は高額なことが多いですし」
後部座席、羽田の真後ろから、西が答える。
「それに、実際日本でもなんか利用価値がないかって調べてるらしいよー。近畿大と筑波大、それに──」
西の言葉に続いて、羽田は、言い始めたが、そこまで来て、少し声のトーンを落とした。
「
理由は言うまでもなかった。竜の鱗の放射線に対する特性がどのようなものか調べたいのだろう。先に上げた近畿大や筑波大も、物理研究部門や医学部もあるが、同時に近畿大には研究用原子炉、筑波大には近隣にある産業総合研究所にある粒子加速器を使った応用加速器部門がある。
「ただ、地下資源と違って
そこまで行って、羽田は、ようやく表情を明るくする。
「ま、避難民の自活はいいことだし、ついでに俺らも特地の商取引の実態を知るいい機会ってわけ」
「一石二鳥ってわけですね」
西が言った。
「そういうこと」
1号車は他に、西の隣に椚野、サードシートに畔と、ロゥリィ、ユノが座っている。
本来、軽ベースのジムニーシエラ ロングボディのサードシートは仕様上3人がけとなっているものの、実際に大人3人が乗るのは厳しいのだが、ロゥリィが小柄なのでなんとかなっている。
ちなみにエンジンは軽自動車用に開発されたSKYACTIV-uDではなく、4ストロークのデミオ用S5-D系から1シリンダー減らした上で、過給器をターボから2ステージスーパーチャージャーに変更したS2-DPSV、1.1lエンジンが搭載されている。
また4WDシステムは軽もシエラも、共に、
……閑話休題、ともあれロゥリィは小柄、畔は身長こそ高いがそれ以外は大してごつい方でもなく、それほどきつくもないのだが、なぜか窮屈そうにしているのは右端に腰掛けたユノだった。
ちなみに中央がロゥリィで、左端が畔である。
そしてユノは、時折、九里林の方をチラチラと見ていた。
「ふぅん」
ロゥリィは、“こっちの”言葉でユノに話しかける。
「ああいう
「そ、それは……」
ロゥリィにそう言われると、ユノは更にもじもじとしてしまった。
「一体何を話してるんですかねぇ……」
その様子を、ルームミラー越しに見ていた蔵田が、そう言った。
「さぁ、なんか女子トークみたいだけど、西、解るか?」
羽田は、センターコンソール越しに振り返りつつ、身近な女性である西に聞く。
「あはは、すみません、自分はそういうの、疎くって」
西は、後頭部を描く仕草をしながら、笑い飛ばすようにそう言った。
「どっちにしろ、まだこっちの言葉はニュアンスとかスラングとかまではわかんないからな。カトー先生やユノだけじゃなかなか翻訳も進まないし……どうしたもんかね」
羽田は、そう言いつつも、軽い苦笑をしつつ、それほど深刻そうでもないため息を付いた。
「おやっさん、この先は?」
羽田は、振り返りつつ椚野に聞いた。
「ええと、地図では……」
椚野は、空自のF-6やVC-142Jでの空撮写真を元に、
「まだ……
ロゥリィにイジられもじもじしていた、ユノだったが、椚野の声を聴くと、身を乗り出して、その膝に広げられた地図を見た。
「これが雑な地図!? 嘘よね!?」
山脈の位置、街道の詳細な経路、市街や宿場町の位置、それらが精細に描き込まれた地図を見て、ユノは、反射的に“こっちの言葉”で声を上げていた。
「え!?」
椚野はまだ特地語に詳しくなく、ユノの言葉の意味が解らずに目を白黒させる。
「あ……おほん」
ユノは、椚野に対して恥ずかしそうに前フリをしてから、
「この地図が雑ということは、ニホンにはもっと精細な地図がある?」
と、日本語で訊ね直した。
「あ、ああ、日本のある世界の地図はもっとずっと精度が高いよ。だけど、それをつくるための装備──道具は、今すぐこっちに持ってこれるものじゃないんだ」
椚野も、我に返ったようにしながら、説明した。
なにせ測量用の人工衛星が必要だ。日本はそれを製造して打ち上げる技術はあるが、まだこちらの世界がどのような惑星なのかの概要も解っていない状況で、人工衛星の打ち上げは出来ない。
「この道具は、何?」
ユノは、次に、椚野が地図を広げた膝の上に、置いてあった方位磁針を指差して、訊ねた。
「これは方位磁針。単に磁石、コンパスとも言うかな。方角がわかる道具なんだけど、──」
椚野は、ユノにそこまで説明してから、続けて、
「そう言えば、こっちの世界の極点と磁気方位のズレはどうなのかな」
と、呟くように言った。
自衛隊は今のところ、南中時刻の太陽と方位磁針の指針を合わせることで南北を判断している。
ユノに対して、笑顔で丁寧に答える椚野を尻目に、運転席の蔵田が、
「あーあ、鬼軍曹って呼ばれた
と、ぼやくように愚痴るように、誰にともなく言った。
「まぁまぁ、おやっさんもそう言う歳になったってことだよ」
羽田も、苦笑しながらそう言ったのだが……
「あれ?」
それを聞いた、西が気付いたように、身を乗り出してセンターコンソール越しに2人の間に顔を並べる。
「でも、ユノさんって49歳ですよね? 孫どころか、5歳も違わないんじゃないですか?」
「あ」
西の言葉に、羽田と蔵田は同時に短く声を上げた。
そこからわずかに進んだところで、急に蔵田がゆっくりと停車した。
「どうした、蔵田?」
「前方、煙が見えます」
羽田の問いに、蔵田は真摯な口調で答える。
「煙? またか?」
羽田は、そう言いつつも、表情を引き締めつつ、双眼鏡で前方を覗く。
「なんか様子が変だぞ……おやっさん、ユノに双眼鏡貸して、見てもらってくれる?」
「了解」
羽田に言われ、椚野は自分の持っていた双眼鏡をユノに手渡した。受け取ったユノは、羽田や蔵田の真似をして、前方を覗こうとするものの……
「?」
「あ、ああ、前後、さかさま」
うまく見ることが出来ず困惑げにしていたユノに、椚野はそう言って、手を差し伸べた。
改めて、ユノが双眼鏡で前方を見る。
「あれは煙、何か火を焚いている」
「理由は解る?」
ユノの言葉に、羽田が聞き返した。
「焚き火や竃の煙だと量多すぎる、畑を焼く季節違う。でも、人のした何か。“鍵(カギ)”?」
「鍵?」
蔵田が訊き返す。
「“カギ”じゃなくて“
西が、苦笑しながら訂正した。
「しかし隊長、あの煙の上ってるあたりがイタリカになりますが」
椚野が、困惑気な口調でそう言った。
「とりあえずいつまでもここにいるわけにも行かないし、行くだけ行ってみるか……」
そう言って、羽田は無線のスピーカーマイクのPTTスイッチを押す。
「全車、周囲に警戒、対空警戒も怠るな。慎重に接近する」
『2号車富山、了解』
『3号車九里林、了解』
無線の返答が返ってきたのとほぼ同時に、蔵田はトランスファーを“FF”から“F・4WD”に入れ、ギアを入れてゆっくりと発進した。
すると、椚野とユノの間をくぐるようにして、ロゥリィが顔を覗かせた。
「なに?」
羽田が問いかけると、ロゥリィは
「血の臭い」
と、“こっちの言葉”で言い、ニヤリと笑った。
第3偵察隊の車列は、30km/hでそろそろと近づいていく。
すると、先程まで上っていた煙は段々と薄くなり、殆どなくなった。
だが────
「だ、大歓迎だねぇ」
そのイタリカの、市街を護る城塞の南門が肉眼でも確認できる位置まで来た時、双眼鏡で確認すると、大形の弩銃や、兵士が手にしたクロスボウが、第3偵察隊の車列に向けられていた。
しかも、肝心の門そのものは半壊している。
「何者だ! 姿を見せろ!!」
かなり強い敵意を感じさせる怒声が聞こえてくる。
「どー見ても戦闘かなんかあった後っスよ?」
蔵田が、引きつった苦笑で言う。
「熱湯とかかけられるのは勘弁して欲しいっスねー」
「熱湯? やだなぁ……火傷って即死できないし最悪だぜ?」
ガタッ
羽田が言った。すると、それを聞いた西が双眼鏡を取り落とした。
「おっとっと」
西の行動には深い考えを持たず、羽田は、振り返るとユノに向かって、訊ねる。
「お呼びでないみたいだから他の街にしない? 取り込み中のようだし、君たちを巻き込むわけにも行かないし、安心安全路線で」
「否定」
羽田のなだめすかすような言葉に、しかし、ユノは、即座に拒否の意思を示した。
「入り口は他にもある、ここがダメなら他にまわればいい。ハネダたちは待っていて欲しい、私が話をつけてくる」
「え、君が!?」
ユノは、そう言い、驚く羽田を他所に、立ち上がろうとする。
「ユノ、ちょっと待ってぇ」
それを、ロゥリィが“こっちの言葉”で制した。
「この街にこだわりたいのは解るけど、ジエイタイの人間を危険に晒すのはどうかしらぁ?」
「……エムロイの使徒とは思えない言葉ね」
ユノの言葉に、ロゥリィは軽くため息を付いて、説教をするかのように軽く顔を険しくした。
「私はもちろん、貴方は理由があるのだから構わないわぁ。でも、ジエイタイは今、私やあなた達の都合で動いてるだけよぉ。彼らを本意でない必須でもない戦いに送り出して死なせても、それは綺麗な死とは言えないわぁ」
「あなたの言いたいことは解ったわ。でも、私はだからこそ行くの」
ロゥリィの文字通りの“説教”に、ユノはそう言い返す。
「私たちが敵ではないと伝えたいの。ハネダたちの評判を落とさないために」
「もぉ、仕方ないわねぇ、そういうことなら私も一緒に行くわぁ」
愚痴るように言いつつも、ユノの言葉を理解した、ロゥリィは、そう言って、ユノとともに軽機動車から降りようとする。
「ハネダたちは待ってて」
ユノは、そう言って車両から離れた。
「う……」
────いたいけな美少女たちだけを危険な場所に行かせて……自衛官として、いや、大人の男としてそれでいいのか?」
羽田は、声には出さずに呟きつつ僅かに逡巡した後、
「……こりゃ、俺も行かないわけにいかないでしょ。いや、行かせてくれ」
そう言いながら、羽田も軽機動車から降りようとする。
「誰も行くなと言ってませんわ」
助手席ドアから降りかけた羽田に、背後から畔の言葉がかけられた。
「…………、
羽田はそう言って、先に行った2人を追いかけた。
「3号車から、ナイル殿下もおいでになられると……」
椚野は、困惑気な表情で、羽田に言った。
ナイルも、本人の強い希望で同行していた。ただ、本人はもう否定しているとは言え、本来なら国主だけに、多少は装甲のある27式MRAPに乗せてきたのだ。
「やれやれ……まぁ帝国の同盟国っていうか属国の国主だった人だから、いきなり攻撃されるのは避けられるかもしれないな」
羽田が降り立つと、その背後からナイルが近づいてきた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、まぁ剣ぐらいは振るえるさ」
羽田が聞くと、ナイルは自嘲気味にそう言った。
「門の扉は破壊されてるとは言え、ああ障害物があっちゃ狙ってくれと言ってるようなもんだなぁ」
羽田は、改めて門の全体を一瞥して、言う。
「あそこからなら入れるかもしれない」
ユノが、破壊されてもいない扉が閉じられたままの通用口を指差した。そしてそのままスタスタと歩いていこうとするが、
「待て、俺が先に行って、様子を確認する」
と、羽田はそう言って、ユノを制し、通用口に向かった。
扉に近づき、その裏側の様子をうかがう。
「────信仰という詐欺に引っかかっているのかも知れんな」
「しょ、小官は何も聞きませんでした!」
────何か言い争ってる?
扉の向こうで起こっている喧騒を気にしつつ、羽田は扉を、慎重に、ノックしてみた。
その、次の瞬間。
バァン!
「よく来てくれた!」
いきなり、ひっぱたくような勢いで開いた扉に、思い切り顔面を打たれた羽田は、そんな女性の声を聞きつつ、意識を手放した。