HARD MODE ~自衛隊 彼の地にて 斯く戦えり   作:神谷萌

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Chapter-11:防衛戦準備

 盗賊団の第一波を凌ぎきった後、仮眠をとっていたピニャが、それに入る前に問いただした答えの通り水をかけられて起こされた。

 現れたのは先刻の賊ではない。馬が引くわけでもないのに走ってくる車が3両。

「何だあれは、攻城用の木甲車──いや、あれは鉄だ……」

 通用口の扉の覗き穴からそれを伺い、ピニャは呟くように言う。

「前の2台の屋根は布張りだ。長弩があるな。後ろのは屋根まで鉄……上についているのはなんだ?」

「中に乗っているものの姿は見えませんか?」

 ハミルトンが傍らで訊ねる。

「緑の斑模様の服を来ている。少し変わっているが兜もかぶっているな、あれは戦闘着だ。手に持っているのは何だ……武器の類、なのか?」

 ピニャは、先頭を行く少し小柄な車の中を覗き込み、やはり呟くように言ってから、

「ノーマ、他には何か見えるか!?」

 と、城壁上のノーマに、声を張り上げて問いかけた。

「いえ、他に敵の姿は見えません!」

 ノーマは、下にいるピニャに向かってそう言った後、門の外側、正面を向くと、

「何者か! 敵でないなら姿を見せろ!」

 と、3両の車に向かって声を張り上げた。

 そのノーマの声を合図にしたかのように、城壁上の大形弩銃や、民兵の構えるクロスボウに矢がつがえられる。

 だが、変化はすぐに起きた。

「誰か出てきたぞーっ! 撃つのは待て!」

 城壁上のノーマが怒鳴る。

「金髪翠眼のエルフ? それにしてもあの服はなんだ」

 身体のラインがぴっちりと出た服を着たエルフらしい少女の姿を見て、ピニャは呟く。

「男を誑かすつもりか? しかしあの弓……エルフと言えば弓使いが多いが、あの弓についていてるのは、リンドン派の正魔道士の杖の装飾だぞ。ということは虚理魔法と精霊魔法の両方が使えるのか?」

「後ろの鉄甲の車からも、誰か降りて──あ!」

 その姿を見て、ハミルトンが声を上げた。

「ジルスチュアートのナイル・ブルー姫公王です!」

「生きておられたのか……彼女が行動を共にしているということは、ジルスチュアート公国の手勢なのか?」

 そう呟き、少し緊張を緩めたピニャだったが、先頭の車の後方から出てきたその姿を見て、驚愕に目を剥き、一瞬言葉を失った。

「ろ、ロゥリィ・マーキュリー!?」

 そして、溜めた分を一気に吐き出すように、叫ぶように言った。

「あれが、“死神”ロゥリィですか」

 やはり傍らにいたグレイが言うと、

「ああ、以前国の祭祀で見たことがある」

 と、ピニャが応えた。

「ここのミュイ様と変わりませんな」

「あれで齢900を超える化物だぞ!」

 グレイの率直な言葉に、ピニャは思わず声を荒げていた。

「ナイル姫公王がいる以上は、盗賊の一味とは考えにくいですな」

「ああ、だが今のところ味方とも限らん。デュラン王のあの怒りを考えればナイル姫も“帝国”に恨みを募らせていたとしてもおかしくない。精鋭を率いてイタリカを陥としに来たのかもしれぬ」

 グレイの言葉に、ピニャは覗き窓から視線を落としつつ、歯噛みしながらそう言った。

「そんな、ナイル姫はパナシュと義姉妹の契りを交わした関係ですよ!?」

「だからこそだ、帝国に裏切られたと確信したときの感情を考えてみろ」

 ハミルトンは抗議するように言ったが、ピニャに逆に険しい顔で反論されると、二の句を告げられずに、やはり歯噛みした。

「しかし、エムロイの使徒がそんな行為に手を貸しますかな?」

 グレイが、宥めるようにそう言ったが、

「あの方達なら、やりかねんのだ」

 と、ピニャは苦しげな表情で言った。

「亜神たる使徒を含め、神という存在はヒトには理解できんのだ。どれほど上位の神官であろうともな。神々の行いはただの戯れ、気まぐれの結果というものもおる」

「ハ?」

 ピニャの愚痴るような言葉を聞いて、グレイは目を半ば剥くようにして円くした。

「結局のところ、人々は神官の言う、信仰という詐欺に引っかかっているのかも知れんな」

「しょ、小官は何も聞きませんでした!」

 ピニャの物言いに、畏れ多くも神や神に仕える神官への毒をピニャほどには自由に履くわけには行かず、さりとて自分の主であるピニャの言葉を頭から否定するわけにも行かず、グレイはそう声を上げた。

 ──どうする、ピニャ。決断しろっ、時間はないぞ!!

 ピニャは、声には出さず、そう自らに檄を飛ばす。

 ──どうすればいい? この街のすべてが妾の決断にかかっている。

 誰もが極限状態、クロスボウを持つ民兵は今にも引き金を引いてしまいかねない状況。

 ──“死神”ロゥリィが盗賊共に与していたのならとっくにイタリカは堕ちているはず。だが、“盗賊とは別の敵”である可能性は否定できない!

 そして、ピニャは決断を下した。

 ──妾が今護るべきは何か? 民とミュイ殿のお命だ。よしんばナイル姫公王が“敵”だとしても、仮にも国主たる人物だ、無血開城すれば少なくとも民は救われる!

 そう考えに至ると、ピニャは通用口の扉の閂を外し、出来る限り友好的な態度を装いつつ、勢い良く扉を開けた。

「よく来てくれた!」

 しかし、飛び出したピニャが、まず目にしたものは────

 

「あなた、どういうつもり!?」

 ユノは、羽田が腰につけていた水筒の水を、彼の顔に浴びせながら、ピニャに向かって怒鳴った。

「あんなことして、扉の前に誰かいるとは考えなかったの!? ドワーフだってクラッズだって気をつけるわ!」

 激昂したユノの罵倒に、ピニャは第三皇女としての威厳も何もなく、ただオロオロとするばかりだった。

「ゴブリン以下よ!」

「そこまで言う……」

 ユノのあまり雑言に、ナイルは唖然としたように呟く。

「中に入れてしまったわねぇ……」

 ロゥリィが小声でつぶやいたが、ユノの罵倒マシンガンによってかき消されていた。

「う、うーん……」

 やがて、羽田が声を漏らしつつ、意識を回復する。彼が視界を取り戻すと、そのいっぱいを、ロゥリィの顔が占拠していた。羽田はロゥリィに膝枕されていた。

「あらぁ、気がついたようねぇ」

 ロゥリィが、今度はハッキリとした口調で言うと、それまでピニャを説教していたユノや、そのピニャ、周囲の人々の意識がそちらに向かう。

「大丈夫?」

 ユノが声をかけると、

「あ、ああ……」

 と、羽田は言って、身体を起こした。

『隊長、応答してください、隊長、伊丹二尉!』

 襟元に付けた、携帯無線機のスピーカーマイクからの声に、羽田は慌ててPTTスイッチを押す。

「こちら羽田。スマン、ちょっと気絶してた。送れ」

『何が有りましたか? 突入しますか? 送れ』

 無線越しに、椚野の声が聞こえてくる。

「いや、ちょっと待ってくれ、状況を確認する。終わり」

 そう言って、羽田は、スピーカーマイクを襟元に付け直すと、

「で、誰か今の状況を説明してくれる?」

 と、視線を上げて、周囲を見渡すようにしながらそう聞いた。

 すると、ユノやナイル、ロゥリィはもとより、グレイや民兵たちまでもが一斉に視線を1人の人物に向けた。

「わ、妾?」

 無言の指名を受けて、ピニャは、上ずった声を出してしまっていた。

 

 帝国フォルマル伯爵領イタリカは、帝都からエルベ藩王国へと至るテッサリア街道上にあり、その支線であり西方開拓地へと向かうアッビア街道の起点となったこの地は、交易の拠点として栄え、宿場町からちょっとした商業都市となった。

 領主であった先代のコルト・デル・フォルマルが急死し、3人の実子は全員女性である。そのうち長姉と次姉はすでに他家に嫁いでいた。そのため、末妹であるミュイ・レイ・フォルマルが伯爵家の当主となった。

 “帝国”では、戦前の日本を始めとする列強に見られるほどの強い男尊女卑の制度はなく、嫡男がいない場合や、何らかの問題がある場合、女児が家督その他を継ぐことは珍しいことではなかった。

 問題は年齢の方だった。ミュイはまだ帝国の基準でも成人に達しない若干11歳。帝国中央も正式な爵位の継承は保留している。

 その為、2人の姉がミュイの後見人として名乗りを上げた。本音はイタリカを始めとする領内の課税権が目当てだった。この時点で予想できたとおり骨肉のお家騒動となった。

 だが、そんな折、“(ゲート)”が開き、帝国は異世界出兵を行った。

 結果は承知のとおりである。2人の姉の嫁ぎ先も当主を失い、また共に出征した兵も殆どが帰らなかった。

 結果、フォルマル家(実家)に構う余裕のなくなった2人の姉はフォルマル伯爵領から手を引き、またフォルマル伯爵家自身も出征した兵が戻らず、治安維持要員が不足した結果、領内の治安は急激に悪化、元々アルヌス周辺で旅人を襲っていた盗賊団がフォルマル伯爵領に踏み入って跋扈した。

 更に二度に渡るアルヌス奪還戦での帝国軍および候諸国連合軍の敗残兵、想像を超えた敵戦力と、それによる一方的かつ絶望的な負け戦により、モラリズムと言うものを失った彼らは、盗賊団に加わって一大武装勢力となり、城塞都市であるイタリカにまで襲撃をかけてきた。

 丁度、帝国第三皇女ピニャ・エル・ラーダの一行がお忍びでイタリカを訪れていた。

 ピニャは、 “門”から逆侵攻しアルヌスを占拠した軍勢によるフォルマル伯爵領への攻勢と早合点して、フォルマル伯爵家に名乗り出て防戦の指揮を取ることになった。

 結果として相手はピニャの予想とは異なったものの、むしろ盗賊団相手にイタリカを失陥するなど帝国の威信に関わることであり、ピニャは、軍務経験がなく幼いミュイに代わって、残り少ない正規兵に即興の民兵隊を組織して防戦にあたっていた。

 だが、盗賊団のあまりの数の多さと、得体の知れない精神的な高揚により、防戦は絶望的なものになっていた。ピニャの率いる薔薇騎士団が合流すれば、所詮烏合の衆である盗賊団など鎧袖一触だったろうが、本隊はまだイタリカまで3日はかかる後方にいた。

 

 

「ボーゼス! 急ぎすぎだ、落伍する者が出ているぞ!」

 薔薇騎士団本隊、先頭に立って遮二無二馬を駆けさせる女性の上位騎士に向かって、すぐ後ろに続く別の女性騎士が怒鳴り声で伝える。

「まだ遅い! 殿下が(わたくし)達の到着を待っておられるのよ!」

 ボーゼスと呼ばれた、先頭を行く騎士は、険しい表情で振り返り、逆に怒鳴り返した。

「伝令にあったでしょう、今のイタリカには質の高い兵は残されていない、今は少しでも早くイタリカに到着することが先決! 少数だけでも戦い様はあるわ!」

 ボーゼスはそう言い、馬にさらに鞭を入れようとする。

「もし、間に合わなかったりしたら、私──」

「大丈夫だ、殿下なら……きっと、保たせるさ」

 

 

「それでは、彼らとともに妾たちに助勢してくれるというのですね!?」

 ナイルに対し、ピニャが半ば驚いたような声を出した。

「ええ、私も仮にも国主の立場にあった者ですし。それに、彼らもここを失うと困るようです」

 ──イタリカという街に価値を見出しているのか。まぁ、当然だな。

 ナイルの言葉に、ピニャは、声に出さずにそう言った。

 ──だが、今のままではこの街を護るなど到底不可能、手勢は喉から手が出るほど欲しいのが事実……

 ピニャが逡巡しているのを見て、ナイルは助け舟を出す。

「彼らは今回、あくまでこの街を盗賊団から護ることに徹するとのことです。その後の扱いは、上級司令部同士の話し合いで、できれば穏便に、と」

「そういうことか……ならばその申し出、受けるとしましょう。今はたとえ12人でも、高度に訓練された兵士が必要です」

 ピニャは顔を明るくしてそう言ったが、

「12人?」

 と、それを聞いたナイルはくすっと笑った。

「ナイル姫?」

「ピニャ殿下はまだお耳になされておられませんか、コダ村の住人を襲う炎竜を撃退した“緑の人”と、彼らが持つ“鉄の逸物”の噂──」

 

 

 イタリカ城壁・南門。

「来てるね」

 羽田は椚野とともに、城門の上から、双眼鏡で城門に繋がる先を見ていた。

「はい、斥候ですね」

 椚野が応える。

「後方に本隊も見えます」

「あんな派手に煮炊きの煙出して、烏合の衆ですって証言しているようなもんだよ」

 羽田は言った。

 かつての大戦では、コメの炊爨を必須とした旧軍は、その煙を狙われて苦労し、無煙で煮炊きする方法を考案したり、電気炊飯器の開発を行ったりした。

 一方、地方軍閥の寄せ集めだった中国軍はそんなことお構いなしに、夜中でも派手に火を焚いて煮炊きをし騒いだりしたため、日本軍の狙撃兵のいい的になったと言う。

 技術レベルの格差もあるだろうが、誰も止める人間がいない時点でろくな指揮官や指揮系統が存在していないのは確実だった。

「狙いはこの南門かな?」

 羽田が、双眼鏡を構えたまま、椚野に問いかける。

「そうですねぇ……」

 椚野は、羽田とお互い双眼鏡をおろして顔を見合わせ、言う。

「イタリカは人口5千を超えます。包囲するには流石に数が足りないでしょうし、それを維持する指揮系統も存在しないでしょう。とすればどこか一点に攻め入ってくると考えるのが妥当だと思います」

「やっぱり、一度突破仕掛けたここに来るかね?」

「連中に充分な戦術眼があれば、ここの護りは硬いと読むでしょう。しかしあの様子では……」

 羽田の問いかけに、椚野は、自分の見解を述べる。

「しかし、中には元正規兵も混ざっているそうですし、油断しすぎるのも危険です。北側は川に面している上、元々街道から外れていて簡素な橋しかかかっていませんし、川岸は切り立っていて上陸にも不適ですから外すとしても、西門、東門を奇襲する可能性は、低いとはいえません」

「なるほどな……」

「攻撃箇所を決められる敵側が有利ですね」

 納得の声を出す羽田に、椚野は付け加えた。

「しかし、この陣地は……」

「ああ、やっぱおやっさんもそう思う?」

 南門は破壊された扉を撤去し、安い板材を扉に見せかけて廃材で押さえてある。その偽装扉の元には薪が敷かれていた。

 そして、門の内側に、木製の防柵が建てられている。

「城門が突破されることを前提にしてるよねぇ……」

 羽田は、城門の内側を一瞥して、そう言った。

「我々に敵兵力を漸減させて、中で撃退するというところでしょうか。本来なら我々は火消し役として、後段にいた方が……」

 椚野は、難しい顔をして言い、語尾を濁した。

「うーん、でもねぇ」

 羽田は、困ったような表情をしながら、ヘルメットの隙間から後頭部に手を突っ込んで頭を掻く

「一応、この場の最高指揮官はあのお姫様ってことになってるし、彼女がここが本命だと判断した以上、うちらの立場上あまり表立って反対するのは問題残るでしょ?」

「それは……たしかに」

 椚野も、渋々といった感じで同意する。

「それに俺たちは“緑の人”として有名になっちゃってるし、後ろにいちゃ士気に関わるよ」

 そう言ってから、羽田が城門の下の民兵隊に向かって手を振ると、歓声が上がった。

「問題は敵が乗ってくれるか……ですね」

「まぁ、それなんだけど……」

 椚野の言葉に、羽田は決まり悪そうに言った。

「ま、姫様の言う騎士団ってのもこっちに向かってるそうだし、こっちも支援を頼んどきましょ」

 羽田は、そう言って、部下に指示を出す。

「本部に要請出すからおやっさん、手伝って。湯川と河津本は土嚢作り、九里林と富山は下の薪片付けて。篝火とかも片付けさせて。西と畔は暗視装置を用意してくれ」

「了解」

 それまで城門を視察していた第3偵察隊員が、にわかに動き出す。

「新田、両塚。27重機据え付け。突撃破砕線(FPL)は矢の射程外に。念のため300ぐらいかな」

「了解」

「わかりましたー」

 城門の両側の尖塔の矢眼に、27式機関銃が三脚で据え付けられる。新田の傍らで指示する羽田に、反対側の塔の両塚からも返答があった。

「すみません、可燃物を撤去していただけますか、篝火もどこかへ片付けていただきたいのですが」

 富山が、城門の下で話し合っていた兵士と民兵に、そう声をかけた。

「もう陽が暮れるのに、篝火はいらないというのかね」

「はい、大丈夫ですから」

 富山はそう伝えると、篝火の台を片付けようとする兵士の作業を手伝った。九里林も、偽装扉の元に敷かれた薪を、民兵たちとともに回収していく。

「あれが炎竜を撃退したって“緑の人”かい、たった12人じゃないか」

 民兵隊が囁く。

「それだけ強いってことだろ。“鉄の逸物”だってあるんだし」

 別の民兵が言う。

「おまけにハーフエルフの魔導士にエムロイの使徒様と来たもんだ。こりゃあ敵が何百、何千いようが敗けっこないぜ」

「ああ、もう少しの辛抱だ」

 南門の兵士や民兵隊の士気も、にわかに上がり始めていた。

 だが────

 

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