HARD MODE ~自衛隊 彼の地にて 斯く戦えり 作:神谷萌
「どうしてこうなった……」
羽田は、ベッドの縁に腰掛けながらそう言った。
そのベッドの上には、日本人ではないが、黒髪の艶やかな女性が、ほぼ全裸で1人。
「どうしてこうなった!!」
時間を数時間戻す。ピニャがボーゼスとパナシュに一頻り怒鳴りつけて追い出した頃。
イタリカの城壁外側、西門近くに設けられた、自衛隊イタリカ駐留部隊の仮設駐屯地。
「なるべく事は荒立てず、最悪でも屋敷の内部で事を済ますか」
駐留していた第3戦闘団第4小隊々長である千歳慎吾一等陸尉が、大きめのWindowsタブレット画面に表示された地図を示してそう言った。
「許可する。椚野さんと富山一曹なら問題ないだろう」
千歳はそう言った。
「大丈夫ですか?」
自分で提出しておきながら、椚野は念を押すように聞き返した。
「今我々が正面からドンパチやるのはまずい。イタリカは市民の感情が日本に対して肯定的だから、それをこちらから悪化させるようなことはするべきではないだろう」
「なるほど」
千歳の説明に、椚野は納得した。
“帝国”に対する感情は最悪に近いが、元々“罪を憎んで人を憎まず”が基本の日本人は、民衆を実力と恐怖で抑圧することを苦手とする。
「必要な支援があったら言ってくれ。特科以外ならなんとかするぞ」
千歳は言いつつ、後半は苦笑しながら付け加えた。
「了解しました」
そう言って、椚野と富山は、仮設のテントオフィスを後にした。
「話は決まったぞ」
第3偵察隊は仮設駐屯地の傍らに間借りしていた。そこへ富山とともに戻ってきた椚野が声をかける。
「打ち合わせ通り、日没後に決行する」
「了解」
第3偵察隊の面々は、そう言って敬礼した。
その後……
「隊長、今頃死んでたりして」
「縁起でもないことを言うなよ」
「だって引っ張っていかれる時、さんざん甚振られてたし……あ、でもオタク的には本望なのかな?」
「本気で言ってるのか……」
「大丈夫、あのベルばら軍団は隊長の好みじゃない」ゴスッ
「隊長、ああ見えてレンジャー持ちだから」
「レンジャー持ちって……誰が?」
「羽田二尉」
「いやいや、ウソでしょ、冨山ちゃん……」
「マジだって」
「ウソぉおぉぉォォォッ、嘘よぉっ、あの人がレンジャー持ちなんて何かの嘘よぉ!!」
「羽田がレンジャーというものを持っていたら、いけない?」
「ガラじゃないのよねー、鋼のように強靭な精神と肉体を持ち、何十kgの装備を担いで敵地に潜入、過酷な自然に耐え、音も立てず周囲に溶け込み、少人数でどんな任務も遂行する、それがレンジャーなのよ!」
「スライム並みの精神で、手すきと見ればいつも木陰で絵草紙ばかり読んでいるハネダに、精強な戦士の称号!?」
「プーッ」
「ケタケタケタケタ」
「ゲラゲラゲラゲラ」
「……そんなにおかしい?」
「自分であそこまで言っといて、何言ってんだか……」
富山はそう言ってから、時計を確認する。
「行くぞ」
草の擦れる音にかき消されそうなほどの小声で言いつつ、ハンドシグナルで進行を伝えた。
メンバーは富山、蔵田、九里林、畔。バックアップに椚野。揉め事になることを考えて陸曹以上の人間に絞っている。西のぶーたれたこと。
それから、先導役としてユノとロゥリィ。流石に隠密行動に難のあるナイルは連れてこなかった。彼女は流石に、西のような態度は取ってない。
その頃────。
「……ん、あれ」
羽田が、意識を取り戻すと、すでに夜の帳の落ちた暗い室内が視界に広がったが、それは見慣れないものだった。
それは、単にこの建物に見覚えがないというだけではなく、部屋の作りなどが、羽田が慣れた様式のものではなかった。
──ここ……は……
状況を意識しようとし、声に出さずに呟く。
すると、暗がりの室内で、突如光源が現れた。
羽田が、突然現れた光源に眩惑されて、反射的に手で光を遮る。
すると、
「あら」
と、燭台を掲げた人影が、女性だろう声で、気がついたように言った。
目が慣れて、逆光越しにもその相手の姿が見えるようになった。
それは、サーヴァント服に身を包んだ、やや小柄な長髪の女性。
彼女は、寝台の横のキャビネットに燭台を置くと、
「お目覚めになられましたか? ご主人様」
と、羽田に問いかけるように言い、微笑んだ。
「なっ、なんだ!? これ……ポンバシにメイドホテルなんかできたっけ!?」
羽田は、驚いて思わずそう口に出していたが、
「?」
と、目の前のメイド姿の女性は、首をかしげる。
「あ、そうか……」
そこで、羽田は気がついた。
「えっと、ここは?」
羽田は、特地の言葉に変えて、メイド姿の女性に訊ねた。
「フォルマル伯爵のお屋敷です」
メイド姿の女性は、笑顔でそう答えた。
「ああ……イタリカに戻って来ちまったのか……そういや姫様の騎士団に連行されてきたんだったな……」
疲労と怪我で混乱していた記憶がはっきりしてくる。
──この様子なら、姫様自身は協定を破るつもりはなさそうだな。
ベッドは客用のものに見えたし、シーツも布団も清潔で、怪我の手当もしてあった。
「水もらえる?」
「はい、かしこまりました」
メイド姿の女性にそう頼んでから、
──じゃあ、しばらく様子を見るか。
と、ベッドの上で、身体の緊張を解いた。
すると、水を取りにか、出ていった小柄なメイドの女性と入れ替わりに、やや長身のね鼻眼鏡のような小さな円レンズのメガネをかけた、やはりサーヴァント服の女性が入ってきた。
羽田は、思わずその女性を凝視していた。
その容姿は確かに恵まれている、ツリ目は少しキツめの印象を与えるが、魅力的だと言っていいだろう。
だが、羽田が凝視してしまった理由は、それではない。
「どうされました?」
やがて、羽田の視線に気づいたその女性が、羽田に視線を向けて訊ねた。
その彼女の頭には、猫のような耳が乗っていた。
「その耳、本物?」
「は?」
羽田が思わず口走ってしまうと、女性はキョトン、として小首をかしげた。
「い、いやそうじゃなくて……──状況、街の様子や俺の扱いについては?」
羽田は真顔に戻り、改めて訊ねる。
「只今、夜半過ぎでございます。ハネダ様」
ネコミミ姿の女性のかわりに、見覚えのある壮年の女性が現れて、そう答えた。ラム・エム・カイネ、メイド長だった。
「ご安心ください、ハネダ様には賓客として最上位の扱いをするよう、ピニャ殿下から仰せつかっております。現在、街は平穏を取り戻し、寝静まっております。盗賊団の残党を警戒して、騎士団と兵士が夕刻より領地各地へ出向いております。それと……、無礼を働きました騎士団の部隊長に、ピニャ殿下は烈火のごとくお怒りになられ、黄バラ隊のボーゼス様がおケガを──」
──あの縦巻きロールか……
そこまで恨んでるわけでもないが、同情心も湧きにくい。
羽田がそんなことを考えていると、メイドたちはラムを中心に、羽田を囲むように並んだ。
「ハネダ様、此度はこのイタリカをお救いくださり、誠にありがとうございました」
ラムがそう言い、メイド一同が揃って深く頭を垂れた。
「あ、ど、どうも……」
羽田は、仰々しく感じ、思わず上ずった声を上げてしまう。
「この街をお救いくださったのがニホン国ジエイタイであることは皆承知しております。ジエイタイにこの街の窮地を知らせてくださったのはハネダ様とその部下であることも……」
ラムは、顔色がすぐれない様子で、深刻そうな口調で言う。
「そのハネダ様にこのような仕打ち、制裁としてこの街を攻め滅ぼすというのであれば、我ら一同力を貸す所存。ただ──当家のミュイ様には矛先を向けぬよう、伏してお願い申し上げます」
「し、心配しなくても大丈夫ですよ、ただの誤解ですし──」
そんなことはしませんよ、と羽田は言いかけて、一旦口ごもり、少し言葉を選ぶと、
「街を滅ぼしても、
と、答えた。
「!」
その言葉に、ラムははっと羽田の顔を見た。一瞬、何かを納得したような表情を見せる。
「あ、ありがとうございます、ハネダ様」
ラムが口籠っていると感じたのか、最初に入ってきた女性が辿々しくそう言った。
「寛大なお言葉、誠にありがとうございます」
ラムが、緊張の解けた口調でそう言った。他のメイドたちも一様に安堵した表情をしている。
──さて、箱柳のダンナが喜びそうなネタになっちまったな、どう報告するか……
羽田は、笑顔で応じつつも、内心冗談交じりながら軽く逡巡した。
「今夜のところは、私とこの4名をハネダ様の専属とさせていただきます。こちらからモーム、アウレア」
ラムが、羽田から向かって左側に並ぶ2人を紹介する。最初に現れた小柄な女性と、更に小柄な、少女と言って差し支えない年格好のメイド。
続いて、ラムの反対側にいる2人。
「それから、パルナ、ペルシアでございます」
ペルシアと呼ばれたのは、先程のネコミミの女性、もう1人はペルシアと同じくらいの年格好で、おかっぱの女性だが、今度はバニーガールよろしくウサギの耳が生えている。
「よろしくお願いします、ご主人様」
「よ、よろしく……」
羽田は、全くどこのメイド喫茶だよ、とか思いつつも、笑顔で応えた。
すると。
「!」
パルナ、がはっとしたように顔を強張らせると同時に、その耳を立たせる。
パルナのウサギ耳は、左耳の先端が切れていた。
「パルナ、どうしました?」
ラムが問いかける。
「鎧戸を家事開ける音がします、誰かが階下の窓から侵入しようとしているようです」
パルナが言うと、傍らにいたペルシアも表情を険しくする。
「恐らくジエイタイの方でしょう。こちらへ案内を」
ラムが指示する。
「他の者でしたら?」
「いつもの通りに」
ペルシアが聞き返すと、ラムは即答した。
すると、パルナとペルシアは、ラムに向かって頷いてから、部屋を出ていった。
「あの2人は──」
「どうかなされましたか?」
羽田が聞くと、ラムが訊き返す。
「いえ、あの2人、耳とか」
「ご存知ありませんでしたか」
羽田が再度訊くと、ラムが答える。
「パルナはヴォーリアバニー、ペルシアはキャットピープルでございます。こちらのアウレアはメデュサ」
少女のアウレアを指してそう言った。一瞬、普通の人間に見えたが、よく見ると、ヒトの目の他に、眉毛の内側にそれと連続したように見えるヘビのような眼と、眉間にも目立たないがヘビの鼻孔のような穴がある。
「モームはヒトです」
「そう言えば、捕虜の中にも頭や手足に羽根があるコが……」
「その者はセイレーンでございましょう」
「はぁ……」
生返事気味に言った羽田だが、すぐに、
「この国では彼女らのような種族がヒトに混じって生活するのは普通のことですか?」
と、現地の文化や社会の調査、という本来の役割を思い出したように訊ねる。
「先代様──コルト伯は大変開明的な方で、種族間の摩擦の原因は貧困にあると信じておりました。ですのでヒト以外の者も積極的に雇われておられたのです」
ラムは、そこまでは誇るように言い、しかし、急にそこから言いにくそうな口調になった。
「……まぁ……“ご趣味”でもありましたので……」
「ハハハ……なかなか、趣味の合いそうな方ですね、俺というか、俺の部下の約2名というか……」
羽田は、蔵田・西のオタクコンビを脳裏に浮かべながらそう言った。
「ですが、直接当家に雇い入れております者以外にも、ヒトであろうと亜人であろうと領内で住居を構え農耕や商売をすることを認めてもおりました」
「なるほど」
そのような人物であれば、その子女であるミュイに対する忠誠というか崇敬も解る気がする。
「ハネダ様、先代様に似たニオイする」
アウレアはそう言って身を乗り出してくるが、
「めっ!」
と、モームがそのおでこを叩いた。
「ご主人様への無礼は許しませんよ」
モームが叱りつけると、アウレアは、
「は~い……」
と、しょげた様子を見せてしまった。
「メデュサは人の精気を吸い取ることをできます。充分に躾をしておりますが油断はなさらぬようお気をつけください」
「はぁ……」
羽田はラムの説明を聞き、そんなん賓客の専従につけるなよ、と思いつつも、声には出さずにつぶやいた。
すると、その時、パルナ達が出ていった扉が、外側から開けられた。
足音も立てずに入ってきたパルナとペルシアにつづいて、
「隊長、ご無事でしたか」
「あ、生きてる」
富山に九里林が言いながら、わらわらと迷彩服姿の第3偵察隊の部隊が入ってきた。
「無事だったようねぇ」
それに続いて、ロゥリィがそう言いながら姿を表した。
「まぁ、聖下御自ら!?」
その姿を見て、ラムはまるで少女のように顔を輝かせて、その下に駆け寄り、文字通り宣教師に敬虔な信徒がするように傅く。
──エムロイって、確か死と断罪と戦いの神だって言ってたよな……
ラムの姿に少し引きかけてしまったところへ、蔵田が耳元にやってきて耳打ちする。
「たーいちょ、1人だけずるいっすよー」
ケモミミ属性持ちの蔵田は、ペルシアたちの姿を見てすっかり舞い上がりつつ、小声でそう言った。
「紹介してもいいが、お前が西に後ろ弾されないように気をつけろよー」
「すみませんメイド長、ピニャ殿下がお呼びです」
「殿下が?」
パルナに言われて、ラムは一瞬、ロゥリィを目の前にして少し忌々しく思ったが、
「分かりました。殿下はどちらに?」
と、流石に年長者らしく、すぐにそんな感情も消して立ち上がる。
「先代様の書斎です。書き物があるというのでお貸ししていました」
「そうですか。モーム、パルナ、この場お前たちに任せます。決して粗相のないように」
「かしこまりました」
パルナが返事をしたのを聞いてから、ラムはピニャの待つ書斎へと向かっていった。
「いつまでもふてくされておるでない、そなたはそう見えても立派に大人、軍人だろう?」
ナイルが日本語で声をかけるが、西の表情はますます不機嫌そうになる。
「別に、置いて行かれたことにはもう腹は立ててないですけどねー、ただ」
「ただ?」
西の何処か吐き出すような口調に、ナイルは鸚鵡返し気味に訊き返す。
「なんか、抜け駆けされてる気がする」
「じっ、自分は、蔵田剛雄、三等陸曹であります、21歳、独身!」
パルナとペルシアに羽田から紹介してもらい、興奮しきって緊張した様子の蔵田が、敬礼をしながらそう言った。
「よっ、よろしくお願いします!」
「ちょっ、蔵田、落ち着けって……」
羽田が制するものの、蔵田の興奮は止まらない。
──ファンタジーの世界に来たってのに、現れるのは羽田二尉の好みのコばっか……──、だったけど、ここへ来てようやくケモミミ萌えの夢の光景がっ!!
「はい、よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますニャ」
パルナとペルシアが返答すると、蔵田は跳ね回らんばかりの動きをし、再び羽田に窘められる。
「面白いヒトね」
「男の視線と言えば、今まで欲情か怯えのものしか感じなかったケドニャ」
「まったくないわけでもないみたいだけどね」
「そう? さすがヴォーリアバニーはそういうのに敏感だニャ」
蔵田の様子を見ながら、パルナとペルシアは面白そうに話し合っていた。
一方。
「流石に正面からつっこんくることはしなかったか」
「上もイタリカでは荒事にしたくないようですからね」
「それって、その『イタリカでは』の横に
羽田は真顔に戻って、富山の言葉に対して訊き返す。
「まぁ、そういうことです」
富山は言いにくそうに答える。
「それはしょうがないか……でもま、とりあえずみんな無事でよかったわ」
羽田も渋い顔をしていたが、言いながら、いつもの飄々としたような苦笑になった。
「急いで脱出する必要もなさそうだし、今夜は異文化コミュニケーションってことで」
モームらが持ってきた伯爵家の茶菓子の守られた皿に、自衛隊員が糖質補給のために持ち歩いている菓子類を添える。
「伯爵家のお菓子も美味しいけどぉ、このチョコレートっていうのぉ、甘くて舌が蕩けそうだわぁ♪」
ロゥリィはそう言いながら、ベビーアソートの板チョコをつまんでいる。
「これ、どうなってるの? エルフの縫製?」
「違うわ、ジエイタイの人たちに貰ったの。ニホン国の衣装なんだって」
モームは、ユノと特地語で会話している。
「すごい伸び縮みの仕方!」
「でも、これ綿なのよ」
「えっ、嘘でしょーっ!?」
かしましいやり取りも続いてきたが……
「ふぁ……」
しばらくしたところで、賑やかな中で、羽田が大きく欠伸をした。
「大丈夫ですか?」
富山が訊ねる。
「いや、なんか急に眠くなってきちゃって」
そう言いながら、続けざまに欠伸を出す。
「疲労と怪我で一気に眠気が押し寄せてきたのでしょう」
パルナが、羽田と富山を覗き込むようにして、そう言った。
「屋敷の警備は万全ですし、こういう時には休んでいただかれたほうがよろしいかと」
「でしたら、我々はどうしましょうか」
富山が訊き返すと、パルナが答える。
「別室を用意します、宴席はそちらへ……」
「すみません、何から何まで」
羽田が、かえって申し訳なさそうに言った。
「いいえ、大丈夫ですよ」
パルナはそう言ってから、モームを呼んで、2人で手はずを整えてから、ぶーたれる九里林を第3偵察隊の一行共々なだめつつ、別室へ移っていった。
コンコン……
羽田がウツラウツラし始めた頃、扉がノックされた。
『ハネダ殿、起きておられますでしょうか?』
「あ、はい」
メイド達とは違う、聞き覚えのない声で、扉越しに訊ねられると、羽田は再度覚醒して、応答した。
『騎士団のスイッセスと申します』
「スイッセス……すみません、まだ名前と顔が一致してなくて……」
『…………』
僅かに沈黙。羽田はそれを感じて、失言したかと考えた。
しかし──
『入っても、よろしいでしょうか?』
「ああ、どうぞ」
羽田が特に用意もなく、それを受け入れると、扉が開き、
そこに入ってきたのは、ドレッシーなインナースリップ姿の、長身の美女だった。
「お情けを……いただけませんでしょうか……?」