HARD MODE ~自衛隊 彼の地にて 斯く戦えり 作:神谷萌
「曹長、俺達、ここで昼飯食ってていいんでしょうかね」
蔵田が言う。
アルザス難民キャンプの食堂兼集会場で、第3偵察隊の面々が、ロゥリィ、ナイルを含むキャンプ生活者とともに食事をしている。ユノはピニャたちの通訳のため、いない。
「すまぬ……私が手間を取らせたせいで……」
ナイルが申し訳なさそうにいう。
ナイルはアルヌスに帰還するなり、医療センターで義肢や傷の検査、消毒を受けた。畔と九里林がそれに付き添っていた。
「それだけなら普通なら飯抜きなんて言われるんでしょうけどね」
西が言う。
「難民キャンプの住民と親睦深めてこいなんて、珍しい事言うものですね」
富山が箸を進めつつ、一旦それを止めて言う。
「塙三佐、顔ひきつってましたけどね」
蔵田が苦笑交じりにいう。
「そう言えば、九里林二曹は?」
西が、器を左手に持ったまま、2人を見回すようにいう。
「お説教中」
「え?」
河津本が短く言い、西が反射的に訊き返す。
「
「ああ、それで……」
行儀悪く食を進めながら言う河津本に対し、西は引きつった苦笑を浮かべた。
「九里林白兵戦すごかったんやて?」
今度は逆に、河津本が、西に向かって訊ねるが、
「ええ、凄かったわぁ」
と、割り込むようにしてロゥリィが答える。
「あれ程の猛者は、使徒でもなければそうはいないでしょうねぇ」
「亜神並みですと!?」
驚愕の声を出したのはナイルだった。
「この嬢ちゃん、そんなにすげーのか?」
両塚が、西に顔を寄せて、声を潜める様に訊ねる。
「文字通りの無双ですよ。数十人一度に相手にして瞬殺ですし」
「マジか……」
「鉄の防具も、あのハルバードでスイスイ斬ってましたね」
「すげぇな……」
両塚は、ロゥリィの方に視線を向け、感心したように言う。
「でも、それと並ぶぐらいすげぇ九里林って一体……」
河津本は、半ば唖然としたようにしつつ、薄くため息混じりにそう言った。
「ほらお前ら、そろそろ無駄口は程々にして早く食べろよ。まだ片付けが残ってるんだからな」
椚野が見かねたように、自らも食を進めつつもそう言った。
「建物自体は簡素に見えるが、調度品はだいぶ上等なものだな」
革皮のソファを試すようにしながら、ピニャが呟く。
「これは……蟲甲でしょうか?」
応接用の木製のテーブルの表面を、指先でその質感を試しながら、スイッセスも呟くように言った。
「どうやら、妾を皇族として扱っていると考えていいようだな……」
キョロキョロ、と落ち着かないというほどでもないが、スイッセスとともに周囲を観察しながら、ピニャはそう言った。
「“
窓越しに外を覗いながら、ピニャが呟くように言うと、スイッセスもそちらに視線を向ける。
「あのドームの中では……」
スイッセスが言う、その視線の先には、石造り、というか鉄筋コンクリートで作られたドームが建っている。
コンコン、と扉がノックされた。
ピニャとスイッセスは、ソファから素早く立ち上がり、直立不動の姿勢で入室者を迎える。
「お待たせしました」
釁隙陸将が先頭に立って入ってきた。挨拶したものの、ピニャやスイッセスには当然理解できない。
──この地味な服の男がジエイタイを率いる長だというのか?
ピニャは釁隙の礼装姿を見て、一瞬そう思ったが、
──いや、胸章がハネダやサバエ軍団長より多い……
と、思い直した。
釁隙に続いて箱柳、そしてその後ろからユノも入ってきた。
ピニャ、スイッセスと釁隙、箱柳が向かい合うように席につき、その横にユノがついた。お互いまだ立ったままだ。
「こちらはリクジョウジエイタイのキンゲキ将軍。“門”のこちら側にいるジエイタイの長」
ユノは、修飾を省いて釁隙をピニャらに紹介し、
「こちらは帝国第三皇女ピニャ・エル・ラーダと騎士スイッセス。ニホン語での敬称は……」
続いて、日本語で釁隙にピニャを紹介するが、一瞬困ったように口ごもる。
「“殿下”でいいと思うよ。こちらの言葉ではなんというのかな」
助け舟を出すように、釁隙が言った。
「女性であれば『フィランセア』が適当」
ユノがそう説明すると、釁隙は、自ら手を差し出す仕種で、
「どうぞ、おかけください、
と、着席を勧めた。ピニャとスイッセスが腰掛けたのを見てから、自らも腰を下ろした。
「早速ですが、殿下自ら突然お越しとは、どのような要件でしょうか?」
釁隙が相手を威嚇しない程度に険しい表情で訊ね、それをユノが翻訳する。
「実は協定に関して我が方に不始末があり、そのお詫びにとまかりこしました」
ピニャが真摯だがやや柔らかめの表情で言い、それをユノが翻訳する。
「報告は伺っております。帝国との仲介をしてくださる殿下のお手を煩わせるようでしたら、協定の扱いを考え直す必要もありますかね」
釁隙は、必ずしもそういう意図で言ったわけではなかったのだが、
──考え直す!? やはりイタリカを占領するということか!?
と、ピニャはそう理解した。
「い、いえあくまでこちらの手違いで起こったものでして、全て私の不徳の致すところです。協定は当初のとおりで問題ありません」
少し慌てつつも、ピニャはそう言って、軽く頭を下げた。
実際、自衛隊の戦力に圧倒されて自失状態になったのが原因とは言え、本隊に伝令を出さなかったイージーミスなのだから、虚勢を張っても仕方がない。
「ところで──」
それまで机の上に資料を拡げていた箱柳が、割って入る様に切り出した。
「どうやら直接の協定違反以外にも事件があったようですが、そのことについての説明はございますでしょうか?」
──来た!
ピニャは、身が固くなるのを覚えたが、ちらりとスイッセスを見ると、彼女は笑みを浮かべて答えだした。
「そのことに関しては、ハネダ隊長やその部下の方に誤解を与えてしまったようなのです」
ユノが通訳すると、箱柳は釁隙と顔を見合わせた。それから、釁隙が訊ね返す。
「誤解、ですか」
「はい」
ピニャは、ハラハラしながらスイッセスを見ていた。
「私が、その、ハネダ隊長に迫ったのは事実なのですが、それはあくまで私の個人的な動機によるものだということです」
「スイッセス!?」
ユノが通訳しようとした瞬間、先にピニャの方が驚いたような声を出してしまった。慌てて自分で自分の口をふさぐ。
「つまり、あくまで自らの感情で羽田二尉に迫ったと?」
「そうです」
釁隙が聞き返すと、ユノの通訳をはさみつつ、スイッセスはきっぱりと答えた。
「しかし、羽田を含む自衛隊は、現在事実上の休戦状態とは言え、敵国の人間ということになりますが?」
箱柳が問いただす。
「人心に国境は関係ありますでしょうか?」
スイッセスの言葉に、再び釁隙と箱柳が顔を見合わせる。
日本側の2人が口を開く前に、スイッセスがさらに言葉を続ける。
「それに、私たち自身は直接ジエイタイとは交戦しておりませんし、ハネダ隊長の部隊には、暴徒からイタリカを救っていただきましたし、その後我々が行き違いでハネダ隊長を拉致したことにも寛大に振る舞われました。好意的な意識を向ける“きっかけ”には充分ではないでしょうか?」
「ううん……」
箱柳はかすかに声を漏らしてしまう。が、純粋に困ったというより、何故か頭を抱えるようなニュアンスを含んでいた。
僅かに間を置いて、釁隙がさらに訊ねる。
「それで、誤解というのは?」
「それは、私が迂闊な発言をしてしまったことです」
スイッセスは答える。
「『騎士団の不始末を許して欲しい』、と。それで、その話を聞いたハネダ隊長の部下の方が、私が事態を揉み消そうとしたと誤解されたようで……」
「その意志はなかったと?」
「はい」
釁隙に問われ、再度スイッセスが答える。
「事態を揉み消そうとしたというよりは、私もハネダ隊長を拉致した一員でしたので、そのお怒りを解いていただけないか、という意味で言ったのです」
「なるほど」
釁隙はスイッセスの答えを聞いて、僅かに逡巡してから、
「箱柳二尉、羽田二尉の身辺状況は?」
と、視線をスイッセスの方から離さずに、箱柳に向かって訊ねた。
「は? ああ……結婚歴はありますが、離婚が成立していまして、現在は独身です」
このやり取りは当然、日本語だった。
──将軍おつきの武官……とは少し違うようだが、何にせよ向こうが何を話しているかわからないのはもどかしいな……
ピニャは、2人のやり取りを聞いていて、そう思った。
「ということであれば、性倫理的な問題はないということだな」
「強要したのでなければ、そうなります」
釁隙の言葉に、箱柳はそう答えた。
「スイッセスさん」
釁隙が問いかける。
「感情的な事にこう言うのは些か気も咎めますが……他意はなかったことと、ご自身の意志であったこと、これらを公式の記録とさせていただいてよろしいですかな?」
「え」
スイッセスは、ユノの通訳を挟んで一瞬、躊躇したが、
「構いません。こちらの不手際と誤解の結果ですから」
と、すかさずピニャがそう言った。
そして、ピニャは間髪入れずに、ユノに向かって手で制する仕種を見せた。「訳してくれるな」と意思表示してから、
「ジエイタイも此度の不始末については表沙汰にしたくないのだ。だから、“不始末ではなかったこと”を記録したがっているのだろう」
と、スイッセスに耳打ちするように言った。
「なるほど……」
スイッセスが納得の声をだす。
「異存はないな?」
「はい、そういうことでしたら」
ピニャが今度ははっきりと口に出して言うと、スイッセスは、頷いてそう言ってから、
「問題ありません」
と、釁隙たちの方を向いて、はっきりとそう言った。
それから、
「それで、ハネダ隊長の処遇はどうなりますでしょう?」
と、スイッセスは軽く身を乗り出すようにして訊ねた。
ピニャはそのスイッセスの様子を見て、おやっ、とした顔をする。
「まぁ、流石に軽率な行動をしたということで訓告程度は免れませんでしょうが、それ以上のことはありませんでしょう」
「訓告とは?」
スイッセスがオウム返しに訊き返すと、ユノは、釁隙に通訳するのではなく、直接答えた。
「ジエイタイの懲戒処分で最も軽いもの。1度ぐらいなら大した処分じゃないわ。ただし、だからと言って積み重なるともっと重い処分が下ることになる」
「それなら……」
ふぅ、とスイッセスは胸をなでおろす。
「やれやれ、あの問題児の件が片付いてホッとしましたよ」
箱柳は、そう言いながら、クックッとやや厭らしい笑みを浮かべる。
「ええと……」
スイッセスは、自分の方は紹介されていたが、釁隙の隣りに座る人物については、ユノから紹介がなかった。
着ている衣装は釁隙と同じもののようだが、胸章はハネダと大差ないように見えた。
「失礼、自己紹介がまだでしたね」
慇懃無礼な態度で、箱柳は言う。
「箱柳種恭二尉です。以後、お見知りおきを」
そんな慇懃な箱柳の態度を見て、ピニャとスイッセスは小声でささやきあう。
「名前を覚えておけだと……」
「なんだか、キンゲキ将軍より偉そうですね……」
言葉だけなら通訳のニュアンスの違いも考えられるが、見た目の態度はそのとおりと判断していいだろう、と、ピニャは思った。今まで会ってきたジエイタイの隊員とは明らかに毛色が違うからだ。
「それでは、今回の件についてはこれで解決ということになりますが、お2人はいかがいたしますか? 必要があれば我々がイタリカまでお送りいたしますが……」
「いえ、この件で貴方の処置が終わるのを見届けたいと思います。それに、少し考えをまとめたいこともありますので……」
釁隙の申し出に対し、ピニャは険しい顔でそう答えた。
ピニャは行軍野営も慣れているし、難民キャンプの方でキャンプを張ってもいいかと考えていたのだが────
「そうですか、それでは宿舎に部屋を用意致しましょう。軍組織の官舎ゆえ、質素ではありますが……」
釁隙はそう申し出た
「ありがとうございます。いえ、お心遣いに感謝いたします。先立ってはハネダ隊長とも面会しておきたいのですが」
「まぁ、かまわないでしょう。今後、彼の部隊とも縁も深くなりますでしょうし」
ピニャが礼を言いつつ、申し出ると、釁隙はあっさりと了承した。
そして、会談は終わり、各々は次の行動に移った。
「と、いうお前にとって大変な事態になった」
箱柳は、参考人招致に向けて資料をまとめていた羽田を呼び出すと、開口一番そう言った。
「はぁ……それって、要するに口裏合わせてないとまずいってこと?」
羽田はいまいち緊張感が感じられない口調でそう言ったが、
「口裏を合わせるで済めばいいがな」
と、箱柳は少し疲れたような、彼にしては珍しくやる気なさげな声でそう言った。
「どういう……ことだよ」
「あれ」
訊き返す羽田に、箱柳は、親指で背後を指した。
そこに、ピニャとスイッセスがいるのだが……
「ハネダ殿と私が……ハネダ殿と……」
顔を真っ赤にして湯気まで上げている様子のスイッセスに、傍らのピニャが処置なしと言った様子で頭を抱えている。
「生娘がベッドの中で少し優しくされるとこれだから……」
ピニャはそう言って、ため息を付いた。
「ま、これからしっかりやれよ」
今度は皮肉交じりに、箱柳はそう言って、羽田の肩をたたいた。
「どうしろってんだよ……」
呆然と立ち尽くした羽田は、やっと、そう吐き出すので精一杯だった。
「あー……エラい、疲れた……」
参考人招致の説明を受けた後、箱柳に呼び出されスイッセスの件を告げられ、その後は資料作成に装備品の返納などなどの雑務。気がついた時にはすっかり陽は暮れ、夕食の時間帯はとうに過ぎていた。
「もう食堂閉まってるか……」
ぼやくように言いながら、携行食のセットを用意する。
「ん……?」
その際中に、スマートフォンの通知ランプが点滅していることに気がついた。
電源ボタンを押して、ディスプレイを点灯させ、ロック画面を解除する。
メール一覧を表示させると、1つの発信元から多数のメールが着信していた。
「『我コメ無し、ガス無し、水道無し』……一体何やってんだ、またワンフェスで衝動買いでもしたのかぁ?」
言いつつ、メールを次々に開いていく。
「俺はクレジットカードじゃねーんだぞ……ほっとくわけにも行かないけど……」
ため息混じりに呟きながらメールを送っていく。
「ん、桃口さんから来てるな……」
“桃口議員”という送信元のメールを開いた。
「『例の場所でカタログを』……そうか、もうそんな時期になるのか」
一旦スマホの画面から目を離し、天井を仰ぎ見て深くため息をつく。
「夏のコミケは中止だったし、冬はぜってぇ休み取って行くぞ~」
握りこぶしを固めてまで、誰もいないオフィスの中で力強く言う。
「はー……」
再度ため息を付いてから、
「とりあえず、今は飯、飯と」
と、携行食セットを机の上に並べ直した。
「
そう呟きながら、容器を開け始める。
すると、コンコン、と、オフィスの扉がノックされた。
「はい?」
今は羽田1人しかいないとは言え、そもそもは開かれたオフィスなので、わざわざノックをして入ってくる人間というのも稀なのだが。
「失礼します、羽田二尉。やはりまだおられましたか」
最初に入ってきたのは、庁舎の受付にいる女性自衛官だった。
「は、いますけど……」
「二尉に面会されたいという方がおられまして。官舎の方にはまだお戻りになられていないということでしたから」
「俺に、面会?」
羽田は、オウム返しに訊き返す。
「はい、ええと、オフィスに入れるのは問題がありますので、ロビーでお待ちいただいております」
──誰だ?
そう思いつつ、羽田は腰を上げた。
オフィスに入れてはまずい、ということは自衛官ではないのか。ユノやカトーなら入り込まれてもそれほど困らない。ロゥリィなら止められても無理やり入ってくる。他の難民キャンプの人間だろうか。
そう考えつつも、ロビーまで赴いた。
「あ……スイッセスさん……」
“帝国”の礼服を着ているので一目瞭然だが、予備灯だけが点いている薄暗い中では、日本人と見紛う容姿だ。しかも、かなり整った顔立ちであり、それでいて少し幼さを感じさせるような作りでもある。プロポーションも良く、一般的な男性であれば充分琴線に触れるだろう。
「あ、あの……えと……?」
羽田は声をかけようとしたものの、言葉がうまく出てこない。
「あの、少し落ち着いたら、ハネダ殿に迷惑をかけていたのではないかと思って……」
スイッセスは、恥じらうように、うつむき加減に視線を反らしがちに言う。
「へ?」
それに対して、羽田は最初、間の抜けた声を出してしまった。
「あ、ああ……別に、迷惑だなんて……そんなことは……」
「…………」
羽田が歯切れ悪い言葉を出していると、それが言葉を選んでいると判断したスイッセスは、ますますうつむき加減になる。
「いや、はっきりと言うけど、迷惑じゃありませんよ」
羽田も、スイッセスの様子に気づき、今度はきっぱりとそう言った。
「無理なお気遣いはしていただかなくても結構ですよ?」
「いや、無理なんてしていません。スイッセスさんほどの美人に好意を寄せられて、迷惑に感じるような、特殊な趣味はしていないですし」
羽田は、苦笑しつつ、スイッセスを安心させるような口調を心がけてそう言った。
「その、それでしたら……」
スイッセスは、そこでようやく視線を上げた。ただ、口調はまだ詰まりがちだ。
「お付き合いを、その、していただけませんでしょうか?」
「えっ!?」
羽田は、一瞬言葉を失う。
「やはり、難しいでしょうか……」
スイッセスは再び視線を落とす。
「い、いや、少し驚いただけで!」
羽田は、慌てて取り繕うような声を出す。
「では、受けていただけるのですね!?」
薄暗い照明の中でもわかるほど、視線を上げたスイッセスは目をキラキラとさせて羽田を見ていた。
「……俺で、よければ」
もう後戻りはできないと言った感じで、羽田はそう言った。
「ありがとうございます!」
──う!
顔を綻ばせて言うスイッセスの笑顔に、羽田の方も魅入られかけてしまった。
「それでは……すみません、遅い時間に失礼しました」
スイッセスはそう言い、少し名残惜しそうにしながら、羽田が呼び戻した女性自衛官に先導されて、官舎の方に向かっていった。
「…………蔵田や西が、明日からうるせーなー……」
覚悟を決めつつも、部下の茶化しを予想して、早くも少し辟易とする羽田だった。