HARD MODE ~自衛隊 彼の地にて 斯く戦えり   作:神谷萌

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Chapter-01:中部広域大震災と門

 2024年。

 2024東海地震を起爆とするフィリピン海プレートの崩壊ドミノによる中部広域大震災が発生した。

 紀伊半島から神奈川県西部という広域を震度7強の激震、そして紀伊水道から駿河湾に至るまでの太平洋沿岸部を最大18mの大津波が襲った。

 これだけでも大災害であったが、日本に課せられた試練はそれに留まらなかった。

 

 地震により中部電力浜岡原子力発電所4号機のタービン建屋が倒壊、主蒸気管を損傷した。

 浜岡原発はGE(ゼネラル・エレクトリック)沸騰水型軽水炉(BWR)である。循環系は1ループ。倒壊したタービン建屋からブローアウトし、汚染された水蒸気が放出、さらに冷却水を喪失した4号炉は、急速に炉心溶融(メルトダウン)を始めた。

 東日本大震災時の福島第一原子力発電所とは異なり、メルトダウンまでの時間は数分で、対処のしようがなかった。2日後、4号炉の格納容器が高温により溶融、建屋ごと倒壊した。敷地内の放射線量は数kSv/hまで上昇し、従業員は退避せざるを得なかった。

 数日後、無人のまま運転されていた非常用ディーゼルエンジンの全基が停止、外部電源系統も寸断されており、全電源喪失(ステーションブラックアウト)。3号機、5号機も冷却系が機能を喪失し、メルトダウンに至った。

 この時点でチェルノブイリ原子力発電所事故を超える人類史上最悪の原発事故となった。

 温度と線量を下げるため発電所敷地に対して空からセメント・鉛・ホウ酸の混合粉末が投下された。当初は自衛隊が行ったが焼け石に水で、アメリカに協力を要請し、米軍のB-52爆撃機で大量投下した。その後、水密石棺を建設して封じ込めとなったが、大量の被曝作業員を出すことになった。

 静岡県は全域が汚染地域となった。また季節風によって汚染は南関東まで及び、東京も常時放射線監視が必要な線量が常態化した。

 

 地震と原子力発電所事故に伴う短期死者数は約33万人、行方不明者は約1000万人に達した。行方不明者のうち約400万が原発事故による強制退避・閉鎖によるもので、正確な数字は不明。

 静岡県は分割され、池口岳と青薙山の北側を結ぶラインより北が長野県、富士川から西側が神奈川県に、それぞれ編入。残りは全ての市町村を新設合併として静岡特別区とされた。全域が警戒区域とされ、一般人は入る事はできなくなり、人口は0である。

 

 東海道の交通は、東は富士川、西は豊橋市を流れる豊川を境に閉鎖された。

 東海道新幹線は新富士駅を潤井川東岸に移設し、東海道本線との乗り継ぎ駅とした。新富士駅~名古屋駅間は防衛省管轄となり、一般の旅客列車は運転されなくなった。JR東海は新幹線電車をJR西日本に売却して新幹線を第三種鉄道事業とし、東京駅~新富士駅間はJR東日本が第二種鉄道事業者として、上越新幹線と共通の車両で運行している。

 東海道本線は富士駅~西小坂井駅間で旅客営業は無期限休止とされ、西小坂井方は飯田線小坂井駅に迂回する新線が建設され、同駅がターミナルとなった。

 東名高速道路は富士I.C.(インターチェンジ)~豊川I.C.間で一般車両無期限通行止、新東名は交通量激減のため全区間無期限閉鎖とされた。大阪~東京間の物流は中山道ルートに頼らざるを得なくなり、中央本線の特急『しなの』『あずさ』は一部が統合され、新宿~大阪間の運転となった。

 

 都内が汚染されたことにより外国の在外公館がその重点機能を大阪に移転し始める。大阪も地震により建物倒壊等の被害はあったが、放射能汚染まで含めそれほど深刻ではなかった。続いて外資系企業、国内大企業も東京から大阪に本拠地を移転した。

 日本政府自身も首都機能移転特措法を可決し霞ヶ関の機能の大半が大阪に移転した。

 しかし今上陛下は東京皇居に残るとの御意志を示されたため、天皇陛下・皇后陛下を残して皇族は京都御所に移られたものの、正式な大阪遷都は次代の天皇の即位の際とされた。

 

 日本にもっとも激震を与えたのが自動車産業へのダメージだった。日本の自動車産業の大部分が愛知県と静岡県に集中していたのである。国内生産がほぼ完全にストップしたトヨタ自動車は株価の大暴落を起こした。最終的にスバルとの株式交換の後、本体は会社清算となった。

 自動車産業の再編は群馬県に生産拠点をもつスバルと、広島県に生産拠点をもつマツダを中心に行われた。

 スバルは旧法人格を持株会社の株式会社スバルホールディングスとし、新たに富士重工業株式会社を設立した。軽自動車の自社開発・製造を再開した。日野自動車とダイハツ工業を傘下に収めたが、ダイハツの自動車販売ブランドはスバルに統合された。

 マツダは三菱ふそうとスズキ自動車を傘下に収めた。前者は東洋ふそう自動車製造と社名を変更した。スズキは原発事故で生産拠点を失ったため、ファブレスメーカーとなり、軽自動車の開発を行い、製造をマツダに委託する形になった。

 

 震災以前、死の床にあった東芝は、JR各社が中央本線用の機関車を大量発注したため息を吹き返した。

 

 その他、経済の混乱はあったが、マスコミが震災・原発事故発生当初に煽った、衰退と呼べるほどのものではなく、むしろ株価が一時期下落したことで再編はスムースに行われた。

 しかし浜岡原発事故によって東海地方から南関東までがなお漏出放射能に汚染され続けていることは、日本人の精神に閉塞感を植え付けていた。

 

 その閉塞感を打破するかのように、翌年、北条重次内閣下で憲法改正が発議された。左派野党と圧倒的マイノリティに転落した極左集団が反対を訴え続けたが、圧倒的賛成で憲法は改正された。

 

 

「2025年の、日本との安全保障条約の改訂は失敗だった」

 アメリカ合衆国、ワシントンD.C.、ホワイトハウス、オーバル・オフィス。

 大統領執務室の執務机の椅子にかけた、ニグロイド系の、セミロングヘアの女性がそう言った。イヴァンカ・ドゥレッブ第46代アメリカ合衆国大統領。

「当時はCIAも財務省も日本の経済や産業は10年以上の長期に渡って低迷すると判断していました」

 大統領と向かい合っている閣僚の1人が言う。

「それでカードゲーム野郎は日本を切り捨てたと」

 大統領はそう忌々しげに言った。

「大統領、そのような物言いはどうかと。どこでメディアが嗅ぎつけるかわかりません、彼もあなたも共和党の大統領なのですよ」

 別の閣僚が諌めるように言う。

 中部広域大震災後、アメリカ合衆国は在日米軍を大幅に縮小した。東京の首都機能縮小を建前として横田、厚木、横須賀といった関東圏の基地からは撤退した。

 その後、震災以外の要因を理由に三沢がその中枢となった。沖縄の米軍基地は殆どが廃止され、一部は陸上自衛隊南部普通科連隊の駐屯地と海上自衛隊佐世保地方隊浦添派出基地となった。合衆国海軍第7艦隊はハワイを本拠地とし、アメリカの空母の常駐はなくなり、大湊に分遣艦隊のみが駐留するようになった。と言っても、SLBM搭載原子力潜水艦も配備されており、日本防衛の抑止力は残している。

 しかし日本におけるアメリカの発言力低下は、日本の憲法改正に伴ってより顕著になった。

「“(ゲート)”の向こうはフロンティアよ。なのに私たちはそれに間接的にすら関われなくなっているのが現状。これをどうにか打破しなければアメリカ(United Stats)は世界での地位を失うことになるわ」

 大統領は苛立ったような口調で言う。

「さしあたって、我々の要員を“門”の向こう側に送り込み、情報を得ることが第一かと」

 情報セクションの閣僚が提案するように言う。

「可能なの?」

 険しい表情で怪訝そうな視線を向ける聞き返す大統領に、彼はこう返した。

「もちろん非公然的にということになりますが。所詮日本ですから」

 

 

「なぜ“(ゲート)”は我が国に開かなかったのかね」

 朝鮮民主主義共和国連邦、平壌。黎明通りをゆく黒塗りの乗用車の車中。

漢城(ソウル)にでも開いてくれれば、我が国の諸問題の解決に役立ってくれたものを」

「その通りです、金正恩大統領同志」

 独り言のように言った初代連邦大統領の言葉に、傍らの側近がそう言った。

 中部広域大震災により日本の金融支援が充分に受けられなくなった大韓民国は債権不履行宣言(デフォルト)、その直後に朝鮮人民解放軍は南下を開始した。在韓米軍は日本からのバックアップが受けられず、防戦しつつ撤退、最後は釜山から対馬に脱出した。大韓民国は済州島のみを領土として存在しているが、すでに多くの国から承認を取り消されている。

 朝鮮民主主義人民共和国は朝鮮半島統一宣言を出したが、旧大韓民国領内は輸入のストップによる物資欠乏で荒廃しており、インフラから治安維持に至るまで行政サービスは崩壊、民間人武装集団による略奪が横行する酷い有様だった。“豊かな南”という北朝鮮側の思惑は砕かれ、逆に北朝鮮側から食料と石炭を送らなければならなかった。

 5000万人の飢餓人口が2300万人の北に流れ込めば共倒れである。その為統一朝鮮は南北を別の自治国とした連邦制とし、南北間の人口移動を制限した。旧北朝鮮を母体として連邦政府が発足し、その初代大統領に金正恩が収まった。

 もちろん経済問題は解決していない。南の経済救済のため釜山港をロシアに有償貸与する羽目になった。さしあたって開城近辺に原子力発電都市を建設して──原子炉はロシアのRBMK(黒鉛減速圧力管型原子炉)とイギリスのAGR(改良型ガス冷却炉)を継ぎ接ぎしたような危なっかしい代物だったが──電力不足は凌いでいるものの、それ以外の全てが足りなかった。

「我々は当然日本から賠償を受けるべきだった。だが、南傀儡政権の愚行によってその思惑は砕かれた」

 金正恩は不快そうに言う。日韓基本条約によって朝鮮半島発の日本への請求権は全て履行済みということになっていた。もちろん金正恩以下の朝鮮連邦首脳部がそれを諦めたわけではない。だがようやく念願の統一を果たしたばかりの朝鮮連邦にとって、新たな火種を自ら抱え込むことは避けたかった。

「日本が賠償しない、できない、というのであれば、せめて特地に何らかの権利を得なければならない」

「ならば今は外交的に日本を刺激しないほうがいいでしょう」

「そうだな、中共はそれで失敗した」

 側近の言葉に、金正恩は口をへの字に歪めてそう言った。

「さしあたって、我が国と日本の間にはいくつかの未解決の問題があります。中には日本の世論が解決を求めているものもあります。それを引き合いにして、権利を得るのが得策かと」

「そうか、それがあったな」

 側近の言葉に、金正恩は酷薄そうな笑みを浮かべた。

 

 

 羽田大樹二等陸尉(33)──自他共に認める“オタク”。

 モットーは「俺は趣味のために生きる」。

 逆に言えば“趣味のためならなんでもする”。

 やめかけた幹部レンジャー訓練も年末休暇を引き合いに出された途端やり通してしまう。

 そんなよくわからないいい加減なやつが、『本町駅攻防戦』で大臣からの賞詞付きで昇進……

 

「そもそもどうして陸自に入ったんだ、こいつは……」

「塙三佐、お言葉ですが自分の苗字は“はねだ”であります」

 “はた”と誤読した上司に、羽田はわざわざそう訂正した。

「どっちでもいい! とにかく、お前を現地調査に出すことになった」

 塙は逆ギレ気味に言う。

「現地調査……自分が、でありますか?」

 羽田は少し唖然とした、どこか他人事のような口調で反芻し、聞き返す。

「他の誰かの任務のためにわざわざ君を呼び出す意味があるかね」

 塙は、不機嫌そうな低い声のまま、そう返した。

「現地調査はいいと思いますが、自分が……1人ででありますか?」

「そんなこと言うわけ無いだろう」

 焦ったような様子で、自分を指差しながら言う羽田に対し、塙は即座に言い返した。

「とりあえず深部情報偵察隊が8個編成される。君の任務はその内の1個の指揮だ。可能ならば我が国と日本人に対する忌避感が薄れるよう現地民と友好的な関係を築いてきたまえ」

 塙三佐は、眼鏡越しに厄介者を見るような視線を羽田に向けつつ、そう言った。

「はぁ、まぁ、そういうことなら……」

 そんな塙の表情を気にしているのかいないのか、羽田は、飄々とした様子で、後頭部など掻きながらそう言った。

「よろしい」

 塙は羽田を指差して言う。

「羽田大樹二等陸尉、特地派遣第3偵察隊の指揮を命じる!」

 

「ってなことで、俺が隊長に任命された羽田……とりあえずよろしく」

 気合が入ってない、というか、面倒くさいことになったなぁ、という様子で、羽田は気怠そうに、隊員たちの前でそう言った。

「なぁ言ったろ西、俺達が入ったからには絶対羽田二尉が隊長だって」

 羽田の前に整列した一同のうち、隣の小柄な隊員を肘で突きながら言う隊員が1人。

「はい! 本当でした!」

 と、声をかけられた方の、少年のような容貌の、褐色肌の小柄な隊員が言う。ネィティブジャパニーズ(大和・ウチナー・アイヌ)では無いようだった。が、日本は法定国籍主義なので日本国籍者であれば、特別に問題がない限りは自衛官にはなれる。

 しかし、それにしても小柄だなと、羽田は思っていたが、声を聞いて納得した。女性自衛官だった。

 そして最初の声の主も、羽田はつい最近見た顔だ、と思い出した。

「蔵田だっけか、お前さんが部下か」

「はい、覚えていていただいて光栄です、羽田二尉殿」

 羽田がその名前を呼ぶと、蔵田剛雄三等陸曹は芝居がかった敬礼をしながらそう言った。

「そんな大げさな言い方しなくていいってば」

 羽田は、蔵田に苦笑してそう言い返した。それから、1列横隊で整列している隊員を見回す。

「女性隊員が3人もいるのか」

「なんですってぇ!」

 何の気なしに呟いた羽田に、蔵田が抗議するような声を上げた。

「二尉はあくまで二次元派だと思ってましたのに! 結局リア充志望なんすか!?」

「二次元派って……俺はあくまで事実を口にしただけだし……」

 羽田は、苦笑しながらそう言い、「それに……」と続けようとした言葉を飲み込んだ。

 ────今は、まぁ、言わなくてもいいか。

 心のなかでそう思いつつ、

「つーか、そういうお前だって、この西って娘といい感じっぽいじゃん」

 と、蔵田に西と呼ばれた女性自衛官を指しながらそう言った。

「西ゲルトルーデ一等陸士であります。自分も蔵田三曹や羽田二尉の同志であります!」

 西は蔵田とは対象的に、直立不動できれいな敬礼を決めつつ、そう言った。

「同志……って……」

 羽田は、自分や蔵田と同志、ということは、おそらくそうなのだろうと思い、呆れたように苦笑しながら、思わず口に出す。

「つまり、腐女子ってこと?」

ナイン(Nein)! 自分はマンガの可愛い女の子が好きですし、NL派です。断じて腐女子ではありません!」

 西はムキになって言い返した。

「わ、解った解った……」

 羽田は苦い顔をしながら、腕を上下に振って西をなだめようとする。

「大丈夫なの、この隊……」

 3人のやりとりを半ば呆然としながら見ていた隊員たちだったが、そのうちの1人、女性自衛官の九里林(くりばやし)詩乃(しの)二等陸曹が、小声でぼそっとつぶやいた。

 

 

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