HARD MODE ~自衛隊 彼の地にて 斯く戦えり   作:神谷萌

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Chapter-19:オオサカにて

 帝歴692年、霧の月6日。

 敵国ニホンの地方都市、ツクバ。アオイ殿の自宅で記す。

 

 世界の境たる“(ゲート)”をくぐると、そこは、摩天楼だった。

 

 かつてこの地を踏みしめた我が将兵は何を思っただろうか?

 

 妾はそのとき、この巨大な建物の谷間にあって自らの矮小さを味わっていた。

 これほどの建造物群を作り上げた国家と、戦争をしている帝国の将来を憂えていた。

 

 しかし、それすら、この国のほんの一面でしかなかった────

 

 

 左手に本町センタービル館、その奥に船場貿易センタービル。右手にはヴィアーレ大阪など決して“お安くない”ホテル。それらに囲まれた場所で、ピニャやスイッセスはもとより、ある程度自衛隊に慣れているはずのユノやロゥリィまでもが、唖然として周囲を見上げ、あんぐりと口を開けている。

「カルチャーショック、受けてるっスね……」

「中世からいきなり21世紀に飛んだのと同じだからなー。逆は良くあるパターンだけど」

 そんな4人の様子を見て蔵田が言うと、羽田は小声でつぶやくように応じた。

「失礼、ナイル姫はあまり驚かれていないようですが?」

 スイッセスが、数種類の緊張が入り混じった声で訊ねる。

「私は、“門”を覆っているドーム、あれが建設されるところを見ていたからな」

 流石に、緊張していないわけではないという様子で、ナイルは答えた。

「この建物群の建設方法を知っていると!?」

 はっと我に返ったように、ピニャがナイルに訊ねる。

「一部を見ただけです。ただ、はっきり言える。今の帝国にこれを真似するのは無理ですな」

「な…………!」

「帝国への感情からではありません。芯材に必要な鉄の質、石を固める糊の質、全てが我々の世界のものでは用に足りませぬ」

 険しい表情で言うナイルに、一瞬、あっけにとられたピニャだったが、その言葉に反論の余地がないことは理解した。

「さー、自衛隊のお兄さんお姉さん、大阪名物たこ焼き、お好み焼き、いかがですかー? 揚げジャガバタもあるよー」

 “門”を封鎖するフェンスのゲート近くの、もちろん外側に、2件ほどだが食べ物の屋台が出ていた。

「流石に商魂逞しいっていうか、いいのかね」

 “門”を通過し日本へ入る手続きをしながら、羽田はつぶやいた。

「羽田二尉、よろしいですか?」

 声をかけられて、羽田は振り返る。

 そこに立っていたのは、長身の中年、40代中頃、オールバックにした、スーツ姿の男だった。部下らしいやはりスーツ姿の男を連れている。

「内閣府情報本部から参りました南雲龍太郎と申します。皆さんの案内と身辺警護を仰せつかりました」

 自己紹介されながらも、羽田はその男を一瞥し、特に目元を見る。

 一見、どこかいい加減そうな締りのない目元だが────

「おたく、公安の人?」

「やっぱり、わかりますか?」

 ニタリ、と、南雲は歯を見せて笑った。

「空気がね。生粋の自衛官って言ったらああでしょ」

 羽田がそう言って指をさした先には────

「ロゥリィさんって言うんですか? このゴスロリ衣装すごいですね。えっ神装!?」

「ユノさんっていうんですね! ハーフエルフなんですか!」

「これ、チョコバナナって言うんですけど、お食べになりますか? 美味しいですよ」

 複数の自衛官が、ユノやロゥリィに群がっている。しかも男性ばかりではない。女性士官(ウェーブ)まで。

 ピニャとスイッセスの方には、さり気なく西が立ちはだかり、ジャケットの下に隠してある89式改機関拳銃(ピースキーパー)のセレクタを“S”から“3”に切り替えていたりする。

「なるほど、こりゃたしかに」

 はっはっは、と、南雲は笑ってそう言った。

「憲法代わったからっていきなり組織の体質が変わるもんでもないですよ」

「そりゃそーだ」

 どこかきまり悪そうに言う羽田に対し、南雲はカラカラと笑いながらいいつつ、資料の挟まったクリップボードを持ち上げた。

「なんせ──」

 

 ──二流あたりの大学を平凡に出て、一般幹部候補生からブービーで三位に任官。

 ビリのやつは怪我したからで、本当ならアンタがビリ。

 勤務成績は負荷にならない程度に可。

 業を煮やした上官によって幹部レンジャーに放り込まれ。何度か脱落しかけるも修了。

 そん時の周囲の評価は「バディにぶら下がってた」。ただしそのバディ本人からの評判は悪いわけでもない……

 その後習志野に移動して万年三尉のはずが──

 

「──例の事件で昇進、と。だが同僚からは『オタク』『ホントの意味で税金ドロボー』、コテンパンな評価ですねぇ……」

 ニタニタと面白そうに笑いながら言う南雲に、羽田は乾いた苦笑を浮かべる。

「そんなアンタが、なんで“S”なんぞに?」

 そう言って、南雲は笑みを消した。

「!」

 それまで、蔵田が他の自衛隊員と浮かれ気分を演出していたのを、珍しく冷めた目で見ていた西が、その言葉を聞きつけて、表情を引き締める。

 訊かれた羽田は、軽くため息を付いて、横から頭を抱える仕草をすると、

「聞いた話なんですが、働きアリの2割は怠け者なんだそうです」

 と、切り出した。

「そこでその怠け者の2割を取り除くとあら不思議、残った働きアリの中から2割が新たに怠け者になるそうです」

「それで、隔離された2割のうちの8割が働きアリになるんだよね」

 羽田の言葉に、南雲が続けてそう言った。

「そうなんですか!?」

「割と有名な話だよ?」

 驚く羽田に、南雲がニタニタ笑いながら言う。

「なるほど、それで取り除かれた2割として“S”特殊作戦群に放り込まれたと」

「今考えると、そういうことだったんですねぇ」

 楽しそうに言う南雲に、羽田は頭を抱えるようにしながら言い、ため息を付いた。

「アンタも規格外だねぇ。まぁ俺は嫌いじゃないよ。『みんなで幸せになろうよ』が俺のモットーだからね」

 南雲はそう言いながら、警察式で敬礼してみせる。

「南雲さんも公安にしちゃずいぶん規格外ですね」

 羽田は、少し呆れたような顔になって、言う。

「そうかい?」

「ええ、カミソリみたいな空気までは消せてませんから、わかりますけどね」

「!」

 一方、

「どうしたの、西ちゃん」

 他の自衛隊員と一緒に浮かれていた蔵田が、呆然としている様子の西に訊ねる。

 すると、西は、蔵田の腕を、

「ちょっちょっ」

 と、ひったくるようにして、その左耳に耳打ちした。

「…………マジで?」

 蔵田は、意外そうにしつつもいきなり笑みを消し、眉を潜めて訊き返す。

「みたいですね」

 西も、険しい表情でそう言った。

「…………」

 送迎用のマイクロバス、マツダ PX-40が入ってくる。ふそう ローザの後継車種だが、PX-40のPは、かつてマツダが生産していたマイクロバス・パークウェイに由来していたりする。

 そのバスを、羽田は何事か考えながら見ていたが、

「隊長、一つ質問なんですが」

「なんだ?」

 と、蔵田に話しかけられ、振り返った。

「どうして自衛隊からの随員が俺と西なんですか? 西なんか陸曹ですらないですし、富山二曹とか九里林さんとかの方が適任じゃないですか?」

「ああ……西が居るとカムフラージュになるからな」

「なるほど、そういうことですか」

 特地の人間は、それだけでは日本人、ネィティブジャパニーズと外観が違いすぎ、人目を引きすぎる。だが、ゲルマン系日本人である西がそこに挟まることで、パッと見の違和感を和らげられると考えたのだ。

「西はわかりましたが、なんでもうひとりが俺?」

「お前、西とツーカーだろ?」

 蔵田のさらなる問いかけに対し、羽田はそう答えた。

「そういうことですか……」

 蔵田はそう言って苦笑する。

「それに、事によったら自分たちでクルマ調達して移動しなきゃならんかもしれんだろ」

「!」

 羽田が言うと、蔵田ははっとしたようになり、

「了解しました」

 と、軽く敬礼してみせた。

 

 

 地下鉄本町駅の出入口。

「ど、どぉしても入らなきゃダメなのぉ?」

 そう言って、ユノに捉まりながらガタガタ震えているのは、なんとロゥリイだった。

「なんで……そんなに嫌なんだ?」

 羽田が、困ったような表情をしつつ、訊き返す。

「地下はダメなのよぉ、ハーディンの領域だから……」

「ハーディン?」

 ロゥリィの言葉に、羽田は反射的に訊き返す。

「冥府の神よぉ、あいつ、200年も前からお嫁に来いって、しつこくてしつこくてしつこくってしつこくってぇ!」

 ロウリィは、怯えの中にも、怒り、憎しみ、といった感情も見せながら、そう言った。

「でも、それは特地、そっちの世界での話ですよね?」

 そう言い出したのは西だった。

「ここは日本です、日本にも土地神はいます、そのハーディンってのが勝手に荒らしたら怒るんじゃないですか?」

「…………あ」

 手振りを加えながら自信ありげに言う西に対し、ロゥリィは忘れていた、というように目を(まる)くした。

 エスカレーターで、御堂筋線のホームへ降りていく。

「存外……目立たないものですね」

 蔵田が、羽田に話しかける。

「コスプレかなんかだと思われてんだろ、ポンバシからの帰りかなんかだと思われてんじゃね?」

 羽田は、そう答えた。

「こ、これはどこへ続いているのだ? ま、まさか妾らを地下墓所(カタコンベ)に連れて行こうとしているのではあるまいな?」

 最後尾から2番目の西の目の前で、ピニャは、震えてスイッセスとすがり合いながら、そう言った。

「大丈夫ですよぉ、そんなことしませんから」

 背後の西が、苦笑しながら言う。

「それに、日本では墓地というのはネガティブなイメージも強いですが、神聖な場所でもあるんです、お2人に害意があるのなら、そんなところへお連れしませんよ」

「ほ、本当であろうな!?」

「大丈夫ですって……」

 なおも怯えるピニャたちに、西は言った。

 だが、ちょうどホームに着いたところに、けたたましい音を立てて電車が入ってきてしまった。

「ひぃっ!」

 ピニャたちは悲鳴を上げ、ユノも驚きのあまり目を円くして呆然としていた。

「乗り物……?」

「ああ、乗るぞ?」

 ぞろぞろと続いて御堂筋線の梅田行き電車に乗る。ピニャとスイッセスは相変わらずおっかなびっくりだったが……

 ドアが閉まり、電車が発車する。

「ひっ」

 スイッセスが短い悲鳴を漏らす。

「ほ、本当に大丈夫なのであろうな!?」

 ピニャは、手すりにしがみついてしまいながら、改めて問いただす。

「大丈夫ですって……って、うわっ!」

 ピニャと一緒に、手すりにしがみついていたスイッセスだが、我慢できなくなった、というように、羽田に抱きついた。

「あっ、こらスイッセス」

 ずるいぞ、と言いかけて、流石にピニャはその部分を飲み込む。

「あ、あのスイッセスさん!?」

「す、すみませんは、羽田様、け、けれど身体が言うことを訊かなくて……」

 抱きつかれて、目を白黒させる羽田に、スイッセスは申し訳なさそうに言いつつも、離れようとしない。

 そこへ、蔵田が、そそそそそ、と羽田に近づいて、ボソボソっと耳打ちするように言う。

「たーいちょー……リア充は死・あるのみっスよ」

「どこのしっと団だ、お前は」

 思わず羽田はそう言い返した。

「そう言えば、ロゥリィはもう大丈夫なんスか?」

 西が、真面目な様子でロゥリィに訊ねる。

「ええ、それどころか……」

 ロウリィはそう言って、反対線とは逆側の窓を見た。

「ここはまるで、エムロイ神殿のようだわぁ……」

 西は、そのロゥリィの言葉を聞いて、一瞬、キョトン、としたが、

 ────そうか、御堂筋線は……

 と、あることに思い至った。

 

 

「あー、なんかすっげぇ疲れた……」

 地下鉄梅田の改札からJR大阪駅に移動中、羽田はぼやくように言った。

「地下鉄の中じゃ目立ちまくるし……」

 格好で目立たなくても、あれだけ馬鹿騒ぎをしていれば、いやでも周囲の目を引く。

「も、申し訳ありません……」

 スイッセスは、さり気なく羽田の隣を歩きつつ、気落ちした様子で謝るように言った。

「い、いや、気にしなくて大丈夫っすよ、ただ……」

 羽田は、スイッセスに苦笑してそう言った後、

「こんなんで大丈夫ですかね……」

 と、振り返って、最後尾を歩いていた南雲に訊ねた。

 スイッセスも一緒に振り返る。

 が、当然、スイッセスへの言葉は特地語だが、南雲との会話は日本語である。

「それなんだが、どうやらお客さん、まんまと引っかかったみたいだよ」

「え」

 南雲の答えに、羽田は目を円くする。

「バスの方は外車のSUVに当て逃げされて立ち往生だそうだ」

「なるほど……そういうことっすか……」

 羽田は、緩んだという感じではなく、はーっと息を吐いた。

「あの、どうしたのですか?」

「あ、いや……」

 羽田は、周囲を見回すようにしてから、小声で、意識して特地語で、

「最初に俺らが乗る予定だった乗り物が襲撃されたんです」

「!」

 スイッセスの表情も険しくなる。

「私達はお忍びでニホンへ来ているはず……」

「ええ、ですがユノやロゥリィ、ナイル殿下はこちらに来ることは知られていますので……」

「なるほど」

 スイッセスは、そう言ってから、はっ、と目を円くした。それから、

「羽田殿、なにか武器になるようなものはありませんか?」

 と、訊ねた。

「武器と言っても……」

 M58拳銃を携行しているが、まさかいくらスイッセス相手でもこれを渡す訳にはいかない。第一、使いようがないだろう。

「おい、西」

 羽田は、西を呼び止めた。

「なんですか?」

「お前、なにか格闘戦に使える刃物とか、もってないか?」

 羽田は、特地語がある程度使える西に対し、それで、そう訊ねた。

 すると、何気なしに西はバタフライナイフを取り出す。

「スイッセスさんですよね?」

 西は、それを差し出しながら言った。

「ああ。いいのか?」

「ええ、サバイバルナイフをもう1本持ち歩いてますから」

 西は、羽田にそう説明してから、こんどはスイッセスの方を向いて、

「こちらの世界の、護身用の短刀です。折りたたみ式ですが、かなり乱暴に扱っても大丈夫です」

「かたじけありません」

 スイッセスは、それを受け取り、軽く礼をしながら言う。

「ボクの私物なんで、後で必ず返してくださいね」

「はい、必ず」

 西の言葉に力強く答えてから、スイッセスは、そそくさとピニャのそばに移動した。

「そこまで信用していいの?」

 ニタニタと、半開きの目で苦笑しながら、目の前に立っている南雲がそう言った。

「ええ、まぁ、ピニャ殿下とその周囲に限っては……ですが」

 羽田は、少しきまり悪そうに答える。

「まぁいいさ。こっちも人手は足りない。ズブの素人ではないのだろうし丸腰でいられるよりかは楽かもしれない」

「すみません」

 南雲の飄々とした言い方に、羽田はさらにきまり悪そうに言う。

「さて、ここからは長距離列車の旅になるが……」

 そう言って、南雲は、羽田にその仕種を見せつけるように、腕時計を見た。

「なぁ?」

「ええ、解ってます」

 南雲の()()に、羽田がうなずいた。

「よっしゃみんな、まずは腹ごしらえから行くぞ!」

「おー!」

 羽田の言葉に、蔵田と西が声を上げ、一緒になってユノまで腕を振り上げた。

 

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