HARD MODE ~自衛隊 彼の地にて 斯く戦えり   作:神谷萌

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Chapter-02:第3偵察隊

 『帝国』帝都、皇宮。皇帝謁見の間。

「皇帝陛下、候諸国連合軍の損害は、死者、行方不明者合わせて10万ほどに達する見込みです」

 内務を担当するマルクス伯爵は、皇帝モルト・ソル・アウグスタスに対して報告する。

「有力諸侯の元首や指揮官が戦死、敗残兵は統率を失い、散り散りになって敗走したとのことですが、その後の動向が解らぬものも大勢居るようです」

「……ふむ、予想通りじゃな」

 “大敗”の報告を受けたにも関わらず、モルト皇帝の反応は少しも悲観的なものはなく、むしろ余裕気ですらあった。

「これで帝国の背後を脅かす存在はなくなったわけだ……」

「しかし陛下、“(ゲート)”より現れ出た軍勢の動向が気になりますが……」

 自らの采配の結果に納得しているかのようなモルトに対し、マルクスはそれに水を差すかのような発言をした。

「マルクス伯、そなたもいささか神経質だな」

 モルトはしかし、特段不快と言った様子もなく、先程からそうしているように玉座の肘掛けに頬杖をついたまま、そう言った。

「は、生来のものでありますゆえ……」

「ふ、しかしそれももっともなものよ」

 モルトは、そう言い、姿勢を直して僅かに顔を上げた。

「ならば股肱の民を安堵させてやるとしよう」

「は……」

 皇帝の反応に、最初は僅かな期待と安堵を感じたマルクスだったが、直後に青ざめることになる。

「アルヌスより帝都に至るすべての町や村を焼き払い、街道に架かる橋を落とし、井戸には毒を投げ入れ、作物には火をかけ、肉畜の類はすべて運び出すか、さもなくば屠殺して川に投げ入れよ」

 モルトは、淡々とした口調でその言葉を紡いだ。

「さすればいかなる軍勢も立ち往生しよう。そこに付け入るのだ」

「焦土作戦でございますか……」

 マルクスは、口の中は乾ききっているにも関わらず、反射的に喉をごくりと鳴らした。

「しかしその途上にイタリカがありますれば、税収の低下のみならず帝都の食料事情の悪化も懸念されますが……」

「致し方あるまい。園遊会をしばし自粛し、離宮の建設も延期することで手を打つとしよう」

 そこでようやく、モルトは、軽く目を閉じて、不本意という表情になった。

「それとも貴殿は無策のまま帝都をみすみす敵に晒すべきだとでも言うか?」

「いえ、滅相もない」

 モルトの低い声に、マルクスは、反射的にそう返答してから、

「ただ……カーゼル侯爵あたりが何をするかわかりませぬが……」

 と、静かな声で、しかしハッキリとそう言った。

「なぜ余がカーゼル侯にまで気を配らねばならぬのか?」

 モルトは、素で理解できないといったような口調と表情で、サラリと問い返す。

「は……畏れ多きことながら、元老院には陛下罷免のための非常事態勧告を発動させようという動きが見られます。その中心人物が──」

「カーゼル侯というわけか」

 マルクスの言葉に反応したモルトは、むしろ、その口元に笑みを浮かべた。

「ふむ、面白い。元老院にはしばし好きにやらせておけ。枢密院には“よきにはからえ”とな」

 モルトは議会である元老院には好きにやらせ、一方で帝権を補完する枢密院には自由裁量を与えた。元老院の言うことに必ずしも従う意志はないということを意味していた。

「はっ」

 モルトの意図を理解した、マルクスだったが、その場はただ皇帝に是と答える以外になかった。

 皇帝の指示を受けて、マルクスが下がろうとすると、そこへ入れ違うように、

「父上──、皇帝陛下!」

 と、高い声が響いてきた。

「ピニャ・ルナ・ラーダ、どうしたのか?」

 目の前に傅く女性に対して、皇帝はそのフルネームで呼んだが、その女性は皇帝の実子、すなわち皇女である。ただし正室の子ではなく、所謂妾腹だったが。

「どうしたのか、はこちらの言葉です!」

 ピニャは声を張り上げて言い返す。

「歴代の皇帝は戦において自ら剣を取り、あるいはそこまでに至らなくとも勝利の為に積極に動いてきました。しかし陛下にあらせられてはこの危機的状況に際して玉座でふんぞり返っているというのは如何なおつもりか、耄碌なされたか!?」

 ピニャは、男顔負けの気迫で一気に、しかし慌てた様子でも興奮しすぎた様子もなく、険しい顔でそう言ってモルトに迫った。

「で、殿下、お言葉が過ぎますぞ!」

 ピニャの物言いに、マルクスが、驚いたようにしつつも諌めるように声をかける。

「いったい何を……」

 問いかけようとするマルクスに対して、ピニャは睨みつけるような視線を向け、

「決まっている、アルヌスの丘のことだ!」

 と、一喝するように声を荒げた。

「マルクス伯、そなたは陛下にありのままを申し上げたか!?」

「も、もちろんですとも。敵は帝国軍と候諸国連合軍の猛撃で丘より一歩も外には──」

 出していない、と言いかけたマルクスの言葉を、ピニャの激しい言葉が遮る。

「この佞臣め! それは帝国の聖地たる丘が、まだ敵の手にあるということではないか!」

「ですから、丘を奪還するため軍の再建を急ぎ──」

 マルクスの、つまりながらもピニャに負けじと張り上げた声は、またしても遮られる。

「損害がどれほどのものだと思っている、再建に何年かかる! その間にも敵はともすれば帝都に向けて進軍してくるやも知れぬのだぞ!」

「しかし──」

「ピニャよ、もう良い」

 なおも言い返そうとするマルクスの言葉を、今度はモルトが遮った。

 玉座からピニャを見下ろしながら、モルトは言う。

「なるほどそこもとの言うとおり悠長に構えてはおられん。丁度よい、そなたの()()()、あれを率いて丘に屯する敵を見てきてくれぬか?」

 そこまで言って、モルトは、ピニャに向ける視線を険しくする。

「そなたのしていることが“兵隊ゴッコ”でなければ……な」

 モルトにそう言われ、ピニャは顔色を失う。

「……確かに承りました。言ってまいります父上」

 ピニャは、先程までの烈しい口調から一転、ハッキリとしつつも重々しくそう言った。

「うむ、成果を期待しておるぞ」

 ピニャこそモルトを父上と呼んだが、おおよそ親子関係とは思えぬやり取りはそこで終わった。ピニャは出立の為謁見の間を後にした。

「……よろしいのでありますか、陛下」

 しばらくの時が流れた後、マルクスが訊ねる。

「よい。あれは直情のきらいはあるが愚かではない。せいぜい時間稼ぎにはなろう」

 モルトは、事も無げな様子でそう答えた。

「しかし、それでは殿下は……」

 流石に若干血の気の引いた顔で、マルクスは聞き返した。

「あやつには平民の出だが武勇に優れた騎士がついておる。死ぬことはあるまい。もし戦死したとしたならあれの武運がそこまでだったと言うだけのことよ」

 モルトは言い、ふん、と鼻を鳴らすように軽くため息を付いた。

 

 

「そーらが青いねぇ、さすが異世界」

 羽田は、幌仕様の軽機動車──JB64C、市販車名、ジムニー フルメタルドア スカイアクティブuD──の開かれた屋根から、澄んだ特地の空を見上げてそう言った。

 車列は羽田の乗る軽機動車、富士重工製……つまり当然のようにエンジンがアレな26式高機動車。

 それに和製MRAPを目指して開発したはいいが、急な開発のため日野のバスの駆動系を使ってでっち上げたため、リアアンダフロアエンジンのフルキャブオーバー構造となった27式機動軽装甲車。

 その3両で車列をつくり、街道沿いにのんびりと移動していた。

 もちろん、道路は舗装などされていない。

「そーっすか? こんなの北海道に行けば見られますよ」

 軽機動車のステアリングを握る蔵田がそう言った。

 ちなみにオートマチックトランスミッションのメーカーも大半が震災で操業停止し、一時期北海道のスバルトランスミッション製造(旧トヨタ北海道)のみとなり隘路となったため、一般車ベースの自衛隊車両はマニュアルトランスミッションに逆行した。

 ────閑話休題。

「俺はもっとファンタジーな光景想像してたのに、ここまで通ってきた村普通の人間ばっかだし中世のヨーロッパそっくり」

 蔵田がぼやくように言う。

「でも、日本ではファンタジーって、所謂中世欧風のことじゃないですか」

 助手席の西が言う。

 ちなみにドイツ系日本人の西だが、興奮するとドイツ語単語が入ることがあるものの、それは創作物に影響を受けた結果ついたクセ。ドイツ語での会話は基本できない。英語は話せるが、それもネィティブスピーカーではない。

「そうそう、それに異世界って言うだけで充分ファンタジーじゃん」

 羽田も気楽そうに言う。

「なんかガックリっス」

 蔵田のボヤキ節は止まらない。それを諌めるように羽田が苦笑しながら言う。

「まぁまだこれからだって。もうしばらく行けば、コダ村の村長が言ってた森ってのがあるっしょ」

 ちょうどその時、後続の高機動車から無線通信が飛び込んできた。

『2号車、椚野(くぬぎの)です、1号車取れてますか、どうぞ』

「1号車羽田、送れ」

 羽田はそう言って無線のマイクのPTTスイッチから指を離してから、

「なんか、あの鬼曹長の椚野曹長(おやっさん)が俺の部下って、奇妙な感じするな」

 と、マイクを見つめるような姿勢で苦笑した。

『椚野より羽田二尉へ、意見具申します。森の手前で一旦野営しましょう』

「うん、賛成。後続も聞いたね」

 羽田は、マイクを持つ方と反対の左手を上げるようなポーズで、そう言った。

「あれ、隊長、一気に乗り込むんじゃないんですか?」

 西が、助手席から中央側に振り返って言う。

「今から森に入ったら夜になっちゃうでしょ、何がいるかわかんないよ? それに集落があるって話もあるし、そこの人たち威圧してどーすんの? 俺たち日(・)本(・)国(・)民(・)に愛される自衛隊だよ?」

 羽田が、彼にしては真摯な表情でそう言った。

「日本人って1億総お花畑とか言われてますからねぇ」

 西はシートに座りなおすと、そう言って苦笑した。

「そのお花畑を怒らせたときが怖いの。元同盟国(ドイツ)の人間ならよく知ってるでしょ」

「自分の生まれは東京ですよ」

 B6版ノートを開きながら言う羽田の声に、西は、ルームミラー越しに、羽田に視線を向けてそう言った。

「そうなの?」

 羽田は、そのルームミラー越しの西に視線を向けて、そう言った。

「ええ、千代田区の外神田です」

「ふーん」

 西の言葉に、気のない返事をしてから、羽田は、何やらごちゃごちゃと書き込まれたノートに視線を向け直す。

 ────そこってつまり秋葉原じゃん。

 ステアリングを握る蔵田は、それに気づいて心のなかでつぶやいたが、実際に声に出す前に、妙ちきりんな発音の羽田の声に遮られた。

こんにちは(サヴァール)ご機嫌いかがですか(ハル ウルグルゥ)?」

 日本では“特地語”と呼ばれている、この土地の共通言語だった。

「棒読みっすねぇ、まるで西の英語じゃないですか」

「三曹、一言余計です」

 蔵田が、見た目日本人離れしているにも関わらずほとんど日本語でしか意思疎通の出来ない西に例えて言うと、西は少し不快そうな苦笑を浮かべてそう言った。

「! 隊長!!」

 そこまで来て、突然、蔵田が、切迫した声を上げながら急ブレーキをかけて停車した。

 地平線の上に見えてきた、目的地のはずの森が、ここまで感じられるほどの熱量と、大量の煙を放っていた。

「燃えてるねぇ……」

 軽機動車から降りてその前に立ち尽くした羽田が、呆然としたようにそう言った。

「燃えてますねぇ、大自然の脅威?」

 蔵田が、やはりその隣で立ち尽くしながら言う。

「と言うより、怪獣映画っぽいですよ」

 2号車の高機動車から降りてきた椚野が、双眼鏡を向けながらそう言った。

「?」

 怪訝そうな顔をする羽田に対し、椚野が双眼鏡を手渡した。

「あれま!」

 と、羽田も軽く驚いた声を出した。

「ドラゴンじゃん。それも結構でかいよ」

「エンシェントドラゴンってやつですかねぇ」

 羽田が呟くように言うと、蔵田もジトリと緊張したような汗をかきながらそう言った。

「羽田二尉、どうしますか?」

 3号車の27式MRAPから、防弾チョッキ2型改を着込み、89式小銃を抱えた九里林が降りてきて、羽田に“一応”指示を仰ぐ。

「あのドラゴンさぁ、何もない森を焼き討ちする習性があると思う?」

 羽田は、しまりはないが緊張した様子で、ドラゴンの方を指差しながら、九里林に向かって訊ね返した。

「ドラゴンの習性に興味がお有りでしたら、二尉自身が見に行かれては?」

 絵面的にいまいち緊迫感に欠ける羽田に対し、九里林は、白眼を向けながら突き放すように言った。

「九里林ちゃぁん、俺1人じゃ怖いからさぁ、ついてきてくれる?」

()です」

 羽田が、まるで年端もいかないあざとい少女のようにくねくねとした動きをしながら言うと、九里林は、嫌悪感を隠さずに即答した。

「護衛でしたらボクが一緒に行きましょうか?」

 羽田を挟んで九里林の反対側からそう声をかけたのは西だった。2人が視線を移すと、西はヘルメットを被りつつ、防弾チョッキ2型改を身に着け、手に89式改機関拳銃(ニューナンブM2030『ピースキーパー』)を持って言う。9mm機関拳銃の代わりとして、89式の機関部の設計を元に銃身を詰め、使用弾種を拳銃用の.357Magとしたサブマシンガンである。

 憲法改正後の国防自立、という建前で、震災後の経済復興の一助として自衛隊の拡充が行われたため、それまでの中途半端な小銃火器は小銃を除いて一掃され、特に拳銃はストッピングパワー不足の9mmパラベラム弾から.357Mag弾仕様の国産品が採用されるようになっていた。羽田ら幹部自衛官が所持している拳銃も、豊和工業が新たに開発したニューナンブM58『アジャスタブルハイパワー』である。

「自分、陸士入隊なんで格闘徽章は持ってないですけど、結構自信はありますよ?」

 西が、九里林をチラチラ見ながら言うと、九里林はムッとした表情になった。

 すると、

「西、お前……」

 と、羽田は、真剣な表情で西に向かい合い、見つめる。

「隊長?」

 すると、羽田は、

「お前、実はボクっ娘だったのかー!!」

「自分も今まで気が付かなかったっス!」

 と、蔵田まで一緒になって、興奮したように声を上げる。

「そ、そこですかー!?」

 西は、少しおろおろしつつ、声を上げてそう言った。

「やっぱ、キモい」

 3人のやり取りを傍から見る立場になった九里林は、そう呟いた。

 さらにその全体を見ていた椚野は、処置なしと言った感じでため息をつく。

「まぁ流石に突っ込んでくのは無謀っしょ」

 やがて羽田が、一息ついてからそう言った。

「適当なところに隠れて観察しながらやり過ごそう、ドラゴンがいなくなったら森のなかに入ってみよ」

 羽田は、ひとまず無難な選択をし、そう指示した。

 

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