HARD MODE ~自衛隊 彼の地にて 斯く戦えり 作:神谷萌
その日、ユノ・ミリ・ボドーは、“賢者”と呼ばれる師のカトー・エル・アルテスタンが、ユノの父の故郷の部族の族長に当てた親書を渡すために、コダ村に近いコオノの森の、エルフの集落を訪れていた。
ユノには、事情があり、この集落では部外者、いや、部外者以上に居心地の悪い場所だった。
しかし────
「ユノ、逃げるんだ!」
ユノが滞在してきた家に、ただ事ではない様子で飛び込んできたのは、この家の世帯主であり、ユノの実父であるアペロール・エル・スプリッツだった。
ユノは父アペロールから事態を伝えられると、家の外に飛び出した。
そこは。
紅蓮の炎と凶悪な暴力により、哀れな獲物が狩られる狩猟場と化していた。
「ユノ、とにかく逃げるんだ。君をここで死なせたら、私はハーディーの元でも君の母親に合わせる顔がない」
アペロールはそう言った。
だが、ユノが黙ったまま取り出したのは、あまり実用的ではなさそうなクリスタルの装飾の付いた弓だった。
「戦える人間は1人でも多い方がいい」
「ユノ!」
「それに、私が逃げたとすれば、その痕跡を追ってコダ村も襲われる。別の集落に逃げたとしても、同じこと」
そう言ってユノは、蹂躙する狩猟者に向けて、弓に矢をつがえる。
弓を構えながらユノが口の中で呟くと、鏃に水色の光がまとい、やがて鏃は氷の刃をまとった。
だが、その効果は他のエルフが放つ弓矢と大差なかった。
矢の尽きたエルフの1人が、こちらに向かって走り出す。
「ユノ、逃げ────」
そう言いかけた瞬間、それは霊長類から餌へと変わった。
「ユノ、こっちに来るんだ!」
ユノは目の前の光景、それにかけられた声に、一瞬呆然とした。そのユノに、アペロールは、声をかけると、強引に手を取って引っ張っていった。
「ここに隠れていなさい」
そう言って、アペロールはユノを突き落とした。
それは、村の給水を司る井戸だった。
「アペロール! 私は」
「動くんじゃないぞ、いいな!」
アペロールは一方的に言い残して、井戸の口から覗く僅かな視界から姿を消した。
「アペロール、アペロール! アペロール……父さぁあぁぁぁん!!」
グォオォォォン……
ホンダ/ヴォート VC-142J輸送機が、ティルトウィングをやや上向かせながら、4基のヤンマー松江工場製航空用ディーゼルエンジンを響かせつつ上昇していく。機尾下方のランプゲートが閉じていく。
先程まで燃えていた森はVC-142Jから投下された消火水で鎮火している。とは言え、樹木の上部は、生い茂っていただろう葉枝は無残に焼失している。
「まだ温かい、というより、熱い……」
戦闘靴2型越しに感じる、湯気の立ち上る水たまりからの熱に、羽田がポツリと呟いた。
「これで生存者がいたら奇跡っスよ」
蔵田があたりを伺いながら言う。
第三偵察隊の各員は、89式小銃もしくは21式7.62mm機関銃を構えながら森の奥へと、ゆっくり進む。
だが、やがて中にある石造りの住居──否、住居であったものの群れが見えてきた頃には、それは無意味なものとなり、隊員の緊張も解けてきた。
「二尉、これって……」
集落だったそのあたりに転がる
「口に出すなよー、蔵田」
「別のものが出ちゃいそうですよ……」
羽田も青ざめた顔でそれらを見ながら応えるように言うと、蔵田はさらにそう言った。
「日本がオスロ条約批准国で助かったぜ」
「でも、日本が使わないからと言って相手がそうしてくれるとは限りませんよ」
羽田の呟きに、やはり傍らにいた西が、視線を向けずに言い返す。彼女は、割りと落ち着いた様子で周囲の惨状を見ていた。
「わかんないかなぁ、被害者としてそれを見るのと加害者としてそれを見るの、どっちがいい? って話」
羽田は、ぼやくように言った。
「…………」
西は、次ぐ言葉が紡げずにいる。
「アメリカさんが戦後一貫して原爆を正当化してきた理由がわかるってもんだぜ。いや、敢えて例えるなら、あるいは……」
「やめてください! ボクは日本人です!」
羽田がなにを言おうとしたのか察した西は、取り乱したように声を荒げた。
「?」
蔵田はそれらを察することが出来ず、あっけにとられたような表情で、2人の顔を交互に見た。
集落跡内に入った偵察隊は、一旦その中心部で歩みを止めた。
「湯川一曹、九里林、両塚を連れて東側を捜索してくれ。俺は蔵田、西と西側を見て回る。後の者も警戒を怠るな」
羽田はそう指示するが、すぐに反論、と言うより、九里林が疑問の声を上げる。
「捜索って、何を探すんですか?」
「うーん……」
羽田は、返事に詰まって考える、というより、それを口に出すことをためらうかのように口ごもってから言う。
「生存者?」
偵察隊は散開し、羽田の指示通り集落内の捜索を始める。
やがて、羽田は集落の正面にあったそれとは、別の広場に行き当たった。
「井戸、か……」
羽田は、口元に手を当てて考え込む。
────確か、東京大空襲の時は水辺に飛び込んで亡くなった人が多かったんだよな……
「っても、流石にドラゴンブレスが油混じりってことはないか」
「は?」
羽田が呟くと、聞き返すように後ろから声がかけられる。気配自体は気付いていた。
「ああクロちゃん。いや、ただの独り言」
羽田は、振り返りながら苦笑して見せつつ言う。
その相手、
採用制限ギリギリの西や女性の平均身長よりもやや低めな九里林とは対象的に、190cmに達する長身の持ち主である。第3偵察隊の中でもこれを上回るのは富山一曹ぐらいだ。
「で?」
羽田は畔の言葉を促す。
「はい、捜索の結果ですが、この集落に確認できた建物はおよそ32軒、一方で遺体の確認は27体で少なすぎます。建物の下敷きになった者もかなり多いと思われますが……」
畔は、少し険しく眉を寄せながら、メモ書きを見つつ報告し、言葉の最後を濁した。
「損壊が激しく尚且つ復元できない遺体が多い、違うか?」
羽田の視線だけが少し険しくなる。
「はい」
畔は、羽田の言葉の意味を理解しつつ、続ける。
「今のところ、生存者、要救助者は見つかっていません」
「にしても、1軒あたり平均3人としてもざっと100人、それが全滅か……」
「酷いものです」
「ドラゴンは人の集落を襲う修正があるって報告しとかないとな……」
言いながら、羽田は井戸の釣瓶を手繰り寄せた。
「船場事件のときに人が乗っていた小さな龍でも、腹部を
「そういやAAT乗ってるやつがぼやいてたな。あんなの相手にするんなら87式の方が良かったって」
87式は優秀であったが、高額にすぎることと、携行弾数が少なく戦闘継続時間が極端に短いこと、空対地ミサイルに対する能力が万全ではないことなどの問題があった。
後継となった29式統合型対空戦闘車は、経済性を求めて6×2駆動ベースのパートタイム式AWD(但しセンターデフは存在する)装輪装甲車である27式装輪装甲車をベースとし、対空機銃はロシア製2A38 30mm機関砲とエリコンKAA20 20mm機関砲とを1基ずつ搭載、オプションとして91式近距離地対空誘導弾を搭載可能としている。
敢えて旧式な火器を搭載したのは輸出をある程度念頭においているためだが、輸出モデルでは、エンジンがロータリーディーゼルではなく通常のレシプロエンジンとなっている。機動力でも劣るが、特にスペースの方を管制装置のハードウェアの容積を制限して確保してあるので、そちらの性能も落ちる。
──閑話休題。ともあれ、87式の戦闘継続時間の改善を狙って採用した変更点が、かえって裏目に出るという状態になったのだった。
羽田はため息混じりに釣瓶の縄を引く。地上にあっただろう桶は、それがつながっていたと思われるロープの途中から消し炭となって原型をとどめていなかったが、羽田が手にした方にはまだ桶がつながっていた。
「……ってことは、まだ水があるな」
生木の森を焼き払うほどの高温に晒されたにもかかわらず、炭化していないということは、炭化温度に達しなかった、そして状況的にはそれを防ぎ得るのはある程度の量の水しかない。井戸の中にはまだ水が張っている証拠だ。
「ドラゴンの巣と出没範囲も調べないと……」
そう言いつつ、羽田は、一度引き上げた桶を井戸に投げ入れた。
しかし。
コーン……
返ってきたのは、羽田たちの予想を裏切る音だった。
「ん?」
「なん、でしょうね」
羽田と畔は井戸の口を覗き込む。
温泉や深井戸など10m以上を掘り下げて地下水脈を揚水する井戸は、自然湧出を除けばエンジンや電気モーターなどの動力ポンプが出現したことで利用が始まった。特地にはまだそのような装備はない。こうした昔ながらの井戸は地表近くの帯水層、粘土質層のあたりまで掘り返すと、その上の層が含んでいる水が湧き出してくる。これが所謂“浅井戸”で、通常深さは5m以下。
したがって、実際この時も、差し込む陽の光ですぐに底は見えた。
「要求者発見! 蔵田、おやっさん、軽機動車持ってきて!」
羽田はそう言い、自ら井戸に飛び込んだ。
軽機動車は、開発(市販車型からの改修)側からの提案でエンジン動力式ウィンチを搭載している。
ボンネットを井戸に向けて止めた軽機動車から、バンパー下に埋め込まれたウィンチのワイヤーが伸ばされる。
「いいぞ、引き上げろ」
井戸の中から羽田の声がする。
「了解、巻き上げ開始します」
椚野がウィンチレバーを“上”に入れた。
「蔵田、吹かせ、そろっとだぞ」
「了解です」
トランスミッションは“
井戸の中の羽田は、ロープで固定した要救助者を背負って、ベルトに固定したウィンチのロープに引き上げられ、井戸の石壁を伝って登っていく。
「要救者、1、確保! 畔!」
「ここに横たわらせてください!」
畔の指示で予め用意されていたブルーシートの上に、淡い金髪を持つ女性を横たわらせる。ロングのストレートの髪を、先端で2つに分けていた。そしてその髪の横から覗くのは……
「エルフですよ、二尉」
やや長い耳朶。
それを見た蔵田が、早速羽田の傍らにやってきて、耳打ちする。
「あ、ああ……」
羽田は口元に手を当てて、少し考えいたが、蔵田に声をかけられると、生返事を返した。
「あれ、三曹はエルフ萌えでしたっけ?」
3人目のオタク、西が割って入るように聞き返す。
「何言ってんの、エルフが居るんならケモノな娘も居るはずだろ! 絶対に!」
「ああ、そうですか」
力強い蔵田の声に、西は脱力したような様子で身を引いた。
「この子、エルフにしては──」
一方。
「体温が下がっているわ、濡れている服を脱がして!」
「了解」
畔の指示で、九里林が医療用キットのハサミに手を伸ばす。
「ごめん、切るよ」
九里林は、意識のない相手に言い、その所々擦り切れた衣服を切り始めた。
と、そこへ傍らから、件のオタク3人組の声が飛び込んでくる。
「男ども、あっち行く! 見せもんじゃない!!」
瞬時に激昂した表情になった、九里林が、少し距離をおきつつも2人の作業を見ていた男性隊員を追っ払う。
「って西、あんたまで逃げてどうすんの! こっち来て手伝いなさい!」
「は、はい!」
「あー、冷てえ」
他の男性隊員とともに追っ払われた、羽田は、家屋の残骸の1つに腰掛け、戦闘靴2型を脱いで、冷えた井戸の水に浸かった軍足を脱ぎ、含んだ湿気を絞った。
「二尉」
羽田が軍足を履き直したところで、畔が傍らにまでやってきて、声をかけた。
「クロちゃん」
羽田は、それに顔を上げる。
「彼女、もういいの?」
「はい、体温は回復してきました。とりあえず命の危険はないでしょう。おでこの打撲もすぐに引くと思われます」
畔は、まずそこまで報告してから、
「もう大丈夫だと思いますが、これからどういたしますか?」
と、羽田の指示を仰いだ。
「うーん、命の危険はないって言っても、まだ放っておける状態じゃないんでしょ?」
「そうですね……」
羽田が訊き返すと、畔は語尾を濁らせつつも肯定の返答をした。
「ここは全滅しちゃってるし、放っとくわけにもいかんでしょ。保護ということでお持ち帰りしましょ」
羽田がそう言うと、畔は清楚そうな顔に、ニコリと満面の笑みを浮かべた。
「二尉ならそうおっしゃってくださると思いましたわ」
それを聞いて、羽田は、ニヘラ、と笑って自分を指差す。
「それって僕が人道的だからでしょ?」
すると、畔は満面の笑みのまま、言う。
「さぁ、どうでしょうか? 二尉が
救助者を載せるため21式高機動車が背後に入ってくる横で、羽田はヘラヘラしたいつもの表情のまま、その口の端を引きつらせていた。