HARD MODE ~自衛隊 彼の地にて 斯く戦えり 作:神谷萌
「なんと! 全滅してしまったのか!」
コダ村の村長である初老の男性は、加えていたパイプ煙草を取り落としそうになりながら、驚愕に顔を見開いてそう言った。
「えーと…… 私たち 森に行く 大きい 鳥 いた 火 出す 森 村 焼けた」
村長と、片言の現地語でやり取りしていた羽田は、そう言って西がB6版ノートに描いた、ドラゴンの絵を見せた。
「こ、これは、古代竜じゃ! しかも炎竜じゃよ!!」
それを見た村長は、さらに顔から血の気を失せさせつつ、叫ぶように言った。
「ドラゴン 火 出す 人 たくさん 焼けた」
「ヒトではなくエルフじゃろう、あそこはエルフの村じゃて」
更に片言で説明する羽田に対し、村長は説明するように言い返した。
「よく報せてくれた、感謝するぞ」
羽田と握手しながら、その間も惜しいというように村長は振り返って、村人たちに振れる。
「おい、村中に振れて回るのじゃ、隣の村にも遣いを出せ!」
指示を受けた村の大人たちは、慌ただしく走って方々に散って行った。
村長が羽田たちの方に向き直したところで、羽田は伝える。
「えっと……1人、女の子を 助けた」
「ほう」
村長を26式高機動車の後部へと案内する。
当然、高機動車の周りは奇妙な物に好奇心を惹かれた子どもたちが取り巻いていたが、羽田は構わずハードトップ車の観音式ゲートを開けた。
「なんじゃ、ユノじゃないか!」
ロングボディの荷台に寝かされていた少女を見て、村長は軽く驚いた声を出す。
「この子 知ってる?」
羽田が訊き返す。
「ああ、この村の外れに住んどるカトー先生……魔導士のお弟子さんじゃよ、住み込みのな」
村長はそう説明してから、思い出した様に言う。
「そうか……あの森はこの子の父親の故郷じゃった」
「この子 故郷?」
羽田は訊き返す。
「ああ、この子は定住地を持たぬヒト種の民族と、エルフの間に生まれた混血児なんじゃよ」
──やっぱりハーフエルフだったか……
羽田は、エルフと言うには円い耳朶を見つつ思っていたことを反芻した。それから、村長に向き直って、言う。
「この娘 村で 保護……」
「そうじゃな、誰か、カトー先生にユノが見つかったと報せてくれ」
「判った」
村長が振り返りながら言うと、近くにいた、日本なら小学5~6年ぐらいの少女が応じて走っていった。
しかし、直後に羽田の方を向き直した村長は、困惑しきった表情で言う。
「しかしカトー先生も、今はそれどころじゃないじゃろう。儂らは逃げねばならん」
その言葉に、羽田は気付いて、更に訊ねる。
「村 捨てる ?」
「そうじゃ。ヒトやエルフの味を覚えた炎龍は再びヒトを襲って来るんじゃよ」
やはりそうか、と、羽田も少し表情を険しくする。
「すまんが儂も準備にかからねばならん、ユノのことはカトー先生から話があったらそなたらに通す」
そう言って、村長も小走りに走っていった。
「隊長、この様子からすると……」
村長と入れ代わりに椚野が近づいてきて、羽田に声をかける。
「ああ、あのドラゴンが襲ってこないうちに、村を捨てて逃げるんだとさ」
羽田は、ぼやくような口調でそう言った。
「それで、どうしますか、車両の応援を頼みますか?」
訊き返す椚野に対し、羽田はため息混じりに答える。
「出来たらそうしたいんだけどねぇ……」
「カトー先生、これ以上積むのは難しいですよ」
村外れの一軒家。お手伝いさん然とした若い女性が、2軸の荷馬車の前から、家の中に声をかける。
「マリブさん、どうにもならんのですか」
家の中から、白髪の老人が不満そうな表情と声を出す。
「これ以上積んだら車軸が折れちまいますよ」
マリブと呼ばれた女性は、困ったように苦笑しながらそう言った。
「なんとか書物だけでも全部積みたいんじゃが……」
「書物は一番、嵩の割に重いからねぇ、先生の記録を優先して出版本は処分した方が良いんじゃないですか」
「しかし、書物は貴重な財産なんじゃぞ、ロンデルに原本があるものだって、次に手に入るのはいつの事になるか、それもいくら掛かるか」
「それはわかりますがね、命あっての物種じゃないですか。ああ、このロクデ梨の苗と干した実は積んでおきますよ」
マリブは苦笑して、半ば自分が仕切るかのように言った。
「それを積んでいくぐらいなら書物を余計に積んでいきたいんじゃがのう……」
カトーは、マリブのチャキチャキした行動に少し気圧されたか、消極的に不満げな声を出す。
「けど、逃げた先で食べるものに困って、飢えてしまうのはお嫌でしょう?」
「まぁそれはそうなんじゃが……」
マリブの言葉に答えつつ、カトーは思う。
──しかしなぜ今頃炎竜が……次の活動期は50年は先じゃったはずじゃ……
心のなかで呟きながら考えているうちに、少し表情が険しくなってくる。
──しかも炎竜が巣を造るのはエルベ藩王国のティロール山脈のはずじゃ。いかに獲物を追い求めておるからと言っても行動範囲の広がり方が広すぎる。
そこまで行って、カトーはある仮説を思いつく。
──何者かが炎竜を御しておるのか?
しかし、直後に険しい表情で首を振って、その仮説を自ら否定した。
──翼竜や、よしんば古代竜でももっと温和な黒竜ならともかく、炎竜のような凶暴で知能も低い竜を手なづけられる者など居るはずがない。
「どうしましたか? やはり、そんなに書物に未練があるんですか?」
カトーが考え事をしながら家の玄関を出てきた時、その険しい表情を見て、マリブが苦笑してそう言った。
「あ、いやぁ、別の考え事じゃ」
カトーははっと我に返り、マリブに対して顔を上げてそう言った。
「しかしこんなときにユノちゃんはどこへ行っちゃったのでしょうね」
マリブは、周りを見渡すような仕草をして、そう言った。
「ユノは……」
カトーが、事実を告げようとした時。
「カトー先生ー!!」
と、村の中心部に向かう道の先から、叫ぶ少女の声が聞こえてきた。
「ユノお姉ちゃん見つかったって!!」
「なに、本当か!?」
カトーは驚き、身を乗り出すようにして聞き返した。
「うん、今、村の広場の前にいるよ」
「炎竜に襲われる前に森を出ていたのかの」
「よくわからないけど、なんだが緑の変な服を着ていた人たちが連れてきてみたい」
訊き返すカトーに、目の前の少女は少し興奮した様子で言う。
「うん、変わってるけどすごいんだ。鉄の荷車を持ってて、しかも馬も人も引いてないのに動くんだよ」
「ほう」
それを聞くと、カトーは目の色を変えた。
「それは儂も見てみねばならんな、ユノも引き取ってこなければならぬし」
「こっちだよ」
カトーの行動を理解した少女に先導されて、カトーは村の広場の方に行ってしまう。
「カトー先生ー! もう布かけて出発しちまいますからねー!」
場所の後ろから、途中までカトーを追いかけるようにして出てきたマリブが、その背後に向かって声を張り上げた。
カトーが広場に向かっていくと、そこに、最初に件の連中が乗ってきた“鉄の荷車”の他に、同じ色をした、巨大な荷車が2台、到着していた。少女の言うとおり、人も馬も引いていないが、ガランガランと地響きのような音を立てながら、動いている。
そして、緑の服を来た人間が、村人に混じって動き回ってるのが見えた。
「曹長、車軸の折れた馬車が立ち往生してます!」
「了解、蔵田、河津下(かつもと)、手伝え。羽田隊長は村長から応援要請を引き出してください!」
カトーにとっては、それは聞いたこともない言語だったが、緊迫感を持って行動していることは解った。また、連中の着ている服が戦闘着であり、鎧の類を付けているということも。とすると、どこかの国の軍か、それとも国に属さぬ独立傭兵団か。
「カトー先生」
たまたま通りかかった、中年の男性が、カトーの姿に気がついて声をかけた。
「ユノが見つかったそうじゃな」
カトーはそう訊き返す。
「ええ、“彼ら”が連れてきてくれました」
そう行って、中年男性は一旦自分の持っていた荷物を馬車に載せると、“鉄の荷車”の後ろまでカトーを連れて行った。
「おお、カトー先生」
村長も顔を出す。
荷車の観音式扉が開き、横たわってるユノを見る。
カトーはそれを見て、ゴクリ、と喉を鳴らした。
「ど、どこに居たんじゃ?」
何故か少し慌て気味に手を降りながらの咳払い混じりの、カトーの問いに、村長が答える。
「コオノの森の、エルフの集落です」
「なんと!」
その答えに、カトーは驚いて、視線をユノから村長に向けた。
「それでは、他にも生き残りが!?」
しかし、そう訊き返すカトーの言葉に、村長は目を伏せるように閉じて、首を振った。
「集落は全滅だそうです。ユノさんは井戸の中に身を潜めていて助かったとか」
「……そうか……そうじゃろうな……」
村長の言葉に、カトーも、無理もないと呟いた。
巨大な荷車が広場で止まる。荷台には屋根はなく、幌ばりであった。
その荷台の傍らで、村の若者が、手帳のようなものを持った小柄な人間と話している。その小柄な人物も、やはり緑の戦闘着と鎧を着けていた。
「あのような若い少年までおるのか……」
それを見て、カトーは呟くように言った。
「馬車や荷車のない家、家族の多い家はこれに荷物を詰め! ただし、食料と金銭や金品の類、最低限の衣服だけだ。家財道具の積み込みはできない!」
緑の服の人間と話していた村の若い者が、そういって触れ回った。
「しかしまぁ、大きな荷車じゃのう、相当積めそうじゃ」
「村で一番大きい荷車の8台分は積めるそうです」
カトーの言葉に、村長もほーっ、と改めて感嘆のため息を付いて言う。
「それだけ積めるなら、儂の書物も……」
カトーは、ニヤリ、と苦笑気味にしつつ、自分を指差して言うが、
「今お聞きになられましたでしょう、持っていけるのは食料と当座の生活に必要なものだけです」
「やっぱり駄目か……」
村長の毅然とした答えに、カトーはがっくりと肩を落とす。
「しかしTWD6トンなんてよく残ってたな、骨董品ってレベルだろ」
「
誰にとはなしに言った椚野の言葉に対し、羽田がそう言った。
「しかしなんだってわざわざ……」
ボンネットの昔なつかし昭和30年代後半スタイルのTWDを見て、椚野は言う。
「要するに、もしなんかあっても、惜しくないモンだから捨てて逃げてきちまえ、ってことですよ」
「……そういう、ことですか」
苦い表情をしながら、椚野はそう言った。
「そして、そうだとするなら、そこまでして、我々がこの村人を護衛するのはなぜですか、この土地の領主や統治者といった者は居ないのですか」
「あー、それね」
椚野の質問に、羽田は少しげっそりしたような苦い表情で言う。
「村長に聞いた話じゃ、この周辺を領地にしてた貴族も、根こそぎ出征していったんだそうですよ。
「……それは……」
椚野は、それを聞いて言葉を失ってしまう。
「そう、そのほとんどが返ってこなかった。だからこのあたりの村には、平民の家長や農夫の長男坊、それに女子供、要は非戦闘員だけが残されたってわけです」
「…………」
椚野は、らしくなく、その場に立ち尽くしてしまった。
「あ」
一方、水を飲みながら小休止していた羽田だったが、脇を畔が通りかかったのに気がつくと、
「畔ちゃん」
と、呼び止めた。
「あの女の子の保護者が見つかったんだって?」
「ええ、今は蔵田三曹と西一士が事情を説明しています」
羽田の問いかけに、畔は、そう答えると、更に続けた。
「ですが、村長の言うとおり、そのカトーという方も脱出するそうですし、バイタルは安定していますが、意識を回復するまでは余計な刺激を敢えて与えるべきではないかと」
「じゃあ、このまま彼女は高機動車でお預かりってことで。村の準備ができ次第、俺達が先導して行くぞ」
「了解!」
畔と、椚野がそろって言い、小走りに駆けていった。羽田も駆け出す。
帝国が組織した軍勢はアルヌスの
さらに候諸国連合軍がアルヌスの丘奪還に向かったが、これも一方的にねじ伏せられるかたちで壊走した。
──今、国はどうなっているだろうか……
自衛隊のアルヌス駐屯地に建設された仮設病院、病室のベッドの飢えに居た、ナイル・ブルー・ミリ・ジルスチュアートは、沈みゆく陽を見ながらそう、声には出さずに呟いた。
彼女もまた、候諸国連合軍に参加したジルスチュアート藩公国の、元首──少なくとも建前上は──、姫公王と呼ばれる立場だった。
故国を始め、多くの候諸国連合が元首を指揮官として軍の主力とともにアルヌス奪還戦に参加したはずだ。
──混乱は相当なものになっているだろう。
先王に嫡男が居なかったために即位したナイル姫公王は、周囲にその存在を疎む相手も少なくなかった。しかし、突然軍事力と元首を喪失した故国は、最早それどころではない騒ぎになっているだろう。
そしてそれは──アルヌス周辺の帝国領内において、より深刻な状況を生み出していた。
国家の多くが夜警国家であり、軍と警察がほぼ同義である国家形態において、それらが喪失した結果、もたらされたのは秩序無き暴力の横行──盗賊による、略奪、虐殺、陵辱、それらの跳梁であった。
もともとアルヌス周辺は過疎地帯の為、旅人狙いの盗賊、山賊の類が存在した。
だが────
「コダ村か、炎竜が出たって逃げ出してんのは」
「羊の群れだな」
盗賊団の首魁と思しき男が、言って盃を煽ると、それに同意するように別の男が言った。
「手が足りねぇんじゃ?」
「人集めるんだよ、なんせあたりにゃアルヌスの敗残兵がいくらでも居る。大仕事が出来るぜ」
別の男が疑問を呈するように言うと、また別の男が威勢よくそう言う。
「領主追い出すのだって夢じゃねぇ、どうです、お頭」
そう言う男も、お頭と呼ばれた首領風の男も、ただの盗賊にしてはかなり立派な甲冑や甲を身に付けていた。
「へへっ、悪くねぇな」
お頭、と呼ばれた男がそう言った。
「国じゃ騎士と言われながら年端もいかない娘っ子にこき使われ、戦に出れば死にかけた上に盗賊に身をやつす羽目になったが、そこから帝国の領主様ってんなら今までの鬱憤も張らせるってもんだぜ」
彼の鎧には、黒くなった血のシミに半分覆われた、ジルスチュアート藩公国の国章が、着けられていた。
前祝いの盃を上げようと、彼が立ち上がろうとした時。
グラッ……
彼の視界が、不意に、彼の意志とは無関係に、それも劇的に変わった。
──えっ?
何が起こったかわからなかった。目の前で、首のない男が盃を取り落としていた。
その、首と泣き別れになった彼の姿が、彼がこの世で最後に見た光景だった。
「クスクスクスクス……」
首魁の倒れた背後から、姿をあらわしたのは、漆黒のドレスに身を包んだ少女。
「なっ、なんでぇ、てめぇは!」
盗賊の誰かが、少女に向かって怒鳴り、抜剣する。
「や、やめろ、こいつは……」
恐怖に引きつった表情の、別の盗賊が、それを制する。
「エムロイの神官服──間違いない」
「“死神”ロゥリィ・マーキュリーだ!!」