HARD MODE ~自衛隊 彼の地にて 斯く戦えり 作:神谷萌
「クスクスクス」
日本で言うならゴスロリ風の、豪奢なフリルの付いたドレスを纏った少女は、その担いでいるハルバートの刃から柄にまで滴ってきた血を舐め、そして笑う。いや、哂う。
「おじさま方ぁ、今宵は命を持ってのご喜捨、どうもありがとうございましたぁ。
人形のような美しい造形。少女らしい愛嬌のある表情。しかし、この場ではその全てが“狂って”いた。
「神があなたをたいそう気に入られてぇ、お召になられるって仰ってるのぉ」
「なっ、なんでぇ、てめぇは!」
盗賊の誰かが、少女に向かって怒鳴り、抜剣する。
「や、やめろ、こいつは……」
恐怖に引きつった表情の、別の盗賊が、それを制する。
「エムロイの神官服──間違いない」
「“死神”ロゥリィ・マーキュリーだ!!」
「ひぃ、ひぃ、ひぃぃっ」
ロゥリィと盗賊団の戦闘──否、一方的な“狩猟”が行われた現場から、なんとか逃げ出した1人の男が、ステップ緑地を闘争し続ける。
「な、なんで、エムロイの使徒が、こんなところに」
バシャン!!
「うわっ」
そのうちに、暗がりで効かない視界の中、泥混じりの小川に、転び、飛び込むことになった。
「くそぉおぉぉぉぉっ、なんで俺がこんな目に」
泥に塗れた顔を歪めながら、己の運命に対して憎み、悪態をついた。
だが、その背後に。
「あらぁ、あなたも他のおじ様たちとぉ、殺したり楽しんだり、イイ思いをしたんでしょお?」
ドスゥッ!
その行く手を阻むかのように、刃に装飾の付いた、巨大なハルバートが突き立てられる。
「ま、待ってくれ……俺はまだヤってねぇ……俺はまだ新米だから……っ」
少女は、見た目にもかなり重く、重心の高い、巨大なハルバートを片手でひょいと抱えたまま、男の足を掴んで引きずって、盗賊団が野営していたところに向かっている
「ふぅ~ん」
少女は、そう呟くと、引きずっていた脚を放り投げるようにして、目の前に転がした。
「ひっ!」
男は短く悲鳴を上げる。それは、盗賊団に襲われ、囚われ、陵辱された女たちの顔だった。だが、絶望に染まったその顔は、すでに生気がない。
その光景に慄く男に対し、
「だったら、あなたもぉ最期にヤっとけばぁ? 私が頼んであげる、どっちが好みぃ?」
と、少女は、軽いノリで人懐こそうな笑顔を浮かべながらそう言った。
「あら」
少女は、女性たちの方に視線を移して、気づく。
「困ったわぁ、もう召されてしまったようね。ごめんなさい、間に合わなくて」
少女は、申し訳なさそうに言いつつ、すでに息のない女性たちの目を閉じさせた。
「でもぉ……」
しかし、再び男の方を見ると、コロッ、と人懐こそうな笑顔に戻る。
「せっかくだから、ヤっとけば?」
その言葉に、男はへたり込むようにして、言葉を失っていた。
やがて、我に返った男がとった行動は──
「ま、待ってくれ! 俺がヤったわけじゃないんだ! 俺はまだ殺してもいないし、犯してもいねぇ! 本当だ! 盗賊団に入ったのだって、家が貧乏で仕方なく────」
男は、少女に対して、思いつく限りの支離滅裂な言い訳を並べて命乞いをすることだった。
「醜い」
少女が、口の中で微かに声に出して呟いた。呆れきって不愉快そうな少女の表情にも構わず、命乞いを続ける。
そもそも、少女の仕える神、戦いと狂気、死を司るエムロイにとって、人を殺す事自体は罪悪ではない。生の終焉たる死を迎えるにあたって、尊い死を迎えるための生が必要なのだ。それは、その内容自体に善悪をつけるわけではない。兵士であれば兵士として、盗賊であれば盗賊として、あるいは勇者を名乗るのなら勇者として、命のやり取りをする覚悟を以て、誇り高く戦い、生きればいい。
「──改心する! 真面目に働く! だから命だけは助けてくれ!!」
「改心? 真面目に? 聞いて呆れるわぁ。死合う覚悟がないのなら最初から物乞いにでもなっていればよかったのよぉ……」
「ひぃ、ひぃぃぃっ」
少女の呟きを聞いて、絶望し、狂気さえ浮かべ始めた男に、少女は女性たちの亡骸を指した。
「皆様のお墓を掘ってあげなさぁい」
少女は、高圧的な態度で命令する。
「ほ、掘るって、道具は……」
男は、拒否はしなかったが、スコップやそれの代わりになるものがないかと周囲を見渡しつつ、訊き返すように言う。
「お母様に頂いた、両手があるでしょう?」
こうして男は、墓穴を掘った。そこにある盗賊と、その犠牲者の数の分。指が擦り切れ、血が出ようとも、休むことも許されず。
そう、盗賊のそれ、即ち、彼の分も例外ではなかった────
ガタガタガタガタ……
街道とは言っても帝国の外れの方、未舗装なのは当然としても、整備状態がいいとはいえない。
そこを2速でノロノロ走ってるものだから、流石に自衛隊の車両でも揺れる。21式高機動車がエンジンとサスペンションではどこにも負けないスバル製だとしても、揺れる。
『1号車羽田。2号車送れ』
「2号車椚野です、なんでしょうか。送れ」
『女の子の様子どうだか畔ちゃんに聞いてみてくれる? 気温も上がってきたしだいぶ揺れるでしょ? 送れ』
「了解しました」
そう言って、2号車の無線機のスピーカーマイクを手にしていた椚野は、畔に視線を向ける。
「私が直接説明します」
畔はそう言った。
「2号車畔。羽田二尉取れてますか」
畔はスピーカーマイクを受け取り、PTTスイッチを押して言う。
『1号車羽田、感度良好。送れ』
「少女ですが、バイタルは安定していますし問題ありません。時折開眼しているようですし、間もなく意識も回復すると思われます。どうぞ」
『1号車羽田了解。なによりでした。終わり』
その1号車、軽機動車。
「女の子、順調に回復してるみたいですね、良かったなぁ」
助手席の西が、センター側から後席の羽田を振り返りつつ、明るい笑顔でそう言った。
「まぁ、そりゃ喜ばしいことなんだけどさ……」
明るい西とは対象的に、羽田は後ろを振り返り、同じ光景をルームミラーで見ている運転席の蔵田と同時に、ため息を付いた。
「遅々として進まない避難民の列」
羽田が愚痴るように言う。
「次から次へと湧き上がる問題、増えていく一方の傷病者と落伍者」
疾病や体力の限界で動けなくなったものは、極力TWDに収容してきたが、その者の抱えている荷物は大半を処分しなければならなかった。そしてその光景を見ると、すでに体調に不具合が出ているものでも、財を失いたくがないためにさらに極限まで我慢しようとする。
「おまけに雨で道路状況も最悪と来たもんだ」
自衛隊車両のブリジストン製タイヤはさほど沈まない。しかし、馬車や荷車の木製ソリッドタイヤは、簡単に泥濘に沈み、動きが取れなくなった。
「逃避行ってのは、なかなか消耗するものだねぇ」
羽田はそう言って、もう一度ため息を付いた。
更に行進は続く。
後続の馬車の1台が、後輪の片方を絡め取られ、身動きが取れなくなった。
「メイザ、行くぞっ!」
そう言って、馬車に乗る夫妻の夫が、後ろに降りて車体を力いっぱい押す。
それに合わせて、メイザと呼ばれた夫人は、馬に鞭を入れた。
「はいやっ!!」
だが、馬車は動こうとしない。
馬と言っても、日本の競走馬のような逞しいスタイルのそれではない。いかにも雑種ですという感じの、貧相な駄馬だ。しかも続く逃避行で、すでに馬自身も疲労している。
「こんなところで動けなくなったら野垂れ死にだよ! 誰か助けておくれ」
メイザは悲鳴を上げながら、あたりに縋るような視線を向けるが、周囲の人間も、すでに生気を失いかけた表情で、呆然と進んでいくだけだった。
────神様なんて
メイザが絶望混じりに、心中で祈り求めた時。
「嵌ってるだけだ、押すぞ!」
聞きなれない、意味不明の言葉が聞こえてきた。
メイザが振り返ると、夫に代わって、緑の服を来た人たちが3人ほど、馬車に取り付いていた。
「根性見せてみろ! 1・2・3!!」
「そーりゃっ」
果たして、メイザの馬車の車輪は泥の窪みから抜け出し、再びなんとか走れるようになった。
「よーし、次の馬車だ」
緑の服の者たちのリーダーらしい人物が、そうなにか言って、仲間とともに後ろに移動しようとする。
「あ、あの、アンタ達……」
メイザが、あまりにもあっけなく事を進めてしまった緑の服の者たちに対して、慌てて声をかけようとするが、とっさに礼の言葉が出てこない。
すると、緑の服の者たちは、言葉が通じないためか、笑顔で軽く会釈をすると、隊列の後ろの方へと走っていってしまった。
「誰だい、あの人らは」
誰かが、誰へとなしに言う。
「服も統一されておるし、少し変わっているが鎧や兜の類いも身につけている。それにあの規律の正しさはどこかの国の兵隊だと思うがのう」
「袖に皆同じ紋章を入れておるしな。部隊章か国章だろう。見たことはないが……」
「炎竜出たって村に伝えに来たのがあの人達だろう?」
「異国の人らしいが、人が良すぎやせんかね」
などと口々に言いつつも、悪しざまに罵る者は皆無だった。
しばらくして、今度は行列の先頭の方で馬車が姿勢を崩した。
「駄目です隊長、車軸が完全に折れています」
小型ライトで車体の下を覗き込んでいた西が、深刻そうな声でそう言った。
「んー、仕方ないねぇ、村長呼んできて」
「はい」
羽田が指示すると、西はすぐに身を起こして、軽やかにかけていった。
馬車の主は、崩れた馬車の前で佇んでいる。
するとそこへ、西が村長を連れて戻ってきた。
「村長……」
男は振り返るが、村長は首を横に振って、酷なことを告げる。
「残念じゃが、馬車と家財道具はここで諦めるんじゃ」
「荷を捨てろと仰るのですか! これからどうやって暮らせと!?」
男は、血の気の失せた青い顔で、声を上げる。
「ここにとどまっても死を待つだけじゃ。命あっての物種じゃろ?」
「それは……」
村長の説得に、男はしかし、なおも言葉を濁らせる。
「食料 衣服 水 私たちの 荷車 移す」
「じゃが、家財道具はだめだそうじゃ。キリがないからの……」
村長の後方に控えていた羽田が言い、村長が深刻そうな口調でそれに続けた。
「わかり……ました……」
ようやく、馬車の主は説得に応じた。
保存食と最小限の衣類をTWDに移してその空きスペースに押し込むと、壊れた馬車に、村長は火をかけさせた。
「どうして、火をかけさせたのですか、羽田二尉」
羽田は、高機動車の後部の観音扉を開けたまま、その荷台の後部に腰掛けていた。
そこへ、畔がやってきて、抗議するような声を上げる。
「荷物を前に動こうとしないんだもの、それしかないでしょ?」
羽田は、畔の方を振り返りもせず、あっさりとした口調でそう言った。
「車両の増援をもっと頼むわけにはいかないんですか、現用の3トン半だって空きがないわけじゃ……」
畔はさらに声を荒げて言うが、羽田は、
「畔ちゃん、ここさー、一応フロントライン超えてるんだよね」
と言って、それを遮った。
「偵察隊がチョコマカしてる程度なら、領主様も不在だし咎めては来ない。けど、大部隊が入り込んだら、敵さんも放っておくわけにはいかんでしょ」
そこで、羽田は深刻そうな表情を畔に向ける。
「そりゃ力づくで突破できなくもないよ? でもその結果、無計画な戦線拡大、戦力の逐次投入、瞬く間に拡大する戦禍と住民の被害。
羽田の口調に、畔は、なお深刻そうな表情をしながらも、口元で苦笑気味にした。
「そう、言われたんですね」
「あのTWD、2台もどうにかごまかして送り出してくれたんだ。それだけでもありがたいと思わなきゃならんのよ」
羽田がそういった時、再び後方で何かが起こり、行進が止まった。
「止まれ、1号車も止めて」
言って、高機動車から降り立つ。
「だから、俺達が手を貸す、あとはそれぐらいしかできないんだよ」
羽田は、鉄帽をかぶり直しながら、畔にそう言って、駆けていった。
「しかし、路面も乾いてきたし、もうちょい速度を上げられませんかね」
羽田が、何度かトラブルに対処してから軽機動車に戻ってくると、蔵田がそう愚痴混じりに言った。
「こんなにゆっくり走らせるの、教習所の第一段階以来っスよ」
「阪神高速走ったことないの? あるいは震災前の首都高とか」
羽田が、視線すら向けずに言う。
「ああ、それがありましたっけねぇ……」
「渋滞と違って一定の速度で走りゃいいんだから、クラッチ操作が無い分マシでしょ」
「そうっスねぇ……」
「徒歩に荷馬車、みんな疲れ切ってるし、下手にペース上げるとまた後できついことになるよ」
「それは言えてるっスねぇ」
軽機動車の後部にも、徒歩で行進する最中に負傷した子供などが乗り、21式高機動車から移ってきた畔がその手当をし、羽田はその助手をしている。
「?」
それまで助手席で黙って前方を注視していた西が、何かに気付いたのか、双眼鏡を自分の目に当てる。
「三曹、隊長、前方カラス……なんですかね、やたら飛び交ってませんか?」
声をかけられた蔵田と羽田が、前方に視線を向けると、西の言うとおり、日本のカラスに似た鳥が、やたらと集まってきて鳴き声を上げている。
「そうねぇ、んん!?」
気怠そうに答え、自分も双眼鏡を覗き込んだ羽田だったが、
「蔵田止まれ、何か居る!」
と、咄嗟に声を出した。
しかし、緊張感はない。
双眼鏡を覗き込んでいる、羽田と西の視界に捉えられたのは、
「ゴスロリ少女!?」
「え!?」
羽田の反射的な言葉に、蔵田も双眼鏡を覗き込む。
そこには、あの巨大なハルバートを担いだ、黒衣の少女の姿があった。
「すごいですね、コスパとかでゴスロリは見たことありますけど、あんなに決まった人、見たことありませんよ」
西が、双眼鏡越しに目を釘付けにされながら、言う。
「ああ、まるで等身大フィギュア、いや球体関節ドールみてーだ……」
羽田もどこか興奮したように言う。
すると。
「お三方、いい加減にしないと、椚野曹長に報せますよ?」
「あ、はい!」
背後からの畔の言葉で、3人は我に返ったのだった。