HARD MODE ~自衛隊 彼の地にて 斯く戦えり   作:神谷萌

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Chapter-06:炎竜

「この世界に、あんなフリフリのドレスを作る技術があるんですかねぇ」

 軽機動車のフロントガラス越しに見る西が、呟くように言った。

「ひょっとしたら……」

 呟き、羽田は襟元のマイクに手を伸ばす。

「2号車、河津本、新田、船場事件のときに迷い込んだ娘かもしれない、様子見てきて」

 その造形は日本人離れしているようにも見えるが、黒髪は日本人の特徴である。それに対して、今まで羽田たちが見てきた特地の人間は、ほとんどがアングロサクスン系に近い外観を持っていた。

『2号車了解』

 そう返答が返ってきて、後続の高機動車から2人の隊員が降りていき、数十メートル先の少女のもとまで走っていく。

「あれ? 話通じてる?」

 言葉が通じないはずのこの地で、普通に会話し始めたように見える河津本と新田の姿を見て、羽田は呟くように言った。

 というか、河津本と新田は、どこか困惑しているようにも見える。

「なんか、家出少女に職質してる警察官みたいっスねぇ」

「俺らも一応公僕だからな……」

 蔵田の呟きに、羽田は脱力したような声で答える。

「ねぇ、あなた達はどこからいらして、どちらへ行かれるのかしら?」

 河津本と新田が話しかけると、少女は、好奇心旺盛そうな表情を2人に向けて、“こちら”の言葉で聞き返してきた。

「こっちの娘か」

 河津本は呟くように言ったが、

「でも、この娘は俺達の言ってることが解るみたいだぞ」

 と、新田は少し困惑げな顔になった。

 すると少女は、視線を2人から軽機動車に移し、すたすたと近づいてくる。

「あ、ちょっと」

 流石に銃はおろしつつ、河津本と新田は制止の言葉をかけながら後を追うが、少女はそのまま軽機動車に歩いて行ってしまう。

「あっ、使徒様だー」

 幌の開かれた荷台から、乗っていた少年が声を上げる。すると、もう1人、2人、と、近寄ってきた少女を覗き込むように身を上げた。

「あの 女の子 何?」

「エムロイの使徒様!」

 羽田の問いかけに、元気よく答える少年に、羽田はさらに問いかける。

「エムロイ 何?」

「神様だよ! 戦いの神様! その使徒様も亜神なんだ!」

 ふむ、と、羽田は鼻を鳴らすように言う。

「なんて話ですか?」

 蔵田が、羽田の視線の背後から聞いてくる。

「なんか、何かの神様の遣いらしい」

 羽田が答える。

「彼女の衣装には、なにか宗教的な意味合いがあるってことなんでしょうか?」

 立ち上がった状態で羽田らと同じ方に視線を向けていた西が、それを羽田に向けて訊ねるように言った。

 一方、

「あなた方、どこに行くのぉ?」

 と、少女が子どもたちに訊ねる。

「コダ村から逃げてる途中なんだ!」

「逃げてきた?」

 少女が訊き返すと、少年は表情を険しくして、

「炎竜が出たんだ、みんなで逃げるところなんだよ!」

 と、答えた。

「ふ~ん、この緑の服の人達はぁ?」

「よく知らないけど、助けてくれるんだ、いい人たちだよ」

「無理やり連れて行かれるわけじゃないのねぇ?」

「うん」

 少女の問いかけに、少年は正直に答えていく。すると、それを聞いて、少女はわずかに残していた緊張を更に緩めた。

「それにしても、これ、どうやって動いてるのかしらぁ?」

 少女は、軽機動車の興味深そうに観察しつつ、そのボンネットを撫でるようにしながら言う。その手にアイドリングするエンジンの振動が伝わる。

「僕が知りたいよ、言葉がよく通じなくてさ。でも、乗り心地は馬車や荷車よりずっといいよ」

「へぇ、乗り心地がいいのぉ?」

 少女は、その視線を、軽機動車のフロントガラス越しに、羽田の顔に移す。

「大丈夫だ、後は俺が応対するから」

 指示を求めて羽田の元まで来た河津本と新田に対し、羽田はそう言う。

「了解」

 河津本と新田がそう言って、高機動車に戻ろうとした時、

 カチャ

「あ」

「お邪魔するわぁ」

 と、軽機動車のドアを開けて、少女が助手席に座っている羽田の、膝の上に登るように乗り込んできた。

「なっ、ちょっ、こらこらこらこら」

 羽田が止める暇もあればこそ、少女は羽田の膝に座ってしまった。

「おい、おい待て!」

 羽田が日本語で言うが、

「もうちょっと奥に詰めてくれるかしらぁ」

 少女は“こちら”の言葉で少年たちに言いつつ、担いでいたハルバートを荷台に移して乗り込んでしまう。

「これはなぁにぃ?」

「ちょっ、小銃に触るなっ」

 言葉は通じていないが、奔放に振る舞う少女と、羽田の反射的な反応による漫才のような問答が始まる。

 さらには、

「隊長、羨ましいっス」

 と、運転席の蔵田も参戦。

「羨ましくなんかねーっ」

「いや、羨ましいです」

 西までもが言う。

「いいから降りろーっ!!」

 

 

「お母ちゃん、喉乾いたよう」

 コダ村避難民の隊列は、緑地帯からステップ地帯にかかっていた。湿度は下がり、太陽が照りつけている。

 ────ああ、息子だけでもあの緑の斑服の連中の荷車に……

 徒歩で歩きながら、手をつなぐ息子に声をかけられた母親だが、自身も朦朧としつつ、そう考えていた。

 しかし。突然、自分たちを苛んでいた陽の光が遮られ、影が覆った。

 だが、それは陽の光などよりも遥かに凶悪な存在だった。

 母親が突如射した影に、訝しげに顔をあげると────

「え、炎竜だぁあぁぁぁっ」

 誰かの絶叫とともに、隊列後端の避難民は、算を乱して散り散りに逃げようとする。

 それを嘲笑うかのように、炎竜は跳梁し、火炎の息が大地を舐めた。

「隊長!」

 西が叫ぶ。

「ドラゴン出現! 隊列後方が襲われています!」

「くそっ、こんな開けたところで……」

 羽田は毒つきつつも、無線のスピーカーマイクを取り上げてPTTスイッチを押す。

「2号車3号車転回! 路肩に出て隊列後方に向かえ! 戦闘用意! TWDは避難民を先導!」

 軽機動車、26式高機動車、27式軽装甲機動車がUターンして路外に飛び出し、跋扈する炎竜めがけて突撃する。

九里林(クリ)! 富山! 27重機と擲弾銃使え!」

『しかし二尉、銃はありますが徹甲弾は持ってきていません!!』

 無線越しに、富山の声が返ってくる。

「構うな、派手に当てて避難民から注意を逸らすんだ、撃て撃て!!」

 その時、隊列後部は阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられていた。

 我先にと逃げ出すことしか出来ない避難民、その背後から無慈悲に命を刈り取る炎竜。

 恐怖に圧倒されながら、振り返った者の視界の先に、それを見下ろす圧倒的存在の視線。

「だれか、助け──」

 誰かが、そう悲鳴を上げかけた時、それは始まった。

『隊長、駄目です、5.56mm弾なんか効いちゃいません!』

「構うな、当て続けるんだ!」

 隊員たちは89式小銃で車上から射撃し続けるが、炎竜の鱗にはたやすく弾かれた。それどころか鱗に覆われていない腹部にすらろくに傷つけていない。

 羽田は、自らも89式小銃で射撃しながら無線に怒鳴る。そのすぐ背後では西が荷台に立ち、両手に89式改機関拳銃をもち、二丁流で炎竜に撃ちかけている。

「怪獣と戦うのは自衛隊の伝統だけどよ、こんなところでおっぱじめることになるとはな!」

 椚野はそう言いながら、富山の構える96式40mm擲弾銃に弾倉(マガジン)を装着する。

「両塚、走れ走れ!」

「全力でやっとります、そんな蹴らないでください曹長!」

 26式高機動車を運転する両塚のヘルメットを被った後頭部を、椚野の左足が小突くように蹴り続けていた。

 その脇から、九里林が、ストックを装着した27式機関銃を、標準装備の2脚を掴んだか前で射撃する。

 かつて使われた64式小銃や未だ現役の74式車載重機関銃に対して、同じ7.62mmでも強装の.300W(ウィンチェスター)S(ショート)M(マグナム)を使う27式機関銃は、仕様上手持ち射撃に対応していても、よほどの巨漢自衛官でなければ扱いは難しいとされる。にも関わらず、小柄な女性の九里林は、軽々とそれを扱っていた。

 だが、.300WSMですら炎竜は痛痒を感じてすらいる様子がない。

 九里林は、

「チッ」

 と、舌打ちしてから、携帯無線機のスピーカーマイクのPTTスイッチを押した。

「だめです、WSMでも効いてません」

 言いつつも、すぐに射撃姿勢に戻り、ベルト給弾される.300WSMを炎竜に叩き込み続けた。

 ドオンっ、と、炎竜の首元で小爆発が起きる。それを受けた炎竜は、身を捩った。

「おおっ、嫌がってる嫌がってる」

「いいぞ富山、撃ち続けろ」

 40mm榴弾は流石に無痛というわけに行かないのか、命中する度に身を捩って退けようとする。

 しかし、何度かそれを繰り返すうちに、炎竜はそれを排除しようとする意思を見せ、すっと息を深く吸いこむアクションを起こした。

「ブレスくるぞ!」

 羽田が無線に怒鳴る。

 炎竜に向かって走行していた3両の自衛隊車両は、各々ステアリングを切って散開した。その直後、直進していたら存在していたろう位置に豪炎が迸る。

「くそ、なんか決め手はないのか……」

 椚野が自らも89式小銃を手に、焦れたように呟く。

 その時。

「ono!」

 椚野は、背後から声を駆けられた。振り返ると、そこにコオノの森の集落跡で救出したハーフエルフの少女が立っていた。

「ono!」

 ハーフエルフの少女は、自分の目を指しながら「オノ」と叫んでいる。擲弾銃を構える富山もその少女の方に視線を向けた。

「もしかして……」

 椚野は河津本とともに炎竜に視線を向ける。

 すると、炎竜の右目に弓矢の矢が突き立っているのが見えた。

「曹長、目です、目がヤツの弱点です!」

「ああ、分かってる」

 河津本に対してそう言いながら、椚野は無線のPTTスイッチを押す。

『隊長、目です、ヤツの目は貫通します』

「それだ、各員目を狙え!」

 軽機動車で椚野の言葉を無線越しに受けた羽田は、今度は自分が無線に向かって叫ぶ。

 5.56mmの着弾が炎竜の目元に集中し始めると、炎竜は身を捩りつつ、上半身を守るかのように翼を広げる。

「いいぞ、動きが止まった! 河津本!」

 27式MARPの屋上で、河津本は27式80mm無反動砲(ロタツー)を構える。カール・グスタフM3とパンツァーファウストIIIの置き換え用で、可能な限り他国のパテントに触れないように……と言う建前で、日本独自の機構を実用化しようと、旧陸軍の試製四式七糎噴進砲を参考に開発された。その為その秘匿名称をもじって『ロタII』の意味で非公式に『ロタツー』と呼ばれている。

 河津本は羽田の無線越しの指示を受けて、引き金を引きかけたが、

「おっと、後方の安全確認」

 と、忘れていた、というように後ろを振り返る。

 無反動砲と呼ばれるロケット砲は、後ろに反動を消すための何らかの噴射を行う。それも至近距離だと人間を殺傷する能力が充分あるため、これらの取扱の際は後方の安全を確認すると、どこの軍隊でも徹底して教育される。

 河津本はそれに従っただけなのだが、そもそも走行中の車両に横向きに構えているためあまり意味がない上、炎竜を目の前にして焦っているため、

 ──馬鹿野郎、早く撃てよ。

 と、その場の隊員全員が口には出さずに毒ついた。

 改めて河津本が安全防盾付の照準器を覗き込むが、その時27式MARPががくんと揺れた。

「おわっ! ちょっ、湯川、揺らすな!」

 河津本は、構えたままそれを直しつつ、ドライバーの湯川に向かって怒鳴る。

「無茶言わんでください!」

 ステアリングにかじりつくようにして運転する湯川が反論する。

「いくら最新鋭の日本製ゆーても電子制御やないんやから、行軍間射撃なんて無理や!」

 言いつつも、湯川はなるべくなだらかな地表を走らせようとするが、路上ですらない場所でそううまく行くはずもなく。

「うぉっ!」

 再び27式MARPが揺れた瞬間、河津本の指が引き金を引いてしまう。撃発ロッドがシアーを開放し、ハンマーが撃発式点火管を叩く。

 発射薬で飛び出した弾体は、発射筒内のライフリングと噴射口によって右スピンをかけながら飛翔しつつ、本推進薬に点火して飛翔する。だが、誘導装置があるわけでもなく、ただ向けられた先に飛翔していくだけだ。

「うわ、ガク引きしやがった、ありゃ当たんねーよ」

 羽田が呆れたように言った時。

「え、うわっ!?」

 89式改機関拳銃を撃ち続けていた西が、突然視界を黒い布に遮られ、声を上げる。黒い衣装の少女──ロゥリィはハルバートを手に荷台から飛び上がると、軽機動車のフロントガラス枠とロールバーに着地しつつ、ハルバートの荷重がそれらに掛かる前に投擲した。

 投擲斧(トマホーク)よろしく回転しながら飛んでいくハルバートは、射撃にのたうつ炎竜の足元に突き刺さる。一時的に左足の自由を奪われた炎竜は、翼を防御に使っていたため飛翔することも出来ずバランスを崩した。

「コケた!?」

 羽田は、叫ぶように呟き、直後、頭上のロゥリィを振り返る。

 飛翔する弾帯はバランスを崩した炎竜の胴に向かっていき────

 ドォン!!

 弾頭がその右肩に当たると、撃発信管によって弾頭部に成形炸薬の詰まった徹甲榴弾が炸裂し、爆炎を生じながら炎竜の右肩を吹き飛ばして、その腕をもぎ取った。

「ギャオォォォォォォォォォン」

 炎竜は悲鳴のような咆哮を上げると、なりふり構わず飛び上がり、羽田達に背を向けて翔んで行く。

 明らかに逃走だったが、ある程度距離が開くと悠然と飛んでいるようにも見える炎竜の後ろ姿を、羽田たちは呆然として見送っていた。

「お、終わったんスか?」

 ようやくというように、停車した軽機動車の運転席で、蔵田がつぶやくように言う。

「あ、ああ、多分な──」

 羽田もまだあっけにとられたまま、そう言った。

 

 

 避難民たちは、少なからず出た犠牲者を、手近な丘の頂上に埋葬した。簡素ながら作られた墓碑に、羽田以下の第3偵察隊も1列横隊で立ち、手を合わせながら黙祷を捧げた。

「生存者の大半は、近くの街や村に避難するそうです……」

「街ったって、ツテのある人とかいるの? 大丈夫なのかなぁ……」

 西の報告に、羽田は、ぼやくようにそう呟いた。

「それより問題は残りの人達ですよ」

 畔が、心配げに言う。

「身内が亡くなった子供とお年寄り、それに徒歩に難のあるケガ人か……」

「合わせて25人です、どうしますか?」

「ん~、とりあえず村長に聞いてみようか」

 羽田は、そう言って、こちらの言葉で村長に問いかける。

 すると、村長は申し訳無さそうな顔で答えた。

「へ? 神に委ねる?」

 羽田が、思わず鸚鵡返しに訊き返す。

「薄情だと思うかも知れんが、儂らも自分たちが生きていくだけで精一杯なんじゃ」

 多少以上には後ろめたいのか、村長は羽田の顔から視線を逸らし気味にしつつ言う。

「理解しとくれ……救ってくれたことには感謝しとる」

 そう言って、村長は村を代表して別れを告げると、元コダ村々民たちは、25人を残して、それぞれのアテに向かって進みだした。

「隊長、彼らの言っていることは間違いとは言い切れません、誰でも助けられるというのは、力に余裕を持つものの奢りです」

 西が、村長を擁護するように言った。すると、羽田は、そんな西を制するように手を振り、静かに言う。

「わかってるさ」

 羽田が一列横隊を解くと、第3偵察隊の面々は、短い間だが生死を共にした元コダ村々民と手を振り、お互い直接意味はわからないながらも声を掛け合って、それを惜しみながら別れていった。

「あの緑の人らお人好しすぎないか? 見返りもなんもいらないって」

 元コダ村々民の列の中から、そんな声がもれる。

「なぁに、あれだけ腕の立つ連中なんだ。どこかの国の兵隊ならとてつもない精鋭なんだろうし、根無しの傭兵団だとしても貴族や領主がほっとかねぇよ。なんせ、あの炎竜相手に互角に戦ったんだぞ」

「さて、と」

 丘の頂上で、最後まで元村民たちを見送っていた羽田は、視線を自衛隊車両に移す。

 26式高機動車やTWDの荷台で、不安そうな表情をしている子供や年配の人間、それにコオノの森で救出したハーフエルフと、何を考えているかわからない笑みを浮かべた黒ゴスの少女。

「ま、いっか」

 羽田は、軽くため息を付きつつも苦笑して、言う。

「だ~いじょうぶ、ま~かせて!」

 その声に、意味がわからないはずの元コダ村々民達の表情、それに畔や西の表情が明るくなる。

「全員乗車! アルヌスに帰投する!」

 

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