HARD MODE ~自衛隊 彼の地にて 斯く戦えり   作:神谷萌

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Chapter-07:それぞれの感情

 中華民国連邦、臨時首都台北。

「“(ゲート)”か……」

 総統府の執務室で、公孫輝総統は呟く。

「すぐ側にあるのに手に入れられないというのは、なんとももどかしいものだな」

「たしかに、これからの我が国の“再興”には、あの向こうにある資源は貢献してくれるでしょう」

 相当首席補佐官が、同意するように言う。

「だが我が国と日本は、まだ明文化された条約こそないが、血盟関係にある盟邦だ。領土問題こそ抱えているが、お互いの国民感情を煽るようなことは得策ではないだろう」

「そのとおりです。しかも我が国はもとより日本に経済的・技術的に依存しています。積極的に対立しうる状況は好ましいとは言えません」

「そんなことになれば共産匪の二の舞いになるだけだ。そしてさらに夥しい血が流れることになるだろう。そんなものは誰の得にもならない。実利的にも感情的にも友好を保っていかなければならない」

 公孫総統はそう言ってから、メガネを直しつつ軽くため息を付いた。

 その姓から分かる通り公孫輝は外省人、漢人の家系である。しかし同時に反共主義者であり、民進党に属していた。

「さて、我が国はどうするべきかね」

「相手は日本人です。ここは、恩を売ってはどうでしょう」

 補佐官の1人がそう提案した。すると、公孫総統は満足そうに唇を釣り上げた。

「情報局の人間を呼び給え」

 そう言いながら、総統は執務机の上においてある地球儀を見つめた。

「アジアの新秩序は、強国である日本と大国である我が国で作るのだ」

 

 

 陸上自衛隊アルヌス駐屯地 同一地所、航空自衛隊アルヌス基地、同、海上自衛隊アルヌス航空基地。

 船場事件からすでに4ヶ月、自衛隊の占有地は五稜郭を模した城塞基地が築かれていた。

 陸上自衛隊は、未だ整備途上だが特地方面隊が設立された。2020年の憲法改正以後の国防ドクトリン変更により、従前准師団とされていた旧第11~第14旅団が新第1~第4旅団として再編され、旧第15旅団は第15師団に格上げされていた。11~14の師団番号は新設師団の為空番としており、まず旧西部普通科連隊を中核とした第11師団が西部方面隊に設立された。そして現在、特地方面隊麾下で第12師団が編成中だった。

 航空自衛隊は早期から航空直掩(CAP)を提供するため、耐熱舗装帯を整備し、マルチジェットパワーモジュール・リフトファン式V/STOL戦闘機、ホンダF-6『雷電II』を装備する第401航空団からひとまず2機を分隊として先行派遣している。

 海上自衛隊も、ついに保有なった念願の航空母艦3隻のうち、オーバーホール中のしょうかく型1番艦『しょうかく』から航空隊を分権する予定だったが、現在のところCTOL機の運用設備が未だ整備途上なため実現していない。

 航空機はその他、陸海空共通のホンダ/ヴォートVC-142J 4発ティルトウィングV/STOL輸送機。一応共同開発となっているが、ヴォートが提供したのは可変翼機構ぐらいで、機体は本田技研工業、エンジンはヤンマーディーゼルの開発で、二重反転プロペラも新規に開発されたもので異なる。それでも“共同開発”と言っているのと、他の日本機の付番法則を無視して“VC-142J”としたのは、ヴォートがかつて開発していたXC-142の改良型と言い張ることで、民生機としての審査を短縮しようとした結果である。

 この他、陸自は第12師団第4戦闘団として、第1空挺団からの分遣という形で空挺部隊がおり、それらの装備する各種ヘリ部隊がある。

 VC-142Jの登場で、少数で調達終了となり用途に困っているベル/ボーイングMV-22『オスプレイ』を持ってきてはどうかという意見もあるが、そちらはまだ実現していない。

 ────閑話休題。

 

「だっ、誰が連れてきていいと言ったぁ!?」

 羽田達深部偵察隊の属する第5戦闘団の士官オフィスで、塙忠洋三佐が怒声を上げた。

「あれ? 連れてきちゃまずかったですか、塙三佐」

 塙のデスクの正面に立って向かい合う、羽田は、何が悪いのかわからないと言った感じのヘラヘラ顔、飄々とした様子で訊き返すように言った。

「~~~~ッ!!」

 自分で判断していいものかと踏み切れず、塙は声にならない声で羽田に怒鳴り返そうとしたが、

「装備を解いて待っていたまえ。陸将に報告してくる……」

 そう言って、塙はため息を付きながら事務椅子から立ち上がった。

 

 特地方面隊第12師団・師団長室

「釁隙陸将、偵察隊の第一次報告がまとまりました」

 そう言いながら、師団長室に入ってきたのは、オールバックにメガネを掛けた、自衛隊の戦闘服を身に着けているものの、どこかキャリア・サラリーマンの雰囲気を漂わせる壮年期の男性。防衛省陸上幕僚監部情報本部情報課・特地分遣隊所属の箱柳(はこやなぎ)種恭(たねやす)二等陸尉。

「おう!」

 第12師団長釁隙(きんげき)健介(けんすけ)陸将。防大ではなく、一般幹部候補生から陸将にまでなった人物である。

「どうだ、何かわかったか? 箱柳二尉」

「ハッ、言語の問題はありますが、各隊平穏な一次接触が出来たようです」

 訊ねる釁隙に、箱柳は軽く笑みを浮かべながらそう答えた。

「接触したのは“人間”タイプが居住する農村や宿場町がほとんどです。ただし町や村と言っても日本の地方自治体のような能力があるわけではなく、いわゆる集落と言ったほうがいいでしょう」

「なるほど、日本で言えば江戸時代以前のような感じだな」

「はい。各集落は“長”によってまとめられていますが、いわゆるグループリーダー的存在で、統治権はありません。一般には各領地を領有している領主によって統治が行われているのですが……」

「ですが?」

 語尾を濁す箱柳に、釁隙が続きを促す。

「この近辺の領主一党は、船場侵攻やアルヌスでの戦闘に出征して、そのほとんどが帰ってきていないそうです。政治体制に空白を生じている地域も少なくないようで……」

 箱柳が言い難そうに言うと、釁隙は背もたれにもたれかかって、やるせなさそうな表情で眉間を揉んだ。

「そういうことか……」

「はい。その為、“国”としての政治体制には不明瞭なところがあります」

 箱柳は、つっかえていたところを通過したというように、そう説明した。

「単純に考えれば“帝国”に属する貴族や豪族といったところなのだろうが……」

「すべての領地が同じ政治形態で統べられているとは限りません。民選制と混合ということも」

「そうだな……」

「住民を何人か招いて、話を聞ければよいのですが……」

 そこまで離すと、再び箱柳は顔を曇らせる。

「意思疎通に難がある現場ではまずい、政治的空白が生じているならなおさらだ。後々、拉致だの強制連行だのと言われてはまずいからな」

 釁隙は身体を起こし、箱柳の方を向いてそう言った。

「それなんですが、羽田二尉の第3偵察隊が、コダ村という村落からの難民を20名ほど護送してきています。どうでしょう、その難民を受け入れるというのは」

「それはいいな」

 ぱっ、と釁隙の顔が明るくなった。

「ぜひ、そうしよう」

 

「────というわけで」

 第5戦闘団オフィス。

 塙は、怒っているんだか笑っているんだかよくわからない強張った表情を引きつらせながら、正面の羽田に向かって言う。

「人道上の配慮から難民を保護する事を認める。羽田二尉は避難民の保護、及び観察を行うように……」

「えっと……それって、自分が面倒見ろってことですか?」

 羽田が訊き返すと、いよいよ塙は事務椅子から立ち上がって声を荒げた。

「わかってるならさっさと行きたまえ!」

「はい、失礼致します!!」

 跳ねるように、羽田はオフィスを飛び出していく。

 が、すぐにダラダラと歩きだした。

「食糧班にレーション分けてもらって配布……するのは畔にでも任せるか……野戦炊具があれば新田に任せるんだけど……それからテント……は富山と九里林に任せるか……書類の決裁は俺……めんどくせー……」

 ブツブツと言いながら、司令部の建物から出ようとした時。

「よう、羽田」

 と、声を駆けられた。

 羽田が声の主の方を見ると、そこにタバコを燻らせる箱柳の姿があった。

「箱柳二尉……」

 羽田が反応すると、箱柳は、タバコを口元から離しつつ、ニヤリと笑った。

「お前さん、わざとだろ」

「な、何がです?」

 羽田は敬語を使う。階級は同じでも、箱柳は防大卒、しかも二尉任官も羽田より先だ。同じ階級なら、基本的には先任のほうが偉い、というのは自衛隊、軍隊の基本である。

「とぼけるなよ。定時連絡だけは欠かさなかったお前が、ドラゴン撃退後に通信途絶…… 難民を放り出せと言われるとでも思ったんだろ?」

 箱柳は、ニヤニヤと見透かすような笑みを浮かべて、言った。

「いや、異世界だし、電離層の特性が違うとか、一時的な電波状況の悪化とかじゃ?」

 ヘラヘラした笑顔を少し引きつらせながら、羽田はとぼけた口調で言う。

「ふん、韜晦しやがって。連絡がつかないってちょっとした騒ぎになりかけてたんだぞ、裏方の身にもなってみろ」

 言いながら、箱柳は、喫煙スペースのベンチから立ち上がりながら、灰皿でタバコをもみ消す。

「いずれ精神的にお返ししますよ」

 ヘラヘラ笑いながら羽田はそう言ったが、

「大いに足りんね、ちょっと河岸変えようか」

 箱柳は、そう言うと、有無を言わさずついてこい、というように、羽田を先んじて司令部の玄関を出る。

 

 司令部の外塀まで行くと、キィィィン、と、ジェットエンジンの作動音が聞こえた。

 羽田が整備中の滑走路の方を見ると、可変翼の特徴的な、艦上戦闘機 ツネイシF-7『轟電』の姿が見えた。海自の機体である。繋止(タイダウン)状態で調整を受けている。

 ────F-7! あんな機体まで持ち込んでんのかよ。

 羽田がそう思ってそれを凝視していると、

「いいか、羽田」

 箱柳はポケットから『ロングピース』のパッケージを取り出して新たに咥えると、みかけ100円ライターだが再充填可能なガスライターで火をつける。

「今日本が置かれているあっちの世界は非常に流動的だ」

 箱柳の表情が、固くなる。釣られて羽田も、表情を固くした。

「中部広域大震災、あれはただ日本を襲った災害で終わってない。世界地図が塗り替えられた、いや、今もまだ変動の最中だと言っていい」

 そう言って、箱柳は語り始めた。

 

 ────中部広域大震災と浜岡原発事故は、日本経済に未曾有の混乱を引き起こした。それは現在、“経済津波”と呼ばれる日本発の経済混乱ドミノとなった。

 まず、日本に罵詈雑言を浴びせながら日本に借金の保証人になってもらっている愚かな2国家が、日本経済の循環の一時的なストップであっさり崩壊した。だがその崩壊の仕方がいびつだった。

 朝鮮半島が赤化統一されたことは先に述べた。

 一方で、中国大陸はそれまで北京の中央に不満を持っていた軍閥によって群雄割拠の様相を呈し始めていた。

 だが、中国の長い混乱を望まなかった欧州諸国は即座にその押さえ込みにかかった。その手段とは、中華民国を承認することだ。

 当時、台湾の政権は、台湾独立を由とする民進党政権だった。だが、中華民国基本法では、中国全土が自国領と定めている。それを使ったのだ。

 そしてこれに、当時前大統領だったアメリカも乗っかった。

 アメリカの介入により主体性を失うことを恐れた各軍閥は、中華民国政府の提唱する南京連邦条約を締結し、中華民国連邦として民主化の道を歩むことになった。

 この時、もし中華民国総統が本省人(土着台湾人)だとしたら、台湾人による大陸支配という抵抗感が民衆に生まれ、うまく行かなかったかもしれない。

 だが、ちょうど公孫政権は民進党でありながら外省人、漢人政権であったため、あまり大陸の住人の反感を買わずに済んだ。むしろ国民党のほうが色々前歴があるだけに、大陸地域で行われた調査では公孫政権下での民主国家形成に対し好意的な回答が過半を占めた。公孫氏が、その姓から分かる通り、三国時代初期の武将、公孫賛の一族に連なるとされているからなおさらだ。

 予測された血生臭いシミュレートが馬鹿馬鹿しいぐらいに、崩壊した共産政権から民主政権への移譲はスムースに行われた。もっとも、旧共産政権残党によるテロ活動はしばしば起きている。

 

 一方、前大統領が日本の衰退は不可避と読んだ結果、勇み足で在日米軍を縮小したアメリカ合衆国は、アジア地域における発言力を低下させた。中共が自滅した結果、重しの取れた東南アジア各国は、アメリカのアジア地域における駐留軍事力の低下に伴い、だんだんとアメリカの言うことを聞かなくなってきた。今まで黙っていた不満を言うようになってきたのである。

 そこへもってきて、憲法改正した日本が、国防自立を建前に自衛隊の拡充を始めた。実際にそれらは、本音では製造業を素早く建て直し、技術研究開発費に公的資金を投じるための経済政策だったのだが、当然というか、そうは取らない国が多かった。空母に続いて、AIP搭載の通常動力型超大型ミサイル潜水艦を建造した。各国はこれを日本の核武装準備と受け取った。事実、想定されてはいたのだが、日本自身としては、短期的にすぐにそうするつもりはなかった。

 

 ヨーロッパではEUが崩壊した。イギリスに続いてドイツが離脱すると、あとはあっけなかった。それは必ずしも日本の大震災とリンクしているものではなかったが、再び各国は独立した経済政策、そして外交政策のもとに動き出した。

 まさに世界が流動的なその時、“(ゲート)”は開いたのだ。

「アメリカは特地による資源を日本が得ることで更に発言力が低下することを恐れている。欧州も割りと切羽詰まってる。資源外交が西欧との対立で行き詰まっているロシアは、特地の存在を忌々しく思いながらも日本と軋轢を深めることを嫌がっている。西側とのチャンネルがなくなるからな。朝鮮は当然国を立て直すために特地の資源が欲しい。中国も本音じゃ権利は欲しい、今のところ親日政権なのであからさまにはくちばしを突っ込んでこないが、いつ反日に転ぶかわかったもんじゃない」

「箱柳さん、アンタが愛国者だってのはわかった──」

「いいから最後まで聞けよ」

 羽田が何かいいかけたのを、箱柳は、一度制すると、深くタバコを吸い込んだ。

「確かに外国の動向も気になる。だが一番の問題はその、当の日本国民だ」

 

 中部広域大震災と浜岡原発事故は日本に打撃を与えたが、実のところ、そこからの復興のための経済活動はそれを上回った。もう成熟して高い伸びが期待できないとされていた日本経済が、震災後の3年間に渡り3~4%と驚異的に成長したのである。大震災は、経済的にはスマート化とさらなる発展をもたらしてくれたといえる。

 

「だが実際国民は鬱屈している。それは主に震災よりも原発事故の方だ」

「そりゃま、国土の1/4が核汚染されて、その終りが見えないと来てるからな」

 箱柳の言葉に、羽田は同意の声を出した。

「そんな時に“門”が開いた。そして連中が責めてきた。日本人が少なからず死んだ。それで充分だ。領土や資源なんかは口実。要するに特地の敵は、解消しようのない日本人の鬱憤ばらしにちょうどよかったんだ。精々が中世程度の連中が日本に武力行使とは笑わせる、自衛隊の、日本の力を見せつけてやれ、ってな」

「箱柳さん、それって……」

「ああそうだ。このまま言ったらそれこそ太平洋戦争前夜そのものだ。永田町の先生方だってバカじゃない、なんとか国民を別の要素でなだめて戦争の幕を引きたい。特に石油に対する危機感は半端ないからな、それが得られれば国民の過半は矛先を収めても満足する」

 

「なるほど、話は解った」

 そう言いつつ、羽田は白い目を箱柳に向ける。

「でも今ひとつピンとこないんだよ、俺が連れてきた難民とのつながりが」

 すると、箱柳は即答する。

「お前は連中と信頼関係を築いてきた」

「は?」

 箱柳の言葉に、羽田はあっけにとられたような、間の抜けた声で訊き返す。

「連れてきたのはほとんどが子供だぞ。ガキに資源情報を聞けってのか?」

「人のツテを辿って、情報を得られるだろう?」

 箱柳にそう言われ、羽田の脳裏にチラッと、カトー導師とユノの姿がよぎった。

「羽田二尉、アンタには近日中に大胆な自由行動が許可される。だが、最終目的はあくまでひとつなのを忘れるなよ」

 箱柳は、少し恐ろしげなぐらいの笑みを浮かべながら、そう言った。

「外圧に国民感情か、たまらんね、まったく」

「そう言う仕事だってことぐわいわかってただろ」

 言いながら、箱柳は今度はタバコをポイ捨てし、足で踏んでもみ消した。

「今まで税金でのんびりしてた分、働いてもらうぜ」

 それだけ言うと、箱柳は羽田に背を向けて、オフィスの中に戻っていった。

 取り残された羽田は、厄介な事になったなとばかりに、深いため息を吐き出した。

「これでまたアメさんと全面戦争にでもなったら、コミケどころじゃねーしなぁ……」

 

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