HARD MODE ~自衛隊 彼の地にて 斯く戦えり 作:神谷萌
「炎竜を追い払ったぁ!?」
テッサリア街道、とある宿場町。
誰が発端だかわからなかったが、そんな驚愕の声が上がった。
「嘘だろ」
「そんなの絶対無理だ!」
宿と兼業の大衆酒場。そんな、反射的な声が次々と上がる。
「魔導士やエルフだって炎竜を撃退するなんて不可能だ」
1人の男が、唖然としたように言う。
「本当に炎竜だったのか? 神聖竜か翼竜の間違いじゃ……」
「けど、あの炎竜相手に、コダ村は1/4の犠牲で済んだんだぜ」
別の男が言った。
「それじゃ、そう証言してるのは1人や2人じゃないってことか」
更に誰かが言った。
「一体誰が!?」
誰もがその話題で盛り上がる中、店内の隅で、一般人とは明らかに毛色の違う4人組が食事をしていた。
「緑の斑服を着た、正体不明の人種の戦闘集団……騎士ノーマ、どう、思われますか?」
略装ではあるが、明らかに農民や都市部から離れた宿場町の一般人とは、整った着衣を身に着けている一団。
その中の小柄な女性が、訝しげな表情をしつつ、同行者の若い男性に訊ねるように言った。
「はぁ──」
訊ねられた、女性よりはやや年上そうな背格好の青年が、ため息と呆れの混じった息を吐き出す。
────なんで侍従武官の俺がこんな場末の酒場でこんな安酒を……
などと、声には出さずに呟いてから、
「ハミルトン、多くの避難民が言うのだから嘘ではないだろう。だが、炎竜と言うのはいささか信じ難いな」
と、ノーマと呼ばれた青年はいい、苦笑した。
「私は信じてもいいと思います」
ハミルトン、と呼ばれた女性がそう言い返すと、
「本当だよ、騎士さん達」
そこへやってきた給仕の女性が、笑顔を見せながらそう言った。
その給仕の女性は、あのカトー老師の世話をしていたマリブだった。
「目撃者の中にはあのカトー先生だっているんだ。見間違うはずがないさね」
「カトー、大賢者カトーが居合わせたというのですか?」
ハミルトンは、思わず椅子から腰を上げて、声を上げて訊き返す。
「ああ、そのカトー・エル・アルテスタンさ」
マリブは得意気に言う。
「だが、それならカトーが魔法で追い払ったんじゃないのか。それならまだ、信じられる」
「いやぁ、あの時は流石に、カトー先生も馬車を護るだけで精一杯だったさ」
皮肉っぽく薄笑いを浮かべるノーマに対し、マリブは言う。
「炎竜相手じゃ無理もない。けど、それならますます信じられん話だな」
「信じたくないならそれでいいさ。私は確かに見たんだからね」
ノーマが更に笑い飛ばすように言うと、マリブはムッとして、その場を立ち去ろうとしたが、
「言葉がすぎるぞノーマ」
と、ノーマをたしなめる声が聞こえた。
騎士たちの長、帝国第三皇女ピニャ・エル・ラーダ。
見る人間が見れば騒ぎにもなりかねないところだが、あいにくというか幸いというか、マリブ自身も含めて、近くにその姿をハッキリと記憶している者はいなかった。
「給仕、部下が失礼した。私は信じるぞ。だからもう少し話を聞かせてくれないか?」
そう言われたマリブは、相手は女性だったが、その言葉に男性騎士が頭を片手で抱える仕草をしたのを見て、上級の騎士、指揮官だと判断した。
「うーん、どうしようかねー」
マリブが、言いながら腰に手を当て、少しもったいぶった仕草をすると、
「これで」
と、ピニャは、クロウ銀貨2枚を差し出して、微笑みながらウィンクする。
「ありがとうよ騎士さん、こりぉあとっときの話をしないといけないねぇ」
マリブが、銀貨をエプロンのポケットに仕舞いつつ、そう言うと、おこぼれに預かろうと、他の酒場の客も聞き耳を立てる。
するとそれを見て、マリブの方も、演説するかのように姿勢を整える。
「コダ村から逃げる私らを助けてくれたのは12人、うち3人が女だったよ」
「ほう」
反応したのは、先程まで懐疑的な発言をしていたノーマだった。
「女はどんな姿だった?」
「まったく、男ってのはすぐこれだからね」
ノーマの問いかけに、マリブは呆れたような顔でノーマに白眼を向ける。
「まぁいいや」
もう慣れている、というように、マリブは説明する。
「1人は背が高くてサラッとした長髪の美人、髪の色は黒で、ヒト種だけどこの辺じゃあんまり見かけないタイプだったね。2人めは少し栗色がかった髪の毛で小柄な可愛い子。牛みたいな乳しててさ、それでも腰はちゃんとくびれてんだよ」
「おおおおっ」
マリブの説明に、その場の男性陣からどよめきが上がる。
「チッ」
と、マリブは舌打ちをする。
「も、もう1人は?」
聴衆の中から聞こえてきた。
「もう1人はもっと小柄で、あんまし肉付きはよくなくて少年みたいな風貌だったねぇ。でも身のこなしは軽そうだった。緑の服の人たちの中じゃ、ちょっと別の民族っぽくてさ。このあたりのヒト種に似てた。髪の毛も淡いブロンドだったねぇ。肌は褐色だったけど、ありゃ日焼けだねぇ」
「ふぅ……」
「おい、こら」
つまらなそうなため息を付いた男性陣に、マリブは、苦笑しつつ眉をひそめた。それから、真顔に戻って、話を続ける。
「肝心なのは炎竜が現れたときだろ。ものすごい速さで走る荷車で助けに来てくれたんだ」
「荷車で?」
ハミルトンが、怪訝そうに訊き返す。
「ああ、荷車と言っても人も馬も引いてない、自分で走る荷車なのさ。しかも鋼鉄で出来ていてびくともしないほど頑丈なんだ」
マリブは、ハミルトンに視線を向けて言うと、されに続ける。
「緑の人らは猛獣も一撃で倒す魔法の杖で攻撃をし始めたんだけど、流石に炎龍には効きゃあしない。すると緑の人の頭目が叫んでね、ついにアレが出たんだよ」
「アレ、って?」
ハミルトンが、再度訊き返す。
「“鉄の逸物”さ」
マリブが、至極真剣な表情で言うが、聴衆は騎士たちも含めて呆気にとられてしまう。マリブは、構わずに、静かだが興奮した様子の声で言う。
「特大の魔法の筒に『コオホウノ・アンゼンカクニ』って呪文を唱えると、とんでもない音と閃光とともに炎竜の左腕が吹っ飛んだんだ」
マリブが得意気に話した。だが、酒場の中はその発言に、一瞬喧騒がかなり静かになった。
「…………鉄の逸物?」
誰ともなしに、半ば驚いたように聞き返した。
「と、とにかく、立派なものたちです。そうは思われませんか、殿下」
ハミルトンは、顔を少し赤らめつつ、慌てたようにして、ピニャに向かってそう切り返す。
「確かにそうだが、妾はその“鉄の逸物”とやらに興味があるな」
ピニャは、ハミルトンにそう応えると、
「給仕、それもあれか? 他の魔法の杖と同じものか? 他に似たようなものはあるか?」
と、マリブに向かって問いただした。
すると、マリブは急に、女性がするにしてはやや下品に笑みになって、言う。
「フフッ、アンタみたいなのを“カマトト”って言うんだよ。逸物はイチモツさ」
そして、真顔に向かって言う。
「黒さといい硬さといい、それに例えるのが一番だねぇ、他の魔法の杖と違って、飛び出すものも見えたし。それにあの威力」
「ふむ……」
ピニャが、マリブの言葉に反応しつつ、周囲を見渡すと、男性客はピニャの侍従まで含めて、誰もが目を逸らした。
するとピニャは、
「ハミルトン、お前確か婚約者がいたな」
と、ハミルトンに向かって訊ねた。
それを聞いたハミルトンは、思わず口に含んでいたスープを吹き出す。
「わ。私は
驚きのあまり、ハミルトンは、そう、声を上げて言ってしまっていた。
「ほう、
それを見たピニャは、半ば呆れ、半ば確信犯的に悪戯したような、そんな表情で言った。
「あ、う……」
はっ、と、思わず自分がムキになって声を出していたことに、ハミルトンは顔を赤らめる。
場の中がハミルトンに対する失笑に包まれる中、ピニャの隣でそれまで目していた、大柄な騎士が、ピニャに囁くように言う。
「殿下、もしや殿下の気になさっているのは……」
「そうだ」
騎士の言葉に、ピニャは肯定の返事を返す。
「猛獣を一撃で仕留めるという魔法の杖に、炎竜に深手を追わせる“鉄の逸物”、しかも襲われたという場所はアルヌスの丘からさほど離れていない。とすれば、“門(ゲート)”の向こうへの侵攻やアルヌスでの防衛戦で帝国軍の主戦力の過半を消した者共と何らかの関係がある可能性が高い。これは急ぎアルヌスに行って調査する必要がある」
ヴィィィィィィィッ!!
メキメキメキメキッ!!
ブルドーザーやパワーショベルが、すでに伐採された切り株ごと余剰の土を排土し、ホイールショベルがそれを
それを、傍目で見ていたのは、ハーフエルフの少女、ユノ・ミリ・ボドーだった。
「これはすごい技術じゃの……ヒトが何人も何日もかけて為せることがあっという間に出来てしまうのか」
ユノの背後にいたカトーが、髭を撫でながら呟いた。
「私たちの家を作っているらしいの」
「そうか、ようやく荷車から荷物を下ろせるのぅ……」
カトーはそう呟いてから、
「時にユノ、身体の具合は大丈夫か?」
と、訊ねた。
「大丈夫、もう異常はないわ」
ユノが師に向かって苦笑気味に微笑みながら応えると、
「そうか、それなら良かった」
と、カトーはそう行ってから、踵を返す。
「儂ゃ少し疲れた、一眠りする」
カトーはそう言って、が仮眠テントの方に歩いていった。
──仮にも賢者見習いとして、理解できないものを放っとくわけにはいかない……
ユノは口には出さずに呟くと、ホイールショベルに向かって近づいていく。
「旋回半径内に入るな! 危ないぞ!」
ユノを確認するや、オペレーター席にいたホイールショベルの操縦士である自衛官が、キャビンの扉を開けて怒鳴った。
ユノはその言葉の意味はわからなかったが、近づいてはならないという警告だと理解し、それ以上の接近は諦めた。
あたりをキョロキョロと見回していると、ふと、目にとまるものがあった。
そこには迷彩柄のパイプテントが置かれており、そこで斑服の上衣を脱いだ男性が調理らしき物をしている。
──移動できるカマド……?
野戦炊具1号の後継として採用された大形野戦炊具(I)。アルミフレーム採用で空虚重量749.5kgとし、けん引免許無しでの被牽引を可能にしたが、それは民生転用の際のための仕様。
自衛隊用として先代の野戦炊具1号から大きく変更されたのは、熱源がついに電気となったことだ。取外し可能な小型ディーゼル発電機2基を搭載し、5基の熱源機を稼働させる。また自前の発電機が稼働できない場合でも、搭載しているインバータの24V外部電源端子経由で2基まで熱源機が使える。これにより、従前問題だった、特に焼き物をする際の石油臭の問題が解決された他、走行中の炊飯・煮込も可能になった。また、熱源機の他に電子レンジ(家庭用単機能2台)も搭載するようになった。熱源機はIHではなく、ラジエント式か絶縁シーズヒーターなどの抵抗発熱体によるものとしている。これは損傷しにくく、損傷してもその場でも応急修理が可能なことが求められたため。
──出店資金欲しさに入隊したけど、こんなところでも腕を振るうことになるとは……
コーンピーラーでトウモロコシの粒を取りながら、第3偵察隊所属の
本業はパティシェだったが、勤め先の高級ホテルで、留学経験があるあまりに西欧至上主義に取り憑かれた先輩パティシェと対立、飛び出してしまった。その後本業での転職も考えたが、自分の作りたいものが作れる道を切り開こうと、短期間で高収入が得られる自衛隊に入隊したのだった。
コーンポタージュをつくるために、トウモロコシの粒を潰して裏ごししていると、避難民の──と言うか、コオノの森の集落で助けたハーフエルフの少女が近寄ってきて、興味深そうに新田の作業を見ている。
「これは、なーに?」
ユノが調理をしているらしい青年に向かって訊ねると、
「KORE HA TO-MOROKOSHI DAYO」
と、目の前の青年は答えた。
「“コレハトウモロコシダヨ”?」
ユノが鸚鵡返しに訊き返すと、相手の青年は、
「SOU、TO-MOROKOSHI」
と、再度答える。
──違う言い方をしたけど、同じ発音の部分があるってことは、それがこの作物の固有名詞……
「“トウモロコシ”……」
ユノは、そう考えつつ、その名前を口に出してみた。
──彼らの事を知るには、まず彼らの言語を理解することが必要ね……
黄もちトウモロコシのひとつを取ってしげしげと見つめながら、ユノは口には出さずに呟いた。
「食事の前に名前登録させていただきまーす、こちらに集まって下さーい」
羽田が、プレハブの共同食堂の前に長テーブルを置いて受付台を作り、そう呼びかけた。
「儂はカトー・エル・アルテスタン、魔導士じゃ。こちらは弟子のユノ・ミリ・ボドー」
カトーはユノを連れて名乗り、さらにユノを紹介した。
「私は戦いの神エムロイに仕える使徒、ロゥリィ・マーキュリーよ」
ロゥリィも自己紹介し、さらに保護してきた難民が続々と名乗りを上げる。
「老人3人に中年のケガ人が3人、若い病み上がりが1人、後は子供が18人。で、子供のうち2人は大人だって?」
羽田が、名簿を作成していた畔と西に問いかける。
「ええ、1人はこの子だそうです」
畔がそう言って連れてきたのはユノだった。確かに他の子供よりは年長に見えるが、日本の感覚なら高校生くらいだろうか。
「今年で49歳」
「へぇ、さすがハーフエルフだな」
ユノの答えに、羽田は感心したような声を上げる。
「で、もう1人は?」
羽田が、そのユノに訊ねるが、
「あの、神官少女だそうです」
先んじて、西が答えた。
「え!?
羽田が驚いたように訊き返す。
その視線の先に、更に年下の子どもたちと手を繋いで、踊ったりはしゃいだりしているロゥリィの姿があったが、その無邪気そうな顔と良い、孤児となった子供たちよりは年長に見えるものの、背丈といい体つきといい、いいとこ小学校高学年だ。
「彼女は子供違う」
ユノが片言の日本語で話し始めた。
「私やカトーより、年上の年上の、年上の年上の、もっと年上」
「いくつなの? 聞いてみてくれる?」
羽田が言うが、ユノは過去し慌てたようすで首を横に降った。
「怖くて聞けない……」
ユノが、物怖じしたように血色悪い表情で、目を逸らしがちにそう言った。
──いくつなの……
羽田は、声には出さずに呟きながら、呆然とした視線をロゥリィに向けた。そのロゥリィは、その視線に気付いていないのか、依然子どもたちとはしゃいでいる。
「では、みなさん、夕食にします。食堂へ、どうぞ!」
羽田は、そう言って避難民を共同食堂に招き入れた。
テーブルの上には、鼻孔をくすぐる匂いをたてるコーンポタージュスープに、2山のミニ食パン、それにレアチーズのムース。
「こ、これはっ!」
カトーが驚いたような声を上げる。
「すごぉい、私でもこんな柔らかくて白いパンは初めてだわぁ」
食パンを適当にちぎって口に運びつつ、ロゥリィはそう言った。
「スープも美味しいよ!」
「村を逃げ出したときにはどうなるかと思ったけど、こんなモノが食べられるとはねぇ……」
子供や、老人たちも声を上げる。
「でも……」
ユノは、その先は声に出さずに、呟いた。
──今のままじゃ何から何まで彼らの世話になってる、ずっとその好意にすがっているわけにも……
ユノは1人、少し真剣な表情で、目前に用意されたメニューを見ていた。