「遅刻しておいて開口一番がそれですか? 随分とマナーが悪いようですね。ミストバーン」
「相変わらずふざけた男だ。死が延びたのだ。感謝すると良い」
ミストバーンはアバンの軽口に反応しつつも、視線をどこかに向け、まるで何かを探るかのように周囲を伺っていた。その動きに一瞬、何か不自然さを感じたが、それを追及する暇もなく、ダイの声が響いた。
「ポップ!!」
ダイの声は嬉しそうで、まるで再会を喜ぶかのように響いた。しかしその眼差しには、どこか冷徹さが潜んでいるように感じた。ポップはその違和感を無視できなかった。
「ポップ? ……どうして、そんなに怖い顔をしているの?」
ダイは困惑した表情で答える。ポップはその言葉に、心の中で何度も反応しそうになる自分を必死で抑えた。
「それはこっちのセリフだぜ。何やってんだ、早くこっちへ来いよ」
「どうして? 俺がそっちへ行ったら変じゃないか」
一瞬、言葉が途切れる。ポップはその返答に、何かしら違和感を覚えていた。
怪訝な顔をしたダイにポップは冷静に答える。
受け答えをするダイの姿はポップの知るダイと何一つとして変わらなかった。そして、だからこそオカシイのだ。
どうしてこんな状況でいつもの様な自然な会話ができるのか。どうして俺たちの元へ戻って来ないのか。どうしてーー。
「どうして俺たちに剣を向けてるんだよ!」
ポップの声が震える。心の中では何度も問いかけていた。
答えの見えない疑問に苛立ちが募り、ついにその声が爆発した。彼の中で抑えきれない感情が溢れ出していた。
当初、アバンたちは誰もがダイは記憶を失い操られた状態でやってくると予想していた。がしかし、今のやり取りを見るに記憶を失っている様子はない。ならば考えられるのは記憶喪失ではなく洗脳である。
記憶を失ったダイと戦う覚悟はしていた。しかしそれは記憶を呼び戻すための戦いの筈だった。
けれども、だからこそ、やはりポップは覚悟をもって戦わなければならない。手加減せず死力を尽くさねばいけないのだ。それがダイを取り戻すために必要な行為であるというのなら——。
「待ちな」
今にも飛び掛かりそうなポップの前にマトリフが割って入る。
ここで始めてしまっては敵のペースに吞まれてしまう。ポップの頭を冷やす意味でも時間を延ばす必要があった。
「ここにお前さんたちが欲しがってた不届き者がいるぜ?」
マトリフは自由を奪われたトーヤを指さすとニヤリと口角を釣り上げた。
表情とは裏腹にマトリフの心中は穏やかではなかった。後ろに控えているアバンたちも同様である。
何故なら、バーンパレスがどこにも見当たらないからである。
ミナカトールをかけ、バーンパレスを停止させる。でなければバーンを討つことができない。
そのために少しでも多くの情報を集めて不確定要素を排除しなければならない。探りを入れるつもりの言葉だったがーー
「くだらぬマネはよせ」
ミストバーンはトーヤに向けてつまらなそうな眼差しを送った。
何故だ? トーヤを差し出す様に要求してきたのはこいつ等だったはず。
ミストバーンは掌を翳すと怪しげな光が灯り、光を浴びたトーヤの体からは、ゴボゴボと激しく泡が吹き出した。
「アポロさん!?」
ポップが叫ぶ。
泡が霧散したその先に現れたのは、アポロの姿だった。
「やはりモシャスか。お前たちにメッセージを送ったのはザボエラだ。したがって、仮にその男が本物だとしても、我々には全く興味がないし、関知するところではない」
ミストバーンの言葉にクロコダインとヒュンケルは逸早く状況を把握した。
ザボエラは魔王軍の名を巧妙に利用して、トーヤを手中に収めようとしていた。理由は分からないが、ミストバーンの言葉を信じるならば指定の時間を過ぎてから姿を現したことも納得がいく。
「ザボエラめ。姿を見せた瞬間に処刑してやろうと思ったのだが、どうやらお前たちを前に為す術がなく退散したとみえる。あるいは偽装を見破り諦めたか。どちらにせよ所詮はダニの企てなどその程度ということよ。フハハハ」
【鎧化】
やおら突然にラーハルトがその身に鎧を纏う。
ラーハルトはふっと笑うと嘲るようにミストバーンへ言う。
「寡黙な男と聞いていたが無駄話が過ぎるな。バラン様の躰を奪えたことがそんなに嬉しいか?」
ラーハルトは両の手に嵌められた【牙】をミストバーンへと向ける。
「バランの犬が、身の程を弁えろ」
「お互い様だ。バーンの犬よ」
+
最初に動いたのはクロコダインの獣王会心撃だった。
間隙を縫うように放たれたそれを、ミストバーンは僅かに身を引き、ダイは大きく跳躍して回避した。
「クロコダイン!」
ポップは駆け出しながら、必死にクロコダインの名を叫んだ。と、同時にヒュンケルの剣がミストバーンへと突き出された。
狙うは分断。ミストバーンの足を止めている間にクロコダインは宙へ跳んでいるダイへ向かって追撃の会心撃を放つ。
「うわっ!」
場に似つかわしくないとぼけた声。あまりにも迅い会心撃に空中で躱すのは不可能と判断したダイは、剣を盾代わりにしてクロコダインの技を受け止めた。がしかし、その勢いは殺しきれずに大きく後方へと吹っ飛ばされた。
「ミストバーン! お前の相手はこの俺だ!!」
「そのようだな」
ヒュンケルが叫ぶ。が、ミストバーンは呟くとヒュンケルの剣を躱すと同時に剣を持つ手を摑む。そしてそのままヒュンケルを地面へと叩きつける。
「ぐあっ!」
【ハーケンディストール】
ラーハルトの槍がミストバーンに迫る。だが、ミストバーンはヒュンケルの剣から手を離すと槍の一撃を腕で受け、そのままラーハルトの懐へと飛び込む。
吸い込まれるように打ち込まれるボディブロー。
「ちいっ!」
皮一枚で危なげなく躱すラーハルトへ、ミストバーンは追い打ちをかけるように手刀を繰り出す。意識が逸れた瞬間、ヒュンケルは全身のバネを使って跳ね上がると、ミストバーンの腹部に蹴りの一撃を入れた。そして衝撃に揺らぐミストバーンからバックステップで距離を取った。
一瞬の攻防。誰もがミストバーンの一撃に戦慄を覚えた。やはり強い。強すぎる。皆は緊迫した表情でミストバーンを見据える。
そして、ミストバーンもまたヒュンケルたちを見やり……
「なるほど、ここまでは想定通りという訳か」
よく見ればいつの間にか3名の姿が消えている。
クロコダインとアポロの2名がルーラで去っていくのは気配を感じてはいた。そしてあと一人、まさかーー
「あの魔法使いの少年を一人でダイと戦わせるとはな。お前たち全員でかかったところでダイに勝つことなど不可能だと言うのに。全くもって度し難いことをする」
ミストバーンは吐き捨てるように呟き、愉快げに嗤った。