闇の中から、不気味な影が現れた。
洞窟の奥深くから響くような重い足音。光の届かない空間に、異様な気配が満ちていく。
「な、なんだ……?」
でろりんが警戒の声を上げる。皆が武器を構える中、闇の向こうから“それ”が姿を現した。
全身を禍々しい黒紫の装甲で覆い、膨れ上がった筋肉が装甲の隙間から覗く。獣とも虫ともつかぬ異形の姿。超魔生物——それはただの魔物ではない。凶悪な魔法と恐るべき肉体を兼ね備えた、まさしく“戦闘のために作られた怪物”だ。
「な……っ!? なんでこんなところにコイツが……!」
オレは思わず叫び、マリンが息を吞んだ。超魔生物はザボエラが生み出す特別な魔物……なら、ここにいるってことは……。
——生々しい皮膚の隙間から、不気味に光る目が覗いた。
「ヒヒヒ……驚いたかねぇ?」
ドス黒い笑い声が洞窟に響く。現れたのはやはりザボエラ。
「なんでお前が……ここに……」
「ヒャヒャヒャ! 貴様が来るのを待っておったわ! 光栄に思うがいい!」
ザボエラは嘲笑いながら、超魔生物の体内から這い出るように顔を見せた。
「こいつはワシが新たに改造した超魔生物……ふん、貴様らのような虫けらを始末するには十分すぎる力を持っておるわ!」
言うが早いか、超魔生物が咆哮を上げ、洞窟全体が震える。天井の岩がバラバラと落下し、あたりは混乱に包まれた。
「クソッ……! まずい、散れ!!」
オレの叫びとほぼ同時に、超魔生物が咆哮を上げた。洞窟全体が震え、天井の岩が崩れ落ちる。
石壁を粉砕しながら突進してきた超魔生物。その瞬間、オレは違和感を覚えた。
「……!? 遅い!」
確かに速い。だが、妙に動きが単調すぎた。
今のオレでもこれくらいなら躱せる。が、しかしこれは躱せたと言うよりは……。
嫌な予感がする。そう思った矢先、でろりんが叫んだ。
「こいつの体から何か出てるぞ!」
「クヒャヒャヒャヒャ! よく気がついたのぉ。だがな、遅いわ!!」
ザボエラが嘲るような笑みを浮かべ、超魔生物の肩の隙間からニョキリと姿を現す。
目を凝らすと超魔生物の体から紫色の霧が噴き出していた。
「毒霧か……!?」
「ククク……気づいたところで手遅れよ!」
すでに霧は周囲を取り囲んでいた。呼吸を止めたところで、動けば確実に吸い込む状況だ。
オレたちの体にまとわりつくような感覚が走る。
「……っ! げほっ……息が……重い……」
全身に倦怠感が広がり始めた。
「くっそ……マリン、解毒を」
「クヒャヒャヒャヒャ!! ムダよムダ。一時的に解毒したとて、この霧をどうにかしなければすぐに毒に侵されるだけよ!」
ザボエラが下卑た笑い声を上げる。
「……っざけんな……!」
歯を食いしばり、何とか踏みとどまろうとする。だが、今のオレじゃあ超魔生物を相手に勝てるはずがない……。しかも刻一刻と体の自由が利かなくなっていく。くそっ……ザボエラのやり口に見事に嵌っちまった。
「もう動く力もないか。試作品の毒だったが、思ったよりよく効いたようじゃのう。あとは捕まえるだけ……」
ザボエラの高笑いが、洞窟内に不気味に響き渡る——。
「逃げて、トーヤ!」
マリンが反撃の魔法を放つも、触れた冷気は表面を凍り付かせるのみ。ザボエラの超魔生物にはまるで通じていない。ならば形振り構っていられない。オレの力で——。
「閃華裂光拳!!」
決死の覚悟を決めた瞬間、それを遮るように光が走った。拳の軌跡が稲妻のように走り、超魔生物の腕が弾かれる。マリンと俺の間に飛び込んできたのは、見覚えのある戦闘服の女性だった。
「マァム……!」
「間に合った! 大丈夫、もう私たちが来たから!」
もう一人、ローブ姿の少女が後ろから駆けてくる。
「トーヤさん! ここはマァムさんに任せて、マリンさんと下層へ!」
占いの力で未来を視る少女ーーメルルはまるでオレがここに来た理由を知っているのかのように下層へ行けと叫ぶ。
しかしザボエラが使役している超魔生物は、おそらく改良された超魔ゾンビだ。その証拠に閃華裂光拳で弾かれた腕は朽ちていない。ならばマァムにとって相性は最悪の相手だろう。戦わせるわけにはいかない……だがオレが残ったところでーー。
「みんな気をつけて! 一気にいくわよ!」
そんなオレの心の葛藤を無視してマァムが叫んだ。
何やらアクロバティックな動きを見せて天井高くまで跳躍したかと思うと、マァムは大きな気合と共に床に思い切りスタンプをぶちかました。
地響きと共に、地下迷宮の床が大きく割れ、ピシピシと嫌な音が響き始めた。
オレもマリンたちも思わず目を見開く。
これアカン奴や……。そう思ったが時すでに遅く、揺れはだんだん激しくなり、ついには床が一気に崩れ落ちた。
「え、ちょ、ちょっと待ってください!? マァムさん!?」
「うわぁああ!?!?!」
「なんじゃとおぉぉおおお!」
ザボエラも、そしてオレたちも一斉に崩れた床に巻き込まれ落ちていく。
思いっきり落下して、今は瓦礫の下から必死に這い出していた。
瓦礫に埋もれながら必死にバタバタしていると、マァムに腕を掴まれ引っ張り出された。
いや助かった。マジで死ぬかと思った。って違うわ!
「殺す気か!」
瓦礫から顔を出したでろりんが代弁するかのようにマァムに非難を浴びせた。ていうかこいつもタフだな。
みればでろりんだけでなくマリンやメルル、他の面々も無事のようだった。もっともみんな不満ではあるが……。
「計算通りよ。……まあ、ちょっとオーバーしちゃったけど」
「ちょっと……!?」
マァムはウインクして笑った。そんなマァムの言葉に苦笑しながら、オレは気合を入れるために頬を両手で思いっきり叩いた。
彼女はオレのためにここまで来てくれた。彼女の気持ちを汲むのなら、オレは先へ進むべきだ。
色々と言いたいこともあるし、聞きたいこともある。しかし今はすべてを忘れてマリンに向かって手を差し伸べることにする。
「先へ行こう、マリン」
「うん」
マリンが頷き、オレたちは進むべき道を改めて見据える。
暗がりの向こうに見える階下への階段、迷うことなくオレ達は駆けだした。
振り返ると、マァムやメルル、でろりん達が手を振って送り出してくれていた。
あ、お前らはそこに残るんだ。マァムの側のが安全そうだもんなあ!