「まあよい……お前ら全員、ここで死ねば同じことよ」
ザボエラが唇の端を吊り上げ、冷たく嗤った。
トーヤを追わなかった訳ではない。ここから先へ進むならば、追う必要などないと判断していただけのこと――。それに……。
「小娘、貴様はこの超魔生物――
ザボエラが一歩、前に出る。
彼の背後に――いや、足元から、壁から、天井から、どこからともなく無数のモンスターが現れ始めた。どれも異様な血管のような紋様に覆われており、蠢き、振動し、時に同調するような音を立てている。
「この個体群はな……全ての生物の長所を集約し、そして再構成した進化体……! つまり貴様らはここで終わりということよ!」
ザボエラの号令に応じるように、モンスターたちは次々と融合し、無数の超魔生物へと変貌していく。
その様子はまるでキングスライムを彷彿とさせるが――比べるのも馬鹿らしい。
融合と分裂を自在に繰り返しながら、まるで意志を持つかのように蠢くその集合体は、無数の腕、脚、口、そして牙を形作っていく。
一体だけでなく、同時に三体、五体と超魔生物の姿へと変形していくさまは、まさに悪夢そのものだった。
「これが……新しい、超魔生物……!」
マァムが歯を食いしばる。
その背後では、でろりん、ずるぼん、まぞっほ、へろへろの四人が、声もなくたじろいだ。
「ね、姉さん!? アンタならこんな奴ら倒せるんだろ……!?」
でろりんが震える声で呟いた。
応えるようにマァムが拳を構えた。そしてマァムは閃華裂光拳を加えた超魔生物の腕を見る。
そこにはまったくの無傷のままの腕があった。
マァムの放った閃華裂光拳――強制的に過剰回復を引き起し、標的の生体組織を破壊する必殺の一撃が、その腕に何の影響も与えていない。
効いてないーー否、彼女の拳は確かに命中していたし破壊されるのを確かに見た。……ではなぜ?
「きひ、きひひひひっ……やはりな、予想通りよ」
ザボエラが喉を鳴らして嗤う。
「魔毒複層連群にマホイミは通用しない。いいや、ありとあらゆる攻撃に対してこの魔毒複層連群は耐性を持つ。いや――“補填”するのじゃ」
確かに、マァムが殴った直後、一瞬だけその部分の肉が崩れていた。
だがすぐさま、背後の球体群から別の個体が這い出し、損傷部を“補い”、元通りの形へと再生していたのだ。
「一つの体を破壊しても無意味……無限に生まれ、無限に繋がるこの集合体には、“死”という概念すら通じんのじゃよッ!」
ザボエラの両手が突き上がると、天井からさらに多数のモンスターが落下し、次々と地に着地する。
着地のたびに、泥のように肉がうねり、異形の超魔生物がまた一体、また一体と誕生していく。
「う、うわぁぁ……っ!」
「ふ、増えてるじゃねえかよぉ!」
でろりんとへろへろが叫び声を上げる。
それでもマァムは拳を握り、前へ出た。眼差しには、揺るぎのない決意が宿っている。
「確かに一撃では倒せない……でも!」
彼女は身構えた。次の瞬間には、肉塊のひとつに飛び込み、回し蹴りを叩き込む。
爆風のような衝撃が走り、敵の一体が吹き飛ぶ――だが、そこにまた新たな個体がにゅるりと生え出し、形を成す。
散布される毒の中で動けるのはマァムだけ。
周囲には再び紫色の霧が漂い、肌に触れただけで焼けただれるような瘴気を含んでいた。でろりんたちはその場に伏して身を守るのが精一杯だ。
「それなら補填が間に合わないくらい……叩いて、叩いて、叩きまくるだけよ!」
+
暗く、冷たい石の階段を、俺とマリンは無言で下っていた。
瘴気はさらに濃くなり、視界もはっきりしない。だがマリンの魔法の灯が、二人の足元を優しく照らしている。
「マァムたち……大丈夫かな」
俺の呟きにマリンは応えなかった。だが、その手はわずかに震えていた。毒の影響もあり俺の体力は底を突きかけている。
「トーヤ。休んだ方が――」
「……大丈夫だ。下に行かないと、全部終わっちまう」
その声はかすれていたが、決意の重さだけは確かだった。
マリンは黙ってその手を握った。
「ええ、絶対に秘宝をみつけて戻りましょう」
──最下層への道が、俺達の前に口を開けていた。
+
暗く冷たい石の階段を下る前、俺達はついに150階に到達した。
そこにはかつてアバンが拠点としていた広間があり、他の階層とは異なる穏やかな気配が漂っていた。
ほのかな魔法の光が灯り、壁には補給用のアイテム棚、簡素なベッド、そして日記らしき手記が残されている。
だが、今役に立ちそうなものはほとんどなかった。
「ここが……アバン様が使っていた部屋なのね」
マリンが静かに呟いた。
俺は作業机の上に置かれていた、埃を被った小箱を見つけた。
これって俺が前にアバンにあげた”時の小箱”じゃん。効果自体は凄いんだが、箱があまりに小さいためにまさに“役立たず”の代表格だ。
効果自体はすごいんだけどな、これ。
【 時の小箱 】
・時の流れを操れる不思議な箱。蓋に-10から+10までのメモリが付いている。10にメモリを合わせると箱の中の時間が外の10倍早くなる。-10にメモリを合わせると箱の中の時間が外の10分の1になる。
・蓋をきちんと閉めないと効果はない。
そっと開ける。その中に、ひときわ光を放つ小さなネックレスがあった。
丸い金属に一滴大の透き通った石のアクセサリー。かつてアバンが弟子たちに授けたという――アバンのしるし。
「これ……」
手に取った瞬間、周囲の瘴気がほんのわずかに後退するのを感じた。
微弱ながらも、神聖な気配。
瘴気を払い、心を強く保つための力が、確かに込められている。
そうか。アバンのしるしに使われている輝聖石は精製にやたらと時間が掛かると言ってたし……この“時の小箱”を使って、少しでも効率を上げてたんだな。
「マリン、お前が持ってろよ」
「え……?」
「俺はもう……長く持たない。だけど、お前なら。これがあれば、少しでも瘴気に耐えられるかもしれない」
マリンは一瞬、躊躇したが――すぐに頷いた。
「うん。ありがとう、トーヤ……私、これを持って、最後まであなたと一緒に行くから」
しるしを胸元にかけ、マリンはそっと微笑んだ。
それは、不安を押し込めた覚悟の笑みだった。
そしてふたりは再び歩き出す。
瘴気が深まる地の底へと――静かに、しかし確かに、踏み出していった。
名前はブリーチから、発想はゲットバッカーズから。