ダイの大冒険の世界を念能力で生きていく   作:どか0623

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103 最下層

 階段を降りるたびに、瘴気はさらに濃くなっていった。

 肺の奥まで粘つくような淀みが入り込み、体中が鈍く、重くなる。

 一歩、また一歩。それだけで全身の筋肉がきしみ、瘴気に侵されているのがわかる。

 

「……ッ、くそ、足が……」

 

 俺は手を壁に突き、息をついた。もう視界すら曖昧で、マリンの魔法の灯りがなければ、何も見えなかっただろう。

 あと少し……あと少しなんだ…。もう190階は超えている。多分そろそろーー。

 

「トーヤ!」

 

 マリンがすぐに駆け寄って、肩を貸してくれた。その手も冷たい。だが――力強い。

 

「もう……すぐだ。階段は……終わる」

 

 言葉を紡ぐだけでも肺が焼けるようだった。俺は瘴気で、本来の力の一割も使えない。

 それでも足を止めるわけにはいかなかった。

 

 そして――ついに200階へと辿り着いた。

 

 最後の石段を降りきった時、目の前に広がったのは、扉もない簡素な広間だった。

 

 

 +

 

 

 天井は高く、壁は黒曜石のように滑らかで、まるで音すら吸い込むかのような冷たさが漂っていた。

 中央には巨大な円形の紋様が刻まれている。けれど、そこに「何か」がある気配は――なかった。

 

「……ここが、最下層……だよな?」

 

 俺はかすれた声で呟いた。答えはなかった。どこにも、誰もいない。

 

 マリンが灯りを高く掲げ、周囲を照らす。だが、部屋には何もなかった。

 宝箱も、台座も、石碑も、罠の気配すらない。

 

 あるのは――ただ、空虚な空間だけ。

 

「……嘘でしょ。だって……ここに秘宝があるって……」

 

 マリンが震えながら口にした。

 

 これは、“誰かが先に来ていた”ということか……?

 あるいは、“そもそも秘宝など存在しない”ということなのか――。

 

「……くそっ……ここまで来たのに……っ!」

 

 俺は膝をついた。

 ここには何もない。秘宝なんて存在しなかった。

 

 

 +

 

 

 雷鳴が轟く空の下、大地が裂け、空間が震える。

 地上ではすでに戦いが始まっていた。

 

 その中心に立つのは、“竜の騎士”――バラン。

 だが今、その瞳にかつての彼の光はなかった。今、彼の体を支配しているのはミストバーン。

 

「喰らえ……」

 

 ミストバーンがただ拳を振るっただけで、地面が陥没し、周囲数十メートルにわたって大地が波打つ。

 その衝撃に、先陣を切っていたラーハルトが吹き飛ばされた。

 

「ぐっ……!!」

 

 大地に叩きつけられ、ラーハルトの槍が手からこぼれる。だが彼は倒れず、立ち上がった。

 

「……バラン様! 俺です! ラーハルトです!!」

 

 叫びは虚空に響き、返答はなかった。代わりに、バランの腕から黒き衝撃がほとばしる。

 

「黙れ……既にバランの魂は死んだのだ。言葉など届くはずがない」

 

 凄まじいまでの闘気波が放たれ、そこに割り込んだのは、ヒュンケル。

 

「ぐおおおおッ!!」

 

 ヒュンケルの鎧が砕ける。全身を光の闘気で包んでいたはずが、ミストバーンの暗黒闘気の前には焼け石に水だった。

 

「……俺が、止める! お前のその腕を、父としての誇りを……絆を。俺たちが、取り戻す!!」

 

 ヒュンケルの瞳は揺るがない。たとえ肉体が限界を超えても、意志だけは折れぬと告げていた。

 

「ヒュンケル……」

 

 それを追うようにラーハルトが並び立つ。彼の身体はすでに満身創痍だったが、その構えに迷いはない。

 

「どうか……どうか、思い出してください。あなたは死んでなどいない。その”強さ”で、どうか戻ってきてください……!」

 

 しかし。

 バラン――否、ミストバーンの支配する肉体は無慈悲だった。

 

「戯言だ。魂を砕いたのだ、生きている筈がないだろう」

 

 両腕を広げる。その瞬間、バランの身体から黒と竜の闘気が爆裂する。

 

 放たれた一撃は、もはや技の領域を超えていた。

 ヒュンケルとラーハルトの放った渾身の連携すら打ち砕き、二人の身体が同時に宙を舞う。

 

「……がはっ……!」

 

 ヒュンケルの胸元が裂け、光の闘気が乱れる。ラーハルトの槍が真っ二つに折れる。

 地面に叩きつけられた二人は、もはや動けなかった。

 

「……ミストバーン……!」

 

 アバンが呻くように名を呼ぶ。

 その背後では、マトリフが全力で魔法力を高めていた。

 

「……準備が出来たぜ、いくぜ!」

 

 アバンとブロキーナが頷き、地を蹴った。

 ミストバーンへ向かってアバンがまっすぐ突進する。

 

「目を覚ませ、バラン!! 正気を取り戻すんだ!! 自らの信念を、誇りを捨てていいはずがないだろう!!」

 

 しかし叫びは、届かない。

 

「消えろ。貴様らの“信念”とやらもろとも――」

 

 ミストバーンが空を薙ぎ払うように手を振り、雷雲が呼ぶ。

 勇者の証ーーギガデイン。それはアバンを覆う闘気の鎧をいともたやすく貫くーー筈だった。

 

「なんだと……!? ギガデインが……発動しない……!?」

 

 ミストバーンの顔に、初めて驚愕の色が浮かんだ。

 マトリフがにやりと嗤う。

 

【ラナクリア】

 

 天候を操り、雨雲を散らす呪文――マトリフが今回の大戦に備えて開発した、オリジナルの新呪文である。

 

 その一瞬の隙を、ブロキーナは見逃さなかった。

 年老いた体とは思えぬ速度でミストバーンへと迫り、そのかすかな間隙を狙って拳を放つ。

 

 光る拳がミストバーンの顔面に直撃した。

 音すら遅れて届くその超絶的な打撃に、大地が裂け、衝撃波が空気を引き裂く。

 

 続けざまに、ブロキーナがもう一撃――いや、それは「連撃」とも呼べぬほどの速度。神の拳が、嵐のように振るわれる。

 そして、閃華裂光拳が生む眩い光が辺りを鮮烈に焼いた。

 

 拳の嵐が巻き起こり、闇をまとったミストバーンの体が大きく仰け反る。

 人智を超えた武技、それはたしかにミストバーンの肉体を貫いた。

 ――だが。

 

「暗黒闘気は回復呪文をうけつけぬ。その拳も私には効かぬわ」

 

 その低く、乾いた声とともに、ブロキーナの姿が消える。いや、吹き飛ばされたのだ。

 雷でも、爆風でもない。ただ、重圧。ミストバーンの拳から放たれた、黒き「気」が、周囲の空間ごと押しつぶしたのだ。

 

「ぐっ……!」

 

 空中で体勢を立て直し、地面に着地したブロキーナ。しかし、右腕はだらりと垂れ下がっていた。骨が、完全に砕けている。

 がしかし、それでいい。閃華裂光拳が効かないのはわかっていた――否、そうでなくては困る。

 

 ブロキーナと入れ替わる様に、アバンは一切の迷いなく前へと駆け出した。

 

「ミストバーン……いや、バラン! これが私たちの……最後の賭けだ!――邪なる威力よ、退け! マホカトール!!」

 

 その足元に、いつの間にか光の五芒星が浮かび上がっていた。

 五つの尖端に輝く聖なる光――それは輝聖石の光であった。

 

 その五芒星が輝き、瞬く間に周囲の空間が変化を始めた。

 足元から発せられた聖なる光は、まるで世界を浄化するかのように広がり、邪気が空気を震わせながら後退していく。

 

 だが、ミストバーンは冷徹な瞳を向け、無感動に呟く。

 

「その程度の力で、私を抑えられると思っているのか……?」

 

 ミストバーンは、一歩踏み出した。その足が地面に触れた瞬間、全てが激しく震えた。

 彼の周りに漂う黒い「気」が増幅し、光の五芒星に向かって圧し掛かってくる。それはまるで、強大な引力のようだった。

 

「貴様らの正義や覚悟など、私には無意味だ。」

 

 その言葉とともに、ミストバーンの額に竜の紋章が浮かび上がる。

 禍々しく、黒く染まり、ミストバーンの暗黒闘気と共鳴するその輝きは、もはや人の領域を超えていた。

 

 ミストバーンの暗黒闘気と、竜の騎士の力の融合――それは、まさしく“神の領域”。

 

「これが切り札というのなら……哀れだな」

 

 ミストバーンの掌が、五芒星の魔方陣に向けられる。

 次の瞬間、空間が悲鳴を上げるように歪み魔方陣が軋むような音を立て始めた。

 輝聖石の光すら、徐々に飲まれていく。

 

「やはり……力が……足りないのか……」

 

 アバンが膝をつき、呟いた。

 マトリフも額に汗を滲ませ、歯を食いしばる。

 ブロキーナは肩で息をしながら、それでも立ち上がろうとする――だが、誰の目にも明らかだった。もう限界だと。

 

 ――もう、打つ手はないのか。

 その絶望が、皆の胸を覆い始めた、その時だった。

 

「……おい、随分と楽しそうな戦いをしているな」

 

 低く、渋い声が響いた。

 鍛え抜かれた痩躯に、両手に握られた異形の双剣――伝説の鍛冶師にして剣士。

 

「ロン・ベルク……」

 

 ミストバーンが、わずかに目を見開いた。

 

「間に合ったようだな。ここからは――俺が相手だ」




ラナクリアはオリジナルです。天候を操る呪文があるので、晴れさせるのも有りだと思って考えました。
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