「なぜだ……!?」
刃を通じて伝わる異様な“揺らぎ”に、ミストバーンは思わず声を漏らした。
その完全無欠のはずの刀身が――かすかに震えている。まるで、“何か”に蝕まれているかのように。
ロン・ベルクの双剣。その刃と打ち合う毎にミストバーンの背筋に、冷たい戦慄が走った。
自分の剣から放たれていた闇の波動が、ほんのわずかに削られていたのだ。
それは、力の源が削ぎ落とされている証拠。
「何だこの剣は……力を……斬っている……?」
信じがたい現象。理解を超えた異常。
しかし目の前の男――ロン・ベルクの双剣は、確かにそれを実現しつつある。
「どうだ、痺れるだろう? 剣は、しっかり握ってないと――手元から崩れるぞ」
ロン・ベルクの言葉に、ミストバーンの目が細くなる。挑発だと分かっていながら、それでも無視できない。
剣を通じて伝わってくる“浸蝕”は、確かに真魔剛竜剣の内部から始まっていた。
ミストバーンは鋭く息を吐き、地を蹴った。
光速に迫る一閃が、閃光のようにロン・ベルクを襲う。
だがロン・ベルクは一歩も退かず、正面からそれを受け止め、斬り返した。
「俺は――ずっと勘違いしてたんだ。強い剣さえ作れれば、それで全てが終わると」
振るわれる双剣が、怒涛の勢いでミストバーンを押し返す。
「でも違った。この剣は、まだ“完成してない”。完成するのは……あいつ――トーヤの剣を、俺の剣で砕いたときだ」
「トーヤ……? あの小僧が、貴様の何だというのだ」
「さぁな。だがな――あいつの木刀は、俺の剣を超えていた。それがどうしても許せない。それだけで十分だ。そして、そのついでに――お前を斬らせてもらう!」
ミストバーンの動きに、わずかな迷いが生じる。
ロン・ベルクはその隙を見逃さず、一歩、鋭く踏み込んだ。
彼の双剣は――少年トーヤから譲り受けた“プラティーン”で鍛えたものだった。高い硬度に加え、銀以上の退魔・破魔の力を秘める特異な金属。
ロン・ベルクはその特性を活かし、ただ斬るだけでなく“力を斬る剣”を作ることにした。
「この剣は……“力を斬る”。闘気、魔力――形を持たぬ力を断ち切る刃だ」
刃と刃が再び激突し、空気が震える。
ミストバーンの刀身がかすかに軋みを上げるのが、ロン・ベルクの指先を通じて伝わってきた。
再び刃がぶつかるたび、ミストバーンの闇の波動が、わずかずつ浄化されていく。
まるで闇の衣を剝がすかのように。
ミストバーンの身体を覆う“闇の波動”は、ほんのわずかずつではあるが、確かに削り取られていた。
だが――それでもなお、ミストバーンの力は異常だった。
ロン・ベルクの剣が“闇”を削るたび、その奥底から――さらに濃密な闇が、何層にも重なって立ち現れる。
「貴様の刃が、たとえどれほどのものだろうとも――我が力は、そのすべてを凌駕しているのだッ!」
咆哮とともに、爆風のような闇の奔流が迸る。
ロン・ベルクは咄嗟に双剣を交差させてそれを受け止めたが、抗いきれず、身体ごと岩壁へと叩きつけられた。
「……ぐっ……!」
血がにじむ口元を拭う間もなく、ミストバーンはすでに目の前にいた。
その漆黒の剣が、冷たく無慈悲に振り下ろされる――。
再び刃と刃が激突する。しかし今度は――ロン・ベルクの膝が沈んだ。
「貴様の剣は確かに脅威……だが、消耗するのは貴様とて同じこと」
事実、ロン・ベルクの額を伝う血混じりの汗が地に落ち、すでに満身創痍の状態だ。
加えて、双剣の刃先には小さな欠けが生じ、うっすらとひびも走っている。
それも当然。
どれほど特殊な力を秘めていようとも――刀身そのものの強度は、オリハルコンで鍛えられた真魔剛竜剣に遠く及ばない。
一進一退ではない。じわじわと、ロン・ベルクの体力と剣の機能が削られていく戦いだった。
「……俺の剣は……まだ折れちゃいない!」
――ロン・ベルクの瞳には、まだ消えぬ炎が宿っていた。
その一歩が、仲間たちの闘志に火を灯す。
ヒュンケルが血に濡れた剣を握り直し、崩れた体を無理やり立たせる。ラーハルトが折れた槍をきらめかせ、風を裂いてミストバーンの背後へと迫る。
ブロキーナ、アバンも彼らに続いてミストバーンへと駆けだした。各々が限界を超えて動き出す。
「鬱陶しいやつらめ……まだ動けたか」
ミストバーンの声に、わずかな苛立ちと警戒が混じる。
だが仲間たちは止まらない。
ヒュンケルの一撃、ラーハルトの突き、ブロキーナの蹴り、アバンの隙をついた剣撃――どれもが、ミストバーンの黒衣に幾筋もの風を走らせる。だが、それだけだった。
闇の防御はあまりに分厚く、すべての攻撃は弾かれ、返す拳が一撃ごとに彼らの体を地に叩きつける。
それでも、彼らは何度でも立ち上がる。
――ミストバーンが動きを止め、漆黒を纏う剣を頭上高く掲げた。
「……我が暗黒闘気と竜の騎士の力をもって、消し飛ぶがいい……《ギガブレイク》――!」
大気が震え、空間が深淵のような闇に染まる。雷光すら黒く染まったような、世界を呑み込む極大の一撃。
その威圧感に、誰もが死を覚悟した――だが。
「……そうはさせるかよ! 邪なる威力よ、退け!」
闇を貫いたのは、マトリフの怒声と共に放たれた《マホカトール》。
その光が呪文の詠唱を断ち切り、周囲に破邪の気を解き放つ。
「……バカな!? 貴様も破邪の呪文をッ……!」
「へっ……弟子にできて、師匠にできねえなんて、かっこつかねえだろ」
ミストバーンの目に、初めて明確な焦りが浮かぶ。
本来であれば破邪の呪文など通用しないはずの彼にとって、アバンによる浄化、そしてロン・ベルクの猛攻によって削られた今は、マトリフの《マホカトール》でさえ無視できる力ではなかった。
そのわずかな戸惑い――ほんの一瞬の隙を、ロン・ベルクは見逃さなかった。
残された片方の剣を、逆手に構える。
満身創痍の体から、最後の力を絞り出し、心を一点に集中させた。
「星皇十字剣――」
刃が黄金の光を放つ。
それは、全身全霊――魂すらも燃やし尽くす渾身の一撃。
「一閃!!」
光と闇が交錯し、世界が静止したかのような静寂が走る。
時の流れすら断ち切られたような、息を呑む刹那――。
真魔剛竜剣の刀身が砕けた。
ミストバーンの黒衣が裂け、その奥に潜む闇の本体が、深々と断ち割られていく。
音もなく、闇は崩れ落ちた。
ロン・ベルクの剣もまた、反動と共に砕け散り、彼自身も膝をついた。
「……目が覚めたら……お前の名前を……決めないとな……」
砕けた刀身を胸に抱くようにして、彼は静かに意識を手放した。
十字剣なのに一閃とは、これ如何に。