乾いた地に、誰のものとも知れぬ血が滲んでいた。
焦げた空気の中、魔力の残滓が風に溶けてゆく。
その中心には、血に濡れ、荒い息を吐きながら、立っているのが奇跡としか思えないほどの姿――ポップがいた。
それでも彼は、立っていた。いや、“立たねばならなかった”。
対するダイは、静かに剣を構えるのみ。
その眼差しには、かつての仲間への情など一欠けらもなく――冷たく、ただ殺意と闘気だけが宿っていた。
「……限界だろ、ポップ」
ダイの声は凪のように穏やかで、だからこそ恐ろしかった。剣を振るうことに、何の躊躇いもない者の声だった。
かつての優しさは微塵もない。そこにあったのは、ただ“力”という名の冷酷な意志だけ。
ポップは肩で息をしながら、にやりと口元を歪める。
その瞳に、怯えはなかった。恐怖も、絶望も――迷いさえも。故に――彼は、足を引かず、ただ一歩前へと踏み出す。
「……そんなこたァ……こっちが一番、分かってらぁ……」
彼は、ふるえる手が小さく火花を灯す。
魔力も、体力も、ほとんど残っていない。けれど、たった一つ――“諦めない心”だけが、まだそこにあった。
ポップの指先に、再び五つの小さな火球が灯る。
それはもはや魔法ではない。自らの魂を削り、命を削って放つ“叫び”だった。
「フィンガーフレア――ボムズッ!!」
轟音とともに炸裂する五連の爆炎。
ダイはそのすべてを、眉ひとつ動かさず正面から受け、闘気の剣で斬り払う。
「……分からないな。どうしてそんな無駄な戦い方をする? なぜメドローアを使わない。お前は……もっと頭の切れる奴だったはずだろ、ポップ」
「頭が良い奴なら……こんな戦い、選ばねぇよ。けど俺は、バカだからな。……こんな状態になっちまっても、目の前の“お前”が大魔王を倒してくれるって……勇者だって信じてるんだよ」
ダイは立ち止まり、剣を肩に担ぎ直すようにしながら、わずかに首をかしげる。
「信じる? こんなに醜く焼け焦げた世界で、まだそんな幻想を見ているのか。……そんな“言葉”で、俺の心が戻るとでも?」
「言葉だけじゃねぇよ……フィンガーフレア――ボムズッ!!」
今度は、立て続けに三連撃。
その爆炎のなかに、ポップのすべてが込められていた。
ダイは動じない。剣を振り、爆炎を斬り裂く。だが――その瞳に、微かな“揺れ”が走る。理屈では説明できない“何か”が、心の奥底に滲んでくる。
倒されても、倒されても。ポップは決して諦めなかった。
これだけの力量差を見せつけられてなお、彼はメドローアを使わない。ダイを倒すためではなく――“取り戻す”ために戦っているのだ。
その事実に、ダイの中で、何かが静かに芽吹いていた。彼の心のどこかで、言葉にならぬ“敬意”が確かに生まれていた。そして、気づいてしまう。自分が今、彼に――ポップに――心を動かされつつあるという、恐ろしい事実に。
――全力で殺さねば。情けをかけるのは、ポップに対する裏切りだ。あいつの覚悟を、否定することになる。
「……裏切り……?」
ダイは、誰にともなく呟いた。
その言葉は、自分の口から零れたはずなのに、どこか遠くの誰かが語ったような響きを持っていた。
裏切っているのは――誰だ? ポップか? 仲間たちか? それとも――自分自身か?
わずかに、剣を握る手が震える。
その瞬間だった。
突如として、胸の奥を――“何か”が貫いた。
ズシン、と地の底から響く衝撃。
まるで、大地そのものが断ち切られたかのような、絶望のうねりが心を襲う。
闇の中で、確かに感じていた――バランの気配が、消えた。
「……と、父さん……?」
ぽつりと落ちたその言葉は、炎や雷にも勝るほどの衝撃を、ダイの心に与えた。
父の死。それは、感情を押し殺してきた彼の心を、容赦なく引き裂く楔だった。
思考が追いつかない。痛みの理由を脳が否定しようとする。
だが、魂が叫んでいた。……失ったのだ、と。
闘気の剣が、かすかに揺れた。
それはダイの心そのものが揺れている証だった。
「……ダイ?」
荒い息の合間に、ポップがその名を呼ぶ。さっきまで無意味だったはずの“呼びかけ”が、今は確かに――届いた。
ダイの瞳が微かに揺れ、見えない何かを追うように、遠くの空を仰ぐ。
だが次の瞬間――
ダイの全身から、制御を失ったかのように凄まじい闘気が噴き上がった。
空気が軋み、地面が割れる。
その身に宿る力の奔流が、怒りと悲しみを呑みこんで暴走を始める。
「……う、あ……あああああああッ!!」
咆哮とともに、ダイの瞳が赤く染まり、再び剣を構えた。
その刃先は――もう、明確にポップの命を奪うために向けられていた。
ポップの背筋を冷たいものが走る。だが、逃げる気はなかった。
「……そうだよな。バランを……親父さんを失って、平気でいられるわけがねぇ……!」
ダイの剣が振り上げられる。
殺気とともに、地を裂き空を穿つ、災厄の一撃が迫る。
だが――ポップは、動かない。
両足で地を踏みしめ、真正面からダイを見据えた。
「だけどよ、ダイ……! お前は“こんな形”で親父さんを忘れるような奴じゃねぇッ!」
――ダイの剣が振り下ろされた。
天地を割るかのような衝撃。
斬撃はポップの全身を呑みこみ、周囲一帯を爆風で吹き飛ばす。
だが――その爆煙の中。
まだ立っていた。
――ポップは、まだ――立っていた。
血まみれの顔で、ボロボロの体で、それでも――折れてなどいなかった。
「……お前は……誰よりも優しいやつだろ……! 自分を殺すようなこと、しちゃダメなんだよ……!」
ポップの拳が震える。
その手の中に――ひときわ強い魔力が凝縮されていた。
自らの命を削りに削って、残る力の全てを注いだ最後の一撃。
「うおおおおおおおおッ!! フィンガーフレア――ボムズゥッ!!!」
放たれる、渾身の呪文。
それは“炎”ではなかった。それは”未来”へと繋ぐ”希望”だった。
ダイを救い、未来へ導くためのポップからの贈り物。
五発の閃光が、ダイの正面から直撃する。
だが、ダイは止まらない。
灼熱の炎を纏ったまま、その力をそのまま剣に乗せ、全身全霊の一撃を――ポップに向けて、振るい下ろした。
その瞬間だった。
キィィィィィン……ッ!!
乾いた、ひとつの音。
闘気を帯びたダイの剣――その刃の半身が、砕けた。
「……ッ!?」
ダイの目が見開かれる。
“ダイの剣”は、ダイ自身の魂を映す鏡。すなわち――砕けたのは、彼の“心”だった。
その震えが、瞳に現れる。
張り詰めていた闘気が、音もなく消えていく。
ポップが、かすれた声で呟いた。
「……やっと……届いたかよ、バカ野郎……」
バーンは当初、アバンにダイをぶつけると考えてましたが、ポップが割り込んできました。