剣が砕けた衝撃と共に、ダイの身体から闘気が抜け落ちた。
力を失ったその腕が、ゆっくりと下がる。
「……ポップ……?」
口からこぼれたその名に、返事はない。
燃え尽きたように、地に伏しているポップの姿。その光景が、胸の奥に鋭く突き刺さる。張り裂けるような痛みが、耳の奥で鈍く響いた。
わけがわからない。けれど、理解していた。――自分が、彼を傷つけたのだと。
その事実に、心が追いつかない。
ポップは、命を賭けて自分を止めようとした。諦めず、信じ続けてくれた。
最後の最後まで、“戻ってこい”と語り掛けてくれた。それなのに――自分は剣を振りかざし、命を奪おうとしていた。
ダイの膝が、崩れるように地を打った。
ぼうっと、頭が白くなる。何も考えられない。ただ、視界の中心でポップが倒れている――それだけが現実だった。
「……どうして……」
誰にともなく、呟いた。
震える手で、ダイは地面に手をついた。土の感触も、風の音も、どこか遠い。
時間が止まったようだった。世界が、自分ひとりを置いて、静かに沈んでいく。
嗚咽が漏れた。自分のものとは思えないほど、脆く――幼かった。
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遥か遥か上空――人知の及ばぬ高み。雲さえも見下ろすその場所に、ひとつの玉座があった。
虚空に浮かぶ黒曜の玉座。その上で、大魔王バーンは静かに微笑んでいた。
その眼下には、地上の戦場。
バランが倒れ、ダイとポップが死闘を繰り広げ、命を賭して足掻く様が――まるで芝居の一幕のように繰り広げられていた。
「フフ……なんと愉快な光景だ」
バーンの声は、風よりも冷たく、星の光よりも遠い。
彼の目には、地上の命の営みなど、塵にも等しい。だが――だからこそ面白い。
力ある者が、力ある者と争い……弱き者が、運命に抗おうとする。まるで、自らの破滅に手を伸ばしているかのよう。
「――だが、良い。お前たちは踊れ。最後の一幕まで、せいぜい、見事に」
その眼差しは、どこまでも冷酷で、それでいて――まるで何かを期待するような微かな熱を孕んでいた。
空は静かだった。風ひとつ吹かず、ただ、大魔王の気配だけが、世界の重力を歪めていた。
「……ダイ。お前が、真に“勇者”ならば……余を退屈させてくれるなよ」
故に舞台は整えよう。新たなる駒によって。
バーンの手が、玉座の脇に据えられた漆黒の石盤へと伸びる。
それは、まるで将棋盤のように、いくつもの“点”を刻んだ魔法陣。指先が、ひとつの場所をなぞる。
すると、応じるかのようにバーンパレスの外縁から、4つ“駒”が音もなく飛び立った。
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空を裂くようにして、閃光が四条――大地へと吸い込まれていった。
咄嗟に空を仰いだクロコダインの眼が、鋭く細められる。
「レオナ姫! 敵がきたようだッ!」
クロコダインの声に、周囲が一斉に動いた。
ここは、かつてのパプニカ王国の城跡を基盤とした臨時アジト――今や、ダイ不在の戦場で全軍を統率するレオナ姫の司令本部である。
姫のもとには、クロコダイン、北の勇者ノヴァ、残存部隊のリーダー格たちが集い、各地へと向かう戦力配分の調整が行われていた。
それを狙いすましたかのような、唐突な“来訪者”。
「全戦闘要員、配置につかせて! これは――ただの威嚇じゃない!」
彼女の号令が飛ぶと同時に、地面が震えた。
四方――まるで座標を定めたかのように、四体の影が爆風とともに姿を現す。
硬質な金属音が響く。地を踏みしめた足元にはひび割れが走り、銀色の肌が太陽の光を鋭く反射する。
その異形の姿に、クロコダインが低く呻いた。
「……ハドラー親衛騎団……!?」
その名に、レオナの目が見開かれる。かつてダイたちが死闘を演じた、あの親衛騎団。
だが、彼らはハドラーと共に――己の誇りと共に果てたはずだった。
先頭に立つのは、白銀の髪をなびかせた冷艶な女戦士。
彼女の瞳には、もはや人の情は宿っていない。
「私たちは死んでいません。ハドラー様も……。そして今は“バーン様”の命によりここへ来ました。新たなる使命のために」
アルビナス。かつて誇り高き忠義を宿した“銀の女王”。
その姿は変わらずとも、今や彼女の声には、ただ冷酷な使命感だけがこだましていた。
「任務はひとつ。指揮中枢の壊滅。すなわち――あなた方の排除です」
その言葉と同時に、残る三体も静かに前へと歩を進める。
槍を携えた騎士・シグマ。鋼の拳を握り締める戦士・ヒム。かつての巨体を脱ぎ捨て、異様な俊敏さを宿す痩身へと変貌した・ブロック。
重たい沈黙のなか、クロコダインが一歩、前に出た。
鋼の腕がうなりをあげ、大地を踏み鳴らす。その動作一つで、空気が揺れた。
アルビナスが冷ややかに目を細める。
「ひとりで、私たち四人を相手にすると言うのですか? 無謀というよりも浅はかな判断ですね。あなた程度では戦いにすらーー」
言葉が終わるより早く、クロコダインの体から爆発的な闘気が解き放たれた。
衝撃波が、嵐のように四人を襲う。
反応する間もなく、親衛騎団は全員、数十メートル後方まで吹き飛ばされた。土煙と瓦礫が舞い上がり、木々がへし折れる。驚愕すべきはその速力。およそ速いなどと表現できる域をはるかに超えていた。
「……今のは、いったい……?」
アルビナスが地を這うようにして体勢を立て直す。
「ハドラーは、誇りを持って戦った男だった。己を貫き、命を燃やし尽くして、バーンへ抗い戦った。朽ちていく姿を……あの最期を、間違いなく見届けた。……お前たちが本当に、あのハドラーの魂を継ぐ者なら――よくも“バーン様”などと口にできたものだな」
クロコダインの声には、かつて敵だった者への深い敬意があった。
その言葉に、無言のまま、ヒムが歯を食いしばる。その隣で、シグマもまた眉間に皺を寄せていた。怒りではない。
それは、己の選択への迷いだった。