ダイの大冒険の世界を念能力で生きていく   作:どか0623

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111 継承のその先

 マァムは、深く息を吐いた。

 

 感じる――自分の体が、これまでとは違う力を帯びていることを。確かに、今の一撃で、新たな技が“完成”したのだ。

 彼女はそっと目を閉じ、静かに意識を内側へと集中させた。

 

 その時、不意に空気が震えた。

 

「クックック……何が起ころうと、無駄じゃ!!」

 

 ザボエラの嘲笑と共に、超魔生物たちが一斉に動き出す。

 数の暴力――それだけではない。

 今やその動きは統率され、無駄がない。遊びは終わった、と言わんばかりに。

 

 マァムの体力も、魔力も、すでに限界に近い。

 この場にいるすべての超魔生物を撃破する余力は、もはや残されていなかった。

 

「さあ、行け……!」

 

 ザボエラの声が響くと同時に、超魔生物たちは獰猛な咆哮を上げて、マァムへ一斉に襲いかかってきた。

 怒涛の如く押し寄せる超魔生物たち――重厚な影が目前に迫った瞬間、静かに拳を突き出す。

 

「……はッ!」

 

 次の瞬間、疾風のような踏み込み。渾身の一撃が放たれた。

 

 拳が命中した部位は、肩にあたる巨大な外殻。

 だが、そこから波紋のように、力が内部に伝わっていく。

 

 硬質な殻が、内側から次々と砕けていく音。

 まるで、破壊が破壊を呼ぶように――一つの衝撃が、群体構造の中を連鎖して崩壊させていく。

 

「な、なにィ……また……っ!!?」

 

 ザボエラが焦燥を露わにする。その顔には、もはや余裕の色はない。

 

 マァムはわずかに目を細めた。確信はより確かなものへと昇華された。

 

 閃華裂光拳は、回復呪文の込めた拳をぶつることで、生体活動を異常促進させ敵を打ち砕く技。

 故に複数の独立した生命体から構成されている魔毒複層連群《またい・ふくそう・れんぐん》には効かないはずだった。だが今、マァムの放ったそれは“違った”。

 

 理由は――その拳に宿る“解毒呪文”だった。

 

 マァムはこの階層に満ちる瘴気と毒素を払うため、常に体にキアリーを纏いながら戦い続けていた。

 本来ならば回復呪文を込めるはずのその拳に、朦朧とした意識の中で解毒呪文を込めてしまったのだ。

 

 そして、魔毒複層連群の群体構造は血液によって成り立っていた。

 ザボエラの血液とほぼ同じ成分を持つその血液は、多くの毒素を内包しており、その流れにマァムの拳が触れたことによって、浄化されてしまったのだ。

 

 毒素自体は魔毒複層連群の構成に直接関わっているわけではなかったが、血液の大部分を占めるその毒素が解毒されることによって、群体の機能に深刻な支障をきたした。

 群体全体の結合力が崩れ、次々と魔物たちが倒れていったのはそのためだ。

 

「……何が起こったか分からんが、恐れる必要はない。」

 

 ザボエラ冷静さを取り戻し、呟くように言った。

 

 メルルは倒れ、もはや動けない。

 この状況でザボエラ本体の気配を探る術はなく、彼が群れの陰に潜んでいる限り、手出しすらままならない。

 

 ――だが、その読みは甘かった。

 

 技の研鑽と同時に、マァムは相手を“観る”力を身につけていた。

 眼前で蠢く超魔生物たち――その一体一体の動き、重心、間の取り方はどれも意志を持たぬ人形のそれ。

 

 だが、その中に、ひとつだけ――わずかに反応が早すぎる個体があった。

 群れの動きに先んじて行動し、全体の挙動を先導するように指示を与え、逃げ隠れるような動きを見せる。

 

 マァムは迷いなく地を蹴った。

 横合いから飛び出してきた一体の腕をいなし、体ごと潜るように抜けて、反対側の敵を一撃で弾き飛ばす。軌道を一切ぶらさず、一直線に標的へと迫る。

 

 そして――眼前へと迫る。

 

 群れの中心よりも更に奥、わずかに反応の異なるその一体。

 マァムの拳が、寸分の迷いもなく、その腹部に突き刺さるように叩き込まれた。

 

「ヒィィイ!?」

 

 激しく崩れ落ちる超魔生物の残骸の中から、甲高い悲鳴が響いた。

 指令を失った他の個体たちは、一斉に動きを止める。

 

 がらんどうになった中心部――。

 瓦礫の隙間から、ザボエラが這い出してくる。

 泥にまみれたその顔がゆっくりと上がり、目前に立つマァムの姿を映した。

 

 ザボエラの顔が引きつる。鼻水を垂らし、恐怖にゆがんだ表情は見るも無惨だった。

 だが、表情とは裏腹に、頭の中ではなおも必死に生き延びる策を探っていた。

 

 そして――。

 

「アグ……ぐ、ぐぅ……た、頼む……っ! み、見逃してくれェ!!」

 

 搾り出すような声で、ザボエラは命乞いを始めた。

 

「……なんですって?」

 

 マァムは、信じがたいものを耳にしたかのように、低く呟いた。

 声には驚きよりも、呆れと怒りが滲んでいた。

 

 ザボエラは這いつくばったまま、必死に言葉を重ねる。

 

「わ、わしは……ただ命じられていただけなんじゃ……バーン様の――いや、バーンの奴めに脅されて……!」

 

 ザボエラの声は次第に涙混じりとなり、顔は鼻水と泥でぐしゃぐしゃだった。

 

「な、何の成果もなしにバーンパレスへ戻れば、処刑は免れん……。だ、だから仕方なく……いや、ほんの出来心というやつじゃ! 六軍団長なんて今や名ばかりで、わしには、わしには力も兵もないんじゃ……! 生き延びるには、こ、こうするしかなかったんじゃよぉ……!」

 

 なおも続く哀願の中、マァムは一歩だけ、無言で前に出た。

 

 ザボエラは咄嗟に頭を抱え、身を縮こまらせる。だが、待てども拳は振り下ろされなかった。静寂が満ちる。

 恐る恐る目を上げると、そこには――手を差し伸べたマァムの姿があった。

 

 

 ***

 

 

「……立ちなさい、ザボエラ」

 

 あの娘――マァムが、ワシに手を差し伸べてきおった。

 その顔には怒りも憎しみもなく、ただ、静かな光が宿っていた。

 

「今ここであんたを殺したところで、誰かが救われるわけじゃない。罪を償うなら、生きてその責任を果たしなさい」

 

 なんとまあ……滑稽なことだ。戦いの最中に情けをかけるなど、敗北の証よ。

 だが――都合がいい。

 

「この洞窟の下には、もっと恐ろしい何かがある。あんたが生きてるなら、それを知っているはず。協力するつもりがあるなら、少しだけ……信じてみる」

 

 ……なんと甘い。ワシが何百年と騙し、裏切り、生き長らえてきたと思っておる。

 だがな、そういう甘さが、一番いい隙を生むのじゃ。

 

 ワシは震える手を差し出し、あえて老いを演じる。

 マァムの手が触れた瞬間、その温もりに一瞬、奇妙なものを感じた……が、それもすぐにかき消す。

 

「……ま、任せてくれい。わしに……わしにできることがあるならば……なァああ!!」

 

 次の瞬間――爪が変形し、マァムの手に突き立てる!

 毒を! 特製の猛毒を、そのまま注ぎ込む!!

 

「ぐっ――!?」

 

 やった、やったぞ!

 マァムの腕に走る黒い毒の筋! この毒は即座に体の自由を奪う……解毒する隙などあるものか!

 

「く……そ……っ、あんた……っ!」

「バカめがァ! このワシを信じるとはのォ……ほんに、お人好しにもほどがあるわいッ!!」

 

 拳を構えようとするが、その手が震えている。

 ハッ、もう遅いわ!

 

 ワシはマァムの腹へ蹴りを入れる。手応えあり。

 吹き飛ぶ身体。苦しむ呼吸。ふふふ……いい眺めじゃ。

 

 立ち上がろうとするが、もはや力は入らぬようじゃな。

 よいぞ、よいぞ。ワシの研究材料には最高の状態だ。

 

「なあに、死なせはせんよ。すぐにはな……。お前の体には興味があってのォ。戦士の身体は研究素材として最上じゃからな!」

 

 ふはははは! やはり、信じる者こそ救われぬ。

 この洞窟に響くワシの笑い声が、どこまでも愉快に響き渡る――。

 

 

 ***

 

 

「い、ひひひ……その肉体、標本にしてくれるわぁ……ひひひ……筋肉の繊維一本残らず……」

 

 岩陰に転がったザボエラが、口元にヨダレを垂らしながら、気味の悪い笑みを浮かべている。

 

「……え、なにこれ……」

「うわ、気味悪っ。寝言で標本にするとか、どんだけ変態なのよ……」

 

 でろりんが眉をひそめ、ずるぼんと顔を見合わせる。ずるぼんは無意識に半歩後ずさった。

 その背後では、へろへろがこっそり石を拾い上げ、「今のうちに……とどめ刺しとくか?」とささやくが、まぞっほが「やめとけ、呪われるぞ」と小声でたしなめた。

 

「だいじょうぶよ。しばらくは目を覚まさないはずだから」

 

 マァムはザボエラに〈ホイミ〉も〈キアリー〉も使わなかった。代わりに選んだのは、“幻惑呪文”を込めた拳――。

 マヌーサ自体は、ある程度の力を持つ相手には通用しない。だが、彼女は“閃華裂光拳”の技術を応用し、魔力を集中して撃ち込むことで、呪文の効力を大幅に引き上げたのだ。

 

 結果、ザボエラは現実と区別のつかないほど濃厚な“勝利の夢”に、どっぷり浸かっているに違いない。

 

「……で、なんでこいつを生かしておいたんだ? さっさと殺しちまえばよかったのに」

 

 でろりんの疑問は尤もだった。メルルも、他の面々も、心の中では同じ思いだったはずだ。

 だがマァムには、命乞いをした相手を殺しきることはできなかった。

 

「……ていうか本当に目覚めるのかしら?」

 

 そう呟いたマァムの顔は、微妙な不安と疑念の入り混じった表情をしていた。

 まぁ――目覚めなければ〈ザメハ〉を叩き込めばいいか。

 

 そんな物騒な考えを胸の内でぼやきつつ、彼女は再び装備の点検を始めた。

 

 マァムは静かに、自分の腕を見下ろす。

 毒の回った跡はまだ生々しく、神経がチリチリと痛んでいる。だが、応急処置はすでに済ませていた。

 それよりも、問題は――。

 

「……瘴気。晴れないわね」

 

 ザボエラを無力化したことで、洞窟内に充満していた毒素は霧散した。

 しかし、瘴気は一向に薄れる気配を見せない。それどころか、地下へと潜れば潜るほど、さらに濃くなっていく。

 

 ――それこそが、ザボエラがトーヤたちを先へ行かせた理由。

 そして、それはきっと間違いではなかった。

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