ダイの大冒険の世界を念能力で生きていく   作:どか0623

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115 最凶の駒

 地響きのような呻き声と共に、ヒムが地に伏した。

 

 砕けた両腕は動かず、足も力なく折れ曲がっている。

 少し離れた場所では、シグマが膝をついていた。右腕はひしゃげ、銀の顔にひびが走る。なおも意識はあるものの、もはや武器を握ることすらできぬ状態だった。

 

 彼らの前に立ちはだかるのは、アルビナスとブロック――ハドラー親衛騎団の中でも、特に強靭な二人。

 アルビナスの微笑は変わらず、鈍く輝くブロックの痩躯は、その質量により一歩踏み出すだけで地を震わせた。

 

 その間に立つのは、ただひとり。獣王・クロコダイン。

 肩で息をし、全身に無数の傷を負いながらも、両腕に力を込めて拳を固めていた。

 

「ぐぅ……ヒム、シグマ……もはや――俺一人か」

 

 その瞬間――空を割るような轟音が、天から降ってきた。

 クロコダインが顔を上げると、そこには見慣れぬ異様な光景が広がっていた。

 

 バーンパレスから、漆黒の影が次々と空に舞い上がっている。

 魔物――それも、並の兵ではない。空を覆い尽くすほどの膨大な数と、かつて見たことのない凶悪な気配。

 飛行能力を持つ者、異形の魔獣……そのすべてが、まるで地上を呑み込まんとするように、空に広がっていった。

 

「な……なんだと……!? あれは……!」

 

 空を埋め尽くす無数の影が、まるで地上そのものを呑み込むように、音もなく降下を始める。

 バーンが、動いたのだ。ダイたちの動きに対する報復か、あるいは最終段階への布石か――その真意は知れぬまでも、確かなのは一つ。

 

 地上の終わりが、いま、始まった。

 

 クロコダインの歯が、強く食いしばられた。

 このままでは、世界が――。

 

「心配することはありません。一足先に死ぬことになるのですから。」

 

 アルビナスが、ゆっくりとクロコダインに歩み寄る。

 その動きには、もはや警戒すらない。四肢を砕かれ、地に伏すヒムとシグマ。味方の反撃の芽は潰えたと、彼女は確信していた。

 

「さようなら、獣王。あの世でみていなさい。地上が、これからどう滅びるのかを……!」

 

 その瞬間――クロコダインの両腕が、不気味なまでに脈動を始めた。

 右腕には右巻きの、左腕には左巻きの闘気の渦。まるで二つの逆流がぶつかり合うように、殺気が空間を軋ませる。

 

 ――獣王激烈掌。

 

 「なに……!?」

 

 虚を突かれたアルビナスは、それでも尋常ならざる速度でもって回避を試みた。

 が、しかし――すでに逃れられない。

 

 彼女の身体は、渦巻く二つの闘気に引き寄せられ、中心へと吸い込まれていく。

 重力すら捻じ曲げられたかのような圧力に、関節が軋み、装甲が軋む。

 

「ぐっ……!? な、なに……この、力……!」

 

 その悲鳴が空気を裂いたときには、クロコダインの両掌が、巨大な音と共にぶつかっていた。

 轟音、そして衝撃波――天地を貫くほどの圧力が、戦場を揺るがせる。

 

 アルビナスの身体は、破砕の奔流に飲み込まれ、白銀の肢体が砕け散って地に落ちる。

 その美しさすら誇っていた装甲は、もはや原形をとどめていなかった。

 

 クロコダインは、荒く息を吐きながら、砕けた腕を見下ろした。

 

「――俺も、地上も、そう簡単にやられてたまるものか」

 

 倒れたアルビナスは声もなく、他に応える者はいない。

 ただ、砕け散った破片の中、風だけが静かに吹き抜けていた。

 

 そこへ、重く低い声が落ちる。

 

「……なぜ、その技を今まで使わなかった」

 

 問いかけたのはブロックだった。

 だが、その声音に驚きや動揺はなかった。ただ静かに、事実を確かめるような一言。

 

 その技――獣王激烈掌。

 いや、より正確には、進化を遂げた獣王激烈掌。

 

 もともとの激烈掌は、左右の拳にそれぞれ逆回転の闘気を纏わせ、強烈な大渦を生み出すことで、敵の動きを封じたまま粉砕する、まさに一撃必殺の大技だった。

 だが、先ほどクロコダインが放った一撃は――その威力も、巻き込みの範囲も、従来の激烈掌とは比較にならない。

 

 クロコダインは、拳をゆっくりと下ろし、荒い呼吸を整えながら答える。

 

「見ての通りよ。威力を優先しすぎたせいか……制御が効かん。仲間が近くにいたら、とてもじゃないが使えん技なのだ」

 

 この大戦に備え、彼が鍛え上げた新技は二つ。

 一つは「速度」に特化した獣王会心撃。そしてもう一つが――この「威力」に全てを振った獣王激烈掌だった。

 

 間合いは短く、拳が届くか届かないかの距離でなければ効果を発揮しない。

 速度も特筆すべきものではない。だが――その一撃の破壊力は、まさしく絶対。

 

「ふふ……おもしろい」

「……なに?」

 

 その一言に、クロコダインはわずかに眉をひそめた。

 が、返答はなく――その痩躯が、地を蹴った。

 

 重力を無視するかのような加速。

 いや、質量そのものを推進力に変えたかのような、凄まじい突進だった。

 

「……ッ!」

 

 反応が、わずかに遅れた。

 クロコダインの巨体が吹き飛ぶ。脇腹を打ち抜かれ、数メートル先の地面を転がった。

 大地が抉れ、激しい砂塵が舞う。

 

「ぐ……ッ、この……!」

 

 立ち上がろうとした、その刹那――ブロックの追撃が迫る。

 クロコダインの鋼鉄の鎧をまるで紙のように貫く鈍い衝撃。肉が裂け、骨が軋む。

 

 驚愕を口にする暇もない。

 次の瞬間、巨体ごと弾き飛ばされ、背中から大地に叩きつけられていた。

 

 それは、ただの体当たりだった。

 だが、単純であるがゆえに、なお恐ろしい。

 痩せたその身体からは想像もつかない質量と、圧倒的な速度から繰り出される――強力無比な体当たり。

 

「くっ……!」

 

 間一髪、両腕を交差して受け止める。

 だが、全身に走る衝撃は凄まじく、地面に亀裂が走った。

 

 ブロックは無表情のまま、その上から覗き込む。

 

「おもしろいと言ったのだ。――俺もお前と同じ。仲間がいては、本領を発揮できないのでな」

 

 それは、何の感情も込められていない声だった。淡々と、ただ事実を述べるような声音。

 だが、それゆえに――底知れぬ重さを持っていた。

 

 ハドラー親衛騎団はそれぞれが得意とする呪文を持っている。

 彼らは皆、それぞれ違う種類の攻撃呪文の力が生まれながらにして宿されており、しかもそれらを単体で使うのみならず、それらの力を最大限活用した強力な必殺技が使用できる。

 

 ヒムにはメラ系、シグマにはイオ系、フェンブレンにはバギ系、アルビナスにはギラ系の呪文……といった具合だ。

 ではブロックは……?

 

 ブロックは攻撃呪文を持たなかった。彼が持つ呪文はただひとつ……ルーラのみ。

 

 ルーラは移動呪文であり、とても戦闘向きであるとは言えない。逃走や移動のための補助呪文である。

 戦場においては無力とされる呪文。しかし――。

 

「……これが我が駒――城兵の真価。移動こそが我が最大の武器……!」

 

 目の前に立つブロックは、今や巨大な城そのもの。

 起点から終点まで、二点間にあるものをその重量により蹂躙する。移動呪文を「戦闘」に転用した、唯一無二の怪物だった。

 

 ブロックのルーラは、従来のような「遠く離れた目的地へ跳ぶ」ものではない。

 数メートル先、あるいはすぐ真横――極端に短距離かつ高精度な座標指定を連続で行う。故に、巻き添えを恐れて、仲間の前では使うことが出来なかった。

 

 常人の視覚では捉えきれない瞬間移動……否、一手でお互いの位置を入れ替える”キャスリング”にも等しい能力の顕現だった。

 

「これが……お前の、真の力か……!」

 

 苦悶の声と共に、クロコダインの拳が再び握りしめられる。

 だがブロックは、相変わらず無言。表情一つ動かさず、ただ静かに姿勢を低く構え――再び、大気が揺れた。

 

「ッ……!」

 

 反応した瞬間、もう目の前にいた。

 読みきれぬスピード。避けきれぬ間合い。対処しきれぬ角度。それでも――クロコダインは、踏みとどまった。

 

「ぬおおおおおおッ!!!」

 

 絶叫と共に、重い腕を振りぬく。自らの全てを込めた迎撃――速度にのみ特化した会心撃を放つ……!

 がしかし、姿すら視認できぬレベルの相手に対応できるはずもない。

 

 空間が揺れるほどの衝撃。だが、完全には捉えきれなかった。

 クロコダインの会心撃はかすった程度、ブロックの拳は正面から突き刺さった。

 

 鈍く響き渡る轟音と共に、クロコダインの巨体が宙を舞う。

 

「……今のは……惜しかったな」

 

 わずかに眉を動かし、ブロックは呟いた。

 それは、初めて見せた感情――だが、そこにあるのは驚愕でも焦燥でもない。ただの、事実の認識だった。

 

「お前の力は、本物だ。――純粋な膂力、耐久、気迫、どれを取っても、確かに一騎当千の強者だ……だが、それでも。俺に勝つには、足りない」

 

 ブロックの声には、皮肉も侮蔑もなかった。淡々と、静かに、まるで分析結果を語るかのように言葉を紡ぐ。

 

 膝をついたまま、クロコダインが、再び拳を握った。

 潰れた脇腹からは血が滴り、肩は砕け、息も絶え絶え――それでも、その目の輝きは、なお消えていない。

 

 視覚では追えぬ。聴覚も、もはや意味をなさない。

 ならば、と彼は静かに目を閉じ、己の感覚すべてを研ぎ澄ます。

 そして――次の瞬間。クロコダインは、咆哮とともに地面へ拳を叩き込んだ。

 

 「うおおおおおおッ!!」

 

 地が震え、裂けた。

 

 何トンもの岩盤が空中へと跳ね上がる。まるで、地面そのものを“ひっくり返した”かのようだった。

 舞い上がる岩の破片、崩れ落ちる足場。もはや戦場そのものが形を失っていく。

 

「……ぐっ……足場を失わせたところで、無駄だ。……悪あがきを!」

 

 ルーラ――空間を移動する呪文には、足場など関係ない。

 自分にとっては、どこであろうと戦場なのだ。

 

 がしかし、ブロックの表情が揺らいだのは、ほんの一瞬だった。

 違和感の理由は、すぐに明らかになった。

 

 跳ね上げられた岩石。落下する土砂。

 そのすべてが、重力に従い、無差別に彼の頭上へと降り注いでくる。

 

「……まずい……!」

 

 即座にルーラを発動。空間を滑るように転移する。

 だが、着地の刹那――さらに巨大な岩塊が、またも頭上から落ちてくる。

 

 再びルーラで回避する。

 しかし、転移の直後には一瞬、動きが止まった。

 

「……チッ!」

 

 このままではマズい。

 

 ルーラは確かに万能だ。

 だが、それは移動先の明確な“イメージ”があってこそ。そして今、頭上から振ってくる岩塊の雨が、そのイメージを“濁らせる”。

 

「……っ、クソッ!」

 

 思わず地を蹴る。だが足場はすでに崩れかけており、踏み込みすら覚束ない。

 そのときだった。

 

 ――足を、何かに掴まれた。

 

 たたらを踏み、咄嗟に下を見る。そこにあるのは、地中から突き出た、泥まみれの腕。

 咄嗟に目を見開いたブロックの視界に、獣王の姿が映った。

 

「獣王激烈掌ッ!!」

 

 獣王が咆哮とともに地面を突き破る。

 地の底から解き放たれた暴風が、真上のブロックを撃ち抜いた。

 

「――がっ……!!」

 

 地を割って突き上げた激烈掌は、直撃をもって確かに獣王の一撃を叩き込んだ――はずだった。

 

 ブロックは打ち上げられ、宙を舞いながらも、ぐらつく身体を強引に立て直す。

 地面へと墜落し、轟音とともに砂塵が巻き上がった。

 

 クロコダインの奥歯が、軋んだ。拳を握ったまま、一歩も動かずに。

 

 やがて、煙が晴れる。

 

 そこに――まだ立っている。

 

 装甲のひび割れは深く、右肩は半ば砕け落ちていた。

 片膝をついていたブロックが、ゆっくりと顔を上げる。

 

 「……今のは……効いたぜ、クロコダイン」




オフィシャルファンブックだとブロックは呪文はルーラだけ使えるそうです。

書き始めの頃はヒャドでなにか、と考えてましたが、ファンブック買って良かったです。
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