ダイの大冒険の世界を念能力で生きていく   作:どか0623

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116 究極の秘宝

 ここには何もない。ただ、暗闇が広がる空間だった。

 息をするだけで苦しくて、声を出す気力さえ湧かなかった。

 

 重く沈むような静寂の中、俺たちは壁にもたれ、かすかに残る意識で息を吐いていた。

 地の底――どれほど深くまで来たのか、もはや感覚すら曖昧だ。ただ、ここが“破邪の洞窟”の最下層であることだけは確かだった。

 

 濃密な瘴気が、まるで粘液のように、ねっとりと肌にまとわりついてくる。

 

 そう。俺とマリンは息をするのも命がけの状態で、ここまで辿り着いたんだ。

 だが、肝心の“破邪の秘宝”は、影も形も見当たらない。それだけを頼りにやって来たというのに……。

 

 諦められるはずがなかった。俺たちは徹底的に空間を調べ回った。

 だが、本当に何もなかった。意気消沈したまま、後ろ髪を引かれる思いで、引き返すしかないと考えた――その矢先だった。

 

 階上でマァムたちがザボエラと激しくぶつかり合った影響だろう。

 通じていた階段が、崩れ落ちたのだ。

 

 もはや、地上へ戻る道はない。

 引き返すことも、救いを待つこともできない。

 

 暗闇と静寂だけが、俺たちを包んでいた――。

 

 どれくらいの時間が経ったのか、もうわからなかった。

 俺たちはただ、壁を背を預け、うなだれたまま、どうしようもない無力感に呑まれていた。

 

 そして、瘴気に蝕まれた体は、もう――手遅れだった。

 

「……ごめん」

 

 ぽつりと、そんな言葉がこぼれた。

 秘宝も見つけられず、地上で戦っているみんなの力にもなれない。そのうえ……マリンまで巻き込んでしまった。……たとえ大魔王を倒せたとしても、ここから助かる望みは薄いだろう。何もできないまま――何ひとつ掴めないまま――終わるのか。

 

 そんな思いが、胸の奥をきつく締めつけた。

 

 そのときだった。

 隣から、そっと、温かなものが触れる。

 

「トーヤ……」

 

 マリンの声が、静かに、でもはっきりと耳に届いた。

 振り向くと、彼女は泣いていなかった。絶望してもいなかった。

 むしろ、かすかに笑っていた。

 

「大丈夫。まだ……終わったわけじゃないよ」

 

 その小さな言葉が、信じられないほど重かった。こんな状況で、どうしてそんな顔ができるんだ。

 俺には、むりだ……。

 

「だって、あなたは……何度だって、立ち上がってきたじゃない。きっと、大丈夫。だから……」

 

 そっと俺の手を握るマリンだったが、その手は冷たく冷え切っていた。

 それでも、たしかに、震えるような力で俺を支えようとしていた。

 

 けれど、俺はマリンの言葉に応えることが出来ない……。

 

「……もう、無理だ」

 

 ぽつりと、俺はこぼす。

 心の奥に隠していた弱さが、堰を切ったように溢れ出す。

 

「全部無駄だった。俺がこの世界で出来ることなんて、もう……いや、最初から何もなかった……」

 

 かすれた声だった。

 情けなくて、涙なんて流したくなかったのに、瞳の奥がじわりと熱くなる。

 

 でも、マリンは責めなかった。

 手を離すこともなかった。

 

 それどころか、ふっと小さく笑って、俺の手を包み込みながら、ぽつりと語り出した。

 

「ねえ……ちょっと、昔の話をしてもいい?」

 

 唐突なマリンの言葉に、俺は少し驚きながらも、黙って耳を傾ける。

 

「私ね、小さい頃……森で迷子になったことがあるの」

 

 何を言い出すんだ、と思いながら、俺は静かに聞き入った。

 

「ひとりで何時間も、泣きながら歩き続けて……」

 

 本当に怖かった。このまま死んじゃうんじゃないか。どうしてこんなことになったんだろう。誰も助けに来てくれないんだろう。

 ――マリンは、そんな思いばかり抱えていた、と言った。

 

 静かな語り口の中に、幼い日の絶望がにじんでいた。

 

「……でもね、そんなとき、小さな小屋を見つけたの。そこで――あなたと出会ったの」

「それって……」

「……私たちが、まだ五歳の時のこと」

 

 ああ。思い出した。

 確かマリンはエイミと隠れんぼをしていて、間違えてキメラの翼で森の中に飛んでしまった――だった気がする。

 ぼんやりとした記憶が、少しずつよみがえる。

 

「わたしね、本当に怖かったの。助からないって思ってた。もう誰にも会えないんだって、諦めてた……。だからね、あの時、あなたが現れてくれたとき……わたしは、本当に嬉しかった」

 

 そう言って、マリンは恥ずかしそうに、それでもまっすぐ俺を見た。

 

「それが、わたしの初恋。……あの時からずっと、ずっと、あなたのことが好き」

 

 俺は言葉を失った。

 こんなにも――長い間、ずっと――。

 

 俺は、自分自身を、ここまで情けないと感じたことはなかった。

 

 この世界は、あまりにも広く、冷たく、厳しい。

 どれだけもがいても、必死に叫んでも、届かないことだって、たくさんあった。

 

 無力だった自分。無意味だったあがき。

 ――そもそも、俺がこの世界に転生した意味なんて、あったんだろうか。

 

 心の奥底で、そんな思いが、ずっと俺を飲み込みかけていた。

 ここでは、何かひとつを成そうとするたびに、何か別のものを踏みにじらなきゃならない。そんな、残酷な場所だった。

 

 だけど――。

 

「……トーヤ」

 

 か細く、その手は震えていたけれど、決して離れなかった。

 

 たった一人でも、俺の存在を必要としてくれる人がいる。

 たった一人でも、俺を信じてくれる人がいる。

 

「……つーか、ぶっちゃけ。バーンなんか、どうでもいいんだよ」

 

 更に言うと、世界平和だってどうでも良い。

 ただ、このどうでも良いってのは興味がないとか、面倒だとか、そんな理由じゃない。

 

 ……そうだよ。せっかく、二度目の人生をもらったってのに。俺は、まだ、全然楽しめてねえじゃねえか。

 

「俺も、好きだ。バーンのやつをぶっ飛ばしたら、結婚の前にまずはデートだな」

 

 単純明快で申し訳ないが、俺がこの世界で戦う理由なんてそんなもんだ。

 そして――戦わなきゃならない以上、こんなところでくたばっている訳にはいかない。

 

 そう思った途端、俺は無理やりにでも立ち上がろうとした。

 だが、そのとき、隣にいたマリンが――ぐったりと、壁にもたれるようにして崩れかけた。

 

「マリン……!」

 

 マリンの呼吸は浅く、意識はほとんど飛びかけていた。

 俺は、マリンの小さな手をぎゅっと握りしめた。

 

「……待ってろよ。すぐに、地上まで連れてってやるから」

 

 こんなところで、終わってたまるか。まだ何も楽しめてない。

 まだ、マリンと笑い合って、ふざけ合って、未来を語り合いたい。

 

 ――その一心で、俺は目を閉じた。

 

 もう知ったことか。俺がどうなろうと関係ない。

 俺は、身体の奥底へと意識を沈めた。内側に渦巻くものを、必死に、必死に、手繰り寄せる。オーラというオーラを、根こそぎかき集める。

 

 ――途端、血の巡りが滞る。喉が焼ける。脳が悲鳴を上げる。

 

「……ッぐ……!」

 

 瘴気に侵され、ボロボロの体に無理を強いたせいだ。オーラを練れば練るほど、苦痛は増していった。全身が悲鳴を上げ、骨が軋み、意識がぐらつく。

 だが、それがどうした。それでも……それでも俺は、マリンを、助けなければならない……。

 

 目の前で、か細い呼吸を繰り返すマリン。

 震える指先で、必死に俺の袖を掴んでいたあの手。

 

 あの温もりだけは、絶対に手放したくなかった。

 

「……っ、くそがッ。……な、なんだ……!?」

 

 突如として、激痛が、すっと引いていった。焼けるようだった全身が、嘘のように、静かになっていく。

 代わりに、体の奥から、温かなものが湧き上がってきた。それは、俺の意志に応えるかのように脈打ち、形を持ち始める。

 

 俺の中心から、光が広がっていた。

 

 ぼんやりと、最初はかすかな輝きだったそれは、みるみるうちに大きく、強くなっていく。

 気づけば、周囲の瘴気が、音もなく掻き消されていた。ぐらついていた意識が、急速に澄んでいく。あれほど厚く重かった瘴気も、この光の前に、霧散していった。

 

 

 +

 

 

「すばらしい……ッ!?」

 

 暗闇の中、驚愕の声とともに、興奮気味の拍手が響き渡った。

 

 死神キルバーン――・本来なら、すでにトーヤによって滅ぼされたはずの存在。

 彼は人形の肩の上で、心からの称賛を惜しまなかった。

 

「何の道具も呪文もなく、瘴気を打ち払うとは……! まさに奇跡! これぞ、破邪の洞窟の真の秘宝だ!!」

 

 自らの身に起きた異変を理解するよりも先に、トーヤはその声に驚き、思わず名を叫んだ。

 

「キルバーン……!? テメェ、生きてやがったのか!」

「ふふふ……死神が簡単に死ぬ訳がないだろう? もっとも、今はそんなことはどうでもいい」

 

 仮面の奥から、氷のように冷たい視線がトーヤを貫く。

 

「キミこそ見事だよ、少年……。気づいているかい? キミは今、究極の力を手に入れた」

 

 キルバーンの声には、心の底からの驚嘆と――抑えきれない欲望が滲んでいた。

 死神キルバーンは、ゆっくりとトーヤに歩み寄りながら言葉を紡いだ。

 

「この破邪の洞窟は、かつて神々によって作られた……。邪悪なるものに立ち向かう力を、人間たちに授けるために、ね」

 

 仮面の奥の目が、ねっとりと光る。

 

「強力な呪文、魔道具、神器――ここにはあらゆる力が用意されている。だが、それらはすべて“玩具”のようなものさ。今、キミが手にした力に比べたら」

 

 キルバーンは人差し指を立てると、劇的な間を置いて続けた。

 

「それは、物でもなければ、技でもない。どれほど絶望しようと、どれほど傷つこうと……なお、立ち上がる心。邪悪を前にしても、くじけず、迷わず、自らの信念を貫く魂」

 

 拍手の音が、再びトーヤの耳に響いた。

 

「それこそが、この洞窟に眠る真の秘宝……破邪の源、“不滅の意志”だ」

「不滅の、意志……?」

 

 トーヤは戸惑いながら呟いた。

 この身に宿る感覚――それは確かに、力だった。ただの魔法でも、肉体の力でもない。もっと根源的な、魂の底から湧き上がる何か。それこそが、破邪の秘宝――人が持つ最後の、そして最強の武器だと、死神は言う。

 

 キルバーンはさらに一歩近づくと、まるで友人に話しかけるような調子で囁いた。

 

「だから、少年。ボクも微力ながら力を貸そう――」

 

 そして、声を潜め、にやりと笑った。

 

「今のキミなら、バーンだって殺せる」




リボーンの死ぬ気と同じ理論です。
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