キルバーンの声は耳に入っていたが、俺はまともに取り合う気にはなれなかった。
あんな胡散臭い囁きより、今は――。
「マリン、大丈夫か?」
俺はすぐにマリンへと視線を移した。
マリンは壁にもたれるように座り込んだまま、顔を上げ、ぼんやりと俺を見ていた。
「トーヤ……?」
「無理、すんなよ。少し休め」
微かに震える声。けど、その瞳にはちゃんと光が戻っている。
それだけで、胸がいっぱいになった。気がつくと、俺はマリンの肩を抱き寄せていた。少し熱っぽい体温。先ほどまでの死人みたいな冷たさは消えている。
瘴気の影響も、もうほとんど抜けているみたいだった。
思わず安堵の息をつく。
これで一番大事なものは守れた。そう思った瞬間、ようやく俺はもう一度、背後にいるキルバーンへと意識を向けた。
「……で? 何の用なんだ?」
……殺気も、害意も、まるで感じない。あいつがその気になれば、俺たちはとっくにやられていたはずだ。
それなのに、今のところ攻撃のそぶりすら見せない。
キルバーンは、まるで心から愉快そうに肩をすくめた。
顔の半分を覆う帽子の下で、薄く笑っているのがわかる。
「なぁに。バーンと戦うつもりなら――微力ながら、ボクも力を貸そうってだけさ」
「……ふーん。まぁ、借りられるなら借りとくか」
「おや? あっさりだね。もう少し悩むかと思ったけど?」
飄々と、軽い調子でそう言い放つキルバーンが鼻につく。
だが、コイツの「助力」というのが本当なら、無下にするわけにはいかない。俺は我慢の出来る男だからね。
ぐっと飲み込んで、肩をすくめてみせる。
「お前はヴェルザーの配下だろ。バーンの寝首を掻こうとするくらい、別に不思議じゃない。だったら、少なくとも今の時点では――有益な関係が築けるだろうよ」
「……ほぉ」
今度はキルバーンが笑みを消した。
帽子の下、じっとこちらを見据える視線に、わずかながら警戒心が混じる。
ふふん、効いてる効いてる。
交渉の第一歩は、まず相手より優位に立つこと。
ただの人間の俺が、なぜそんなことを知っているのか――こいつには不思議で仕方ないに違いない。
内心でほくそ笑みつつ、俺はさらに一歩踏み込んだ。
「で、何してくれるんだ?」
言いながら、油断はしない。どんな甘い話にも裏はある。
そしてこの男に限って、善意で手を貸すなんてことは絶対にない。
キルバーンは短く笑った。
それは、まるで「試している」と言いたげな、悪意を含んだ笑みだった。
「なぁに、たいしたことじゃないさ。バーンと戦うんだろう? ――でも、その体じゃムリだ。 治してあげるよ」
そう言うと、キルバーンは人形の肩からひらりと飛び降りた。
足音ひとつ立てず、とんがり帽子を揺らしてこちらへ近づく。
俺は反射的に身構えたが、キルバーンは構わず、マリンと俺に向かってすらすらと呪文を唱えはじめた。
「それっ!」
温かな光が、俺たちを包む。体中にしみ込んでいた痛みと疲労が、じわじわと癒えていくのを感じた。
瘴気と毒はすでに抜けていたが、満身創痍だった身体は、今ようやく――まともに動ける状態へと回復していった。
マリンもまた、静かに目を閉じて回復の光に身を委ねている。その表情から疲労の色が消え、ようやく安堵の息をついた。
……どうやら、ちゃんと効いてるみたいだな。
「これで、少しは信じる気になった?」
「まあな。でも当然、タダで施しを受けたとは思ってない」
キルバーンは、愉快そうに片眉を上げた。
「さて、じゃあバーンの元へ案内しようか。それと……道すがらダイたちの戦況でも話そうか。気に、なるだろう?」
……なんだかんだ言って、コイツの条件は悪くない。
俺はちらりとマリンを見た。彼女はまだ回復の余韻に浸りながらも、俺に小さくうなずいた。
「……わかった。案内、頼むぜ」
「ボクが地上までの道を作るから、ついておいで」
キルバーンは軽く肩をすくめ、人形にひょいと飛び乗ると、崩れた階段の方へ歩き始めた。
……え? まさか、あの土砂を退かしていくつもりか?
冗談はやめたまえよ。日が暮れてしまうじゃないか。
体力も戻ったことだし、ここは回復祝いの意味も込めて、一発かまさせてもらおうか。
俺は片腕を突き上げ、腰を落とし、オーラを一点に集中させた。
「――この方が早いっしょ!!」
特大の霊丸を形成し、そのまま天井めがけて撃ち放った。雷鳴のような轟音とともに、光の塊が天井をぶち抜いていった。
天井に大穴が空き、上層への道の完成である。我ながらナイスなアイディアだと言わざるを得ない。
「ちょっ、ちょっとちょっと、なにやってんのさ!」
何故かキルバーンが慌てた声を上げた。人形から飛び降り、俺に詰め寄ってくる。
と同時に、周囲の壁がぐらぐらと不吉に揺れ始めた。
……あー、なるほどね。
事ここに至って、俺は自らの過ちに気がついた。
まぁそういうこともあるよね、人生は。
土煙が立ちこめ、今にも大規模な崩落が起きそうな嫌な音が響く。
キルバーンは手早く人形を操り、俺たち二人を両脇に抱えさせると、壁を蹴って一気に上階へ飛び移り、さらに次々と上層へと駆け上がっていった。
「まったく、キミには呆れるよ。まさか上に仲間がいることを忘れてるわけじゃないだろうに」
「……え?」
「え?」
呆れた声でキルバーンがぼやく。
土埃まみれになりながら、俺は助けを求めるようにマリンの顔を見た。背中にとんでもない量の汗が流れていくのを感じる。
――あ、これ、やっちまった。
+
抱えられたまま、しばらくの後。キルバーンは思い出したように口を開いた。
「そういえばキミ、この間も“黒のコア”を放置してたよね」
「はて? この間とは?」
「ボクをバーンパレスで殺したときさ。そのとき、この人形の頭の中に仕込んでた黒のコアのことだよ。……なんで忘れるかな」
……あれか!? そういえば、どうしたっけ……。
確かあの時は、マキシマムと適当に喋ってたら、ハドラーに仕込まれてた黒のコアが爆発して――瓦礫がすごすぎて、どんなに探しても出てこなくて……。
それで、バランが瀕死でヤバかったから、後回しにして――やっべ……。
でもまさかキルバーンが回収してたとは。結果オーライとでも言うべきか。
マリンはぎょっとした顔で俺を見るが、俺はちょっとばつが悪くて顔を合わせられない。
キルバーンは俺たちを抱えたまま、軽い調子で続ける。
「機能停止した人形は一定時間が経つと爆発するようになってる。あのときボクが回収してなければ、誘爆して全滅だっただろうね。感謝の言葉くらいくれてもいいくらいだよ」
「ぜったい嫌だ。お前が元凶だろうが」
……そうか。
ダイたちと合流したあとに感じてた違和感――あれはキルバーンだったんだ。
たぶん、遠くから俺たちを見張っていたんだろう。
バーンとの本線前だったから、緊張してて深く考えなかったが、確かに、あのときは妙な不快感がつきまとっていた。
なんてやり取りをしていると、前方から話し声のようなものが聞こえてきた。
マァムたちだ。彼女たちは俺たちに気がつくと、真っ先に俺を睨みつける。
「トーヤッ!! 無事かと思ったら、何したのよ!! 死ぬかと思ったんだからね、あなたのせいで!」
怒りと安堵が入り混じった声。その後ろでは、メルルやでろりんたちもへたり込むように座り込み、咳き込んでいる。
床や壁はヒビだらけで、天井からも細かい石片がパラパラと落ち続けていた。
怒りと安堵が入り混じった声。
その後ろでは、メルルやでろりんたちもへたり込むように座り込み、咳き込んでいる。
床や壁はヒビだらけで、天井からも細かい石片がパラパラと落ち続けていた。
「……えーっと、俺じゃない……よ?」
とりあえずウソを吐く。が、当然マァムは引き下がらない。
「じゃあ、誰がやったっていうのよ! どう見てもあれ、霊丸だったじゃないの!」
詰め寄ってくるマァムに、俺は思わず後ずさった。
マリンも助け舟を出そうとしたが、マァムの剣幕に押されて口をつぐむ。
必死に言い訳――もとい、弁解の言葉を探していると、後ろからキルバーンがひょいと顔を出した。
「うるさいなぁ。そんな悠長に怒ってる場合? まだ片付いてないでしょ?」
正体を隠す気はないのか、人形ではなくキルバーン本人がぬけぬけと口を挟む。
その瞬間、マァムの表情が「なんでお前がここにいる」と言わんばかりに険しくなる。ていうか、気づくの遅ぇよ。
「違う違う! こいつは敵だけど、今は……一時的に、協力してくれてるんだ!」
俺の言葉に、マァムは疑わしげな目で俺とキルバーンを交互に睨む。
その視線に込められた「絶対に信用できない」の圧が凄まじくて、背筋に冷たい汗がつたう。
「それより、そっちもそれザボエラ? どうしたんだ、気絶してんのか?」
視線をやると、縄でぐるぐる巻きにされたザボエラが転がっている。
マァムたちも一瞬、視線をそちらへ向けた。
「大雑把に言うと、ただ気を失ってるだけ……かな」
「で、でも……この洞窟、どうも様子がおかしいんです。ザボエラが仕込んだ何かが動いているみたいで……黒い模様のついたモンスターが、ずっと現れてくるんです」
メルルが弱々しく口を開く。
彼女曰く、そのモンスターたちからは邪悪な気配は感じないという。
「敵じゃないんでしょ?」
「今のところ、こちらを襲ってくる気配はありません。でも、何をするかわからないので……怖くて」
でろりん、ずるぼん、まぞっほ、へろへろたちは、明らかに疲労困憊で、床に座り込んで肩で息をしている。
……そのときだった。ザボエラの懐から、何かがカランと音を立てて床に転がり出た。
みんなの視線が一斉にそちらに注がれる。
黒くてツヤのある、手のひらサイズの楕円形の機械。左右に突き出たスティック、ボタンらしきものがいくつも並んでいる。
どう見ても、見覚えのあるアレにしか見えなかった。
「どう見ても、PS Vitaじゃん」
「ピーエス……なに……?」
とマァムが首をかしげるが、俺は内心テンションMAXだった。
だが、冷静になれば、そんなものがこの世界にあるはずもない。――なら、ザボエラの懐から落ちたこれは一体、何なのか。
「……マリン、これ、魔力感じる?」
「うん……でも、どこか機械っぽいというか……魔導機械ってやつかもしれないわね」
マァムが訝しげにそれを覗き込もうとした、その瞬間。
機械の表面が突如、淡い光を放ちはじめた。
そして中央の画面には――俺たちの後ろ姿が、鮮明に映し出されていた。
「監視カメラ……?」
思わず声に出してしまった。
気になって振り返ると、そこには黒い文様をまとったモンスターたちが、じっとこちらを見つめているだけだった。
……あ、ぴーんときた。
これ、たぶん――あのモンスターの視界が、このモニターに映ってるんだ。
試しに十字キーを軽く倒してみると、画面の中でモンスターがぬるっと動いた。
「……おお! ってことは、これで操作できるってことか!?」
興奮気味にボタンをいろいろ試してみると、LとRボタンで視点、つまり操作対象のモンスターを切り替えられることもわかった。
画面は次々に別の視点へと切り替わり、それぞれがこの洞窟の別々の場所を映し出している。なんだよこれ、ゲームみたいだな……。
と、そのとき。
「おお、こっちにもあるぞ!」
でろりんがザボエラの懐を漁り、そっくりのコントローラーをもう一つ取り出した。
続いてへろへろ、まぞっほ、ずるぼんも、それぞれ器用に別のポケットや隠し袋から同型の装置を見つけ出す。
「わはは、これは愉快じゃのう。まるで操り人形じゃ!」
「へへっ、こっちのやつはジャンプもできる! ……すっげぇ、反応も速いぞ!」
まぞっほがスティックをくるくる回し、モンスターをくねくねと踊らせる。へろへろもにやにやしながら器用に操作し、画面の中のモンスターを俊敏に動かしていた。
彼らは普段の戦闘では頼りないが、手先の器用さには定評がある。
もはやゲーマーかってくらいの指さばきで、それぞれのモンスターを自在に操りはじめた。
「ちょ、ちょっと! 本当に大丈夫なの、それ!?」
マァムが慌てて声を上げるが、誰も耳を貸そうとしない。
どうやら、超魔生物の“兵隊”たちはこの《魔導コントローラー》によって遠隔操作されていたらしい。
そして今や、その操作権は――完全にこっちにある!
……まあ、だから何だって話なんだが。