ようやく来たか――。
漆黒の玉座の上からその姿を見下ろしながら、バーンは静かに息を吐いた。少年とは思えぬ気配。だが、ただの子供ではないことは最初からわかっていた。ここまでたどり着ける者は、そう多くない。故に、この少年はーーダイだけは特別だった。
あらゆる困難を乗り越え、仲間を救うために己を捨てることすら厭わない。戦いの中で成長し続け、恐怖に屈せず、憎しみすら乗り越えた。
竜の騎士……否、この少年は存在として完成されつつある。個としての高み。故にバーンにとって、ダイは稀有な存在だった。
静寂が満ちる玉座の間。ゆっくりと立ち上がり、バーンは一歩だけダイに近づいた。
――彼は、言う。
この腐りきった世界を……人間を捨て、余と共に来い、と。
力なき者に未来などない。混沌とした世界に、秩序をもたらす理(ことわり)――それが力だ。
だが、ダイの答えは、やはりというべきか……。
拳を強く握り、砕けた剣に宿る希望の光を見せながら、彼は言ったのだ。
――そんな世界は見たくない。力で支配したその先に、未来なんてない、と。
静かに、だが確かに、バーンの胸に冷たい風が吹いた。
……やはり子供。理より感情を選び、それを拒む。
バーンは腕を広げた。己の存在そのものを震わせ、玉座の間に圧倒的な闘気を満たす。天も地も、空間すら歪む。これが、バーンという存在の本質。
“正義”とやらが、いかに脆く、儚いものか――見せてやろう。
そして、空間が弾けた。
閃光が走る。怒涛の魔力と闘気がぶつかり合い、玉座の間は光と闇の嵐と化していく――。
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それは、「戦い」と呼べるものではなかった。
大魔王バーンは、まるで獲物を弄ぶ獣のように、余裕をもって呪文を繰り出す。
ダイに許された行動は、ただ必死に避けることだけだった。
フェニックスウィング。カラミティエンド。カイザーフェニックス。本来なら一撃で命を奪う筈のそれらを、バーンはあえて使わない。
殺さぬ程度の呪文で、まるで遊ぶようにダイを嬲り続けていた。
地を駆け、跳躍し、転がり、瓦礫に隠れながら、ダイはぎりぎりの回避を続ける。
呪文が残す余波だけで、身体は傷ついていく。岩壁が砕ける衝撃で全身を打ち、熱波が皮膚を焼き、爆風で視界を奪われる。衣は焦げ、皮膚のあちこちに裂傷が走っていた。
「っ……あああああっ!!」
叫びとともに飛び出し、渾身の一撃を放つ。だがそれすら、バーンにとっては風を払うほどのこともない。
伸びた剣を軽くいなし、即座に繰り出した拳が、鋼のような勢いでダイの腹に突き刺さる。
「ぐ……っ!」
空気が漏れたような声。ダイの身体は弾かれ、背後の石柱に叩きつけられた。
砕け散る岩。宙を舞う破片。崩れ落ちた身体は、うつ伏せのまま、もう動けない。
「……よもや、この程度で余に刃向かうとはな。誠に、愚かしい生き物よ」
バーンが静かに歩を進める。
その足取りには、焦りも怒りもない。ただ、粛々と――予め決められた終幕へと歩む者のように。
今のダイでは、あまりに力が足りなかった。
紋章は一つしかない。それでは、この絶対的な力には届かない。もはや“戦い”とは呼べなかった。
この世界において、それは当然の結果だった――。
負けたくない。絶対に、負けたくない。こんなところで倒れるわけにはいかない。みんなが繋いでくれたこの先に、自分が行かなくてどうする。
立ち向かわなければならない。ここで立たねば、すべてが終わる。なのに――体が動かない。
仮に立ち上がれたとして、動くことが出来たとして、なにが変わると言うのか。
絶望的とはこういうことか……?
そのとき、地上から天に向かって一筋の光が延びた。
鋭い一筋の輝き。空を貫くような、まばゆい光柱。
バーンがわずかに眉をひそめた。視線が光を追う。
それはあまりに鮮烈で、視界のほとんどが霞んでいたダイにも、はっきりと見えた。
なぜか胸が熱くなった。まるで、彼が背中を押してくれたような。「立て」と言ってくれているような……そんな気がした。
何故かなんてわからない。ただ、感じたのだ。
この世界のどこかで、彼も戦っている。自分と同じように、いや、自分以上の苦しみの中で――それでも諦めず、立ち向かっている。
ならば、負けていられない。
痛みはまだある。息も絶え絶えだ。だが、まだ死んじゃいない。死んでいないなら、やることはひとつだけ。
――今、心が動いた。
力が湧く。希望が灯る。勇気が、鼓動を打つ。
「……まだ、終わってない……。いや……終わらせない……!」
かすかな声が、震える唇から漏れた。
そして、ダイは再びその身を起こし始めた。
「……つまらぬ。戯れは終いだ。地上の滅びを前に、果てるがいい」
バーンが、ゆっくりと右手を掲げた。
魔力がうねる。世界が凍りついたような沈黙が走る。
そして、叫びとともに放たれる――灼熱の鳳凰。
バーンの掌から迸るそれは、巨大な火の鳥と化し、天を裂く咆哮とともに、一直線にダイを呑み込まんと突き進む。
火柱が立ち上る。およそあらゆるものが沸騰し、蒸発する絶望の炎。
その中心で、ダイは――。
「……な……に?」
バーンの表情が驚愕に染まる。
炎に焼かれ、消し飛んで然るべきその場所に、確かに――ダイは立っていた。
しかも、その身は炎に焼かれてなお、微動だにしない。否、焼かれてなどいない。ダイの身体は、あの灼熱の炎を、まるで衣のように纏い――力へと変えていた。
「……これは、そうか……っ!」
困惑するのはダイも同じだった。
自身に渦巻く炎の力に戸惑いながら、ふと脳裏に浮かんだのは――親友の姿。ポップは、あの時、ただひたすらにフィンガーフレアボムズを放ち続けていた。一見すれば無謀とも思えたあの行動――だが、その裏には、確かな意図があったのだ。
あれはダイを“取り戻す”ための戦いではなく、バーンを倒す糸口を掴むためのーー”継ぐ”ための戦いだった。
ポップは、ダイの“カイザーフェニックス”を攻略するためだけの礎となることを選んだ。
「ポップ……お前がいてくれたから……俺はっ!!」
全身を包む灼熱のオーラが、ダイの内なる力と共鳴する。
恐れは、もうない。あるのは――仲間への信頼と、立ち向かうべき敵への揺るぎなき覚悟。
その瞬間、ダイの胸に輝く“アバンのしるし”が、鮮やかな青に染まる。
未来を賭けた、この決戦。バーンを前にして、ダイの心に――仲間たちの姿が浮かんだ。
自分を信じてくれた友。傷つきながらも、そばにいてくれた仲間。この旅で得た、何よりも大切な“宝物”。
彼らの想いが、力が、確かなつながりとなって、ダイの胸を熱く満たしていく。
「ここで終わりになんて、させない! お前の思い通りにはならないぞ!」
――これが、アバン先生の言っていたことなんだ。
これこそが、“他人のために力を使う”ということなのだと。先生が教えたかった、本当の力。
バーンがどれほど強かろうと、この力が折れることは決してない。
これが――勇気だ!
これが――闘志だ!
これが――愛だ!
これが――正義だ!
ポップ。ヒュンケル。マァム。レオナ。
そして、アバン先生。みんなが授けてくれた絆が、いま確かにダイを支えている。
そうだ、自分一人で戦っているんじゃない。
一人の力は、皆のために。皆の力は、一人のために。それが俺たちの強さであり――誇りなんだ。
今のダイには先ほどまでとは違う、明らかな“重み”があった。圧が違う。気迫が違う。そして――恐れがない。
そのダイを前に――バーンは、初めて防御を意識した。
「……図に、乗るなっ!!」
低く唸るようなバーンの声が響いた瞬間――世界が震えた。
地面が軋み、空気がよどみ、魔力が空間を飲み込むように渦巻く。それは、圧倒的な“力”の前触れ。バーンの全身から、黒く禍々しい気が噴き上がる。
「余も、貴様を見くびっていたようだ。だが――それも終わりだッ!」
瞬間、いくつもの高位呪文が、連続して放たれる。最上位級の破壊魔法。防御不可能な拡散呪文。時間差で爆ぜる連撃の術。
そのどれもが、ダイに向かって襲いかかる――だが。
「――はあああっ!!」
ダイが剣を振るうたび、呪文の奔流が切り裂かれ、砕け、霧散していく。
光と熱と殺気の嵐の中、一歩ごとに、踏みしめるたびに、剣がより激しく輝いていく。
「な……なに……? 呪文が、通らない……だと!?」
否、呪文が効いていないわけではない。ダイは呪文の力を“斬って”いるのでもない。
それらを――自らの力に“変えて”纏っているのだ。故に、動きは先ほどまでとは比べものにならないほど速く、重く、鋭い。
もはや、ダイに呪文は通用しない。
それどころか――放った呪文が、ダイの脅威を増す結果になっていた。
「終わらせるぞ、バーン!!」
ダイの叫びとともに、渾身の斬撃がバーンを襲う。
迫る閃光。避けきれない。バーンは咄嗟に死を覚悟した。
その瞬間ーーダイの剣が、根元から折れた。
火炎大地斬が好きでした。