――動け。
そう心の中で叫んでも、返ってくるのは鈍い痛みと、鉛のように重い四肢の感覚だった。だけど、それでも動くしか無い。立ち止まったら終わる。そして立ち止まれば――死ぬ。
俺は、つんのめるように地を蹴った。
ふらつく身体を引きずりながら、瓦礫の合間を逃げ回る。
「フフ……いいぞ、実にいい! もはや虫の息であろうに、それでも抗うか!」
バーンの声が響く。高揚し、勝利を確信している口ぶりだった。舐めやがって、まだ終わってねえぞ!
足取りこそ重いが、まだ動ける。それにキツいのは向こうも同じはず。
呼吸が追いつかない。視界が揺れる。意識が、暗転しそうになる。
だけどまだ……まだ、一発……残ってる……。
俺は走りながら、体中のオーラの残滓を搾り出す。
限界を越えた身体が悲鳴を上げるが、それでも指先に力を込める。
視界の端に、バーンの姿が見えた。
奴もまた、ふらつきながら俺を追う。互いに、全盛の動きなんて程遠い。だが――それでも走っていた。
俺とバーン、二つの影が並ぶように走る。いや、逃げる俺を、追うバーンが迫っているだけだ。
「どうした? 先ほどの黒炎は出さないのか? もう尽きたか?」
バーンが並びかけ、嘲るように言い放つ。
その言葉が耳を刺す。だが軽口を返す余裕なんて、もうどこにもなかった。
――畜生……追いつかれる……!
足がもつれかける。それでも、必死に踏みとどまった。
横目でちらりと見ると、バーンの足取りも決して軽くはない。
呼吸は荒く、焦りの色が滲んでいる。口では威勢のいいことを言っているが、消耗は明らかだ。
俺は、わずかな隙を見て、一歩、横に跳んだ。
「ちょこまかと……!」
バーンが苛立ちを隠さず声を上げる。
――今だ。
《霊丸》
閃光が迸る。
バーンの眼が見開かれる。放った直後、俺の身体は力尽き、転がるように地面に崩れ落ちた。
威力は普段の半分以下――いや、それにも遥かに届かない。
最後の望みを託した光の矢は、一直線にバーンへと飛びーーその軌道を、バーンはぎりぎりで避けた。
一瞬、彼の顔に焦りが浮かぶ。
だがすぐに、それは確信に満ちた笑みに変わる。
「……ふ、ふふふ……! 貴様には本当に驚かされる」
そう言いながら、トドメを刺すべく、俺に向かって駆け寄ってくる。
「名は、確かトーヤとか言ったな。――死ぬがよい」
――その瞬間だった。
「……ッ!」
閃光が、背後からバーンに直撃し、炸裂する。
霊丸。
それは真っ直ぐに飛び、瓦礫の影に転がっていた――“シャハルの鏡”に当たり、跳ね返った。
バーンの体が、ぐらりと揺れる。
「シャハルの鏡……? バ……カな……」
そして、崩れ落ちるように地面に倒れ伏す。
そのまま、大魔王の意識は闇へと沈んだ。
俺は、地に伏したまま、息を切らしながら笑った。
「室田遠矢だ。覚えとけ、バーカ」
+
同時刻、世界各地の街が、不穏な影に包まれていた。
空は鉛色に曇り、魔王軍のモンスターたちが街道を蹂躙し、村を囲み、人々は家の陰で震えながら空を見上げていた。
「ま、まさか……このまま……滅ぶのか……?」
「誰か、助けてくれええええ……!」
そんな絶望の最中――突如、大地が唸り声をあげた。
ゴゴゴゴゴ……!!
「じ、地震か!?」
「いや、なんか来るぞッ!!」
人間も魔物も、思わず一斉に足を止め、地鳴りのする方角を振り返る。
そして現れた――!
荒れた地面を踏み鳴らしながら、整然と駆けてくる大軍団。その先頭に立っていたのは――。
「ガハハハッ!! 真の勇者、でろりん様のお通りだーーッ!!」
巨大な魔物の上に立ち、どこか勇者っぽいポーズで仁王立ちするのは、あのニセ勇者・でろりんだった。
その横には、ずるぼん、まぞっほ、へろへろが無駄に眩しい笑顔を浮かべている。
「まさかこの日が来ようとはの……!」とまぞっほ。
「俺たち、ホントに救世主になっちまうな」とへろへろ。
「おほほほ! モンスターどもよ、震えなさィ!」とずるぼん。
彼らの背後には、コントローラーで操られた大量の超魔生物たちが、規律正しく行進している。かつてザボエラが操っていたそれらは、今や完全に――ニセ勇者パーティーの支配下にあった。
「う、うおおおお!! ゆ、勇者さまが来てくれたぞおおお!!」
「いっけえええええええ!! 正義の軍団!!」
でろりんがカチカチとコントローラーを操作すると、超魔生物たちが一斉に突撃を開始した!
魔王軍の兵士たちは為す術もなく吹っ飛ばされ、悲鳴とともに空を舞う。
「うぎゃあああ!」「こっち来るなァ!」「やめてくれぇええ!?」
魔物を従えたでろりん一行は「正義の軍勢」として、次々と村を解放していく。
「よーし次はあの城いってみよう! あそこになんか悪そうな塔あったよな!」
「ついに俺たちの時代が来たぜ……!」
勇者でろりんと仲間たちの伝説は、こうして世界各地へと広がっていった――。