終わった……。
全身が軋むように痛む中、俺は空を仰いだ。真っ赤に染まった空が、まるでこの長い戦いに幕を下ろすかのように、静かに広がっていた。
地面にへたりこむ。胸の奥に、確かにひとつ、安堵の火が灯っていた。
それにしても……危なかった。
霊丸が鏡に反射するなんて、すっかり忘れてた。いや、下手したら幽白の作者だって覚えてないレベルだろ。
でもこの場合、あれは俺が“念”で作った技だし、無意識下では覚えてたってことなのか……? いや、でも……ま、どうでもいいや。
バーンのかすかな呼吸だけが、静けさの中で響いていた。
俺はその音を確かめてから、ゆっくりと立ち上がり、バーンの前へと歩を進める。
――その時だった。
空間がねじれ、黒い穴がぽっかりと開いた。
その中心から、あの仮面の男が現れる。
「おやおや。随分とのんびりさんだねぇ、トーヤ君」
キルバーンだ。手にした鎌からは、邪悪な殺気が漏れていた。
思わず構えを取る。俺はまだ動けそうにない。やはりこのタイミングを狙って来たか。
「正義とは強者のことだと常に言っておられたあなたとも在ろうお方が、無様に生き延びるとは見苦しい。幕はボクが引いて差し上げましょう。そして、ついでに――危険因子も、ね」
仮面の奥で笑ったような気がした。
鎌が、ひときわ鋭く光る。
その時――空を裂くような高らかな声が響いた。
「ちょぉ〜っと待ったァアアアアアア!!」
直後、光の柱が空から降り注ぐ。
そこから颯爽と――いや、妙にポーズの決まった男が降り立った。
……次から次へと忙しないな。
全身オリハルコン製のまばゆい光。
無駄にキラリと光る笑顔。名乗り口上すら幻聴のように聞こえてくる。
「正義の鉄塊ッ! ザ・キング・マッシィィィィィムァァァァ!! ただいま、見参ンン!!」
俺とキルバーン、そして瀕死のバーンが、全員一瞬フリーズした。
……いや、何だこいつ。
「疲弊しきったところを狙うとは、なんと卑劣なやつ! そんな悪行はこのワタシが許さん!」
それお前じゃん。
俺たちーーというかキルバーンを中心に、オリハルコンの軍勢が続々と現れる。
光り輝く軍団は、機械のように規則正しく整列していた。
人形の体にも関わらず、キルバーンは明らかにイラついていた。
「陰気な仮面野郎! お前にバーン様も、その青年もやらせるわけにはいかんッ!」
バァン! という効果音すら似合いそうなポーズで、マキシマムは俺の前に立ちふさがる。
……なんかすごい勢いだが、たぶん味方だ。
キルバーンは無言のまま鎌を構えた――が、すぐに矛を収めた。
「あーあ、これはさすがに降格かな」
ひとことだけ残し、キルバーンは空間の裂け目に消えていった。
オリハルコン軍に囲まれたこの状況では、さすがに分が悪いと見たのだろう……と言いたいが、俺がまだ回復手段を残していることに感づいただけのようだ。
回復呪文の込められた魔弾丸の弾をポケットにしまって、俺は一息ついた。
勝ち誇ったように高笑いしているマキシマムには黙っておこう。
なんだかんだで助かったのは、間違いないからな。
+
「……なぜ、助けた」
「死にたかった?」
問い返すように、静かに言い返す。
バーンはすぐには答えなかった。だが、やがてぽつりと、漏れるように言葉をこぼした。
「……わからぬ。敗北も、終焉も……こんなに、空虚なものだったとは……」
なら、こいつの問いに先に答えてやろう。
俺は肩をすくめながら、吐き出すように言った。
「俺もだ。なんでお前を助けようと思ったか、正直、ようわからん。……じゃあ、お前は?」
そう言って、助けに入ったマキシマムに視線を向ける。
「吾輩はバーン様の腹心の部下であるからして、お守りするのは当然のこと!」
「え、俺は? お前と俺、敵同士だろ?」
そう問い返すと、マキシマムは高らかに笑った。
「はっはっは!」
……なぜか、それ以上答えない。
まあ、いいや。別に深く聞きたいとも思わねぇし。
「お前がやったことは許せない。でも、それが“悪”だったかどうかは……正直、わかんねぇ。残酷だとは思うけどな」
侵略。結局はそれだけのことだ。
人間だって、そんなもんは歴史の中で当たり前のように繰り返してきた。ただ、バーンのやったことは――規模が桁違いだったってだけの話だ。
魔界の連中の境遇を考えれば、あいつらなりの“正義”があったのかもしれない。
ある意味じゃ、筋は通ってるとも思える。理不尽に見えて、理屈はある。
でもな――。
好き勝手やったなら、それ相応の覚悟は持ってもらわないと困る。
俺はお前に勝った。だったら、これからは俺の言うことを聞いてもらう。
地上の復興には、きっととんでもない時間と労力がかかるだろう。
せっかくこの世界に来て、楽して面白おかしく暮らすつもりだったのに――全然、満喫できてねぇんだよ。
だが、こいつがいれば話は違う。
膨大な魔力を使えば、復興なんて朝飯前だ。むしろ、文明の水準すら引き上げられるかもしれない。
だから――。
「勝手に死なれちゃ、迷惑なんだよ」
しばらく、沈黙が降りた。
バーンは、地面に伏せたまま、じっとこちらを見ていた。見上げるでもなく、見下すでもなく、ただ――観察するように。
「……生かして、利用するつもりか?」
その声音に怒気も、哀れみも、何もなかった。感情が削ぎ落とされた、まるで石のような響き。
俺は肩をすくめた。
「利用されるのが嫌なら、自分で使い道を考えろよ。お前ほどの頭と力があって、それでも“もう終わり”とか言うなら、そっちの方がよっぽどもったいないだろ」
バーンは目を閉じた。
ほんのわずかに、口元が歪んだ気がした。あれが、嘲笑なのか、苦笑なのか、それとも……。
「……滑稽だな。ついさっきまで、互いを滅ぼそうとしていた者同士が、こうして話しているとは」
「そういうのも、全部ひっくるめて“生きる”ってことだろ」
皮肉でも、理想でもない。ただの事実として、俺は言った。
それだけのことで、やっとこの戦いが終わった気がした。