むしろこれがやりたくてこの小説を書き始めたまであります。
魔王を倒し、世界に平和が戻ってから一年。
かつて死線を共にくぐり抜けた仲間たちは、それぞれの道を歩んでいた。
ある快晴の日。パプニカ王国の玉座の間に、やたらと落ち着かない青年が一人。
その横では、武闘家マァムが腕を組んでため息をついていた。
「……だから落ち着きなさいってば、ポップ。姫様に失礼でしょ」
「いや、わかってるけどよぉ。姫様っていってもレオナだぞ? それに、あいつの消息を知ってるかもしれねぇと思うと、どうにも落ち着かなくてさ」
そのとき、玉座の間の扉が開き、レオナ姫が姿を現した。
かつてのようなドレス姿ではなく、今は動きやすい宮廷用のパンツルック。姫というより、“若き実務家”といった雰囲気が漂っている。
「久しぶりね、ポップくん、マァム!」
「レオナ、ひさしぶり!」
挨拶もそこそこに、ポップたちはダイのことを尋ねた。
というのも、ここ数ヶ月、彼らはダイと顔を合わせていない。バーンやトーヤたちと一緒に新たな国を築いている、という話は当然知っているし、実際に協力もしている。
だが最近は、訪ねても行き違いやすれ違いばかりで、会うことができずにいた。
昨日も会いに行ったばかりだったが、またしても不在。
そんなわけで、レオナに相談しに来た、という次第だった。
「あら? 確か今はパプニカの城下町に来てるんじゃなかったかしら? バーンと一緒に“世直しがどうのこうの”って……あ、ほら、やっぱり。ここに出店許可の決裁書があるわ」
レオナは書類の束から一枚を引き抜き、満足そうに頷く。
「ほんとか!? ……って、出店?」
ポップとマァムが揃って声を上げた。
こうして二人は、ダイを探しに、パプニカの城下町へ繰り出すことになった――。
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パプニカの城下町は今日もにぎわっていた。商人や旅人、観光客に子どもたちまでが行き交い、ちょっとしたお祭りのような雰囲気だ。
そんな中、ひときわ目立つ長蛇の列に、ポップとマァムは足を止めた。
「うわ……なんだこの行列。ここだけ異常に混んでないか?」
「この辺りに来てるって話だったし……もしかして、ここかも?」
ポップが行列の先を見上げる。建物の正面には、ドーンと豪快に掲げられた看板。
二人が眉をひそめた、そのとき。
「ポップ! マァム!」
後ろから聞き覚えのある声が飛んできた。振り返ると、見慣れた少年が手を振って駆け寄ってくる。
久しぶりの再会に、ポップとマァムの顔がぱっと明るくなる。
「いや〜、よかった! 二人に会えるなんて! ここに来て正解だったなぁ!」
ダイは満面の笑みで、まるで犬のように尻尾が見えそうな勢いで喜びを爆発させている。
「ていうか、ダイ、お前こんなとこで何してんだよ? ここって……お前の店?」
「うん! 10日くらい前から出張店舗の営業でさ。せっかくだし、中見て行ってよ!」
「え、いいのか? 並んでる人いるけど……」
「関係ないよ、スタッフだし!」
そう言って、ダイは二人を連れて列をすり抜け、裏口からするりと店内へ。
俺らスタッフじゃねぇけどな。と、ツッコミを入れつつも、結局ポップとマァムはダイの後についていく。
そのとき――。
ちょうど店から出てきた、ポップの背丈の倍はありそうな巨大な老婆とすれ違った。
ポップは思わずのけぞり、マァムも思わず目を見張る。
二人が心の中でぎょっとしている間に、ダイと老婆は何やら世間話をし、老婆は満足げに頷きながら立ち去っていった。
ダイは微笑ましそうにその背中を見送りながら、ポップたちを振り返る。
「“腰の痛みが消えたよ、ありがとうねえ”……だってさ」
「お、おう……そう、か。ここって病院……ってことでいいんだよな?」
「うん、そうだよ」
ポップは心の中に湧き上がる疑問を飲み込んだ。
納得はしていないが、ひとまずダイに従い、マァムとともに店の奥へと進んでいく――。
「久しいな、ポップにマァムよ」
「のわあぁああああっ!!?」
突然現れたのは、あの大魔王バーン。
気さくに手を振るその姿を見た瞬間、ポップは素っ頓狂な叫び声をあげた。
「なななな、なんでコイツがここにいるんだよ、ダイ!?」
「なんでって、この病院の先生だもん。普通に働いてるよ?」
「“普通に”じゃねえよ! おかしいだろ、元・大魔王が診察してんのはよッ!」
ポップのツッコミに、バーンは穏やかに笑って答えた。
「案ずることはない、昔は少し世界征服を目論んでいただけで、今は一介の医者だ」
「いやいやいや! “少し”のスケールがデカすぎんだろ!」
ポップが全力でツッコむ横で、マァムはまだ目を見開いたまま固まっていた。
その隣では、ダイが気まずそうに頬をかきながら、苦笑いを浮かべている。
「……それで? あなたたち、ここで何をやってるの。レオナからは“世直し”って聞いてたけど……」
マァムがようやく口を開き、病院内をぐるりと見回す。
受付、待合室、リハビリルーム。どこからどう見ても、ただの病院にしか見えない。
「はっはっははははは。“世直し”ではない。“余が治す”から――“余治し”だ。情報がどこかで捻じ曲がったようだな」
どうやら店の名前らしい。
ドヤ顔で笑うバーンの姿に、ポップとマァムは一瞬、沈黙する。
(……こいつ、天然か?)
顔を見合わせた二人は、突っ込むべきかどうか本気で悩み、結局そっと口をつぐんだ。
下手に反応すると、話がとんでもない方向へ転がっていきそうな気がした。
「俺たちの街じゃすごく評判いいんだよ。この間ひと段落ついたから、今度はこっちで困ってる人を治療しようって話になってさ」
ダイがそう話すそばから、ギィィ……と重い足音が響く。
奥の廊下から無言で現れたのは、銀色に輝くオリハルコンの駒。その手には、背中を丸めた小柄な老人が抱えられていた。
「……あれ、マキシマムの駒か? ハドラーの親衛騎団じゃなさそうだな」
ポップがぽつりと呟く。確かに、そこには意志のようなものは感じられなかった。ただ静かに、淡々と業務をこなす機械のようだ。
連れてこられたのは、見るからに年老いたお爺さん。歩くのもやっとという風情で、手足の関節は腫れ上がっている。
「ふむ。リウマチと……関節痛、か。呪文では根本的な治療は難しいな。パプニカでの完治例はほとんどない」
バーンが問診を終えると、くるりとこちらを振り向いた。
「ちょうどよい。そこにいる若者たちよ、見て学ぶがよい。これが“余治し”の真骨頂だ」
言うなり、バーンはお爺さんに手をかざし、鬼眼の力を発動させた。
老いた体がみるみる変質していく。皮膚は赤黒く硬質化し、筋肉が隆起し、骨格すら変化していく――。
「うおおおいおいおいおい!? アンタ、なにやってんだよ!?」
「こ、これは……治療、なの?」
泡を吹きそうな勢いで叫ぶポップと、言葉を失うマァム。
だが、ダイはまったく動じる様子もなく、にこにことしたままだ。
「だいじょうぶだよ。回復呪文ってね、本人の治癒力に大きく影響するから、まず肉体を強化するのが先なんだ。あれくらい頑丈になれば、あとは半月もすればピンピンになるって!」
「それはもう、別の意味で“ピンピン”してる気がすんだけどな……」
ポップが頭を抱える横で、変異したお爺さんが「おぉ……」と立ち上がった。
背筋は伸び、腰もすっかり軽くなったのか、さっきまでのよぼよぼな姿は跡形もない。
「ありがてえ、先生! なんだか若返った気分じゃ!」
満面の笑みで礼を言い、元気よく廊下を歩いていくお爺さん。
その足取りには、もう杖も付き添いも必要ない。
「すごいでしょ?」
「すごい……けど、なんかこう、違う気が……」
ポップとマァムは、妙な敗北感と共に、バーンの“医療行為”を見守るしかなかった。
「そろそろ交代の時間ですじゃ」
その声とともに、診察室の奥からひょっこり現れたのは、かつての悪名高き妖魔司教――ザボエラだった。
「来たかザボエラ。では、あとは任せたぞ。余は休憩に入る」
バーンが椅子を立ち、医師用の白衣をひらりと翻して奥へ引っ込む。
「いやいやいやいや! なんで当然のように医者チーム組んでんだよ!」
「バーンに休憩なんて必要なの……?」
ポップが絶叫し、マァムが目を白黒させている間にも、無情にも次の患者が運ばれてくる。
今度は小太りの中年男性。脈をとったザボエラが、「ふむ、高血圧に片頭痛……ありがちな組み合わせじゃて」と呟く。
次の瞬間――ザボエラの爪が、そのまま患者の首筋に突き刺さった。
「はい!?」
「ちょっ……なにしてんだお前ぇぇぇぇ!!」
ポップがすぐさま飛び出し、止めに入ろうとするが、それより早くザボエラが顔をしかめて説明し始める。
「落ち着け小僧。これは体内に少量の毒を流し込み、血管を一時的に拡張させて血圧を下げる毒療法。それと、神経毒による局所的な麻痺で頭痛も和らげるんじゃ」
「おかしいだろ! “毒”って単語が医療で何回出てくんだよ!」
そう言ってザボエラは「ふぅ……やれやれ」とため息をつく。だが、それは明らかに“変なことに騒ぐ素人にうんざりしている顔”だった。
患者はというと、「あれ、なんかスーッとしたわ……」とぼんやり笑いながら診察室を後にする。
「……もう、いいよ……」
ポップが力なく呟き、マァムはただ天井を見上げた。