「本当に何にもない場所だな」
舟から降り、あたりを見回した俺の第一声がそれだった。
「そうね。でも、だからこそ人が寄り付かない安全な場所として候補に挙がったのよ」
マリンも俺に続いて舟を降りる。
「で、どうする? 海水浴でもするか?」
「も、もう。遊びに来たわけじゃないのよ」
俺の冗談に、どこか残念そうに返すマリン。……ほんとは少し遊びたいんだな。
でも海水浴はやめたほうがいい。仕事とか関係なく、だ。
なにせ、こんな遠くからでも見えるくらい、バカでかい渦があるんだから。
ここはバルジ島。巨大な渦に守られた、塔以外に何にもない孤島である。
事の発端は数日前、パプニカの城で行われた会議だった。
なんでも、有事の際の避難所がいくつか存在しており、このバルジ島もその一つだという。
ところがここ数年、視察に来た者はおらず、それは防災上マズかろうという話になった。
結果、数名が視察へ駆り出されることになったわけだ。
俺はパプニカの人間じゃないし、正直関係ない。
でもマリンが行くというので承諾した。
バルジ島にはいずれ来ることになるし、一度来ておけば「同行」で来やすくなる。
以前、珍しいアイテムを探して世界各地を回ったときでさえ、この島はスルーしていた。渦のせいで行きづらいし、この島には塔しかないからな。
なので今回の話は俺的にはちょうどよかった。
なお、アポロとエイミは城でやることがあるらしく、今回は不参加だ。
出がけにエイミが「しっかりやりなさいよ」とか言っていたが、ただの下見でしっかりも何もないだろうに。
+
──あっという間に十日が経った。
視察は本当にただの視察だった。やることといえば島をぐるりと見て回るだけ。
それでも無駄に広い島なので、時間も体力も使った。
災害の痕跡がないか、危険なモンスターがいないかなどをチェックして回る。
内容はクソつまらなかったが、マリンと適当に遊びながら巡るのは案外楽しかった。
そんな視察も終わり、今は帰り支度を始めている。
「きゃあっ!」
荷物をまとめていると、海辺からマリンの悲鳴が聞こえた。
俺は荷物を放り出して、悲鳴の方へ全力で駆ける。
モンスターでも出たか!?
海辺に着くと、マリンが立ち尽くしていた。顔が青ざめている。
「どうした? 何かあったのか?」
問いかけると、マリンは無言で沖を指さした。
視線をそちらへ向ける。
「あっ……」
思わず声が漏れる。
そこには、俺たちの乗ってきた小舟が、ゆらゆらと漂っていた。
近くの岩場には、ほどけたロープが虚しくぶら下がっている。
……どうやら結びが甘かったらしい。完全に解けて流されていた。
とはいえ、舟が流されただけだ……慌てて損した。
「ど、どうしましょう。舟がないと帰れないわ。ここには滅多に人なんて来ないし……」
嘆息する俺の横で、マリンは両手で顔を覆ってその場に座り込んだ。かなり動揺している。
「おいおい、落ち着けよ。別に大したことじゃないだろ」
マリンの肩に手を置き、なだめるように言う。
「どうしてそんなに落ち着いていられるの? このまま、ずっとこの島から出られないかもしれないのよ……!」
涙目で俺を見つめるマリン。相当テンパってるな。
「……あ、でも。そうしたら……ずっとあなたとここで二人なのね。それはそれで──」
……今度は一転して、何か血迷ったことを言い出した。
「落ち着けっての。あんまり長いこと帰らなかったら、アポロたちが迎えに来るだろ」
その一言に、マリンはピタリと動きを止めて固まった。
「……っていうか、ルーラで帰れるし」
──まったく気づいてなかったらしく、マリンは真っ赤な顔でうつむいた。
まったく、どこか抜けてるんだよな。
+
バルジ島の視察が終わり、俺とマリンはパプニカへ帰ってきた。
行きとは違い、帰りは『同行』を使ったため一瞬だった。
城の前でマリンと別れる際、近くにいたエイミが「上手くいったの?」と、なぜかこそこそと耳打ちしてきた。
俺は得意げにドヤ顔で親指を立てて返す。あんな視察で失敗も何もないと思うんだけど、エイミはその返答に満足したようなので、それで良しとした。
そのあと適当な場所で腹ごしらえを済ませて、自宅へ戻る。
「ええっと。これと、これと……あと、これも必要かな」
帰宅した俺は、さっそく荷造りを始めていた。
リュックに道具を詰め込み、スコップ、軍手、着替えなどをひと通り用意する。
それらを部屋の隅に置いてある巨大なコンテナの中に適当にぶち込んで、準備完了だ。
「こんなもんか」
忘れ物がないか再確認を終え、ポケットからバインダーを取り出す。
「それじゃあ、行くか。アカンパニー、オン。バルジ島」
再び光に包まれ、俺はついさっき帰ってきたばかりのバルジ島へと向かうのだった。