「あのー、相席よろしいですか?」
バルジ島から帰って1年。俺はパプニカ周辺で修行に励みつつ、いま食堂で昼食をとっていた。すると、隣の席から声がかかった。
「ああ、別にいいで――ぶぉふっ!」
口に物を含んだまま返事したせいで、思わずむせ返る。
「大丈夫ですか? お水をどうぞ」
「っげほっ……ど、どうも」
咳をしながら水を受け取り、礼を言う。
「いやー、それにしても良い町ですねえ。ちょっと立ち寄っただけなのに、つい長居しちゃって」
「へ、へえ……そうですか」
適当に相槌を打ちながら窓の方を向いて水を飲んだ。
そっぽを向きつつも気になって、チラリと横目で男を盗み見る。
「どうかしましたか?」
「っ!? い、いえ、別に」
視線に気づかれ、挙動不審になりながらも平静を装った。
「――ですからね、私もぜひ見てみたいなと思ったわけですよ」
「は、はい……」
偶然相席しただけなのに、この男はやたらと話しかけてくる。
その勢いと人柄に、つい会話に乗ってしまう自分がいた。
「旅行ですか? パプニカは豊かな国ですから、一人旅にはちょうどいいと思いますよ」
「ええ、当てのない一人旅ってやつです。まあ──仕事も兼ねてますけど」
話題を広げようと、俺は軽く探りを入れる。
「──というわけなんですが、そうそう申し遅れました。私、こういう者でございます」
そう言って男は巻物を取り出し、広げて見せた。
「アバン・デ・ジニュアールⅢ世。勇者育成のための、いわゆる家庭教師です」
人の良さそうな笑顔で自己紹介をする“勇者アバン”。
その言葉を聞いた瞬間、俺は胸に強い不安を覚えた──。
+
偶然相席した相手に自己紹介する人間がどれほどいるだろう。
少なくとも俺は絶対にしない。個人情報や防犯意識の問題じゃない――普通、自己紹介なんてしないものだ。
人が誰かに自己紹介をするのは、その人物と深く関わる必要を感じたときだ。
名前や素性を明かせば、円滑なコミュニケーションができるからだ。
では、なぜアバンは俺に自己紹介したのか?
答えは簡単。彼は俺と「がっつり」知り合おうとしているに違いない。
偶然を装って近づいてきたが、パプニカ城との繋がりがある彼なら、俺の噂や居場所など容易に知り得るはずだ。
――目的は2つ考えられる。
1つ目は、俺の持つ便利アイテム。回復薬や特殊薬品を使って流行り病を押さえたり、作物不作を救ったことで、城中に俺の噂が広まっている。
学者気質のアバンなら、一目見ようと訪れても不思議ではない。
2つ目は、俺を弟子にすること。凶悪モンスターの討伐などでその腕を見込まれ、次期勇者候補として目をつけられた可能性だ。
しかしもし弟子入りすれば、ポップやダイと同じくアバンの特訓を受ける期間がずれ、彼らとの縁を狂わせかねない──そんな余計な介入は許せない。
考えられる理由を巡らせるうち、不安が胸を締めつける。
だがこれはまだ妄想の域。アバンは何のアクションも起こしていない。もしかしたらただの営業かもしれない。
ならば、今の俺にできることは――徹底してシラを切ることだけだ。
「それにしても珍しいものをお持ちですね。その木刀、普通の木刀ではありませんね?」
突然、アバンが立てかけてある木刀を手に取って観察した。
「あ、ちょっとっ!」
慌てて取り返し、抗議の声をあげる。
「おっと失礼。つい気になりまして……やはり変わった木刀です。あなたもそう思いますよね?」
この木刀には『旧文字』が刻まれ、一度「周」を込めればしばらくオーラを留め続ける――名刀に勝るとも劣らない逸品だ。
実際、昨日込めたオーラがまだ僅かに残っている。闘気を操るアバンなら、その痕跡を感じ取っても不思議ではない。
探りを入れられているとすれば、最善の答えは何だろうか。所有者として「知らない」とは言えないが、細部をぼかしておけば逃げ切れるはずだ。
「そうですね……昔、別の町の武器屋で買ったんですが、とても重宝しています。変な文字は書いてあるけど、普通の木刀よりめちゃくちゃ頑丈ですからね」
「ほう、武器屋で? ぜひ教えてください」
「ベルナの森近くの町ですよ。十年以上前の話なので、今もあるかはわかりませんが」
どうせ行っても売ってるのは普通の木刀だけどな。
「おや、その町なら私も行ったことがあります。午後にでも訪れてみましょうか」
「売っているといいですね……では、俺はこれで」
「もう行かれるんですか? もっとお話したかったのに。──貴重な情報をありがとうございました。またどこかでお会いしましょう、トーヤさん」
話が一区切りついたところで、俺は立ち上がり食堂を出た。
これ以上一緒にいれば、どこかでボロを出すに決まっている。
+
どうやら俺の不安は杞憂だったらしい。
結局、ただの世間話に過ぎなかった。
変わった木刀を見つけて気になっただけだったのだろう。だが、しばらくはパプニカに近づかないほうがいい。
アバンとは接触しないに越したことはない。
俺は自宅のベッドに横たわりながら、今日の出来事を反芻していた。
意識が朦朧としてきたころ、ふと別れ際の言葉を思い出し、勢いよく起き上がる。
――またどこかで会いましょう、トーヤさん――
名乗った覚えなどない。俺のことを知ったうえで近づいてきたのだ。
どういう意図があるのかはわからないが、向こうがそう出るなら、俺も相応の対応をしてやる。
俺は荷物をまとめると、深夜にもかかわらず家から飛び出したのだった。