――アバンの件から数ヶ月が経ったある日。
いつものようにパプニカを訪れた俺は、街中のざわめきに違和感を覚えていた。食事をしてから城へ向かおうと思っていたが、慌てて予定を変更する。
城に到着し、マリンたちに会うためいつもの部屋へ向かう廊下――向こうから人影が近づいてきた。
「あら、また来たのね。相変わらず退屈そうで羨ましいわ」
歯に衣着せぬ物言いで声をかけてきたのは、パプニカの姫――レオナ姫だった。
「おかげさまで。姫様は今日はずいぶんお忙しそうで。何かあった?」
「おい、トーヤ。レオナ姫に対して無礼だぞ」
連れ立って歩いていたアポロが前に出て、俺をたしなめる。
無礼なのはお互い様だろうが、俺だけじゃなくて姫さんにも言えよ。
「いいのよ。彼はこの国の人間じゃないんだから。それに前に“敬語は抜き”って私が言ったでしょう?」
元々形式的だったのか、アポロは素直に後ろへ下がる。
そのさらに後ろで、エイミが鋭い眼差しを向けているように見えた。しかし、もう慣れたものだ。
「で、実際どうしたの? 城もだけど、街全体がザワついてる気がするんだけど」
レオナ姫は一歩先へ進みながら、眉間にしわを寄せる。
「何かどころじゃないのよ。ついこの間、私の命が狙われたんだから」
「えっ!? 大丈……夫だったんだよな……? でも、一体どうして――」
「立ち話も何だから、お茶でも飲みながら聞いてちょうだい。会議続きでひどく疲れていて……」
そう言って歩き出すレオナ姫に、アポロとエイミは慌てて続く。
俺も後ろからついていった。
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「――でね、いつも窮屈なのに、これからはこうやってボディーガードをつけるって言うのよ。まったく頭にくるわ」
「そ、そうか……大変だな」
俺はひたすらレオナ姫の愚痴を聞き続け、すでに1時間が経っていた。
どうやらパプニカの司教派の一派が姫の暗殺を企てたらしく、未遂に終わったものの、背後にまだ別の影が潜んでいる可能性があるという。
そこで当面は常時護衛をつけることに決まったらしい。
姫の左右に並ぶアポロとエイミ──言うまでもなく彼らが新たな護衛隊だ。
レオナ姫の気持ちは理解できるが、四六時中つきっきりで警護する二人の苦労たるや、察するに余りある。
廊下の扉の外から、乾いたノックの音が響き、扉がゆっくりと開いた。
──マリンだ。
マリンは廊下の扉を静かに閉めると、一歩踏み出して声をかけた。
「姫、ここにいらしたんですね。あら、トーヤも来てたのね。――姫、王様が、次の会議にはどこへ行ったのかとお怒りでして」
「また会議ィ……? どうせ私がいなくても勝手に進むでしょうに……」
いい加減、会議の重圧にうんざりしているらしく、レオナ姫は机にうなだれた。
動き出す気配がないところを見るに、会議に出るつもりはないようだ。
「そういえば、暗殺未遂って相当深刻な事件だと思うんだけど、被害者や怪我人はでなかったの?」
「……数名、兵士にも犠牲者が出たわ。私もかなり危なかったわ」
「そっか……それは残念だったな。でもお前たちは無事でよかったよ」
俺の言葉に、何故か周囲の顔が一層曇る。
「――私がついていれば、こんなことには……無理を言ってでも護衛に入るべきだったのに」
「ふーん。お前たちは誰も護衛についてなかったのか?」
「ええ。バロン……他の賢者がついていたし、私たちには別の任務があったから。まさか、自ら志願した彼が暗殺計画に加担していたなんて、思いもよらなかったけどね」
マリンもまた、自分たちが現場を離れたことを悔んでいる様子だった。
なるほど、護衛についていたやつが暗殺者だった――そりゃ会議も難航するわな。
「お前らの誰かがいれば、簡単に撃退できただろうに。敵もそれを見越して、わざとお前たちが行けないよう画策したんだな。――てかさ、よく姫は一人で無事だったよな」
重苦しい空気を変えようと、俺は話題の転換を試みる。
「そうなのよ、聞いて頂戴っ。なんとね、私を助けたのはちっちゃい男の子なのよっ」
レオナ姫は目を輝かせ、水を得た魚のように一気にまくしたてた。どうやら話たくて仕方なかったらしい……て、ちょっと待て!?
「テムジンたちが放ったモンスターを――あの子が一人で退治したのよ。それだけじゃない、毒に侵された私を背負って、安全な場所まで運んでくれたんだから。きっと将来立派な勇者になるわよ、あの子は」
その“ちっちゃい男の子”というのは、ダイのことだよな……?
知らぬ間に、そんな重大イベントが発生していたなんて。
「へぇー……す、すごいなあ。その男の子って、今どこにいるんです? 会ってみたいですね」
「――なんで敬語なのよ」
動揺のあまり敬語になってしまった。
「まあいいわ。その子はダイくんっていってね。デルムリン島という、モンスターしかいない島に住んでるの。会うのは少し難しいかもしれないけど……」
俺は小さく息を吐いた。覚悟はできていたつもりだったが、いざその言葉を聞くと、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
――ついに来てしまったのか、この時が。
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その後もしばらく、レオナ姫による“勇者ダイの武勇伝”は延々と続いた。
……そろそろ帰りたいんだけど。
「私も立派な姫様になって、いずれダイくんに恩返ししなくちゃね」
「……恩?」
レオナ姫が何気なく口にしたその言葉に、俺はついと反応してしまった。
何だか、何か大事なことを忘れている気がする──ずっと苦言を呈しようと思っていたはずなのに、思い出せない。
――ああっ!? 思い出した。
「そういえば姫、“恩”と言えば、俺もあんたに借りがあるんだった」
「え? 何のことかしら? 心当たりなんて……」
レオナ姫はキョトンとしている。
こいつ、マジで忘れてるな。そうか、そうなのか……。ならばはっきりと言ってやろう。
「このヤロウ。よくも勇者アバンに、俺のことを話しやがったな! 口外しないって約束だったじゃねえか!」
「えっ!? あ、あはは……そ、そうだったかしら……」
姫は笑ってごまかそうとして、思いきり目を逸らす。
マリン達もそのことは知らなかったのか、若干レオナ姫を責めるような目で見ている。
「タダでアイテム譲ったのは“口外禁止”が条件だっただろ? 頼むぜ、マジで」
「た、確かに悪かったかなぁ……とは思ったけど。でも、相手があの勇者アバンだったから、つい……」
“つい”って、その情報漏れたら困るのは俺なんだよ!
俺はため息を吐いた。
「でも考えてみてよ? そんな便利なものがあるなら、有効活用してこそ世のためよ。勇者アバンなら絶対に悪用なんてしないだろうし」
その言い訳を聞いて更に俺は呆れてしまった。
「あーあ…せっかく信用して手を貸したのに。ひでぇ話だよな。信じて裏切られて……」
ふっふっふ。こんなことを言われたら罪悪感に苛まれること請け合いだ。
レオナの性格上、このくら言っておけば二度と同じようなことはしないだろう。
我ながら、実に人心掌握術に長けたていると言わざるを得ない。
だが、それはそれ。確かに“アバンなら大丈夫”かもしれないが、他国に知られたらどうなるか分かったものじゃない。
厄介ごとに巻き込まれないようにしばらくは身を隠すに限る。それに、すっかり雑談の空気でもなくなったしな。
俺は重々しく腰を上げた。
「ど、どこへ行くの?」
立ちあがる俺に、マリンが慌てて声をかけた。
「帰るんだよ。じゃあな」
そう言い残し、俺は城をあとにした。
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自宅に戻って遠出の準備をしながら、俺は深呼吸を一つ。
またしばらく留守にするつもりだ。
家財はすべて、洞窟奥に設けた鉄扉の向こうの部屋へしまっておく。
この洞窟はセキュリティが甘々なのだ。当初は安全面を気にしていなかったのだが、“俺の噂”が広まった可能性があるとしたら、用心に越したことはない。
奥の鉄扉は岩壁と同色で、薄暗い洞内に紛れ込んでいる。外側の入口は生活感を出して油断させつつ、貴重品は秘密の部屋へ隔離してあるのだ。
家の入口に普通に扉を作るよりも、こうした方が安全である。ある程度の呪文を使えるものならば破壊して押し入ることなど簡単だからだ。
まさか入口に扉もなく、生活感まで出しているくせに奥に部屋があるとは夢にも思うまい。
準備を終え、外套を羽織りながら、俺は自分の手を見つめた。
微かに震えている──武者震いじゃない。怖いのだ。戦うこと、そして、戦って死ぬかもしれないという現実が。
「よし──行くか、デルムリン島へ!」
大声を上げて自らを鼓舞し、俺は洞窟を後にした。
開戦へのカウントダン。それはすぐそこまで迫っているのだから――。