「ねぇ、トーヤ。この間の話なんだけどさ」
今日の特訓を終えると、ダイはおもむろに問うた。
「この間って何だ? 何の話だったか……」
「あれだよ。街中にモンスターが現れて退治したってやつ」
「ああ、あれか。どうかしたのか?」
「うん。前にトーヤは『自分は勇者じゃない』って言ってたけどさ、やってることは勇者と変わらないじゃん。どうしてトーヤは勇者じゃないの?」
――ダイと出会って半月が経った。
おいしい果物が群生する場所を教えてもらったり、一緒に美しい景色の場所を探したり。と、四六時中一緒にいれば、自然と打ち解けるものだ。
勇者の話もそんな時に軽くでてきた内容だった。
ダイは俺のことを勇者じゃないかと言ってきたのだ。もちろん俺はそれをすぐに否定した。その時は、俺は勇者どころか兵士にも劣るとダイに話した。
「モンスターから街の人たちを守ったんだろ? それって勇者と同じじゃないの?」
「違う違う、全然違うぞ。勇者ってのはな、どんな悪にでも果敢に立ち向かって、誰からも頼りにされて――正義の塊みたいなヤツのことを言うんだよ」
「でもトーヤだってモンスターに立ち向かったじゃん。パプニカの王様からご褒美もらったり、町の人に感謝されたりしたんじゃないの?」
「え? 褒美……感謝か。うーん……」
その場面を思い返す。あの後、確か――。
「兵士に怒られたな。『モンスターを刺激して被害が広まったらどうする。次からはむやみに手を出すな』って」
「うそっ⁉ ……そ、そうだ。助けた街の人は? トーヤに感謝してたでしょ?」
「いや、むしろ『あんな化け物を軽く倒しやがって』って噂になって、微妙に怖がられてたぞ」
「な、なんで……せっかく頑張ったのに」
冗談話のはずが、ダイはなんとも辛そうな顔をしている。
まずい、このままではダイの中の「勇者像」がピンチだ。
「ま、まあ、そういうこともあるよ。でも俺は別に気にしてないぜ」
「ど、どうして……そんな目に遭ってるのに平気なの? みんなのために戦ったのに、それってひどいよ……」
「そうか? 俺は普通の反応だと思うぜ。兵士が怒るのも、街の連中が怖がるのも――」
曇るダイの顔を見て、俺は精一杯明るく笑った。
「もちろんムカつくさ。俺が身体張ってモンスター倒したのに怒られるなんてな。でも、もし俺があのモンスターにやられていたらどうなる?』
「トーヤがやられていたら……?」
「ああ。もしそうなっていたら、兵士の言うとおり刺激されたモンスターのせいで被害がもっと広がっていたかもしれないだろ」
モンスターと暮らしているダイには、興奮したモンスターがどれ程厄介か分かるのだろう。
納得はしていないようだが、押し黙ってしまった。
「街の住民の反応も当然さ。自分たちじゃ太刀打ちできないバケモノより強いヤツが目の前にいるんだからな。本心とは関係なく、恐怖ってものはそういうものだろ?」
「……そうだね」
考え込むダイの頭に手を乗せ、クシャクシャと撫でる。
「ほら、めでたしめでたしだ。誰も怪我しなくてよかった。俺はそれで十分だぜ。そんなちっちゃいこと気にすんなよ」
「……それで十分か。ははっ、そうだよね!」
俺が笑うと、ダイも自然と笑顔を取り戻した。
ダイは優しい子だ。人の痛みや悲しみを理解できるからこそ、醜い部分にも敏感に反応してしまう。
きっとこれからも同じ悩みを抱えるだろう。ならばせめて今だけは笑っていてほしい。その思い出が、いつかダイを支えてくれると信じてーー。
――デルムリン島を訪れて2ヶ月が過ぎた。
ダイの特訓は順調に進んだ。俺の役目も、そろそろ終わりの時だ。
ダイと別れるのは寂しいが、アバンとの修行の妨げにはなれない。
魔王軍の進撃が本格化する前に、この島を発とう。
俺はパプニカでまだやるべきことがあると言い、昼に島を出る旨をダイに伝えた。
ダイは泣きながら別れを惜しんでくれたのが嬉しかった。
荷物をまとめていると、ダイが「最後にもう一度稽古をお願い」と頼んできた。
「はああぁぁ! でりゃあぁっ!」
「ふんっ!」
袈裟斬りを鍔で受け止め、腰を入れて押し返す。
「うわっ……いてて」
押された勢いでダイは砂まみれに転がった。
「大丈夫か?」
駆け寄って手を差し伸べると、ダイは満面の笑みで俺の手を握った。
「やっぱりトーヤは強えや。……いつか、トーヤより強くなれるかな」
「そんな弱気じゃまだまだだな。パプニカには俺と同じくらい強いアポロたちもいるんだ。そいつらを越えないと、レオナ姫はお前を勇者だって認めてくれないだろうな」
「アポロって、確かパプニカの三賢者だっけ……? そんなに強いのが三人もいるのか。すごいんだね、パプニカって」
実際は俺のほうが強いだろうけどな……。
そんな思いを胸に、俺はそっと笑みを浮かべた。
「ま、頑張れ。次に会うときには俺より強くなってろよな」
「げぇぇ、そんなの無理に決まってるじゃん!」
「……ダイ、最後にいいこと教えてやろう。勇者としての心構えだ」
「勇者の……心構え?」
彼の眉間に寄るしわを見て、俺は思わず笑った。
「勇者には絶対に、負けちゃいけない相手がいる。それは誰だと思う?」
「負けちゃいけない相手……うーん、魔王……かなぁ」
「違う。絶対に負けちゃいけない相手――それは、自分自身だ」
「……自分自身?」
「そう。どんな相手に負けても、自分にだけは負けちゃいけない。それが勇者にとっていちばん大切なことだと思うぜ」
俺の言葉をかみしめるように、ダイは小さく頷いた。
「俺に最初から勝てないなんて思うなよ。お前はきっと強くなる。そう信じて頑張れ」
「うん、そうだね。俺、頑張るよ!」
やる気に満ちたダイの言葉に満足し、俺はデルムリン島を後にした。
次に会う日が、今から楽しみだ。
+
『同行』で一瞬にして自宅へ帰還した俺は、約一ヶ月後に迫るであろう魔王軍との決戦に備えることにした。
つい先日、ようやく完成させることに成功したスペルカードがある。可能な限りストックしておきたい。
【大天使の息吹 ランクS 回数1】
・あらゆる怪我や病気を一息で癒す天使。一度使うと消滅する。
ハンターハンターのグリードアイランドに登場する、まさに最高峰のカードだ。
完成には並々ならぬ苦労を強いられた。
調合の成功率を示す『ランク』の謎。
──俺は長年それを探り続け、概ね解明することができた。
S → 成功率 5%
A → 20%
B → 80%
C → 85%
D → 90%
E → 95%
F → 100%
「同行」はランクFゆえに一度も失敗しなかったから気づかなかったのだ。ランクAの『贋作』で約5回に1回の成功率を体感し、他ランクと比較。ここに辿り着いた。
試行回数から類推しただけなので、正確な数値という訳ではない。しかし、概ねはこの数値であると断定して間違いないだろう。
AとBの間にかなりの乖離があるのが気になるが、それは俺自身の能力の練度の問題だろうな……。
『大天使の息吹』はランクS、成功率わずか5%。貴重素材を大量に消費するため、連続失敗は痛手だ。
使用回数を増やすよりも、複数枚の所持を目指すほうが賢明だろう。
しかし今日は、すでに10度目の調合で失敗し、かなりショックを受けていた。
消えた素材は――
『ヒーリングサルブ』×5
『ネクタル』×2
『フェニクス薬剤』×2
『エリキシル剤』×1
ヒーリングサルブは薬草から無限に作れるが、他は特別調合品からさらに加工する必要がある。
手順も煩雑で、ひとつ無駄にするたびに心が折れそうになる。しかも一度の調合に湯を沸かすところから始めるため、膨大な時間がかかる。
疲労を振り払い、気分転換に洞窟の鉄扉を開けると――。
「ぎゃあああっ!?」
目の前に立っていたのは、腐った死体が3体。思わず大声を上げてしまった。
「お、お、お驚かしやがって……気持ち悪いなあ、もう」
慌てて鉄扉の奥に戻ると木刀をとって戻り腐った死体を撲殺する。頭部を数度殴打すると腐った死体は動かなくなった。
この辺ではあまり見ないモンスターだな。しかもよりにもよって俺のいる洞窟に入ってくるなんて。
洞窟の外へ引きずり出し、森の奥へ投げ捨てる。なんかちょっと残酷な気がするけど、放っておけば臭気が充満してしまうから仕方ない。
戻ってみると、室内の家具は無残に壊されていた。
鉄扉の頑丈さに安心しきっていたせいもある。まるで外の物音に気付かなかった。
「まあいいや。これからは扉の奥で暮らすつもりだし」
散らかったままの部屋に見切りをつけ、再び調合作業へと戻ろうとしたとき、遠くから何やら歓声と打ち上げ花火の音がかすかに聞こえてきた。
「……祭りか。去年もこの時期にパプニカで祭りをやっていたな。こんな状況じゃなければ、俺も行きたかった」
数か月顔を見ていないマリンや仲間たちのことを思い浮かべる。
『大天使の息吹』を数枚完成させたら、報告がてら会いに行こうか。
軽く外を散歩し、深呼吸してから洞窟へ戻る。扉の奥にこもり、また数日間は地獄のような調合に没頭するつもりだ。
――次にこの扉を開けるときは、魔王軍との最終決戦になるだろう。