穏やかな昼下がり。ウミネコかカモメかは知らないが、鳥が優雅に空を舞っている。
少し気温は高めだけど、湿度が低いせいか過ごしやすい。昼寝でもしたくなるようないい気候――こんな状況じゃなければ、ね。
「うおおおぉっ!」
俺はいま、超絶イケメンが繰り出す《闘魔傀儡掌》を、必死の『堅』で耐えていた。
「俺の《闘魔傀儡掌》を受けてここまで耐えるとはな。だが、どちらにしろ身動きできんのでは、貴様に勝ち目はないぞっ!」
そう言い放ちつつ、イケメンは技を掛けたまま剣を構える。
――やばいって。これ絶対アレじゃん。まさかの即死コンボじゃん! 早くこのチート技から抜け出さないと!
気合の雄叫びをあげながら、必死に身を捩って《傀儡掌》から逃れようとする。
微妙に動けはするものの、抜け出せそうにない。クラピカの《チェーンジェイル》も真っ青ってくらいの性能だよこれ。ガチのチート技だよ、これ。
縛られて動けないどころか、全身が引きちぎられるんじゃないかってくらいの圧力。
それでも『堅』を全力展開すれば、わずかに身体は動く。逃げるなら今しかない。ヒュンケルの必殺技、《ブラッディースクライド》が来る前に……!
「どうせこの世はすぐに魔王軍の手に落ちる。このまま死んだほうが、地獄を見ずに済むというもの……今、楽にしてやる」
勝手なこと言いやがって。俺の都合も聞けよ。
そうこうしている間に、ヒュンケルはついに剣を構え、その鋭い刃をこちらへ突き出してきた。
渾身の一撃を放っているというのに、《傀儡掌》の拘束は一切緩まない。
熟練かつ洗練された技。逃げるには、まだオーラが練りきれていない。
どうやら、振りほどくことはできそうに――ない。
「ぐあぁああぁぁっ!」
俺は絶叫とともに、瓦礫の中へと吹き飛ばされた。
+
瓦礫の中でうつ伏せになりながら、俺は痛みに耐えていた。
……どうしてこんなことになったのか。俺はただ、廃墟となった街を散策していただけなのに。
廃墟を歩いていたら、突然クールガイが話しかけてきたんだ。
ひと目でそいつがヒュンケルだってわかったけど、敵意は感じなかった。だから油断した。
……そう、たぶん魔が差したってやつなんだろうな。
本当なら即座に逃げるべきだったのに、俺はつい、情報収集でもしようかなんて考えてしまった。
で、会話の途中で「何者だ」って訊かれたから、「旅人です」って答えたんだけどさ。
そしたら「今の時代に、木刀一本で旅する奴がいるか!」って、すんごい怖い顔された。
そんなムキにならなくてもいいじゃん。
いるかもしれないじゃん、そういう奴。お前の師匠のアバンとか、そういうのやりそうじゃん?
なら俺だって、そうかもしれないじゃん。放っといてよ、もう。
――で、その後、なんやかんやあって、ヒュンケルが突然攻撃してきたのであった。まる。
薄目を開けてヒュンケルの方を見ると、剣を鞘に収めて棒立ちしていた。
……どうやら、死んだふりがうまくいっているらしい。
全身から迸るオーラを、徐々に『隠』で隠していく――これが俺流の死んだふりだ。
この世界の連中は、なぜか念を使えないくせに、オーラだけは肌で感じ取れる。密度が濃ければ見えるらしいしな。
だから、生命エネルギーであるオーラを少しずつ見えなくしていけば、まるで命の灯が消えていくかのように見える……っていう理屈だ。
そう思わせられれば、勝ち。
さっきのブラッディースクライドは、『凝』で胸にオーラを集中させてなんとか防いだ。
死ぬかと思ったけど、案外なんとかなるもんだね。めちゃくちゃ痛いけど、外傷はなさそうだ。
あとは、このままヒュンケルが立ち去ってくれれば――なんだけど。
……このまま帰すのも、なんか癪だよな。
そうと決まれば、さっそく行動あるのみ。
俺は死んだふりを続けながら、そっと懐からカードを取り出した。
そして油断しているヒュンケルへと近づき、カードを使う。
「トレース・オン。ヒュンケルっ!」
「なにっ!?」
突如動き出した俺に驚き、ヒュンケルは一瞬硬直する。
その隙を逃さず、スペルカードから放たれた光が直撃した。
「き、貴様っ……何をしたっ!?」
正体不明の術を受け、動揺したヒュンケルが剣を抜く。
スペルカードの光が収まったのを確認すると、俺はあらかじめ準備していた『同行』を発動。すぐさまその場を離脱した。
あばよ!!
+
『同行』によって自宅へ帰還した俺は、すぐにカードを確認した。
「南西9キロか。よし、うまくいってるようだな」
【 追跡(トレース) ランクC 回数 1 】
・対象者1名の現在位置を知ることができる。
『追跡』は使用すると、カード名の部分が対象者の名前に変わり、イラスト部分には方位磁石のような矢印と距離が表示される。
地図の機能はないが、カーナビのように常に相手の方向を指し示すため、その名の通り追跡に便利なのだ。
とはいえ、実はこのカード、作ったはいいが、実用性がなさすぎてほとんど使ったことはなかった。
仲間と合流したいだけなら『同行』で事足りるためである。
なのでモンスターに試して以来、数年ぶりの使用であり、人に使うのは初めてである。
だから成功してくれてホッとしているというのが正直なところだ。
なにはともあれ、これでヒュンケルの位置情報は常に把握できる。
ヒュンケルがパプニカにいたということは、まだダイと接触していないということに他ならない。
であれば、今後のヒュンケルの動向を追うことで、物語の進行度合いを推測することができる。
パプニカがすでに滅んでいたのは驚きだったが、もともとダイの冒険に合流するのはもう少し先にする予定だった。
なので、これは想定の範囲内……予定調和ってやつだ。
……強がってなんかないぞ。
『追跡』のカードをなくさないよう懐にしまい、俺は次の行動を起こすべく気持ちを切り替えた。
ダイと合流するまでの間に、あれを済ませておかないとな。
そう思いながら、俺は再び『同行』のカードを取り出し、とある場所へ向かった。