破邪の洞窟へ潜って、すでに八日。現在は地下百階あたりにいる。
「いやあ、やはりあなたがいると楽で助かりますね。想像以上のペースで進めていますよ」
モンスターの大群を一人で蹴散らしたアバンは、剣を鞘に収めながら戻ってきた。
当初は交互に戦う取り決めだったが、なぜかアバンは途中から一人で戦うと言い張り、譲らなかった。修行のつもりだろうか。
「それにしても、だいぶ深くまで来たと思うんですが……大魔王と戦えるような呪文は、まだ見つかりませんねえ」
この洞窟に入ってから初めて、彼が弱音らしきものを口にした。さすがに疲れてきたのかもしれない。
戦闘後の俺は、すっかり回復アイテム手渡し係と化していた。アバンに『メンタルウォーター』を渡しながら、返事をする。
「そうですね。二十五階のミナカトールでしたっけ? あれ以降は、目ぼしい呪文も見つかっていませんし」
そのわりにモンスターはどんどん強くなっていくのだから、たまったものではない。
原作でこの先に“秘宝”があると知っているからいいようなものの、そうでなければただの苦行だ。普通ならとっくに引き返しているだろう。
「それにしても、トーヤくんのアイテムは素晴らしいの一言につきますねえ。どれも効果はピカイチな上に、味まで良いとは。文句なしです」
俺の『メンタルウォーター』を飲みながら、アバンが感心したように言う。
「大魔王を倒した後は、その特技を活かして商売でも始めてはどうですか?」
「あはは、褒めても何も出ませんよ」
「おや、アイテム作りというところはスルーですか。てっきり否定するかと思いましたが」
「……ま、今さらそれくらいは別に」
もともと正体を隠していたのは、準備が整う前に魔王軍に目をつけられないようにするためだったし。
……というか、これらのアイテムを俺が作っていることは、アバンもすでに確信していた。
「であれば教えてほしいですねえ。どうやって作っているのか」
「ダメですよ。前にも言いましたが、手の内は明かしません。っていうか、俺以外には教えてもたぶんできないですし」
「むう、そうですか。残念です」
ただの会話として口にしただけなのだろう。アバンは言葉とは裏腹に、まったく気にしている様子はなかった。
「……アイテム作りといえば、アバンさんも得意ですよね」
ちょうどいい機会なので、以前から気になっていたことを聞いてみることにした。
「ん? どういうことですか?」
「いえね、初めて食堂で会った次の日、俺、全然違う街まで逃げたじゃないですか。それなのに、普通に追ってきましたよね。あれって、そういうアイテム使ったんですよね?」
俺が気づいていたことが意外だったのか、アバンはとても驚いた表情を見せた。
「目印みたいなもんですかね。それをきっと、食堂で俺の木刀に触ったときに仕込んだんでしょ。大まかな方角と距離さえ分かれば、ルーラで最寄りの街まで飛んで追える。どうです? 合ってるでしょう?」
「こ、これは驚きました。正解です。ただ追っただけで、そこまで推測してしまうとは……」
そう言ってアバンは懐から、砂の入った小瓶を取り出した。
「これは私が調合した魔法の砂……名前はまだありませんが、あなたの言うとおり目印のようなものです」
やっぱりアイテムだったか。
この砂って、確かアバンがキルバーンと戦った時に使ってたやつだよな。
……ムダに使って、本番で『無くなりました』なんてやめてくれよ?
「ですが、これを私が作ったと、どうして分かったんでしょうか?」
「俺、アイテムを探して世界中を旅したことがあるんですよ。人を追跡できるようなアイテムなんて、見たことも聞いたこともない。普通なら“自分が知らないだけ”で済ませるところですが、相手がアバンさんほどの人なら――自作したと考えたほうが自然だと思っただけですよ」
……とか言って、本当は原作知識でアバンが「魔弾銃」を始めとするマジックアイテム作りが得意だって知ってたからなんだけどね。
キルバーンに使った砂だとまでは気づかなかったけど。
「で、どうやって作ってるんですか?」
お返しとばかりに、質問を返してみた。
「なんてことはありませんよ。ルラムーン草という植物の特性を利用しただけに過ぎません。私の作るアイテムは、書物や人づてに聞いた珍しい植物や鉱物をもとにしているんです。なので、新しい町へ行っては情報収集ばかりしていますよ」
なるほど。
俺はアイテムを作るとき、既存のアイテムを材料にして効果を強化するやり方ばかりだったからな。
植物や鉱物の特性を利用するなんて、言われてみれば当たり前のことなんだけど、考えもしなかった。
もちろん、面倒だという理由もあるけど――
それ以上に、時間も、基礎知識も、圧倒的に足りていない。
たった一人で、短時間で、一からアイテムを生み出すなんて真似……俺には無理だ。
今さらながら、自分の貰った念能力と才能は、本当に「チート」だったんだと痛感させられた。
「そういえばトーヤくん。ちょっと疑問に思ったんですが……」
そう前置きして、アバンは俺の方へと振り返った。
「“神託”とやらは、いつ頃授けられたんでしょう? 大魔王討伐のために蓄えてきたアイテムの量を見るに、かなり前から準備していたように見えますが」
「えっと……五歳くらいの時ですね」
転生してきたのは三歳くらいの頃。
この世界が『ダイの大冒険』だと気づいて、本格的に準備を始めたのはその数年後――だから、確か五歳くらいだったはずだ。
アバンはそれを聞くと、どこか神妙な顔つきになった。
「……あなたはその頃から、ずっと準備を? 一人で?」
「ええ……まあ、そうですね」
「誰かに協力を仰ぐことは、しなかったんですか?」
「いえ、してません。だって、誰も信じないでしょう」
――まあ、実際は「信じるかどうか」に関係なく話すつもりなんてなかったけどな。
原作と未来が大きく変わったらまずいから。
「信じてもらえなくても、ご家族に相談とかしなかったんですか? 子供が一人で抱えるには、大きすぎる問題です」
「あー……俺、家族いないんです。物心ついた頃には森で暮らしてて、それからずっと一人で生活してました」
「それは――」
何かを言いかけたアバンだったが、途中で口を閉ざした。
きっと、適切な言葉が見つからなかったのだろう。
……俺だって逆の立場なら、きっと同じように言葉に詰まってしまう。
――まあ、アバンの想像してるような悲惨な境遇じゃないんだけどな。
「……先を急ぎましょう。過去を振り返ったり、感傷に浸るのは後でできますよ」
いたたまれなくなって、俺はそう言って会話を打ち切った。
――だというのに、アバンからさっきまでの陽気さが消えている。
……まあ当たり前か。普通に考えれば、俺の過去なんてかなり陰気なものに聞こえるはずだ。
とはいえ、こんな空気のまま先に進むのはご免こうむる。
そう思った俺は、努めて明るく別の話題を振ることにした。
「そうだ、アバンさん。俺のアイテムで気になるものとかあります? 俺自身、使い道が思いつかないやつもあるんで、もし興味があれば差し上げますよ」
「そ、そうですねっ。それじゃあ、お言葉に甘えちゃいましょうかねっ」
どうやらアバンも話題を変えたかったらしく、俺の提案に勢いよく食いついてきた。
台車の中をごそごそと漁っていたかと思うと、小さな小箱を取り出してこちらに見せてきた。
「これ、ちょっと気になりますね。ただの箱には見えませんが……一体どんなアイテムなんです?」
「あー、それですか。それは『時の小箱』って言って、中の時間の流れを早めたり遅くしたりできるんですよ」
【時の小箱】
時の流れを操れる不思議な箱。
蓋に「-10」から「+10」までのメモリが付いている。
+10に合わせると箱の中の時間が外界の10倍速で進み、-10では10分の1の速度になる。
※-1から+1はほぼ変化なし。
「……このタネは?」
「それはですね、調合中に偶然できた、よく分からない植物のタネです。俺も何が育つのか分かってません」
【謎のタネ】
何が育つか分からない、不明な植物の種。
使い道も効果も不明。
台車のアイテムを端からどんどん引っ張り出しては質問してくるアバン。
どうやら、俺の作ったアイテムがよっぽど気になって仕方ないらしい。