「は、はなせっ! この野郎!!!」
「うるせえっ!」
バルジの塔で、兵士の一人が別の兵士とつかみ合いの喧嘩を始めた。
あわてて他の兵士が止めに入るが、まるで収まる気配がない。
「どうした!? 何ごとだっ」
騒ぎを聞きつけたアポロとマリンが階下から駆け上がってくる。
「こ、こいつらが……さっきまで普通に話してたと思ったら、急に……」
仲裁に入っていた兵士は、収まらない二人を前にどうしたものかと困惑している。
「やめないかっ、見苦しい!」
業を煮やしたアポロが厳しい声で止めに入るが、それでも二人の怒りはおさまらない。
「こいつが悪いんだ! 辛気臭ぇことばっか言いやがってっ!」
「本当のことだろうがっ! どうせ俺たちは魔王軍に殺されるんだ! こんなこと、ムダなんだよっ!!」
「うるせえっ。だったら貴様だけ、さっさとこの島から出て行けっ!」
まるで止まる気配のない二人に、周囲の兵士たちは手を出すこともできず、ただ見守るしかなかった。
「おやめなさい」
凛とした声が場の空気を変えた。
「うるせぇ、黙って……っ姫!?」
いつの間にか現れたレオナが、毅然とした態度で二人の間に割って入る。
頭に血が上っていた二人の兵士も、レオナの姿を見るとたちまち大人しくなった。
「……あたしたちが身を隠し、反撃の準備をしているのは、魔王軍の悪事を挫くためなのよ。それなのに、自己本位に他人を傷つけたりしてどうするの!?」
「――ですが、こいつが……そんな俺たちのやってることがムダだなんて言うからっ!」
「だからって、“島から出て行け”なんて言いすぎよ。気に食わないからって追い出してたら、それこそ魔王軍と同じじゃない!」
なおも食ってかかる兵士に対し、レオナは言葉を重ねる。
「あたしたちは“人間らしく”、優しさと正義の心を持って生き続けるのよ。最後までね。それができないなら、死んだほうがマシだわ」
「め、面目ない。気が立っていたとはいえ、決して言ってはいけないことを……。申し訳ありません」
「わ、私こそ……みんな恐いのを我慢して戦っているのに、八つ当たりなんてして……お許しください」
叱責を受けた兵士たちは深く反省し、頭を下げる。
レオナがそれを受け止め、優しく励まそうとしたその時――。
嘲るような、残虐な笑い声が場を引き裂いた。
「クッハッハッハッハッ! ならオレが“人間らしい最後”ってやつをくれてやるぜ! 脆弱で薄汚え、人間らしい“惨めな最後”をなァッ!!」
「き、貴様っ……何者だっ!」
突如響いた声の主に、アポロが鋭く問いかける。
すでにマリンはレオナを後方へと下がらせ、守りの態勢をとっていた。
「氷炎将軍フレイザード様のご到着だッ! 今日限り、パプニカ王国はお家断絶・お取り潰し! さあ、死んでもらうぜ、お姫さんよ! ――カァッ!!」
次の瞬間、フレイザードは近くにいた兵士たちに、火炎と冷気を浴びせて蹂躙を開始した。
その勢いは凄まじく、状況に呑まれて動けなかった兵士たちは次々と焼き尽くされ、あるいは氷漬けにされていった。
仲間が倒れる光景を目にした兵士たちは、奮い立ち、フレイザードへと果敢に挑みかかっていく。
だが、フレイザードはさらに火炎と冷気を浴びせ、突進しながら兵士たちを次々と弾き飛ばしていった。
「そ、そんな……。兵士たちが、あの程度の攻撃で……! それほど強力なのか、奴の攻撃は!?」
倒れたまま動かない兵士たちを見て、別の兵士が震え声で呟いた。
「いや、温度差だ。やつの火炎と吹雪、その極端な温度差で鎧が脆くなり、攻撃をまともに受けてしまったのだ……!」
レオナを庇いながらも、冷静に戦況を見つめていたアポロ。
このままでは兵士たちを無駄死にさせるだけだ――そう悟った彼は、レオナを別の兵士に託し、マリンと共にフレイザードの前に立ちはだかった。
「ほう……ちったぁ冴えてる奴がいるじゃねえか」
「私は、パプニカ三賢者の一人、アポロ!」
「同じく、マリン!」
「命に代えても、姫様をお守りする!」
「ああ、そうかいそうかい。立派なことで」
フレイザードは、目の前に立つ二人をまるで歯牙にもかけず、嘲るように笑った。
「マリン。奴の“炎”の身体をヒャドで攻撃してくれ。私は“冷気”の方を狙う」
「わかったわ」
二人は小声で手短に打ち合わせを交わすと、すぐに動き出した。
「メラゾーマッ!」
「ヒャダインッ!」
同時に放たれた呪文がフレイザードへと迫る。だが、その光景にフレイザードはなおも嘲笑を浮かべた。
――こんな稚拙な作戦、オーザムを攻めたときに何度も見た。
「こいつぁいいや。歓迎でごちそうしてくれるってか!」
余裕を見せたフレイザードは、両の手でそれぞれの呪文を受け止め、そのままエネルギーを吸収してしまった。
その光景を見て、レオナが叫ぶ。
「ダメよ! 奴は呪文のエネルギーを吸収してる! 攻撃するならギラかイオを使わないとっ!」
忠告の声は確かに届いているはずだった。
だが、アポロはレオナの言葉に目もくれず、マリンに視線を送る。
「マリン。メラで攻めるぞ」
アポロは、先ほどと違いフレイザードの様子を気にするそぶりも見せずに合図を送った。
マリンは頷くと、すぐに呪文の詠唱に入った。
「――メラゾーマッ!!」
「――メラゾーマッ!!」
二人の声が重なり、再び巨大な火球がフレイザードへと放たれる。
「なっ……!?」
驚いたのは、レオナだった。
忠告を無視し、しかも相手に力を与えてしまうような行動に、彼女は思わず目を見張った。
「ふっ、そらよ!!」
炎の腕で二人分のメラゾーマを受け止めたフレイザードは、それを呪文ごと吸収し、無力化してみせた。
火炎放射のように激しい二人の炎を飲み込みながら、フレイザードは冷静に二人を見据える。
「カッハッハハハ。バカな奴らだ。ムダだってことが分かんねェか」
「笑っていられるのも今のうちだ! すぐに後悔することになるぞっ!」
二人は魔力をさらに込め、次々とメラゾーマを放つ。だが、フレイザードは余裕の笑みを浮かべたまま動じない。
その様子に、レオナや周囲の兵士たちも徐々に不安を募らせていく。
フレイザードは、一見するとただの残虐な狂戦士に見える。しかし実際には、冷酷な攻撃性の裏に氷のような冷静さを秘めた、優れた戦士だった。
勝利と栄光に対する執念は魔王軍の中でも際立っており、他の幹部たちからも一目置かれる存在だった。
そんなフレイザードにとって、敵の攻撃や自らの弱点は、常に最優先で警戒すべきものだった。
炎の身体は冷気に弱く、氷の身体は炎に弱い。
当たり前の弱点だからこそ、あらゆる敵がそこを突こうとしてくる。
オーザムでの戦いでも、多くの者がそれを実行し、そして無意味だと悟ると、レオナの言ったように別系統の呪文を使ってきた。
だが、付け焼刃のギラやイオで倒せるほど、フレイザードは甘くはない。そうした魔法使いや賢者たちを、彼は何人も屠ってきた。
その中には、変わった戦術をとる者も当然いた。すなわち――。
「バカがッ。魔力の吸収により自滅を狙ってるんだろうが……見え透いてんだよ! せいぜい足掻いてみやがれッ! ケケケケ!」
呪文を吸収するといっても、限界はある。どんなものであれ、必ず許容量というものは存在するのだ。
実際、これまでの戦いの中で、自滅を狙って呪文を撃ち続けた者もいた。
だが、人間の魔力量で、フレイザードの魔力許容量を超えるなど無謀だった。
禁呪法によって生み出されてまだ一年も経っていない彼だったが、その戦いの経験はすでに一流と呼べる域に達している。
その経験に裏打ちされた自信が、彼らの行為がムダだと確信させていた。
あとは、奴らの魔力が尽きるのを待つばかり。
魔力が尽きたとき、この場の人間たちには、もはやなす術などないだろう。
――彼らが呪文を放ち始めてから、数分が経過した頃、フレイザードは異変に気づいた。